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船引怜美 Text by Remi Funabiki 
[2005.01.10]

●サドラーズ・ウェルズのクリスマス・シーズン、マシュー・ボーン『Swan Lake』

1995年、ダンスの歴史を大きく変える出来事が、ここロンドン、サドラーズ・ウェルズ劇場(SW)で起きました。マシュー・ボーン版『Swan Lake』。その衝撃から9年、あの作品がSWに戻ってきました。 ロンドンでの上演は1997年以来となった『Swan Lake』は、クリスマス・シーズンとして2004年11月30日から2005年1月16日の約1ヵ月半上演されました。 12月上旬で既に150万ポンド(約3億円)以上という驚異的な売り上げを記録、連日満員のSWは例年以上に華やかなクリスマス・シーズンとなりました。

アダム・クーパーのザ・スワン/ストレンジャーとしての登場は、確かにこの作品の人気を不動のものにしました。しかしマシュー・ボーンの『Swan Lake』が世界的大ヒットした所以は、作品としての独創性、全体的な完成度、マシューの超天才的音楽解釈と構成力でしょう。 最も有名なバレエ作品、そしてチャイコフスキーの音楽。その固定概念化になっていたイメージをここまで変えることが出来るとは誰が予想できたのでしょうか。 どの場面、どの振付を見ても、チャイコフスキーの音楽に自然な形として見えてきます。クラシックの振付の方がかえって不自然に見えてくるような気さえします。 その振付のヴォキャブラリーは決して豊富ではありませんが、マシューの音楽解釈は天才としか言いようがありません。 さらに美術デザイナー、レズ・ブラザーストンとの天下無敵のコラボレーション。レズの美術デザインはコミック的な非現実さを持ちながらも、 その全体的空間は現実のものよりもリアルに感じさせます。それは観客を一気にその空間に引き込むマジックのよう。 第2幕では背後にバッキンガム・パレスが聳え立つセント・ジェームス・パークに居る錯覚に陥ります。

今回まったく新しいキャスティングとなった『Swan Lake』、 [ホセ・ティラード&ニール・ウェストモーランド]と[ジェイソン・パイパー&クリストファー・マーニー]というダブルキャストで上演されました。


ファーストキャストでザ・スワン/ストレンジャーを演じたのは2000年~2003年までロイヤル・バレエで活躍していたホセ・ティラード。 長身の彼の動きは非常にダイナミックで大きな手足はまさに白鳥のワイルドを感じさせます。彼の動きはまさに野生の白鳥のように美しい姿と暴力的イメージを持ち合わせます。 カリスマ性がさらに強くなれば、彼のザ・スワンは非常に特別なものになるでしょう。一方ストレンジャーでは、長身の身体から繰り広げられるムーブメントは風を巻き起こすほどの迫力。 誰をも黙らす強さは伝わってきますが、ミステリアスな雰囲気に少し欠けていたように思えます。 近寄ることもできないオーラと対照的に、一度見つめられたら離れることのできない魔力を兼ね持った存在感が、この役には必要な気がします。 しかし先月公開となった映画『オペラ座の怪人』(日本では1月29日公開開始予定)に1ダンサーとして出演しているホセは、仮面舞踏会シーンで一人特別な存在感を醸し出しています。 彼の持つ可能性は明らかなもの、公演回数を重ねるごとにその役作りは完璧に近づいていくに違いありません。

セカンドキャストのジェイソン・パイパーはリチャード・アルストン・ダンス・カンパニーで活躍していたコンテンポラリーバックグラウンドの小柄で細身のダンサー。 第2・3幕ではキャラクターの弱さを感じましたが、4幕での傷を負ったザ・スワンは非常に印象的でした。 襲ってくるスワンの群れから必死に王子を守ろうと立ち向かう姿は、まさに野生の強さと恐ろしさを感じさせます。 倒れる王子を起こそうと必死に首で持ち上げようとする姿は、白鳥そのものにしか見えません。 スワンの群れに呑み込まれるクライマックスでは、今まで見せていた凶暴な姿の下に隠されていた弱さや孤独感、闘いに敗れた喪失感が非常に強く伝わってきました。


ファーストキャストの王子を演じたのは、ノーザン・バレエ・シアター出身のニール・ウェストモーランド。 立ち姿からも情けなさ・弱さを感じさせるニールの役作りは、自分と言うものを確立することを許されずに王室と言う特別な環境で生まれ育ってしまったお坊ちゃま。 その哀れな姿は非常にストレートにこの悲劇的な王子像を映し出しました。ニールとホセは共に長身。絡み合う二人の身体は男性的な強さよりも叙情的イメージを与えました。

もう一人の王子役、クリストファー・マーニーは小柄ながらもそれをまったく感じさせない伸びと存在感のある踊りが非常に印象的でした。 2000年のヨーロッパツアーから王子役を演じているクリスの役作りは、複雑な王子の心理変化を映し出します。 第1幕、クラブの前の通りでうずくまる彼の背中からは、彼を自殺にまで追い込む過程が見えてきます。 自由の許されない王室生活の故に押しつぶされた彼の感情の下には計り知れない強さあります。 満たされることの無い失望的な生活の中にも何か希望を見出そうとする強い意志、そして敗北、その報われない姿は非痛感に溢れていました。

今回非常に注目されたのは女王役のダブルキャスト、ニコラ・トラニャとオクサナ・パンチェンコ。 元ロイヤル・バレエの女優バレリーナ、ニコラ演じる女王は気品と威厳あふれるその存在感が非常に印象的でした。 円熟した演技は女王の複雑な心理を見事に映し出します。王子のもとを立ち去る時に見せる怪しげな表情には、王子への愛情と無責任な現実逃避への強い欲望が見えます。 一方ジョージ・パイパー・ダンシィズのオクサナ・パンチェンコは母親としての愛情を一切感じさせない冷酷な女王を演じました。 「興味があるのは、名誉とお金と男」と言わんばかりの悪魔的人物描写はこの物語の展開をさらに悲劇的にしました。
様々な個性を持つニュー・キャスト。今までのキャストとは比べることのできない、またもう一つのマシュー・ボーン『Swan Lake』を生み出したに違いありません。
(12月9、26日、サドラーズ・ウェルズ劇場)
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