8月開催のガラ公演「The Artists―バレエの輝き―」(小林ひかるプロデュース)では、UKチームとUSAチームが新作を発表します:小林ひかる インタビュー

ワールドレポート

インタビュー=関口紘一

――8月に開催される「The Artists―バレエの輝き―」は、2020年1 月に行われた「輝く英国ロイヤルバレエのスター達」に続く、小林ひかるプロデュース公演ですね。前回公演は「ダイナミズム」「パーソナル・エモーション」「神秘的存在」というテーマを掲げたセクションを組み合わせて構成したプログラムという、既存の公演とは異なったものでしたが、たいへん好評でした。その手応えについて聞かせてください。

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小林ひかる

小林ひかる 「輝く英国ロイヤルバレエのスター達」では、もちろん日本のお客様はロイヤル・バレエのダンサーたちのいろんな面をご覧になりたいと思いましたから、ロイヤルのレパートリーにないものも入れて、ダンサーにとってもエキサイティングで挑戦出来る作品を考えました。そしてダンサーそれぞれの多様性を観ていただくために、いくつかのセクションの組み合わせを変えていく、というプログラム構成に行き着きました。
ダンサーにも無理をさせずにお客様にも多様な姿を1回の公演で観ていただいて、もしまたもっと観たいということがあれば、他の日にちと合わせて観ていただけるというふうになりました。
お客様の反応としては、バレエをよくご存じの方は公演を選択できると思うのですが、あまり詳しくない方が迷ったときに「このコンセプトだったら、こういうの観たかったらこっちね」と、選びやすかったという声は聞いております。そういう構成はどの公演でもあると思うのですけど、あえてそれを表に出してみたというアイディアが良かったかなと思いました。やっぱり、何か自分で積極的に選んで、少し参加するという、そういう意識をお客様が持てるようになったところが良かったかと思います。
お客様はやっぱり好みがありますから、いわゆるロマンチック・バレエが好きな方もいますし、コンテンポラリーやモダンな感じが好きな方もいるので、どちらも入れたいとなると、細かく分けて、そのテーマに合ったものを、そのセクションごとに上演するというのが一番効率が良いかなと思いました。

――上演前に短くダンサーと作品についての映像を入れたのもよかったと思っています。

小林 バレエにあまり馴染みのない方々からよく耳にしていた言葉「何を表現しているのか?」「何を語っているのか? 考えているうちに終わってしまった」とか、「眠くなってしまった・・・」という現象を少しでも解消したく、簡単な前置きを入れることによって、よりその作品を理解していただけると考えました。
もちろん、観客に考えさせるということも大事だとは思いますが、ガラ公演のように、各バレエ作品のほんの一部だけの上演になりますと、ダンサーにも表現できる限りがあるので、消化不良にならない様にするために考えたアイディアでした。

――8月に開催される「The Artists―バレエの輝き―」には、アメリカのカンパニーからダンサーが参加しますね。

小林 そうですね、前回公演の第2弾も考えましたが、英国ロイヤル・バレエ団の日本公演が同じ時期にはいてしまっていることもあり、その次に考えていたプロジェクト先に持ってくることにしました。次の構想は、いろんな国のバレエ団を集めて一つの舞台を作ろうと考えていましたので。
そして日本には長い間、アメリカのアメリカン・バレエ・シアター(ABT)とニューヨーク・シティ・バレエ(NYCB)がきていませんが、やはり素晴らしいダンサーがいます。英国ロイヤル・バレエ団のダンサーとアメリカを代表するダンサーたちのライヴのショーを観ていただけたら、きっとすごく楽しいだろうなとも思いまして、ロイヤル・グループとアメリカ・グループによる公演を行うことにしました。アメリカ・グループにはABTとNYCBのトップのダンサーたちを選びました。企画している段階からとてもエキサイティングで、メンバーも素晴らしいダンサーたちが揃ったので、私自身も楽しみにしております。

――最近、アメリカのバレエ団の来日といえば、昨年のヒューストン・バレエ団くらいです。ABTも芸術監督がスーザン・ジャフィに変わりましたし、ニューヨーク・シティ・バレエにもいろいろ大きな問題がありましたが、コロナ禍後は活発に活動しているようです。

小林 英国ロイヤル・バレエ団が『赤い薔薇ソースの伝説』をABTと共同制作したように、近年はグローバルな制作活動も盛んいなってきていますね。そうすると一つの国のカンパニーが制作したものとは、また、違った品質の作品に仕上がります。振付やダンサーはもちろんですが、美術から照明までいろいろな方々が関わっているので、それだけバラエティに富んだアイディアが詰め込まれてきます。英国ロイヤル・バレエ団にしても、ABT、NYCB にしても、すごい才能が劇場に集まっているということは、やっぱりそれだけの価値があるのだろうと思います。そういうことをもっと大切にして、その価値をもっと大きく活かして新しい舞台ができないだろうか、そういう公演を創りたいと思い、今回の「The Artists―バレエの輝き―」では、新作を2作品上演します。アメリカチームとイギリスチームがそれぞれ1本ずつ創る新作が世界初演となります。

