新国立劇場バレエ『ジゼル』でアルベルトを踊る、ワディム・ムンタギロフ=インタビュー

昨年12月12日、バレエ団のロンドン公演初日終演後、新芸術監督のタマラ・ロホが英国のバレエ関係者やファン、家族客で満員のコロシアム劇場の舞台に登場した。そしてその場で入団4年目、22歳のバレエ団期待のホープ、ヴァディム・ムンタギロフがバレエ団最高位のシニア・プリンシパルに昇進したことを発表。
昨年は「コジョカル・ドリーム・プロジェクト」に参加し日本で踊った他、ABTのゲスト・プリンシパルとしてデビュー。今年は2月に新国立劇場バレエの『ジゼル』に客演し、ベスト・パートナーのダリア・クリメントヴァと日本で全幕デビューを飾る。
ロシアのバレエ一家に生まれながら幼少時に故郷のチェリビンスクを離れ、以来バレエ界の頂点を目指し単身努力を重ねてきたムンタギロフに、学校時代の思い出からロンドンでの生活、バレエに対する想いや彼自身の事について語っていただいた。

ワディム・ムンタギロフ Vadim Muntagirov
1990年4月16日、ロシア チェリビンスク生まれ。身長185cm体重71kg。
ペルミ・バレエ学校出身。ロイヤル・バレエ・スクール卒業。
2009年秋ENBに入団。2010年ファーストアーティスト。2011年プリンシパル。
2012年冬 シニア・プリンシパルに.。
2006年 ローザンヌ国際バレエコンクールスカラシップ賞。アラベスク・コンクール銀メダル、ワガノワ・プリ金メダル受賞。2008年 ユースアメリカ・グランプリ金メダル。2010年英国批評家賞・古典部門 最優秀男性ダンサー賞。


----バレエは何歳のときに始めましたか、また始めたきっかけはなんですか。
ワディム 7歳で始めました。僕はバレエ一家の出身で、父アレクサンダーも母イリナも、チェリビンスク歌劇場バレエのプリンシパルでした。両親とも古典バレエの主要な役はすべて踊り、『白鳥の湖』ではよく共演していました。7歳上の姉エレオノラも、僕が物心ついた頃にはペルミ・バレエ学校の生徒でした。両親は僕にバレエを強制しなかったのですが、自然に興味を抱き、僕自身の意思でバレエを始め、バレエ学校に行きたいと思ったんです。

(C)ENB

(C)ENB

8歳で家から遠いペルミ・バレエ学校に入学し、15歳の頃にはバレエ・ダンサー以外の人生は考えられなくなっていました。
父は36歳で舞台を引退し、その後バレエ団の芸術監督になりました。ただ仕事に忙殺されたため、早くにディレクター職を退き、今はバレエ学校で教職についています。母は45歳まで踊り、今は父と同じバレエ学校でやはり教師の仕事をしています。姉はチェリビンスク歌劇場バレエのソリストとして活躍しています。結婚していて8歳になる女の子のママでもあるんですよ。

----ペルミ・バレエ学校を選んだ理由はなんですか。また学校での毎日について教えてください。
ワディム 父も姉もペルミで学びましたから、僕もペルミに行くことになり、同学年の男子と寮の4人部屋で生活しました。自分で決めたこととはいえ、8歳の子供が親元を離れ自立するというのはとても大変で、入学直後は、夜1人で眠る時など随分ホームシックを感じたものです。

----ローザンヌ・コンクール出場は学校側に薦められて挑戦したのですか。
ワディム 父の考えでした。父が学校側と話して実現したんです。

----ロイヤル・バレエ・スクール(RBS)に留学した理由は何ですか。
ワディム 海外で新しいスタイルを学びたかったんです。ロンドンに来た当初は1年だけのつもりでしたが、最終的に3年勉強して卒業しました。RBSのスタイルは、ロシア・バレエのスタイルとは随分違って(アシュトンの振付作品に代表されるような)小さなステップで早く舞台上を移動します。僕に言わせれば「small and fast(スモール&ファースト)」。ロシアとイギリスの2つのダンス・スタイルを勉強できたことは、学生の僕にとって良い経験になった思います。

----卒業の年はENB以外のバレエ団のオーディションも受けたのですか。
ワディム 受けませんでした。ENBの当時の芸術監督のウェイン・イーグリングに気に入っていただき、入団しました。入団直後から全幕主役のチャンス(『ジゼル』のアルベルト役)をいただけるということでしたから、他のバレエ団への入団は一切考えませんでした。

