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磯部桂 Text by Katsura Isobe 
[2004.09.10]

●アダム・クーパー振付・主演『雨に唄えば』

ア ダム・クーパー振付・主演による『雨に唄えば』は、サドラーズ・ウェルズ劇場とレスター・ヘイマーケット劇場、TBSの共同制作という大々的なバックアッ プの下7月29日サドラーズ・ウェルズ劇場にて世界初演を迎えた。かの有名なスター、アダム・クーパーはかつてロイヤル・バレエのプリンシパルダンサー。 マシュー・ボーン振付の『白鳥の湖』(1995)の主役、白鳥役はほとんど伝説となっている。この『雨に唄えば』は、『オン・ユア・トウズ』(2003) に続く、クーパー振付・主演ミュージカル第2弾。ちなみに、第3弾『危険な関係』は来年1月日本で初演の予定。

『雨に唄えば』のオリジナルは、MGMの映画『雨に唄えば』(1952)、伝説的ミュージカルスター、ジーン・ケリー主演の名作。これまでにも何度か舞台 化されている。それでは、なぜ今ここで再び『雨に唄えば』なのか? どんな新しい魅力を加えて見せてくれるのか?

舞台は1927年、ハリウッド。無声映画がトーキー(発声映画)に移り変わる時代である。クーパー演じる、ドン・ロックウッドは無声映画のスター。リーナ (ロニ・アンコーラ)と共に、仰々しいフランス革命風ラブストーリーを演じ、一世を風靡していた。そして時代はいざトーキーに移る。問題はリーナ。リーナ は美人だが、とんでもない金切り声でしかもすごいブロンクスなまり。そんなリーナとドンのトーキー第一作目は大失敗。次作への案を練った結果、ドン、親友 のコズモ(サイモン・コルサード)、駆け出し舞台女優でドンの意中の人でもあるキャシー(ジョセフィーナ・ガブリエル)は、リーナの吹き替えにキャシーを 使うという案にたどり着く。果たしてその新作は大好評。初日舞台挨拶でリーナは観客からその場で歌を披露するようにせがまれる。もちろんリーナ自身は唄え ないので、リーナは口パクをし、カーテンの裏でキャシーが唄う。ドンとコズモはその歌の最中、密かにカーテンを開け、真相を暴露する。キャシーは一瞬のう ちに大スターとなり、ドンとキャシーの恋もハッピーエンドを迎える。

主役ドンを演じるアダム・クーパーは、その長身と長い手足、エレガントさが、ジーン・ケリーというよりはフレッド・アステア的な魅力を感じさせる。ロイヤ ル・バレエ学校に入る以前に全般的な舞台へのトレーニングを受けたクーパーは、このミュージカルに多用されているタップダンスも難なくこなし、彼が踊りだ すと色気のある、楽しいエネルギーが観客にまっすぐ伝わってくる。やはりこの人はスターダンサーなのである。クーパーによる振付は、バレエに収まらない彼 の幅広い経験と知識が感じられ、タップのほかに、キャバレースタイル、タンゴ風、そしてバレエ、と様々なダンスのボキャブラリーがおしゃれに披露される。 しかし、これは舞台セット(ロバート・イネス・ホプキンス)の責任もあると思われるが、このダンス用につくられた奥行きの深いサドラーズ・ウェルズ劇場の 舞台がやけに寂しく空っぽに見える。大きな空間を埋め尽くすことができていない。ダンスの振付も近視眼的に一つ一つの動きを見るだけでなく、ダンサーが空 間内をどのように移動するか、グループのフォーメーションがどのように変わっていくのか、というような点を考慮すれば、この問題は解決されたかもしれな い。


クーパーの魅力はやはりダンスで、演技、歌唱の点ではまだ周りの役者たちに支えられている感がある。おそらく、指導を受けた通りにきちんとやろうとしてい る努力は見られるが、ダンスで見られるようなはじけるエネルギーと自信に欠ける。演技の弱さはドンのキャラクターの薄さを招き、歌唱の弱さはソロパートで の作品全体のエネルギーダウンを招いた。これは、公演回数を重ねるごとに自信を得て、改善されていっているように見えるので、今後の発展を期待したい。

この『雨に唄えば』には時間的問題がある。そもそも第一幕1時間30分、第二幕50分という配分に疲れを感じる観客も見られる上、作品の流れが悪く、ドラ マが平坦に感じられるので、見ていて多少の辛抱が必要な部分がある。ポール・ケリーソンによる演出は、場面転換が非常に多く、その度に観客のエネルギーと ミュージカル自体の流れは断ち切られる。どこかで見たことがあるようなシーンが続き、型にはまった無難すぎる演出である。唯一、切り札として思い切ったと 思われる「雨に唄えば」のシーンでは、クーパーが文字通り雨の中で唄い、踊る。ミーハー的クーパーファンとしては、クーパーがずぶぬれになっている姿を見 るのは嬉しいことかもしれないが、そうでない者としてはクーパーが、滑る床のためダンスの本領を発揮せず、マイクが水にぬれて歌が聞こえなくなったり、傘 が壊れたり、水の装置がうまく働かなかったり・・・とにかく妙なことに気がとられがちなこのシーンは、身体を張っている割に感動を呼ばない、少し後味の悪 い第一幕のラストシーンである。

そんなテンポが遅く、平坦なこのミュージカルのスパイスは、金髪美女だが、おばかで金切り声のリーナを演じる、ロニ・アンコーナである。彼女はテレビ、ラ ジオで人気のあるコメディー女優。ミュージカル舞台への出演はこれが初めてらしいが、そうとは見えない。強いキャラクターでおおいに観客を笑わせるツボを 心得ているのは本業としても、さらに、台詞の通りも歌唱も堂々たるものである。観客は彼女の登場を心待ちにしている。

彼女を見ていて、このミュージカルに欠けているのは、非現実的なほど明確なキャラクターと、ドタバタ劇的なダイナミックなエネルギーなのかもしれないと感 じた。ミュージカルがあまり好きでないという人々は、大抵、役者が突然唄い出し、踊りだすことに不自然さを感じるからという。この『雨に唄えば』でも、同 じ不自然さを感じることがあるのは、歌やダンスが始まるにあたって、舞台上のエネルギーや感情が十分に高まっていないということと、ミュージカルの舞台で 繰り広げられる世界がもっと誇張された非現実的なものになっていないからだろう。

アダム・クーパーは日本でもイギリスでも大変な人気である。彼の魅力にミュージカル作品としての質の高さが加われば、これはミュージカル史上、ちょっとしたターニングポイントになるかもしれない。