ワールドレポート ~世界のダンス最前線~

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磯部 桂 Text by Katsura Isobe 
[2004.08.10]

●カルロス・アコスタ振付・演出・主演『トコロロ』~キューバからの物語~

カルロス・アコスタは目立ちたがり屋である。
キューバ出身のこの褐色のバレエダンサーは1990年ローザンヌコンクールの金賞受賞を皮切りにかずかずの賞を総なめ、世界各地のバレエ団にてゲスト出 演。現在、イギリスはロイヤル・バレエのプリンシパル・ゲスト・アーティストという地位に収まっている。並外れたバネとコントロールは人の目をとらえて離 さない。彼のダンスは、人種の壁を完璧に鍛え上げられた身体とテクニックで乗り越えた、一種の反骨精神の現れであるように見える。

カルロスは『トコロロ』制作時のドキュメンタリー番組(2003年夏BBCにて放映)でこういっていた。「バレエなんて好きじゃなかった。もっと格好いい ダンスに興味があった」。バレエを始めたきっかけは、暇を持て余していた彼に父親が強制したから、らしい。カルロスは今年31歳。バレエダンサーとしては 既に熟した年齢である。そんな彼の新たなもくろみは自分の作品を制作すること。彼自身のキューバでの少年時代をもとにつくられた『トコロロ』(カルロス・ アコスタ台本、振付、主演)は2003年2月キューバでの初演後、同年7月サドラーズ・ウェルズ劇場にて完売の2週間公演。今回はそれを受けて4週間公 演。この後開演するアダム・クーパーの『雨に唄えば』と共にこの劇場の夏シーズンを担うビッグプロダクションに成長した。『トコロロ』はキューバの国鳥に ちなんでつけられた主人公の名前である。このトコロロくん(幼少時代:ヨナ・アコスタ(カルロスの甥)、カルロス・アコスタ)がキューバの田舎から都会に 出てき、都会の人々(アレクサンダー・バロナほかキューバ現代舞踊団16名)に笑い者にされるが、その中で唯一彼を真剣なまなざしで見つめていたかわい子 ちゃん(ベロニカ・コルベアス.キューバ国立バレエ団所属)と恋に落ち、彼女の助けを借り、最終的には都会の人々に受け入れられスターの座に収まる、とい うのが基本的な物語。

キャストは、国際的スター・カルロスをのぞいてすべてキューバで活躍するダンサーたち。実直まじめな田舎少年トコロロくんが、冒頭にばりばりクラシック・ バレエをお披露目するほかは、アフロヒスパニックの影響を受けるサルサ・スタイルのキューバのモダンダンスが大爆発。トコロロくんも物語が進むにつれ徐々 にクラシック・スタイルを逸脱し、最後にはみんなに加わってダイナミック・キューバン・ダンスを踊りまくる。都会対田舎、およびトコロロくんの個人的成長 をダンススタイルの違いをうまく利用し表現している。
サルサベースのパンチの効いたミゲル・ヌネス作曲の音楽は、舞台上の5人編成のバンドによって生演奏される。芸達者なバンドメンバーたちはダンサーたちと 混じり合い、時にパーカッショニスト、時にシンガー、時に役者となり、熱気のあるキューバの雰囲気づくりに大貢献している。作品全体としてはミュージカル のようなエンターテインメントに徹しており、その点ロイヤル・オペラハウスに通常通っているような人々には芸術性に欠けるものであると映ったと思われる。 物語のある作品にも関わらず、ショーそのものからはそれほどドラマ性が感じられず、ところどころ挿入された心の葛藤を醸し出すシーンでは、やたらオーバー な演技が鼻につく。ドラマという観点から見れば、この作品は弱く各シーンのつながりや、全体的なシーンの構成など改善するべき点は多々あると思われる。

しかし、このキューバの、巧みなテクニックをもつパフォーマーたちによって作り出される熱気あふれる雰囲気は、まさしく一見に値する。『トコロロ』のアン コールでは全出演者が観客席に降りてきて、観客に席から立ち上がり音楽と共に身体を動かすように誘導する。1時間半あまり、キューバのエネルギーを目の当 たりにした後で、この誘いに乗らないことは難しい。多くの観客が立ち上がり、出演者共々腰を揺らし、地を踏んでいる光景を見ると、これこそダンスの本質で あり、堅苦しく気取ったクラシック・バレエなぞばかばかしく思えてしまうのである。これは反骨のバレエスター、カルロス・アコスタからのメッセージなのだ ろうか!? 何はともあれ、この国の人々にとって『トコロロ』は夏の一夜の、良い異文化体験であると言えるだろう。キューバで生まれ育ち、イギリスで活躍 するカルロスにとって、二つの国の距離が縮まることこそ願いなのかもしれない。
カルロス・アコスタ、サルサ・デュエル、『トコロロ』

(6月29日~7月24日、サドラーズ・ウェルズ劇場)