「輝く英国ロイヤルバレエのスター達」を初プロデュースする小林ひかるに聞く

ワールドレポート/東京

インタビュー = 関口 紘一

2020年1月31日に開幕するガラ公演「輝く英国ロイヤルバレエのスター達」。この公演は、英国ロイヤル・バレエ団を昨年引退した小林ひかるが初めてプロデュースを手がけるもの。パートナーのフェデリコ・ボネッリとともに、吉田都引退公演に際して来日していた機会に、「輝く英国ロイヤルバレエのスター達」の実現に至るまでの彼女の想いを聞いた。

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© Andrej Uspenski

----小林ひかるさんは、当時、日本人としては珍しくパリ・オペラ座バレエ学校に入学されました。今でこそ、オペラ座バレエ団に日本人ダンサーが在籍して おりますが、その頃はフランス人以外は入学できないと思われていました、よく挑戦なさいましたね。
小林ひかる パリ・オペラ座バレエ学校の公演を見ていましたし、とても憧れていて、ぜひ、入りたかったのです。 確かに、入学しましたらほとんど全員がフランス人。日本人は私だけで、他にはイタリア人 1 人、ブラジル人 1 人だけと言う環境でした。

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----当時のパリ・オペラ座バレエ学校には、外国人の生徒は一人もいないと思っていました。
小林 オペラ座のバレエ学校では外国人も受け入れますが、オペラ座バレエ団にはフランス人が優先して入団するので、もし空きがあれば外国人も可能、ということでした。しかしまずは、オペラ座バレエ学校の生徒、その次はフランス人の他のバレエ学校の生徒、最後に外国人の試験が行われる、という具合でした。私の最後の試験の時には、もうバレエ団に席がありませんでした。オペラ座バレエ学校からも1人か 2 人しか入団できず、バレエ学校の卒業生も他のバレエ団に流れていました。ですから外国人の入団はゼロでした。でも今は時代の流れで、パリ・オペラ座バレエ団としてのレベルを保つのが大変のようで、少しずつオープンになってだいぶ門戸が開けてきました。

----今では、パリ・オペラ座バレエ団に四人くらい日本人ダンサーがいますね。マリインスキー・バレエ団でも、外国人はバレエ学校に受け入れていましたが、別枠で授業を受けさせていて、かつてはバレエ団にはほとんど入れませんでした。ですが今日では門戸は開かれていて、日本人ダンサーも何名が所属しています。小林さんは、それからチューリッヒ・バレエ団に行かれて、フェデリコ・ボネッリに出会い、アムステルダムのオランダ国立バレエ団に行かれました。そこから英国ロイヤル・バレエ団に入られたわけですが、そのときは厳しい条件だった、とお聞きしました。
小林 オランダ国立バレエ団ではソリストでしたから主役も踊っていましたが、英国ロイヤル・バレエ団では、コール・ドでしたから一からやり直しで、かなり辛かったですね。

----元々、英国ロイヤル・バレエ団へ、という目標はお持ちだったのですか。
小林 正直、全然なかったです。いろいろと作品を踊って行く中で、英国ロイヤル・バレエ団の作品に出会うことができ、ドラマティックな作品があると知って好きになりました。その流れで英国ロイヤル・バレエ団に興味が湧いてきました。それまではパリ・オペラ座バレエにしか興味がありませんでした。 オランダ国立バレエ団では、ウェイン・イーグリングが芸術監督でしたので、 英国ロイヤル・バレエ団の作品に触れることができました。そこで改めてロイヤ ル・バレエの作品を見直しました。フレデリック・アシュトンやピーター・ライトなどですね。ピーター・ライトの振付は、『ジゼル』や『眠れる森の美女』を踊りました。また、ピーター・ライト版の『くるみ割り人形』は、その頃スターダンサーズ・バレエ団に呼ばれて踊りましたが、そこでピーターと知り合いになりました。そして英国ロイヤル・バレエ団に行ってみたい、と言ったら、ピーターがモニカ・メイソンにつなげてくれました。

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ロースアダージオ photo/ Bill Coope

----英国ロイヤル・バレエに入団されてから、セルゲイ・ポルーニンとも踊っていらっしゃいましたね。
小林 ええ、まだ 19 歳くらいで悪ガキ小僧といった感じでした。とにかく練習したくない。練習も必要ないくらいに大体のことできてしまうんです。でも私が必要でしたから、それは大変でした。けれども、彼は舞台に立つとやっぱりアーティストで、パートナーをとても大事にしてくれて、それが 伝わってきました。また、日本のスターダンサーズ・バレエ団のガラ公演で一緒に『グラン・パ・クラシック』を踊りました。かなりリスキーなダンサーというか、本番当日までどうなるかわからないところがあって、どちらかというと普段は避けたいタイプですね。でも、当時は名前が出はじめたばかりでしたから、まだ抑えていたのでしょう。 ポルーニンとは『ラ・バヤデール』、2009 年にオーロラのデビューだった『眠れる森の美女』を踊り、二作品とも一緒にデビューしています。