――そうですか、ガラ公演というとどうしても祝祭的な面が強くなってしまいがちですが、それはすごいですね。ガラ公演ということで優れた才能が集まるわけですから、そこでしかできなかったものを創るということが、ガラ公演では最も大切なことだと思います。

小林 はい、そうですね。
今回公演で新作を創るということはチャレンジングな試みなのですが、一番チャレンジグなのは、出演ダンサーたちの空き時間を見つけることです。(笑)作品を作ること自体には問題はないのですが、いつリハーサルするかということが一番大きな問題です。みんなそれぞれスケジュールが違うので、それを一つに集めるということは本当に至難の業、とんでもなく大変です。写真を撮るだけでも大変でした。一人ずつ撮って集めなければなりませんでした。

――アメリカ・チームはアメリカ・チームで誰か振付家を選んで新作を創るのですか。

小林 ロイヤルはロイヤルのグループで創って、アメリカはアメリカのグループで振付けるのですけれども、ダンサーが1名だけ、ロイヤルからアメリカのグループに参加します。イギリスの出演者が7名、アメリカの出演者が5名ですから、人数の関係でうまく合わせて創るように今は設定しています。もちろん、いつまた変わるかわかりませんが、今はそうなっていたとしても、振付け次第で変わってしまうこともあるのですけど。今、その諸々の調整の真っ只中におります。

――そうですか。それはそれは大変ですね。今度公演何日間でしたか。

小林 今度は3日間で、全4公演を予定しています。

――そうすると、新作2作が同日に上演されるってことはないですか。

小林 いえ、あります。あるセクションが新作のセクションになっていますので。前回公演と同じパターンです。4つのセクションを異なる組み合わせで2つずつ上演する形で計4公演を行いますが、その一つが新作のセクションになります。

――前回よりもちょっと複雑になって、観賞日を選ぶためにはもっといろいろ考えなければならなくなるわけですか、それはまた楽しみですね。新作は、別々の振付家が別々の場所で振付けることになるのですか。

小林 はい、UKチームとUSAチームという感じです。

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山田ことみ

――それは来日公演のスタイルとしては、全く新しいですね。
UKチームのダンサーとUSAチームのダンサーの共演はありますか。

小林 はい、五十嵐大地さんと山田ことみさんが組んで踊ることになります。

――彼らは初めての共演ですか。

小林 はい、そうです。ことみさんはローザンヌでは怪我をして残念な結果でした。昨年コヴェントガーデンのリンバリー・スタジオに、彼女がABTのスタジオのメンバーとしてきてスタジオ・パフォーマンスをしていたのを偶然観て、びっくりしました。まだ若いのに、難しいステップを最も簡単にそして正確にこなして行き、身体から滲み出るパワーに圧巻されました。大地くんとパワーが似ているのではないかと思い、ぜひ組ませてみたいと思ったのです。若さ弾ける二人がとても楽しみです。

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キャサリン・ハーリン、アラン・ベル

――ABTのアラン・ベルも期待されているダンサーですね。

小林 そうです。映画『ファースト・ポジション』でご記憶の方も多いと思いますが、ABTのプリンシパルになったばかりです。キャサリン・ハーリンもアメリカでは幼い頃から常に注目の的で、ABTジャクリーン・ケネディ・オナシス・スクールをメディアが報じる時は、いつも彼女の写真が使われていました。将来のABTを背負っていく二人のスターダンサーと期待されています。

――ニューヨーク・シティ・バレエからはローマン・メヒアですね。(彼の父は元ニューヨーク・シティ・バレエのダンサーで、バランシンから結婚を迫られていたスザンヌ・ファレルと結婚した)

小林 先日、ニューヨークに行ったのですけれど、ちょうどジャスティン・ペックの新作を上演していまして、それにローマン・メヒアが出演していました。舞台を観ていたらとにかく弾ける人がいて、誰だろうと思ったらメヒアでした。彼はタイラー・ペックのパートナーでもありまして、『チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ』を観ました。とてもしっかりした踊りでした。それまでは映像でしか観ていませんでしたから、初めてライヴで観て、今回の公演にお誘いして本当に良かった、と確信しました。やっぱり、映像で観るダンサーとライヴで観るダンサーは違いますから。タイラーも彼女が踊っていると、エンタテインメントの本質的なものが身体から滲み出てくるような気がします。バランシン作品を踊っていると、これがバランシンだ、と納得させられます。バランシンが生きていたら、彼女は間違いなくミューズになっていたと思います。また、過去の映像になりますが、パトリシア・マクブライトの前で披露していた『Who Cares?』のヴァリエーションが素晴らしかったです。

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ローマン・メヒア  photo/Erin Baiano

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タイラー・ペック  photo/Erin Baiano

――英国ロイヤル・バレエ団からの参加するダンサーはいかがですか。

小林 べテランからこれからが楽しみな若手まで素晴らしいダンサーが揃っています。

――最近、ロイヤル・バレエのシネマで『赤い薔薇ソースの伝説』を観ましたが、マヤラ・マグリの演技に圧倒されました。不幸な女性を演じていましたが、最後はもう何かもののけにでも憑かれたようなすごい存在感を出していました。

