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守屋光嗣 text by Koji Moriya 
[2006.03.10]

『バレエ・インペリアル』、ミックス・プログラム

 当初予定されていたジョナサン・コープの事実上の引退公演となるはずだった『火の鳥』は、本人が交通事故に遭ったために、コープは降板。さらに、2月 12日に催された「マイヤ・プリセツカヤ80歳記念ガラ公演」で、プリンシパルのイワン・プトロフが舞台上で怪我をするなど、結果として波乱含みのプログ ラムになった感がある。
初日の2月4日、それと6日を観てきたが、プログラムの4演目とも別のキャストで観ることができ、同じロイヤルのダンサーでも、資質の違いはこんなにも 大きい、と言うことを実感した。ちなみに4日の公演は、1月31日に80歳で亡くなったモイラ・シアラーに捧げられた。


『バレエ・インペリアル』
バ ランシーンが1941年に振付けた1幕物。ロンドン初演は1950年4月5日で、プリマはマーゴット・フォンテイン。余談になるが、ロイヤル・バレエ(オ ペラも)のプログラムは薀蓄に富んでいて、読み物としても大変面白い。今シーズンはオペラのプログラムが6ポンド、バレエが5ポンドと決して安くは無い が、作品の歴史やバックグラウンドを詳しく知りたい方にはお勧めだ。

  初日の4日は、ダーシー・バッセル、ルパート・ペネファザー、ゼナイダ・ヤナウスキー、6日は、アリーナ・コジョカル、フェデリコ・ボネッリ、サラ・ラム が主要3役にキャスティングされていた。コスチュームは、アンソニー・ダウエルが芸術監督時代に再演した時に、オリジナルを再現したものが使われた。
正直、振付け自体は、中盤やや散漫な印象を受けた。またつまらないことだが、プラチナ・ブロンドのウィグが似合わないのは、何も日本人ダンサーだけでは ないことが判った。2日とも、コール・ドの動きがややぎこちなく見えたのは、上演が久しぶりで踊りなれていなかったのではないかと思う。
ペネファザーは、既にバッセルのパートナーとして何度か組んでいるので、彼女へのサポートは、もたつくことも無く安心して観ていられるものだった。昨年 末のThe Sunday Timesに掲載されたインタヴューで、ジョナサン・コープから素晴らしい指導を受けていること、またそれによって踊ることがさらに楽しくなっていると答 えていた。彼がキャリアの転機としてあげていたのが、数年前にシルヴィ・ギエムにじかにかけあって彼女がジュリエットを踊るときのパリス役を勝ち取ったこ とらしい。春以降は余り大きな役にはキャスティングされていないようだが、もしかすると、『ロミオとジュリエット』で準主役級の役を踊るのではないかと思 う。

バッセルとペネファザー

バランシーンの『フォー・テンペラメンツ』や『放蕩息子』で既に素晴らしい踊りを披露しているヤナウスキーだが、この夜は、自身のソロパートの細かいス テップに少々てこずっていた印象を受けた。が、コール・ドの中心で、彼女たちを率いて踊るヤナウスキーの姿は、凛々しいのひとこと。
演目終了直前になって気付いたのだが、バッセルとヤナウスキーがクラシック(またはネオクラシック)バレエで、二人同時に舞台で踊る場面を観た のは恐らく初めてだったように思う。2シーズン前の『ラ・バヤデール』ではバッセルがニキヤ、ヤナウスキーがガムザッティに予定されていた。が、このとき はバッセルが第2子を身ごもっていたので、実現しなかった。ヤナウスキーはある雑誌の最近のインタヴューで、ギエムとバッセルがいたから彼女のように身長 の高いダンサーが活躍することができる。それほど遠くない将来、背の高い女性ダンサーは彼女ひとりになってしまうかもしれないが、背が高くてもバレエを踊 れることをアピールしていきたい、と語っていた。演目の終盤、バッセルとヤナウスキーが、同じ舞台でお互いの輝きを増すように踊るシーンは、ロイヤル・バ レエの歴史に残るべき美しいものだった。


ダーシー・バッセル

バッセルとペネファザー

コール・ド・バレエ

初日、もう一人印象的だったのは、ファースト・ソロイストのラウラ・モレーラ。舞台上の姿がいつも清楚で、カリスマティックな感じではないし、大きな役が つくことも最近減っているように思われる。が、この夜、完璧にコントロールされた彼女の腕の動きの美しさは、際立っていた。
そして、バッセル。前半はおとなしめの動きだったように思う。が、後半に向けて集中力が高まっていくのがよく判った。どの動きも音楽の旋律から外れること なく、またフィリップ・ギャモンによるソロ・ピアノとのシンクロぶりからは、ロイヤルのプリマ・バレリーナは彼女だと思わずにはいられなかった。来シーズ ン以降もゲストとして踊る予定とはいえ、矢張り、惜しい。 二日目のコジョカルは、今シーズンの好調ぶりが続いている様子。ただ、履き慣れたシューズで踊りたい、と言うのは理解できなくもないが、履きつぶれる直前 と思しきシューズは興が削がれる。マネジメント側に考えて欲しい点。



バッセルとペネファザー

ヤナウスキーとコール・ド・バレエ

『牧神の午後』
 1912年、ニジンスキーが創作した『牧神の午後』をもとに、ジェローム・ロビンズが1953年に振付けたもの。ロイヤル・バレエでの初演は1971年12月だが、今回の再演は随分と久しぶりとのこと。

客席に向けてバレエのリハーサル室。その床に男性がまどろんでいる。やがて起き上がり、壁(客席側の空間)の鏡に映し出される自分の動きをナルシシス ティックに見つめる。リハーサル室に少女が入ってくる。彼女も鏡に写る自分の動きを追っている。少女に近づく男性。そして、彼女の右頬に優しく口付ける。 少女は夢を見ているような表情のまま部屋を出て行き、男性は再びまどろみ始める。


