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船引怜美 text by Remi Funabiki 
[2004.05.10]

●バランシン・プロ 『アポロ』『放蕩息子』『アゴン』

『アポロ』はストラヴィンスキー&バランシンのコラボレーションの代表的作品(1928年バレエ・リュス上演)。ミューズの守護神アポロが3人のミューズ (詩の女神:カペリオ、劇の女神:ボリュヒュニア、歌と舞踊の女神:テレプシコール)に、それぞれ芸術を授けるというギリシャ神話を題材とします。古典的 ステップの素晴らしさを生かしつつ、ダンサーの身体によって生み出されるムーブメントそのものに焦点を置き、それまでの固定概念を覆すようなステップや パートナリングを取り入れました。新古典主義の代名詞的作品です。1928年の振付と考慮すると、非常に驚くほどにコンテンポラリー・バレエ原点が組み込 まれています。『アポロ』はこのバランシン・メモリアル・イヤーに際して、新しくDTHのレパートリーとして加えられました。そのためかダンサーの踊りに 深みを見出すことができませんでした。1996年ヴァルナ国際バレエ・コンクールで歴代最年少の金賞受賞、GAPのCM(2000年春・夏、ウェスト・サ イド・ストーリー編)登場などで人気の高いラスタ・トーマスがアポロを演じ、エネルギー溢れる跳躍、切れのあるピルエットなどテクニック的には観客を興奮 させましたが、『アポロ』にこめられた作品的解釈、神という役柄に求められる威厳には物足りなさを感じました。3人のミューズとの係わり合いにもぎこちな さが見られ、歌と舞踊の女神:テレプシコールとのパ・ド・ドゥではパートナリングよりも、独りよがりな感も見らました。まだ若いラスタ(現在23歳)のこ れからの成長を見守りたいと感じました。NYCBよりジャック・ダンボワーズを招いて『アポロ』のリハーサルに取り組んだと報告されていますが、バランシ ン・テクニック&スタイルの継承と保護には不安を感じさせる『アポロ』でした。

『放蕩息子』も同じくバレエ・リュス時代のバランシン作品(最後のバレエ・リュス作品)で、ルカの福音書にある放蕩息子の寓話を元にプロコフィエフの音楽 に振付けられた作品です。短時間(約2週間)で創られたと言われるこの作品は、他のバランシン作品に見られるような理論的・哲学的作品背景よりも、純粋に 主役ダンサーのテクニック、演劇的要素が最大の魅力になります。放蕩息子を演じたダンカン・クーパーはエネルギッシュな跳躍、力強いムーブメントによって 完璧に放蕩息子を演劇的に演じました。ジョルジュ・ルオーのフォービズムを象徴する美術デザイン(太い線、原色使い)は非常に印象的で、バレエ・リュスが 提唱した美術と舞踊の融合の迫力を感じさせました。バレエ・リュスの総合芸術を21世紀の今でも体験できる作品です。

『アゴン』(1957年初演)はバランシン&ストラヴィンスキーのコラボレーションの中でも最高傑作といわれます。ここにバランシンがフォーサイスなどの コレオグラファーの与えた影響が大いに見られます。「アゴン」とはギリシャ語で「競技」を意味し、12人のダンサーが競い合うのと同時に、それまでの固定 概念化されたバレエのボキャブラリーに挑戦する(極端な四肢の可動域、オフ・バランスの多用など)という意味でも、この作品のタイトルは見て取れるので しょう。『アゴン』をはじめ、バランシン・バレエはストーリーを語らない抽象バレエと言われますが、動き一つ一つ、ダンサー同士の関係、空間との関係、音 楽との関係には具体的な意味があり、振付解釈的には全く抽象的ではありません。

『アゴン』はDTHの芸術監督アーサー・ミッチェルによって初演されていますし、DHTにとって特別な作品です。主役のパ・ド・ドゥを踊ったアリシア・グ ラフは長い腕・脚に小さな顔、そして棒のように細く長いバランシン・ダンサーそのものの容姿を持ち、新体操選手のような並外れた柔軟性、しなやかさで観客 の目を釘付けにしました。額を打ち付けるような迫力あるグラン・バットゥマン、男女問わず求められるエネルギッシュなグラン・ジュッテはまさに“アゴン” そのものです。しかし、直線的なクラシックのポーズを崩し、ゆがませて作り上げたムーブメント、ジャズの要素を大いに取り入れたムーブメント、頻繁に組み 込まれたファッション・モデルのようなポーズ(コントラポスト)は、“アゴン“の強さ表す鋭角的なクラシックのステップの中に女性的美しさ、女性的魅惑を ちらつかせます。DHT女性ダンサーの踊りにはバランシン・バレエに象徴される”女“らしさよりも、強さや自信が強く現れていました。女性らしさを強調す るバランシン・テクニックとして特徴的なポール・ド・ブラ、特に肘から手首、指先にかけての動き、上体のしなやかさがあまり見られませんでした。ダンサー の身体の動きそのものを見せるためだけでなく、ダンサーの美しい身体を装飾的なコスチュームで覆い隠す必要はないと、レオタードにタイツのみというスタイ ルを作品に多く起用したのはバランシン・バレエの特徴ですが、DTHの『アゴン』は異例の黒の長袖のレオタード(従来は袖なし)。これがダンサーの肘の柔 らかさなどを視覚的に妨げたのでしょうか。

今回の公演で、最も残念だった点は、録音された音楽でのバランシン作品の上演です。バランシン作品は音楽そのものであり、ダンサーは音符として舞台の上に 現れます。指揮者・オーケストラそしてダンサーの呼吸が一つになったときに成し遂げられる瞬間がバランシン・バレエであると思います。録音されたストラ ヴィンスキーやチャイコフスキーの音楽にダンサーが合わせて踊るのでは、ポール・ド・ブラやジャンプにバランシンによって吹き込まれた意味が体現されない のではないかと思いました。