マヤラ・マグリ「白鳥主演デビューを待てずに閉鎖してしまったロンドン」

ワールドレポート/その他

インタビュー=矢沢ケイト

「世界からバレエの舞台が消えた時」<2>
マヤラ・マグリ(英国ロイヤル・バレエ団ファーストソリスト)

今年1月に東京で行われた「輝く英国ロイヤルバレエのスター達」で、並外れた身体能力を見せ日本のバレエファンを改めて魅了したマヤラ・マグリ。2011年には、ローザンヌ国際バレエコンクール(1位および観客賞)とユース・アメリカ・グランプリ・ファイナルのグランプリを共に制覇するという偉業を成し遂げ、現在はファースト・ソリストとして英国ロイヤル・バレエのスターダムを駆け上がる。ロンドンのロックダウンによって念願の『白鳥の湖』主役デビューを逃してしまったにも関わらず、持ち前の前向きな性格でポジティブに過ごす毎日を話してくれた。

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『白鳥の湖』リハーサル。マルセリーノ・サンベと。

----ロックダウンになってから、ご無事で過ごされていますか。

本当に不思議な体験です。(インタビュー時)5週間目に入りますが、私は街の中心部に住んでいるので、いつも開いているはずのお店も閉まっていて、周りに誰もいないような感覚です。人が少ないので、たまに公園に行ったり、食べ物も買いに行ったりできるので大丈夫です。普段は外食や劇場で食事をしてばかりですが、今はスーパーでたくさん食材を買い込んで、料理もしています。

----イギリスの国の状況を簡単に教えてください。

病院は機能しています。食料品のお店も開いているし、ドラックストアも開いています。ペットショップも開いています! バスや電車も動いていますが、大きな駅だけに停まるように変更されているし、なるべく使わないようにと言われています。

----英国ロイヤル・バレエは、いつから休止していますか。

イギリスの事態が悪くなった週に、リハーサルもクラスも公演もストップしたのを覚えています。とある日曜日の夜にバレエ団からメールが来て、翌日(3月23日)からバレエ団が休止するという知らせを受けました。この頃からみんなが少しずつ怖がり始め、物事がストップし始めました。
イギリスはロックダウンが始まるのも遅く、最後まで公演も続けていました。ヨーロッパの他の国が、どんどんストップしていったので、このような事態になることは予想がついていたけれど、実際に決定されるまでは、何も起きていないように振る舞っていました。街に感染者が増えてきたことを受けて、仕方がなかったと思います。

----在宅期間中はどのように過ごされていますか。

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サイクリングにでかけた日。マシュー・ボール(右)と。

最近はサイクリングをしています。以前から興味があったのですが、自転車に乗ると疲れてしまうので、普段カンパニーで踊っている時はなかなかできませんでした。けれども、ロックダウンが始まってからは、エクササイズの一環として、よくサイクリングに出かけるようになりました。新しい自転車も買ったんです。ロンドンの街が、こんなに素敵だったと初めて気づかされました。普段はたくさんの観光客で混み合っているから、全く違う景色です。通勤の時は、ビルや街並みを見て楽しむこともなく人混みの中を通っているけれど、毎日違うエリアに向かって、とても楽しんでいます。幸い冬ではなかったし、このくらいのシーズンは気候も良いので、少し肌寒い日もあるけれど、陽に当たることができてちょうど良いです。公園に行ってエクササイズすることもあります。ジャンプしているんです。グランジャンプの代わりと思っています。
何もしなかったら、どうなることでしょう。私はロックダウンの直前まで『白鳥の湖』のリハーサルをしていました。ちょうど2週間後にオデット/オディールのデビューも控えていたんです。文字通り全力投球で準備をしていたので、私だけでなくて、みんなの身体がオンモードで、ストレスがかかりながらも良く動ける状態に準備されていた時でした。それなのに、突然ストップすることになったので、一気に100から0になってしまったと思います。急に止めてしまったら、再開した時に怪我するリスクも増えます。なので、自転車を漕いだり、他の運動をしたりして、身体を動かし続けることを大切にしています。夜にはストレッチをするようにしています。普段から身体のコンディションを整えることが好きな私たちですから、いつもほどの運動量には到底満たなくても、一般の方よりもよく身体を動かしているのは、この状況でも変わらないと思います。

