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船引怜美 text by Remi Funabiki 
[2004.08.10]

Royal Ballet ロイヤル・バレエ
●ロイヤル・バレエ芸術監督モニカ・メイスン企画『ディアギレフ・2004』

ロイヤル・オペラ・ハウス(ROH)小劇場リンブリー・スタジオ・シアターで6月23、26、27日の3日 間上演された『ディアギレフ・2004』は、ロイヤル・バレエ(RB)芸術監督モニカ・メイスン企画の特別公演。セルゲイ・ディアギレフ没後75年に際し ディアギレフの功績を称え、モニカは新しい振付家5人にディアギレフ作品からインスピレーションを得た新作創作を依頼しました。それぞれの作品にはプリン シパル・ダンサーのリアン・ベンジャミン、マーラ・ガリアッツィ、フェデリコ・ボネリ、注目のローレン・カスバートソン&エドワード・ワトソン、日本人ダ ンサー小林ひかる、蔵健太、平野亮一を含む約50人のRBダンサーが出演、古典作品では決して見ることのできないダンサーの様々な魅力溢れる公演となりま した。

・マジェッシュ・モゼウスキー振付『芸術世界』
マジェッシュ・モゼウスキーは元カナダ・ナショナル・バレエのダンサーで現在はトロントを拠点とする振付家。タイトルの「芸術世界」はディアギレフがアレ クサンドラ・ブノワ、レオン・バクストなどと共にバレエ・リュス以前にロシアで結成した芸術家グループの名前です。マジェッシュはディアギレフ自身に焦点 を置き、彼と彼を囲むダンサー(ニジンスキー&カルサーヴィナ)、美術家・音楽家との関係やディアギレフの人物像を描き出しました。しかし作品は決して物 語的になることなく、ディアギレフにまつわるエピソード(ゲイであったこと、難しい気質であったことなど)や当時の社会を象徴するような社交界の場面など がテンポよく次々に展開されます。様々な美術家・デザイナーや音楽家とのコラボレーションというディアギレフの最大の特徴は一つのテーブルを中心に繰り広 げられ、クルト・ヨースの『グリーンテーブル』を思い起こすようなシーンもありました。ファーストアーティストのジョシュア・テュッファは存在感のある ディアギレフを演じ、彼の優れた演技力を発揮。その他、演技力とテクニックで印象的だったのはファーストソリストのリカルド・セルベラ演ずるニジンス キー。宙に浮く跳躍や一つ一つのムーブメントを明瞭なアレグロで魅せながらも、ディアギレフに操られていたというペトゥルーシュカ的かなしさがにじみ出て いました。
ある人物を伝記的に描いた作品は多く存在しますが、その中で印象的な構成・演出に出会うのはなかなか難しいように思っていました。しかしマジェッシュの『芸術世界』は約20分の短い作品の中にディアギレフの目から見たバレエ・リュスを非常にうまく描き出していました。
ラウラ・モレラ、リカルド・セルベラ、『芸術世界』(マッジェッシュ・モゼウスキー振付) (C) Dee Conway

・アラスター・マリオット振付『ビーイング・アンド・ハヴィング・ビーン』
RBプリンシパル・キャラクター・アーティストのアラスター・マリオットは直接的なインスピレーションをイゴール・マルケヴィッチ作曲の『イカロスの飛 翔』とセルジュ・リファール振付『イカール(イカロス)』から得た『ビーイング・アンド・ハヴィング・ビーン』を創作し振付家としてデビューしました。音 楽は2台ピアノと3つの打楽器で演奏された『イカロスの飛翔』。振付的には非バレエ的動きが多く、ニジンスキー振付『牧神の午後』や『春の祭典』を連想さ せるムーブメントが使われました。衣裳はシャネルがデザインした『青列車』を思い起こすような水着姿が強烈な印象を与えました。作品で中心的なイカロスの 羽となる女性をファーストアーティストのベサニー・ケーティングが繊細な表現力で好演。そのほかコール・ド・バレエを踊っていた小林ひかるの存在感、動き の明確さや性を感じさせないストレートな表現が非常に印象的でした。
様々な点でディアギレフバレエの影響を観ることが出来る作品となりました。上演された5つの作品の中で最も『ディアギレフ・2004』にふさわしい作品だったのではないでしょうか。

・キャシィー・メイソン振付『ヴェネチアン・レクイエム』
ROH提携振付家のキャシィー・メイソンはロイヤル・バレエスクール(RBS)卒業後ダンサーとして活躍する一方、振付家としても活躍しています。RBの ほかジョージ・パイパー・ダンス、イングリッシュ・ナショナル・バレエなどにも振付を提供しています。この『ヴェネチアン・レクイエム』の出発点は、ディ アギレフ・バレエのように作品のための作られた新しい音楽と歌と振付を組み合わせること。サックスホーンのソロ演奏(ジュディス・ビンハム作曲)とカウン ターテナーの独唱が作品をリードします。もう一つのインスピレーションはディアギレフが亡くなった場所であるヴェネチア。サブタイトルを「水辺の死」と し、ディアギレフの静かな死をテーマにしました。RBの新星カップル、ローレン・カスバートソン&エドワード・ワトソンの起用は非常に注目されました。
しかし率直な感想として、レクイエム調のカウンターテナーとミスマッチに聞こえるサックスホーンの演奏は、耳障りに聞こえてしまうほどに強烈過ぎる印象を 与えました。音楽と振付が溶け合っているとは思えませんでした。ディアギレフという人物描写もしっくりきません。女性の影ひとつちらつかせないゲイと言わ れていたディアギレフの最期に、なぜ女性との濃厚な関係が描写されるのか? ディアギレフを演じたエドワードはどう見てもディアギレフとはかけ離れたイ メージ。世の中にセンセーションを引き起こしたプロモーター、ディアギレフの死は、脚光を浴び続けた20年間のバレエ・リュスとは対照的にひっそりとむか えたと歴史上伝えられています。そのどこかミステリアスな最期、そしてバレエ・リュスにピリオドを打った出来事として、彼の死に注目するのはもっともと思 われますが、この作品ではディアギレフからのインスピレーションのようなものはまったく見ることができませんでした。

