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船引怜美 Text by Remi Funabiki 
[2005.08.10]

●キーロフ・バレエの『白鳥の湖』『ロミオとジュリエット』『フォーサイス プログラム』

ロイヤル・オペラ・ハウスのサマーシーズンとして、キーロフ・バレエがロンドン公演を行い、『白鳥の湖』、『ロミオとジュリエット』、 『ラ・バヤデール』、『バランシン プログラム』、『フォーサイス プログラム』という、まるでバレエの歴史を舞台で見るような5演目が7月18~30日の2週間、上演されました。

 イギリスバレエ・ファンの間で非常に人気の高いキーロフ・バレエ。 イギリスでは世界のトップクラスのダンサーによるガラ公演などあまり見られず、ロイヤル・バレエもめったにキーロフからダンサーを招くことがないために夏のキーロフ・シーズンは、 「クラシック・バレエはやはりロシア」と言う確固たる信念のバレエ・ファンにとって非常に注目される公演です。

正真正銘の『白鳥の湖』というべきキーロフ・バレエの『白鳥の湖』は、最も有名なプティパ=イワノフ版に基づくセルゲイエフ版と言う点のみならず、 プロポーションから技術まで完璧に統一されたバレリーナ、コール・ド・バレエという点からもピュア・クラシック・バレエと言えるような気がします。 ドラマ性の重視されたダウエル版、60羽の白鳥が舞うディーン版、そして男性スワンのボーン版など、強烈過ぎるほどのオリジナリティーを特徴とするイギリス・バレエの『白鳥の湖』を観続けてきた者にとって、 キーロフの『白鳥の湖』は「クラシック・バレエってこういうものだったのだ…」と、なにか忘れていた感覚を呼び起こすもののように思えました。 23日マチネ公演で主演したユリア・ボルシャコワは絵に描いたように理想的プロポーションで、2幕オデットの登場シーン、上手奥からパ・ド・ブレして出てくる姿の手脚の長さ、そしてその繊細さが印象的でした。

『白鳥の湖』

キーロフの『ロミオとジュリエット』(ラヴロフスキー版)も、これぞバレエ『ロミオとジュリエット』の原点と言うべき作品と言えるでしょう。 マクミランも大いに影響を受けているということがラヴロフスキー版を観ていると明らかにわかります。 しかし1940年初演のラヴロフスキー版は、感情表現の現れとしての振付やそのヴォキャブラリーという点では、あのマクミラン版を観すぎているせいもあるかもしれませんが、 どこかオールドファッションな印象を覚えずにはいられませんでした。


『ロミオとジュリエット』
 22日『ロミオとジュリエット』公演初日に主演したのはディアナ・ヴィシニョーワとアンドリアン・ファジェーエフ。 ヴィシニョーワ演ずるジュリエットは溢れる感情をすべて表に出す子供っぽさ溢れるジュリエットと言うよりは、どこか理性の保たれた、成熟した女性という印象を受けました。 しかし舞踏会でロミオに出会った瞬間の胸の高まりは劇場最上階の一番端の席で見ている者にも伝わるほどに強いものでした。 さらに最も印象深かったのは、ムーブメントではなく彼女の身体を見つめているだけでドラマが見えてくる表現力の高さでした。 ロレンツォ神父の前で愛を誓うシーン、ヴィシニョーワの背中のラインを見つめているだけでジュリエットの意志、心の清らかさ、ロミオに対する想い、 そしてこの後のジュリエットの運命すべてが手にとるように伝わってきた瞬間の感動は忘れられません。

ファジェーエフ演ずるロミオも、マクミラン版やヌレエフ版のロミオのイメージが先行してしまうせいか、非常に落ち着いた青年的印象を受けました。 キーロフのダンサーならではの女性のような身体のしなやかさと繊細な身体のラインは、その身体を見つめているだけでロミオの激情が伝わってくるようでした。 また、マキューシオを演じたレオニード・サラファーノフの少年のような軽さのジャンプと目を見張るアレグロテクニックが非常に印象的でした。

 キーロフがフォーサイス?、初めて公演プログラムを見た際にそう思いました。 キーロフと言えば、クラシックの中のクラシックと言う印象が強く、ここ20年近くバレエのコンテンポラリー化が進む中で、 キーロフ・バレエも『インザ・ミドゥル・サムホワット・エレヴェイティッド』や『ステップテクスト』をレパートリーに入れるようにはなるとは、予想もつきませんでした。 マハーベク・ワジーエフが芸術監督に就任して以来バランシン、マクミランなどキーロフにとって新しいレパートリーが積極的に取り入れられてきました。 前々回のロンドン公演(2001年)ではマクミランの『マノン』が上演され、ROHで観るロイヤル・バレエではない『マノン』は非常に興味深い公演でした。

『フォーサイス プログラム』として上演されたのは、様々なバレエ団でレパートリーとされているフォーサイスの代表的作品『ステップテクスト』、『アポロックシィメイト・ソナタ』、『The Vertiginous Thrill of Exactitude』、『インザ・ミドゥル・サムホワット・エレヴェイティッド』の4作品。 どの作品でもフォーサイスのムーブメントにこれほどまでに適した身体はないと言うほどにキーロフのダンサーの並外れた柔軟性は今まで見たことないようなラインを描き出しました。 そして古典作品では観ることの出来ない、水を得た魚のような自由とエネルギーに満ち溢れたダンサーの姿が非常に印象的でした。

『The Vertiginous Thrill of Exactitude』

ディアナ・ヴィシニョーワとイーゴリ・コルブ主演の『ステップテクスト』では、ダンサーの身体のしなやかさと強さの表裏一体な部分が鮮明に映し出されて いました。 フォーサイス作品の中でもどこか古典な印象、バランシンの『シンフォニー・イン・C』的な印象、を覚える『The Vertiginous Thrill of Exactitude』では、身体能力の限界を知らないような動きが息をつく間もなく繰り広げられるの連続の中で、 キーロフ・ダンサーの完璧なるクラシックの教科書的テクニックが、まさにこの作品の題名(直訳『正確さの目の回るようなスリル』)を体現しました。 『インザ・ミドゥル・サムホワット・エレヴェイティッド』ではエカテリーナ・コンダウーロワとオレスヤ・ノヴィコヴァの非常に強い存在感が印象的でした。

しかし、どの作品でも少し残念に思えたのは、まだ何処か古典的な概念に縛られているような感と、デリケートさがアームスや背中の使い方に見えたことでし た。 またフォーサイス作品に特有の突然踊るのを止めてぶっきらぼうに歩き出すリハーサル風景的演出では、ダンサーの心の中にまだ舞台の上にいる、 私は作品の中にいると言う緊張感が見え、フォーサイスらしさが今ひとつ感じられませんでした。 しかしキーロフ・バレエのよるオール・フォーサイス・プログラムはキーロフ・バレエのまったく新しい一面を見るという意味で非常に貴重な舞台でした。
(2005年7月20・22・24日、ロイヤル・オペラ・ハウス)