----英国ロイヤル・バレエは団員をどのようにサポートしていますか。

バレエ団もZOOMでクラスを配信してくれています。ロックダウンが始まったちょうど1週間後の月曜日から、オンラインクラスが始まりました。1日おきに月・水・金でバレエのクラスがあり、主にはバーレッスンを、カンパニーでクラスを受け持っている先生たちが教えてくれます。好きなウェアを着て、リビングでクラスがすぐに始められるという点では、良いですね!
ロイヤル・バレエには毎日助けられています。毎日メールをくれるし、バレエクラス以外にも、ヨガ、ピラティス、フロアバーのクラスや、スポーツサイエンティストによるジムクラス(パーソナルトレーニングのような筋トレ)もZOOMで配信してくれます。
そのほかには、動画のリンクを送ってくれます。一般に公開されているものも含まれていると思いますが、バレエ作品はもちろん、オペラなどロイヤル・オペラハウスで上演されてきた過去の公演映像を紹介してくれます。お給料も(少し下がってしまいましたが)貰えていますし、バレエ団は私たちダンサーがポジティブな気持ちを保てるように、全力でサポートしてくれていると感じています。

----アパートではポアントでも踊ることができますか。

はい。幸い、私の家の床はフローリングのような木材なので、とっても滑るけれど立てます。後からバレエ団経由でハレーキン(Harlequin)がバレエ床を届けてくれたので、本当に助かりました。少し柔らかすぎるので、慣れるのに少し時間がかかりましたが、もらえて本当に感謝しています。このようにして、なんとかエクササイズを続けているんです。この量だとポアントも潰れませんね。普段は毎日潰れてしまって、縫ってばかりなので、少しお休みできるのは助かります(笑)。

----ご自身では、クラスを配信していますか。

私の出身校のために教えました。ブラジルのリオデジャネイロにある学校なのですが、やはりブラジルでも全てが止まってしまって、先生が生徒たちを心配していました。しばらくの間まったく踊るのをやめてしまって、習慣的にも経済的にも新学期にバレエを再開しない生徒が出てしまうのではないかという懸念から、私を通じて「この期間にロイヤル・バレエは、こんな風にして踊ることを続けていますよ」と伝えるために、オンラインクラスを教えて欲しいという依頼が来ました。
ふと気付いたのですが、この期間は家でクラスができるので、しばらく踊っていなかった人でも、こっそり再開できるチャンスなのではないでしょうか。

----この時期に新しく始めたことはありますか。

キーボードを買ったんです。ロックダウン3週目に入る時に購入して、絶賛練習中です! ずっと挑戦したかったのですが、なかなか時間が取れなかったので、この時間を何か新しいことを学ぶ機会にしたいと思った時に、思いつきました。時間をかけないとマスターできないですから、ちょうど良い機会です。
ロンドンでは、(インタビュー時点では)5月にはロックダウンが解除になると言われていますが、劇場という世界においては、もう少し時間がかかると思うのです。きっと皆さん劇場に行くことを怖がるはずです。ロイヤル・バレエは外国からのお客様も多く、特にヨーロッパの別の国から多くのお客様が観に来てくださるのですが、旅行することも躊躇されると思います。なので、シアター業界は世間一般よりも長く苦しむことになるのではないでしょうか。今年9月には来シーズンが始まると言われていますが、どうなるか心配だし、とにかく物事が元に戻ることを祈るばかりです。一般にチケットを売ることができずに公演ができないとしても、せめて、カンパニーのメンバーでスタジオに戻って動くことができれば良いなと思います。みんなに会いたいし、新しい作品だって生み出していきたいです。

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最近練習しているキーボード

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朝食

----今後のバレエ団の再開については、どのように聞いていますか。

来シーズンの開幕から始めたい、と聞いています。リハーサルを6月に再開できれば良いねとは聞いていますが、夏休みもあるし。普段は6月ごろから5週間のお休みがありますが、このまま来シーズンに突入してしまうのか、今はわかりません。1日1日を過ごしていくしかないです。ロイヤルは本当にしっかりしたバレエ団なので、あらゆる事態に合わせたプランを準備中だと思います。
その間ダンサーたちが、お互い繋がっていることを感じられる配慮が大事だと思います。スケジュールの事務連絡だけを受け取っていたら、モチベーションも下がってしまうと思います。3ヶ月まるまる休止にならないように、毎日様子を伺って、みんなで乗り越えようと呼びかけることが大事です。
来シーズンのラインナップが予定通りに進むのか変更になるかについては、まだ何も聞いていません。今シーズン上演できなくなってしまったものを、調整して来シーズンに入れるかもしれないですよね。