----引退公演では『マイヤリング』のラリッシュ伯爵夫人を踊られました。 やはり、『マイヤリング』は特別な作品ですか。
小林 英国ロイヤル・バレエ団に入ったのは、ドラマのバレエを踊りたかったからです。『マイヤリング』は自分のキャリアの中で最もドラマ性が強い作品だったと思います。『眠れる森の美女』も考えましたけれど、『マイヤリング』はなかなか大変な作品ですが、役に入り込めます。

----英国ロイヤル・バレエ団に入られて、キャリアを積まれたことは良かったと思われていますか。
小林 そう思っています。パリ・オペラ座バレエ団に行きたいと思っていましたが、今考えてみると、入らなくて良かったです。英国ロイヤル・バレエ団で、キャリアを終わって良かったと思っています。オペラ座に入っていたら、主役を踊るポジションまでいかなかったかもしれません。オペラ座はいろいろと問題もありますし、日本人であるということがあの時代はさらに厳しかったですから。ドラマティック・バレエというのは、踊っていて充実感が違います。フェアリーテールのバレエだと限りがあります。『マイヤリング』でしたら、まずドラマが一番で、テクニックより優先されます。作品には文化的、歴史的な深い背景があり、重さが違います。背景のドラマも表現していきますから、ドラマ・ クラシックとでもいうのでしょうか。 『マイヤリング』や『ロミオとジュリエット』など、他のカンパニーでも上演していますが、やはり違います。表面的なところが強くなって、内側から表現されていないと感じます。バレエ団のダンサーたちは、先輩たちを見て育つので、ドラマの大切さをよくわかっていますから、同じ作品を上演しても違います。英国ロイヤル・バレエ団は、歴代続いて学んできたものを継承しています。

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ニキヤ photo/Angela Kase

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----小林さんはご出産を経験されて、ご苦労されたと思います。
小林 出産のタイミングが大変でした。私は年齢が上がってから役が回ってきましたから、高齢出産のリスクを避け、ある程度覚悟して時期を決めないと、と思っていました。自分の中で、これができたら、という目標がありましたので、それを超えて決意しました。

----最近は、ダンサーが出産できる環境がだいぶ整ってきていますか。
小林 イギリスはそういった活動が盛んです。 PiPA という、Parents in Performing Arts という団体があり、私はダンサーとして、子供を産んで復帰した、ということでそこのアンバサダーをしていま す。どうしたらダンサーたちがもっと安心して、子供を産んで復帰できるバレエ団になれるか、ということを話し合ったり、そのためにバレエ団の団長や業界の人と、どのような契約にして改善していくか、ということを進めています。 日本はまだバレエダンサーが職業として成立していないので、段階が違いますけれど・・・。 英国ロイヤル・バレエ団は、年間 135 から 140 公演を行います。クリスマスシーズン、特に12月・1月からはかなりタイトなスケジュールとなります。英国ロイ ヤル・バレエは国内ツアーは行いません。国内のツアーは、イングリッシ ュ・ナショナル・バレエ、英国バーミンガム・ロイヤル・バレエ、ノーザン・ バレエなどが行います。

----オペラ座バレエ学校、英国ロイヤル・バレエ団、そしてご出産を経験されて、 またさらに次の段階に進まれる予定とお聞きました。新しい試みを行うのですか。
小林 とにかく日本のバレエの状況を変えたい、と思っております。ダンサー たちが職業として成り立っていないということは大きな問題です。どうしたら良いか、今、研究中ですが、どうして日本ではダンサーが職業として認められないのか考えました。それはやはり劇場に足を運ぶ人が少ないから、職業の枠に入れてもらえないのではないか。その枠を広げるには、劇場に足を運ぶ人の数を増やさなければなりません。そのためにはバレエファンだけでは足りないわけですから、ごく普通の方にも映画館に行くような感覚でバレエを見てほしい、と思います。 そうした可能性を考えて、新しい公演をプロデュースしようと思っています。

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----「輝く英国ロイヤルバレエのスター達」はどのような公演になります か。
小林 普通のガラ公演にはしたくありません。どうしても上演する演目は、限られてしまいますが、現在できる限りのことはしたいと思って、いろいろと調整中です。今、お話しできる範囲で簡単にまとめました。