サラ・ラム

ラムとアコスタ
  初日は、カルロス・アコスタとサラ・ラム。6日はイワン・プトロフとロベルタ・マルケス。技術的には難しい振付ではないだろう。問われるのは、ダンサーの 資質と解釈ではないかと思う。アコスタとプトロフ、全く異なるタイプだが、感情表現の繊細さ、自己陶酔的な動きからは、振付を自分のものとしている印象 だった。
仮に、ロビンズの振付の意図がスコーンと抜けきった明るい青春、ということであればラムの演技は、完璧。ただ、オリジナルが持っていたであろう、感情の 細やかなぶれを表現できていたとは感じられなかった。ラム同様、ロイヤルのダンサーとしては「新人」になるマルケスだが、彼女のニュアンスに富んだ視線 は、鏡と彼女の間、彼女と男性の間でおきている感情の起伏の全てを映し出していた。本人が強く希望していた「ジュリエット」を病気で降板したのがなんとも 惜しまれる好演だった。

アコスタ

アコスタ

ラムとアコスタ
『チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ』
 プログラム発表当初はなかった演目。1月にニュー・ヨーク・シティ・バレエから移籍してきたアレクサンドラ・アンサネッリのお披露目もかねていたのだろうか。4日は、そのアンサネッリと、フェデリコ・ボネッリ。6日は、マリアネラ・ヌニェスとアコスタ。
全く知らないダンサーなので当たり前なのかもしれないが、アンサネッリの踊りが、理想のバランシーン・スタイルであるとすれば、思い描いていたバラン シーンのイメージを修正せざろう得ないかな、と感じるほど異質なものにみえた。彼女の踊りの印象を一言で表すなら、「シャープ」。フェッテ、ジャンプすべ てがまるで空気を切り裂くよう。オーケストラが奏でるチャイコフスキーの音楽のテンポから外れることは一切無かった。が、残念ながら彼女が旋律を聞いてい たようには、見えなかった。移籍したばかりということもあるし、今後に期待。
結果として初日の2月4日は、大西洋を挟んで、バレエの解釈が如何に違うかを強く感じた。



アンサネッリ

ボネッリ

アンサネッリとボネッリ

『火の鳥』
  フォーキンが1910年に振付けたもので、初演はパリ。音楽はストラヴィンスキー。ロイヤル・バレエのパフォーマンスは、DVDで発売されているので、ご 存知の方も多いことだろう。初日はリアン・ベンジャミン、エドワード・ワトソン、アラステア・マリオット(火の鳥、皇帝、魔法使いの順)。6日は、吉田都 とヴァレリィ・フリストフ、クリストファー・サウンダーズ。

 不死の魔法使いが統べる庭で火の鳥を捕まえた皇帝は、彼女を自由にする代わりに、羽根を得た。羽根は、助けが必要になったときにかざすと、火の鳥が現れ助けてくれるというもの。
日が暮れ、皇帝はある城の門にたどり着いた。そこに美しい女性が現れた。皇帝と彼女はキスをかわすが、夜明けが近づき彼女は城に戻っていく。戻る直前、女性は城が不死の魔法使いのものであることを告げ、絶対に近づかないように伝える。


しかし皇帝は門を開けてしまう。途端にベルが鳴り響き、城から異形のもの達が沢山現れ、最後に魔法使いが出てきた。魔法使いが皇帝を石に変えようとしたとき、皇帝は火の鳥の羽根を取り出しかざした。
火の鳥は約束通り現れた。彼女は異形のもの達を踊らせ、やがて全員を疲れさせて眠らせてしまった。魔法使いも眠ってしまう。火の鳥に教わったとおり、魔 法使いの魂が入った卵を盗み出した皇帝は、その卵を地面に叩きつける。魔法使いの呪文の効力は失せ、異形のもの達は、元の人間の姿に戻る。
皇帝と妃は結婚し、多くの人がそれ祝う為に集まる。


ベンジャミンとワトソン


エンディング
中央はジェネシア・ロサートとワトソン
  タイトル・ロールの火の鳥以外は、「バレエ」というよりも民族舞踊のような振付といってもいいだろう。しかしながら、この演目から、ロイヤル・バレエの伝 統の深さを両方を強く感じた。他の演目に熱狂していた観客は戸惑っていたようにも見えたが、こう言ったちょっと捉えどころのない、でも強烈な個性を放つ演 目はエンタテイメントとしても充分に面白いものだ。

ベンジャミンと吉田は、火の鳥を持ち役にしている。両者とも、想像上の生き物である火の鳥が発しているであろう、現実を超えた存在感を強烈に表現していた。
ワトソンは、プリンシパルというランクが彼の演技力に磨きをかけているよう。4月のアルブレヒト・デビューに留まらず、古典バレエのノーブルな王子役を次々と踊って欲しいものだ。当夜の印象からは、ワトソンはもっと変化していくであろうと感じた。

6日はさらにサプライズが。一通りカーテン・コールが終わったところで、ジョナサン・コープが二本の杖をつきながら、舞台に現れた。やつれていたように見えたが、声はしっかりしていた。
「今晩、舞台に立てなかったのは、大切な機会を失ってしまったと同時に、自分のダンサーとしてのキャリアに幕を引く事ができなくてとても残念。でも、心は今夜この会場と舞台にあります。Thank you and God bless」、とのこと。
体調が回復してから、再度彼の引退公演があるのかについては、今のところ情報はないが、あの夜無理を押して出てきたのは、コープ本人もけじめをつけたかったのではと思う。


アラステア・マリオット

ベンジャミン

ワトソン