----英国ロイヤル・バレエは今年、入団オーディションをしましたか。

少なくともロイヤル・バレエ・スクールからは数人採用したと思います。ロイヤル・バレエには、入団1年目のダンサーの雇用をサポートしてくれるスポンサーがいます。なので、きっと今年も採用されたダンサーたちが機会を失うことはないと思います。素晴らしい支援ですよね。長年努力を積み重ねてやっと獲得した契約が、突然ひっくり返されてしまったら...想像しきれない気持ちです。

----『白鳥の湖』についてお聞きしたいです。日本のファンも、あなたの主役デビューを楽しみにしていたと思うのでとても残念です。踊る予定だったのは、リアム・スカーレットのヴァージョンでしょうか。

そうです。楽しみと言ってくださる日本のファンがいらしたら、本当に嬉しいです。でも残念ながら今回は叶いませんでした。
リアムに関しては報道されているような事態になってしまいましたが、(※ロイヤル・バレエは、学校生に対する不適切な行為を受け、リアム・スカーレットを追放するとBBCが報じている)『白鳥の湖』はスカーレット版で上演・準備していました。彼は法的には起訴されていないのですが、バレエ団としては彼を追放せざるを得なかったようです。現在ロイヤルが持っているヴァージョンは彼が最近(2018年)振付けたもので、創作に際してかなりの投資をしているはずなので、簡単に「もうやりません」とは言えないのでしょう。
事情はさておき、彼のヴァージョンはとても美しいです。マリアネラ・ヌニェスとワディム・ムンタギロフが主演した公演で初日を迎え、スタンディングオーベーションでした。やはりロンドンの観客も『白鳥の湖』という古典作品が好きだし、この状況下でも公演を成立させたことについても、拍手喝采になったのだと思います。私はパ・ド・トロワや「ナポリ」も踊りました。

----『白鳥の湖』はロックダウンまでに何公演上演されましたか。

27公演予定されていたのですが、ロックダウンまでにできたのは5回だけです。普段から公演数が多いカンパニーだからこそ、このロックダウン期間はショックが大きいです。特に私のファースト・ソリストの立場では、まだ出演する公演数もとても多いので、大きな衝撃です。

----初めて主役をリハーサルしていかがでしたか。

たくさんのことを学びましたが、同時進行で他の役もリハーサルしていたので、ストレスも多かったのです。同時に多くのことを吸収できるというのは良いことなのですが、この主役はずっと憧れていた役で、時間をしっかりとって正しいことを慎重に勉強したかったので、完全にオデット/オディールだけに集中できない状況だったことは、この準備期間での難点でした。全てが超高速で過ぎ去っていったような感覚だったので、突然すべてがストップした時は、今まで自分にかけてきたストレスは何だったのだろうと思ってしまいました。でも、実際に公演ができないと聞いた時は、バレエの世界を超えたもっと大きな世界で大変なことが起きていると考えて、事態を受け止めることができました。また次のチャンスがあると信じて準備しようと、気持ちを切り替えました。

----共演者と指導はどなたでしたか。

一緒に踊る王子は、マルセリーノ・サンベが予定されていました。リハーサルは、ロイヤルの元プリンシパルのゼナイダ・ヤノウスキーにみてもらいました。彼女のオデットは素晴らしかったのです。とても多くを物語る踊り方をしていた記憶があります。また再開した時も戻ってきて教えてくれたら嬉しいです。

----最後に、日本の皆さんにメッセージをお願いいたします。

この世界的な危機を乗り越えたら、どのジャンルのアーティストも強くなれると思います。この期間に、作品を生み出したいという気持ちが高まったり、人間的な生活の経験値が増えたり、普段は会えるはずだった人との繋がりが尊いものだと知ることができるはずだからです。以前よりも多くのインスピレーションを得て、可能性を広げた状態で、再開する生活に臨めると信じています。身体もメンタルも豊かにする心持ちを保つことを何より大切にして、活動再開のためのエネルギーを貯めていきましょう!

<リンク>
DanceCubeのFacebookページにポワントワークの動画があります。
https://www.facebook.com/pg/Chacott.DanceCube/videos/
インスタグラム
https://www.instagram.com/maymagri/
英国ロイヤル・バレエ (YouTubeでは、公演映像やリハーサル映像を配信中)
https://www.roh.org.uk/about/the-royal-ballet
YouTube
https://www.youtube.com/user/RoyalOperaHouse/

『白鳥の湖』は、NHK BS8Kにて5月30日(土)に放送予定。(2020年3月収録/ 高田茜&フェデリコ・ボネッリ主演)

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