全部で3公演となりますが、Part 1、2、3という3つのプログラムを、1公演に2つずつ上演します。まだ構想を練っている段階ですが、どのプログラムでも、映像を使って、作品のバックグラウンドやテーマなど、踊りを実際に観る前に、作品に親しみを持てるような導入となる情報をお伝えできるような構成を考えています。

Part 1 は、"Dynamism"(ダイナミズム)。英国ロイヤル・バレエ団のダイナミックな作品を選びました。 "Corybantic Games"パ・ド・ドゥは、バースタインの音楽にウィールドンが振付けたもの。音楽と一体化した完璧な振付が堪能できます。そのほかに『白鳥の湖』より黒鳥のグラン・パ・ド・ドゥ、『コッペリア』よりグラン・パ・ド・ドゥ、『ライモンダ』第3幕グラン・パ、『チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ』などです。

Part2は"Personal Emotion" (パーソナル・エモーション)。個人の感情表現に重点を置いて、どういう作品だったら自分の感情を表に出しやすいか、ダンサーと相談して演目を選びました。そして映像には、それぞれの演目に関するダンサーの映像インタビューを入れて、どうしてこの演目を踊るのか、を語ってもらい、プログラムを進めていきます。親しみを持って欲しいし、バレエが初めての方にも一体何を表現しているのか理解しやすくなると思いますし、同時に、皆さんの持っている芸術感性にチャレンジしてもらいたいです。『春の水』よりパ・ド・ドゥはアサフ・メッセレル振付のロシアのバレエで、明るく躍動的な花火のような作品。『レクイエム』の男性と女性のソロは、マクミランが盟友の亡きクランコに捧げた作品です。パ・ド・ドゥよりソロの方が強いので、ソロをあえて選びました。"Dance of the Blessed Spirits" は、アシュトンがアンソニー・ダウェルに振付けたもので、ワディム・ムンタギロフのソロです。 ヤスミン・ナグディとウィリアム・ブレイスウェルによる『ロミオとジュリエット』よりバルコニーのシーン。そして、『ルナ』はベジャールが振付、シルヴィ・ギエムが踊ったことで知られている作品です。

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Part3 は、"Mystical Being"(ミスティカル・ビーイング) 、つまり、神秘的世界を描くバレエ作品です。 『火の鳥』パ・ド・ドゥは、マラヤ・マグリが 6 月に英国ロイヤル・バレエ団で主役デビューして素晴らしい踊りを見せました。どうしても日本の観客に見てほしいと思い、選びました。"Homage to the Queen"より Earthのパ・ド・ドゥは、ビントレーの振付です。そのほかには、『アポロ』のパ・ド・ドゥ、アシュトン版『シルヴィア』よりグラン・パ・ド・ドゥ、 『ラ・シルフィード』などです。

----この公演で日本の観客に伝えたいことはなんでしょうか。
小林 バレエファンの方には英国ロイヤル・バレエ団のメンバーとしてお馴染みかもしれませんが、彼らのまた違った面を見てほしいと思います。新しいものをみたい、と思っていただきたいのです。バレエをあまり見たことはないけれどバレエに関心をお持ちの方には、バレエってこういうものなんだ、とわかりやすくお伝えしたい。バレエはハードルが高いと思わずに、ドラマを見ていると思ってください。あまりバレエということにこだわらず、ドラマの一部として踊りがある、と考えて見ていただける とおもしろさが倍増すると思います。

----今回、初めてプロデューサーの仕事をなさって気づかれたことはどんなことですか。
小林 踊っている時は、公演を作るのにどれだけ人やお金がかかって、どれだけのことをオーガナイズしなければならないか、まったく知りませんでした。 今やってみてびっくりしています。こんなにお金がかかるということが、実感してわかりました。どうにか皆様に協力していただき、頑張りたいと思っています。

----小林さんは『ジゼル』では、ミルタ役をモニカ・メイソンから習われましたね。
小林 モニカの当たり役と言われていた役なので、直接彼女から指導を受けられたのは嬉しかったです。その他、レスリー・コリア、ジョナサン・コープなど名前を挙げ出したらきりがないですが、『ラ・バヤデール』ではニキヤ/ガムザッティをナタリア・マカロバから直接指導を受けることができたのは、私にとって素晴らしい宝物です。