(C)Amber Hunt

(C)Amber Hunt

----2月に新国立劇場バレエに客演し『ジゼル』のアルベルトを踊りますね。
ワディム はい。僕が一番好きな役がアルベルトとロミオなんですよ。『ジゼル』と『ロミオとジュリエット』は、音楽が素晴しいですし、色々な意味で僕の心に強く訴えかける作品なんです。特にアルベルトはENB入団直後に踊って、ダリアとの記念すべきパートナーシップの始まりになった作品ですからね。『ジゼル』も『ロミオとジュリエット』も、ベスト・パートナーのダリアと踊る時は、舞台袖で音楽を耳にし、役を生きるために舞台に一歩足を踏み出して物語の中に埋没する時には、必ず感動から鳥肌立ってしまうんですよ。

----アルベルト役を踊るにあたってどなたの指導を受けましたか。
ワディム ENBではウェイン・イーグリングとメイナ・ギールグッドから指導を受けました。海外に客演する場合は客演先のバレエ・マスターたちからの指導を仰ぎます。たくさんの指導者から様々なアドバイスを受けるのは嬉しいことですね。

----『ジゼル』はシンプルなようで、主演バレリーナ、男性ダンサーにとって大変奥が深い作品だと思います。ご自身のアルベルト役を作り上げるため、どのような努力されていますか。
ワディム スタミナがないと踊れない役です。若い僕にとっても2幕の最後の20分は肉体的に大変ハードですか。ただスタミナやダンス技術は日々のトレーニングで養っていますし、2幕のソロについては「命つきるまで踊らねばならない」という物語の筋が、ダンサーに「この役をどう演じ、踊るべきか」全て教えてくれますから、僕自身はただ「物語に導かれ」「アルベルト役を生きることだけを心がけて」毎回舞台に立つのみです。

----昨年はABTに客演デビューされましたね。
ワディム はい。僕の人生の中でも大変エキサイティングな瞬間でした。芸術監督のケヴィン・マッケンジー、バレエ・ミストレスのイリーナ・コルパコワ(元キーロフ・バレエ、プリンシパル。ロシア人民芸術家)、ナターリア・マカロヴァから指導していただき、デビュー前は充分時間をかけてリハーサルすることができました。ABTに客演することで、バレエ界の「伝説」ともいえる人々と間近に接することができたのは素晴しい経験でした。

----今やバレエ団の最高位に登りつめ、世界の主要バレエ団に客演するようになったわけですが、20代初めという若さで成功を手に入れることができた理由は何だと思いますか。
ワディム 僕自身は「自分が成功した」とは感じていません。プロになり様々な劇場でたくさんの作品を踊るようになりましたが、僕自身はダンサーとしての自分にはまだまだ満足していないんです。ペルミ時代に先生の1人から「ダンサーは自分の舞台に満足した時が終わりだ。」と、よく言われたものです。僕自身そういった心がけはダンサーとしての成長に必要不可欠だと思うんですよ。ですからパフォーマンスの後には、その日の公演を振返って「次はどうしたらもっと良く、もっとエキサイティングに踊れるか」考えるようにしています。先生の言葉を胸に初心を忘れず、これからも努力を重ねて成長してゆきたいですね。そして与えられたチャンスを大切に、舞台に全力を尽くしながらも踊ることを楽しみたい。特にダリアとの共演は僕にとっては1回1回が貴重で大切な物です。

----尊敬するダンサーはいますか。
ワディム 昔の伝説的なダンサーには今の踊り手にはないカリスマがあったと思うんですよ。ですからヌレエフとかバリシニコフ、ゴドノフ、フリオ・ボッカなどのダンサーに憧れます。舞台での彼らは「踊る喜び」その物ですよね。」

----ロンドンでの生活について教えてください。今どんなエリアに住んでいますか。
ワディム ロンドン西部のチズイックという街の1寝室フラット(寝室・居間・キッチン・バス・トイレ)で一人暮らしをしています。チズイックは緑が多く、お店やレストラン、カフェもたくさんあって生活しやすいですし、バレエ団本拠地のケンジントンに通うにも便利なんですよ。RBS時代の3年間は学校の友だちとフラット・シェアをしていたんですが、ENB入団後に一人暮らしを始めて4年目になります。小さな賃貸フラットですが快適ででした。僕にとっては「良いベッドで寝る」というのは日々の生活の最重要事項の1つなのですが、「スプリングの良いベッドにも恵まれ」毎晩しっかり眠っています。