小林 彼女はアクター・ダンサーです。生粋のロイヤルっ子ですね。

――マシュー・ボールも医者に扮していましたが、とても良かったです。彼は細身ですがパワーもすごいですね。他にはマリアネラ・ヌニェス、ワディム・ムンタギロフ、金子扶生、ウィリアム・ブレイスウェル、五十嵐大地が来日しますね。

小林 バレエ団ではパートナーが今までとちょっと変わっています。すでに日本でも踊っていますが、ヌニェスとブレイスウェル、金子扶生とムンタギロフとなります。今回もそういった新しいパートナーと踊ります。
みんな他のカンパニーのダンサーと同じ舞台で踊れるとか、今までのガラとはまた違った特色を持つ公演なので楽しく踊れる、ということで集まってくれたダンサーたちです。
そして、まだお知らせできないのですが、演目もダンサーたちの新しい面を観られるようなものを用意しつつあります。私はイギリスにいて、彼らのさまざまな面を見ることができる場所にいますので、未だ東京のお客様に知られていないところをお観せできれば、と思っています。キャスティングの段階からいろいろ考えておりますので、演目も十分に練ったものをお観せできると信じています。通常のカンパニー公演では観られない公演になると思います。

――確かに演目ごととか、ダンサーごととか、他のカンパニーと一緒に踊ることとか、新作を念頭に置いてとか、そういうことを全体的に考えながらプログラム構成を組むという公演はあまりないですね。イギリスではそうした公演は多いのですか。

小林 そうですね、ガラ公演は最近では「ロシアン・アイコン・ガラ」とか、あとロイヤル・バレエのプリンシパルだったネイマイヤー・キッシュがプロデュースした「ヌレエフ・ガラ」とか、そういった企画ガラみたいなものはいろいろあります。イギリスは舞台公演が本当に多いですからね。
それから、日本はどちらかといえばバレエではトラディションを追う方が強いと思いますが、今の時代、やはり新作が必要だと思います。何百年も続いてきたバレエの伝統も、このまま続いていくのだろうか、と思われるようになってきています。いろいろなものが進化していく中で、バレエだけ取り残されていくのではないか、何かを変えなくてはいけないんじゃないか、とも思います。でも伝統もまた大切でそれをキープするということも、ただ同じものをキープしていくというのではなくて、少しずつ進化させた形でキープしていけないか、ということもこの頃、思うようになってきました。人種の問題とか、ジェンダーの問題とか、かなりヨーロッパでも言われてきています。いつも男性が強くて女性が弱くて助けてもらう立場にいるということについて議論もが広がり、同等な立場の必要性がかなり主張されています。そういったことを考えると、トラディショナルなバレエはいつも王子様に助けていただくプリンセス、ということになってしまいます。それはそれで大切にしていくとしても、それを今の時代のお客様が観てどう思うかということを、プロデュースする方は考えなくてはいけないと思います。今までやってきたことと同じように、そのままずっと続けるというわけにはいかなくなってきているのだと思います。

「The Artists―バレエの輝き―」

――そういう点から見ますと、英国ロイヤル・バレエ団は『白鳥の湖』や『眠れる森の美女』などを30年とか、そう言ったサイクルで製作し直していますね。『くるみ割り人形』で問題となったお茶の踊りなども作り替えています。そして『赤い薔薇ソースの伝説』のような新しいイメージ豊かな舞台を国際共同制作しています。それが小林さんのような優れたプロデューサーの問題意識と正確に一致するかどうかわかりませんが、重なる部分もありますね。

小林 そうですね、そうした意味からもそれぞれの国の文化的伝統を背負っているバレエ団が交流して、来日公演などで新作を発表していくことは大きな意義があると思います。また同様にダンサー個人も文化的伝統を背負っていますので、異なったカンパニーのダンサーと同じ舞台で踊ることはお互いに良い影響を及ぼすことになると思います。そしてお客様もまた、そうした公演に参加して新しいバレエの傾向やダンサーの踊りを観て、新しい舞台芸術の息吹に触れていただけたら幸いです。また、海外への留学や就職を夢見ている若者のみなさんには、それぞれのバレエ団の作品や踊りのスタイルの違いなどをしっかり見比べて、自分がこれからどの様な作品、スタイルを学びたいかを理解して頂きたいです。

――本日は大変お忙しいところ興味深いお話を聞かせていただきまして、誠にありがとうございました。
また、新作などが具体的になりましたら、ぜひ、お話を聞かせていただきたいと思います。

「The Artists ―バレエの輝きー」

会期:2023年8月11日〜13日
会場:文京シビックホール 大ホール
公式サイト:www.theartists.jp
出演:マリアネラ・ヌニェス、ワディム・ムンタギロフ、マヤラ・マグリ、マシュー・ボール、金子扶生、ウィリアム・ブレイスウェル、五十嵐大地(英国ロイヤルバレエ)/タイラー・ペック、ローマン・メヒア(ニューヨーク・シティ・バレエ)/キャサリン・ハーリン、アラン・ベル、山田ことみ(アメリカン・バレエ・シアター)

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