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----英国ロイヤル・バレエの核を作った人々から直接指導を受けられています。それはぜひ、これからにつないでいっていただきたいです。
小林 昨年から、シャドーイングといって、リハーサルに行っているコーチがコーチングするのを見たり一緒に指導したりしています。その中で、自分が踊っていない作品も学ぶことができ、自分の財産がさらに広がったと思います。いろいろと勉強してきましたので、今後に活用していきたいです

----本日はお忙しいところ時間を割いていただきましてありがとうございました。第1回プロデュース公演を大いに期待、待望しております。

輝く英国ロイヤルバレエのスター達

●公式サイト http://www.royal-ballet-stars.jp/
10月12日(土)より先行販売、10月26日(土)より一般販売。
詳細は公式サイトへ

Part 1: Dynamism
ダイナミズム―ロイヤルゆかりの作品が誇るダイナミックな妙技を

1.『白鳥の湖』より黒鳥のグラン・パ・ド・ドゥ
ヤスミン・ナグディ、ワディム・ムンタギロフ
振付:マリウス・プティパ
音楽:ピョトール・イリイチ・チャイコフスキー

2. "Corybantic Games" より パ・ド・ドゥ<日本初演>
マヤラ・マグリ、アクリ瑠嘉
振付:クリストファー・ウィールドン
音楽:レナード・バーンスタイン

3.『コッペリア』第3幕よりグラン・パ・ド・ドゥ
高田茜、ウィリアム・ブレイスウェル
振付:ニネット・ド・ヴァロワ、レフ・イワノフ、エンリコ・チェケッティ
音楽:レオ・ドリーブ

4.『ライモンダ』第3幕グラン・パより
メリッサ・ハミルトン、平野亮一
振付:マリウス・プティパ
音楽:アレクサンダー・グラズノフ

5.『クローマ』よりパ・ド・ドゥ
マヤラ・マグリ、アクリ瑠嘉
振付:ウェイン・マクレガー
音楽:ジョビー・タルボット、ジャック・ホワイトIII

6.『チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ』
ローレン・カスバートソン、フェデリコ・ボネッリ
振付:ジョージ・バランシン
音楽:ピョトール・イリイチ・チャイコフスキー

Part 2 : Personal Emotion
パーソナル・エモーション--ダンサー自身が想いを表現できる作品を自ら厳選

1.『ロミオとジュリエット』よりバルコニーのパ・ド・ドゥ
ヤスミン・ナグディ、ウィリアム・ブレイスウェル
振付:ケネス・マクミラン
音楽:セルゲイ・プロコフィエフ

2.『レクイエム』より2つのソロ
第2曲オッフェルトリウ:フェデリコ・ボネッリ
第4曲ピエ・イェズ:ローレン・カスバートソン
振付:ケネス・マクミラン
音楽:ガブリエル・フォーレ

3. "Two Pieces for HET"
マヤラ・マグリ、アクリ瑠嘉
振付:ハンス・ファン・マーネン
音楽:エリッキ=スヴェン・トゥール、アルヴォ・ペルト

4. "Dance of the Blessed Spirits"
ワディム・ムンタギロフ
振付:フレデリック・アシュトン
音楽:クリストフ・ヴィリバルト・フォン・グルック

5.『ルナ』(月のソロ)
メリッサ・ハミルトン
振付:モーリス・ベジャール
音楽:ヨハン・ゼバスティアン・バッハ

6.『春の水』よりパ・ド・ドゥ
高田茜、平野亮一
振付:アサフ・メッセレル
音楽:セルゲイ・ラフマニノフ

Part 3. Mystical Being
神秘的な存在−バレエ作品で語り継がれる物語

1.『火の鳥』よりパ・ド・ドゥ
マヤラ・マグリ、平野亮一
振付:ミハイル・フォーキン
音楽:イゴール・ストラヴィンスキー

2. "Homage to the Queen"より Earthのパ・ド・ドゥ
高田茜、アクリ瑠嘉
振付:デヴィット・ビントレー
音楽:マルコム・アーノルド

3.『アポロ』より
メリッサ・ハミルトン、フェデリコ・ボネッリ
振付:ジョージ・バランシン
音楽:イゴール・ストラヴィンスキー

4.『ラ・シルフィード』
ヤスミン・ナグディ、ウィリアム・ブレイスウェル
振付:オーギュスト・ブルノンヴィル
音楽:ヘルマン・レーヴェンスョルド

5.『シルヴィア』よりグラン・パ・ド・ドゥ
ローレン・カスバートソン、ワディム・ムンタギロフ
振付:フレデリック・アシュトン
音楽:レオ・ドリーブ

※演目および出演者は、2019年10月8日現在の予定です。変更の可能性がございます。

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