ワールドレポート ~世界のダンス最前線~

From London <ロンドン>: 最新の記事

From London <ロンドン>: 月別アーカイブ

船引怜美 text by Remi Funabiki 
[2004.07.10]

Royal Ballet ロイヤル・バレエ
●ジョン・クランコ『オネーギン』アリーナ&コポーほか

ロイヤル・バレエ(RB)2003/4シーズン最後の演目、 ジョン・クランコ振付『オネーギン』が5月26日~6月30日までロイヤル・オペラハウス(ROH)で上演されました。 ファーストキャストはヨハン・コポー(オネーギン)、アリーナ・コジョカル(タチアナ)、カロライン・デュポット(オルガ)、フェデリコ・ボネリ(レンスキー)。 セカンドキャストではジョナサン・コープ/タマラ・ロッホの病気/怪我による降板のため、ソリストのシアゴ・ソレアスとファースト・ソリストのラウラ・モレラがタイトルロール・デビューを飾り、 オルガ/レンスキーにはプリンシパルのアリーナ/イヴァン・プトロフという興味深いキャストとなりました。 シアゴはブラジル出身、モスクワ国際コンクール金賞受賞ダンサー、2001年よりRBに入団。ラウラはRB育ちのダンサー、古典作品よりもコンテンポラリー作品で注目を集めてきました。

プーシキンの詩を元にした恋愛悲劇『オネーギン』はクランコの代表作(1965年、シュツットガルト・バレエ初演)。 音楽はチャイコフスキーのオペラ曲とは異なり、『四季』などのピアノ曲が主に使用されています。 <第1幕>ロシアの地方貴族令嬢姉妹タチアナとオルガの元にオルガの恋人・レンスキーの紹介でオネーギンが訪れます。 物静かな文学少女のタチアナは都会から来たミステリアスなオネーギンに恋をします。その晩オネーギンへの想いをラブレターにつづり、夢に酔いしれます。 <第2幕>タチアナの誕生日パーティー。田舎娘の求愛にうんざりしたオネーギンはラブレターをタチアナに付き返し、目の前で破り捨てます。 オネーギンはおさまらない怒りをレンスキーにあてつけ、オルガといちゃつき始めます。それに激怒したレンスキーはオネーギンに決闘を申し入れ、殺されてしまいます。 <第3幕>数年後、オネーギンはグレーミン大公夫人となったタチアナの元を訪れ、ラブレターを渡します。 タチアナの寝室に忍び込んだオネーギンは彼女の足元にひれ伏して求愛します。 タチアナはオネーギンをまだ愛しているものの、過去の苦しみやグレーミン大公への想いを考えるとオネーギンを受け入れることはできず、 ラブレターをオネーギンに付き返し、破り捨て、自分の目の前に2度と現れないように命じます。

ファーストキャストではアリーナ&コポーの素晴らしいパートナーシップが非常に印象的でした。2人のパ・ド・ドゥは会話のように自然。 コポーのリフトの安定感、感情表現をテクニックにすべて映し出すことのできる余裕は驚くべきものです。 1幕、タチアナとの出会いのパ・ド・ドゥ、恋に落ちていくタチアナとまったく興味を示さないオネーギン、 オネーギンはリフトしたタチアナを“心ここにあらず”の面持ちでゆっくりと下ろします。 それは単純に女性を音楽に合わせて空中から下ろすことのできるコントロール力という技術的なものではなく、それを超越した表現力でした。 コポーのオネーギンは怪しさ漂わせながらも温かさを感じさせます。2幕・泣き伏すタチアナの後ろから手を回し、涙に濡れる彼女の手にラブレター破り捨てる場面では、 破片の入ったタチアナの手をゆっくり握るしぐさなどから優しさが感じられました。 2000年RB初演公演でタチアナだけでなく観客の心も凍らせたアダム・クーパーの冷酷なオネーギンとは異なる印象を持ちました。 アリーナ演ずるタチアナはかなり控えめな役へのアプローチの為か徐々に変化する感情表現力に欠けていました。 アクロバティックなパ・ド・ドゥでは、アリーナの魅力である体当たり的エネルギーと迫力に満ちた表現力で見事に激情を表しますが、 ただ立ち尽くす姿からは身体から溢れる感情を読み取ることはできません。1幕寝室のシーンでの恋する少女像はまさに彼女のはまり役ですが、 タチアナ/クララ/ジュリエットの違いを見出すことはできません。オルガ役に抜擢されたファースト・アーティストのカロラインはパリ・オペラ座バレエ学校出身。 その経歴を“なるほど”と思わせる容姿の美しさとテクニックは印象的ですが、チャイコフスキーの叙情的音楽の深さを踊りに映し出されていません。 レンスキーを演じたフェデリコはポール・ドゥ・ブラからも香り立つ気品とハンサムな容姿が魅力的ですが、悲劇のレンスキー像を独自の解釈で演ずることはできませんでした。


 
セカンドキャスト、ラウラ演ずるタチアナはRBならではの女優ダンサーであることを証明しました。 1・2幕のタチアナは気難しく不器用な田舎娘、ラブレターを書く姿からもそのイメージを読み取ることができます。 3幕の寝室パ・ド・ドゥでは、彼女の特徴である情熱的なエネルギーは苦悩を乗り越え成熟した一女性の強さとして生かされ、 また彼女のアレグロテクニックの明確さは2幕のソロで失恋の苦しみを十分に表しました。一方、シアゴ演じるオネーギンには彼独自のオネーギン像を見出すことはできませんでした。 パートナリングやテクニックの正確さは優れているので、演劇的作品を通して味のあるダンサーへの成長が期待されます。 アリーナ演ずるオルガは笑い声が聞こえてきそうなほどに陽気で無邪気、この若気の至り的無分別さは2幕の悲劇をさらにこころ痛むものにしました。 1幕のレンスキーとのパ・ド・ドゥでは、デブロッペやピケに弦楽器のふくらみや管楽器のアクセントを視覚化する彼女の音楽性が印象的でした。 イヴァンはプライド高く理想主義的なレンスキーを好演、2幕の決闘前のソロでは、コントロールされたピルエットや伸びのあるアラベスクには非痛感が溢れていました。
その他特筆すべき点は、コールド・バレエの表現力の豊かさでしょう。1幕1場のタチアナの友人らによるフィナーレ、 男女カップルが対角線上に空中を水平に滑るかのように駆け抜ける連続グラン・パ・デ・シャには青春を謳歌するエネルギーが溢れ、何とも言えない爽快感がとても印象的でした。
ゴールデン・カップル、アリーナ&コポーの好演とラウラ&シアゴの衝撃的デビューは、シーズン最後にふさわしい感動をROHにもたらしました。

(2004年6月17・18日、ロイヤル・オペラハウス、ロンドン)