ワールドレポート ~世界のダンス最前線~

From London <ロンドン>: 最新の記事

From London <ロンドン>: 月別アーカイブ

守屋光嗣 text by Koji Moriya 
[2005.09.10]

●キューバ国立バレエ団の英国公演から

バレエの歴史の生き証人といっても過言ではないだろう、アリシア・アロンソが率いるキューバ国立バレエ団が20余年ぶりに来英、サドラーズ・ウェルズ劇場で熱気溢れる踊りを披露した(8月16日から21日)。 オーケストラは、ロイヤル・バレエ・シンフォニア。

最初の2日間は、「Magia de la Danza (The Magic of the Dance)」のタイトルのもと、古典バレエのパドドゥを集めたミックス・プログラムだった。 ちなみに、すべてがアロンソ振付の作品。月曜日まで、既に秋のような肌寒さだったロンドンも、彼らがキューバから運んできてくれたかのような程よい暑さ。 更に、観にいった水曜日は早版の「イヴニング・スタンダード」紙が初日について熱狂的なレヴューを掲載したからか、会場前にはリターンを求める人たちの長蛇の列。 そこかしこでは、イギリス在住のキューバの皆さんの陽気な笑い声が聞こえ、ロイヤル・バレエとは違った期待の高まりを感じた。

 プログラムは、『ジゼル』第2幕のジゼル(Sadaise Arencibia)とアルブレヒト(Octavio Martín)のパ・ド・ドゥから始まった。 正直な所、ほんの十数分のこのパ・ド・ドゥだけでは、舞台に一気に引き込まれる感じはしなかった。 また、ミックス・プログラムという性格上仕方ないのかもしれないが、舞台セットが余りにも簡素でこれにも違和感を覚えた。
強く印象に残ったのが、男性も女性も足音がほぼ皆無だったこと。アルブレヒトによる跳躍の高さ、足さばきの速さ双方が全く変わらないアントルシャで足音がしないことには驚いた。 足音がしないのはスター・ダンサーだけでなく、ウィリを踊ったコール・ドのダンサーも同じ。最近、聞こえるのが普通に思えてきたポワントの音、それが全くしないことが非常に新鮮に感じられた。

『ジゼル』Anette Delgado


『眠れる森の美女』
 続いて、『眠れる森の美女』からポロネーズと第3幕のパ・ド・ドゥ。このパ・ド・ドゥが始まった途端、イギリス人がよく使う「Jaw dropping」の連続だった。オーロラ姫(Yolanda Correa)もデジレ王子(Joel Carreño)も速い・高い・美しいの三拍子。 特に、フィッシュ・ダイヴでのCorreaの体のそり具合はまるで「つ」のようで、会場中からどよめきが沸いたほど。Carrenoの輝くばかりの王子ぶりも見事だった。 だからといって、技術だけを強調している雰囲気は感じられず、すべての動きが自然。余りに自然すぎて、舞台で披露されている技が凄いものだとわかるのに、タイムラグがあったほどだ。

これは続く『くるみ割り人形』の第2幕のパ・ド・ドゥ(妖精:Hayna Gutiérrez、パートナー:Miguelángel Blanco)、 インターヴァル後の『コッペリア』第3幕のパ・ド・ドゥ(スワニルダ:Viengsay Valdés、フランツ:Victor Gilì)、 『ドン・キホーテ』の第3幕のパ・ド・ドゥ(キトリ:Anette Delgado、バジル:Rómel Frómeta)でもほぼ同じだった。 楽しげに、笑顔を絶やさずに披露される踊りに圧倒された。先ほど「速い」と書いたが、女性ダンサーの勢いをつけているようには見えないままゆっくりと回転する技術には眼を見張ってしまった。 加えて、『ドン・キホーテ』で闘牛士を踊ったコール・ドのダンサー、羽根が生えているのではというくらい高く、滞空時間の長い跳躍を披露していた。

後半、特に印象に残ったダンサーは、Viengsay ValdésとRómel Frómetaの二人。Valdesは天賦の才能だろう、バランスへの入り方、バランスのキープ力がすばらしかった。 ヴァリエイションを踊っているとき何気なく片足を上げたように見えたら、既にバランスに入っていて、しかも全くぐらつかない。 しかもそれが一度や二度ではない所に彼女の自信がうかがえた。Frometaのバジルはこれまで見たどのバジルとも違い、長い間記憶に残ることは確実なほど鮮烈だった。 グラン・パ・ド・ドゥで、豪快にキトリを真上に放り上げた高さ(きちんと受け止めていました)に唖然とし、ヴァリエイションの場面で披露した、難易度の高い、 それこそこちらの顎が落ちてしまったままの回転を高さ・速さを全く落とすことなく踊りきる技術・体力に圧倒されたままだ。