----典型的な1日のスケジュールを教えてください。

(C)Amber Hunt

(C)Amber Hunt

ワディム 8時30分起床。8時に起きたいと思いながらも、いつも8時30分になってしまう。その後、顔を洗ったり、歯を磨いたり。理想の朝食は、ベーコン・エッグとトーストにチーズといった典型的なイギリスの朝食を作って食べる。でも普段は時間がなくてシリアルとミルクに。。大のバスケットボール・ファンである僕は、朝食を食べながらIパッドでNBA(米国バスケット・ボール協会)の最新データをチェックして、前日どのチームが試合に勝ったか、などの情報を入手して一人の時間を楽しんでいる。
9時30分、地下鉄でバレエ団本拠地に移動。10時30分バレエ団で団員クラス
13時からリハーサル。昼食はその日のスケジュールに合わせ13時〜15時の間に取っている。お昼は決まってテイクアウトのお寿司。お米が即エネルギーになるし、日本食、特にお寿司が大好きだから。18時30分舞台がない日はリハーサルを終えて地下鉄で帰宅。帰宅後は夕食を食べ、ロシアの両親とスカイプで会話。
愛車の手入れやドライブ、映画を観たりしている。映画はコメディタッチのものが好き。僕にとって「笑い」は人生の大切な要素。笑うことで「人生は素晴しい!(Life is Beautiful!)」と思えるんだ。0時30分〜1時就寝。

(C)Amber Hunt

(C)Amber Hunt

(C)Patrick Bromilow Downing

(C)Patrick Bromilow Downing

(C)Klimentova Photo Collectio

(C)Klimentova Photo Collectio

----ロンドンでお気に入りの場所はどこですか。
ワディム ハンプトン・コート(イギリス国王ヘンリー8世がテムズ河畔に建てた中世の宮殿とそれをとりまく庭園)かな。僕の住むチズイックからたったの8マイル。美しい建物、広々としたイングリッシュ・ガーデン、近くには森もあって緑がいっぱい。精神的な葛藤がある時など、車でハンプトン・コートに行っては1人の時を過ごして心を落ち着かせている。僕は森林や川などの「自然」が大好き。いつか街を離れて自然に抱かれた暮らしをするのが夢なんだ。
レストランやカフェについては、お気に入りの店は特に持たずにいろいろな店に行ってみたいタイプ。服については、安い物をたくさん揃えるより、良い物を1つ買って着回すのが好き。ZARAでお気に入りの服を見つけることが多いかな。

----バレエ以外の興味・趣味はお持ちですか。
ワディム バスケットボール 。アメリカのプロ・チーム、LAクリッパーのサポーター。車は去年の夏に憧れの日本車を購入。将来はGTRに乗りたい。映画鑑賞。
自分の性格は、人生で大変なことに直面しても、いつも前向き(ポジティブ)。
人に対してわけへだてなく接することができる。誰とでも仲良くなれる。他人を助けたり、サポートするのが好き。
ニックネームはロシアではヴァーディク、イギリスではタイガー。
好きな色は黒、茶色、白。好きな音楽はいろいろなタイプの音楽が好き。その日の気分によってジャンルを選んで聴いている。
映画は大好きでよく観るし、お気に入りもたくさんあるけど、今一番観たいのは『アンナ・カレーニナ。

ケープタウン (C)Daria Klimentova

ケープタウン (C)Daria Klimentova

(C)Angela Kase

(C)Angela Kase

ローザンヌ (C)Angela Kase

ローザンヌ (C)Angela Kase

----世界の都市でお気に入りははどこですか。
ワディム 南アフリカ共和国のケープタウン

----世界の料理でお気に入りはなんですか。
ワディム お寿司に代表される日本料理をはじめ、いろいろな国の料理が好き。
でも一番好きなのはやっぱりロシア料理。ロンドンではあまり食べていない、というのがその理由かな。

----自分でお料理しますか。
ワディム はい、します。疲れていないときはキッチンに立って料理します。

----紅茶派ですか、コーヒー党ですか。
ワディム コーヒー党。紅茶も好きだけど、特別な物じゃないとダメ。イギリスでも外国でもいろいろな紅茶やお茶を試してみたけどどうもピンとこない。

----日本人や日本文化についてはいかがですか。

ワディム 僕は日本の人々や日本のバレエ・ファンの皆が大好き。僕たちダンサーにとって、日本のファンの皆さんのように、バレエ芸術をよく理解し、バレエに対して尊敬の気持ちを持っている方々がいるというのは、とても嬉しいことです。ペルミ・バレエ学校には日本人の留学生がいて、仲良くなって一緒に楽しい時を過ごしました。ロシアの子供たちが見たことのないような、日本製品をたくさん持っているのにも憧れたな。

----日本では何がしたいですか。
ワディム 時間があれば、名所旧跡を訪ねてみたい。

-----将来についてどう考えていますか。
ワディム 健康で、家族や友だちと人生を謳歌したい。
I would like to be healthy and enjoy my life with my family and my friend.

(C)Amber Hunt

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(C)Amber Hunt

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インタビュー&コラム/インタビュー

[インタビュー]
アンジェラ加瀬

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