・ヴァネッサ・フェントン振付『オン・プブリック・ディスプレイ』
ヴァネッサ・フェントンはRBコール・ド・バレエの一人、RBS時代から振付家としての資質を認められ、ケネス・マクミラン振付賞などを受賞しています。 これまでにもRBに作品を振付け、ROHの小劇場(リンブリー・スタジオ・シアターとクロウ・スタジオ・アップステアーズ)で発表しています。ヴァネッサ は『ペトゥルーシュカ』からインスピレーションを得て、隠れたものによって操られる悲劇の操り人形を描き出しました。ただ単純に操り人形のイメージを描写 しただけではなく、現代の社会又はなにか特別な社会(例えばバレエ団など)も映し出されていたのではないでしょうか。
ディアギレフバレエの最も特徴的な要素、様々なアーティストとのコラボレーションに倣いヴァネッサはデザイナー(ブルース・フレンチ)、作曲家(マーティ ン・ワー&ヴィンス・クラーク、ヴァネッサ・フェントン)、ダンサーとのコラボレーションによるまったく新しいものの創造を目指しました。振付的にはパン トマイムや非バレエ的ムーブメントも含まれていました。キャスティングはマーティン・ハーベイ(ペトゥルーシュカ)、マーラ・ガリアッツィ(マジシャ ン)、ナターシャ・オウトレット(バレリーナ)。目を見張るほどに美しいナターシャのつま先/ポイントワークが非常に印象的でした。ナターシャは8月 10・11日に東京・青山劇場で上演される「ローザンヌ・ガラ」で佐々木陽平と来日、マクミランの『グローリア』に出演予定。ナターシャの魅力が十分に発 揮されるでしょう。

・ロバート・ガーランド振付『春の祭典』
ダンス・シアター・オヴ・ハーレム常任振付家のロバート・ガーランドはディアギレフ・バレエとモニカ・メイスンの栄誉を称え、『春の祭典』を創作。ストラ ヴィンスキー、ディアギレフ、ニジンスキーのコラボレーションで生まれた『春の祭典』、その後多くの振付家が独自の『春の祭典』を振付けています。ケネ ス・マクミランもその一人。マクミランは『春の祭典』でモニカ・メイスンを見出しました。ロバートはニジンスキー、マクミランとはまったく異なる『春の祭 典』を創作。ストラヴィンスキーの『春の祭典』の前半のみ(第一楽章)を使用し、2台ピアノの演奏によって上演されました。
映画『キャバレー』から影響を受けたというこの作品は、ミラーボールが吊るされた舞台に黒タイツ&ホールターネックのレオタードに赤毛のショートカットと いうミュージカル『シカゴ』を連想させるようなショー的な演出。原始的(プリミティブ)、宗教的、儀式的と形容される本来の『春の祭典』とはまったく異な る印象を与え、『春の祭典』という音楽/作品が固定概念的に持つ神秘性や崇高なイメージはいっさい含まれていません。振付的にはバランシンの影響が大いに 見られ、どうみても亜流に見えてしまいました。死神を演じていたリアン・ベンャミンやいけにえを演じていたローレン・カスバートソン&エドワード・ワトソ ンのテクニックや身体能力が優れている点はとても強調されますが、振付的にはなんの味深さも意味も感じることはできませんでした。
リアン・ベンジャミン、『春の祭典』(ロバート・ガーランド振付) (C) Dee Conway

5人の振付家がどのような作品をRBのために創るかが注目された『ディアギレフ・2004』、公演として成功を収めたとは言いがたいのかもしれません。各 新聞評も企画としての興味深さを評価しつつも、期待はずれの結果に厳しい批評をしています。しかしいつもはROHで古典作品しか観ることのできないRBの ダンサーを、小劇場公演によって至近距離で観るのは素晴らしいと思いました。ダンサーの指先やつま先の繊細な表現、呼吸などすべてを感じることができまし た。そして何よりも印象的だったのは、各ダンサーのエネルギーと情熱です。既存の振りを与えられ、振付家の意思を十分に理解できることなく、ただひたすら 踊りこむ古典作品とは異なり、新しい振付家とゼロから共に創り上げてきた作品ではダンサーの生命感のようなものを感じます。古典作品では各ダンサーの身体 にみなぎっているエネルギーを感じることは難しいように思えます。この公演ではすべてのダンサーに“RBのダンサー”としてではなく、“1ダンサー”とし ての存在感や自信が感じられました。以前RBでは「ダンス・バイツ」という特別ツアーがありました。ダンス・バイツはRBの選ばれたダンサーで構成された コンテンポラリー・グループとして、主に新しい振付家(当時のアシュレイ・ページやウィリアム・タケットなど)の作品をシーズン中やオフシーズンに小・中 規模の劇場で上演。ROHでの公演とは異なり、新しいダンサー/振付家を発掘することができたり、公開レッスン、セミナーなどのイベントでRBの更なる魅 力を体験することができました。今回の『ディアギレフ・2004』はその「ダンス・バイツ」の復活を予感させました。企画としては非常に興味深く、ダン サーにしても観客にしても非常に刺激的な経験になるのではないでしょうか。今後もこのような公演の機会が増えることが期待されます。

(6月23日、リンブリー・スタジオ・シアター、ロイヤル・オペラハウス)