『コッペリア』

 一つプログラムの途中から気付いたのが、女性ダンサーのスタイル。 普段見慣れてるヨーロッパ、北米地域のカンパニーのダンサーのような細く、筋肉質なスタイルでなく、バレエだけでなく他のスポーツだってなんだって出来ますよ、 そんな印象をもった。男性ダンサーもおおらかな印象で、キューバ国立バレエ団の特徴の一端がうかがえるようだった。


『白鳥の湖』
『ドン・キホーテ』に続いて、『白鳥の湖』から第2幕のパ・ド・ドゥ(オデット:Yolanda Correa、ジークフリート:Javier Torres)。幕が開いたときにコール・ドのダンサーが客席に向いてやや前屈の体制のまま両腕を後方に伸ばし、掌を向けて動かしているのはちょっと怖かった。 が、パ・ド・ドゥ自体は、後半の最初に持ってくるべきだったのではと思うほどプログラムのバランスからは外れていた感じがした。

プログラムの最後は、『Sinfonia de Gottschalk』からCreole Party。ほんの数分前まで白鳥を演じていたコール・ドのダンサーが、オレンジと白を基調にした衣装に身を包み、 ゆるい、でも浮き浮きするカリビアンのメロディにのって踊りはじめると、ここはハヴァナ?  ソリスト4ペアの踊りが続き、最後は全員がそろい、まるでキューバの太陽が舞台に運ばれてきたような陽気さで幕を閉じた。タイトルのとおり、バレエのマジックを存分に楽しんだ。

翌日は、アロンソ版の『ジゼル』。配役は、ジゼルをViengsay Valdés、アルブレヒトはJoel Carreño、ヒラリオンにVictor Gilì、そしてミルタはLiuva Horta。
トップダンサーの踊り、コール・ドのクォリティの高さは前日と全く同じにもかかわらず、前日のミックス・プログラムで高まった全幕への期待は、第1幕ではなかなか盛り上がらなかった。 些細なことかもしれないが、セットや衣装、とりわけに女性ダンサーの衣装の古びた印象が気になってしまった。

公演前に掲載されたあるバレエ批評家による記事で、このバレエ団が直面している問題がいくつか挙げられていた。特に印象に残ったのは、アロンソのディレクションが長期にわたること。 彼女は、キューバでは多くの国民から尊敬され、既に舞台に立つことはないがその存在は絶大だと。彼女の振付、衣装やセットへのアイデアはよく言えば純粋、悪く言えば古くて洗練されていないのではないか。 しかしそれを指摘する声はキューバ国内にはない。それ故、それほど遠くない将来に来るであろう彼女の退場後、カンパニーを率いる後継者はいるのかなどなど。

しかし、古臭いと思うのは、少数の有名なバレエ・カンパニーや振付家による、古典バレエを存在させるためには、現代人の心理的葛藤を入れなければならないとかの安易な考え方に影響されすぎているのかもしれない。 そう思うと、この「純粋無垢」なジゼルの舞台が新鮮に思えてきた。

 舞台に戻ろう。第2幕は、古典バレエの素晴らしさを堪能させてくれるものだった。 調和の取れたコール・ド、ミルタの冷酷な美しさと、彼女の足が心配になるくらい無音のポワント。 Valdesのジゼルは、前日同様、まるで妖精が彼女を支えているのではないかと思うほど美しく、加えて前後の動きと完璧に調和の取れたバランス、どこまでも軽い跳躍、 そして舞台上の時間が止まってしまったと思うほど静謐なアラベスク。世界でもトップクラスのジゼルだろう。 Carreñoの自信に満ちた、それでいてこれ見よがしでない技術とマナーによって表現されたアルブレヒトの悲しみも心に迫るものがあった。 最後、超高速回転をしながらジゼルの墓に飛び込むように倒れこんだときは、頭をぶつけたのではないかと心配になってしまった。

拍手が続く中、Carreñoに支えられながら、ピンクの衣装に身を包んだアロンソが舞台中央に立った。 スタンディング・オベイションに迎えられたアロンソの、はにかむようなそれでいて太陽のように周りを明るくする満面の笑顔が印象的だった。
キューバ国立バレエ団は、彼女の指導のもと現代バレエの主流から外れ、純粋すぎるのかもしれない。 しかし、アロンソの活躍があったからこそ、カリブ海に浮かぶ小さな島国ながら、他国のバレエ・カンパニーが羨むくらいの世界レヴェルのダンサーを「自国内」で育てることが出来たのだろう。 一バレエファンとして、このバレエ団の全幕をもっと観てみたい。

 

『ジゼル』