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唐津 絵理 text by Eri Karatsu 
[2010.05.10]
From Nagoya -名古屋-

繊細な日本人の感覚を活かした『ジゼル』

宮西圭子『ジゼル』
2010 宮西圭子バレエ団
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『ジゼル』は19世紀半ばのフランスで生まれたロマンティック・バレエの傑作として、現在まで繰り返し上演されてきている物語バレエ。フランスからロシアに、そして現在では世界中で上演されている人気演目であるが、西欧で誕生したバレエを、本当に日本人のものとすることにはいつも困難さがつきまとう。こうした外来の古典バレエ作品を見るとき、日本人のキャストでは表現しきれない西欧のバレエ芸術の伝統の重みに、同じ日本人として残念に思うことも多い。しかしだからこそ、日本人の感性を生かしたバレエ作品に出会ったときの喜びは、格別だ。今回の宮西圭子バレエ団定期公演『ジゼル』は、その稀有な舞台のひとつだった。

ジゼルは宮西バレエ団のプリマ板垣優美子、アルブレヒトは名古屋バレエ界のベテラン高宮直秀。第1幕アルブレヒトの裏切りに、精神を病んだジゼルが死に向かいゆく場面の劇的な展開、そして第2幕の妖精として存在するウィリの浮遊感に象徴される夢幻の鮮明な対比が印象的だ。
明らかな見せ場、パ・ド・ドゥやデヴェルティスマンのある古典バレエの他の演目に比べて、一見地味にも感じられる『ジゼル』という演目でだが、宮西は、ロマンティク・バレエの特徴である「物語」のを見せることに徹することによって、『ジゼル』のもつストーリーの本質をドラマティックに際立たせた。さらに観客を飽きさせることない集中力で舞台に惹きつけたのは、主人公の2人の活躍である。板垣と高宮は、決して技巧的に走ることなく、終始、役になりきることに集中しているようにみえた。第1幕の最後のジゼルの死の場面、腕を前に上げて、ふらふらと崩れ落ちんばかりに歩き進む小柄な板垣の必死な様相から、その精神的な悲痛さが伝わってくる。劇的な表現力で死の直前の気のふれんばかりの少女を演じる板垣は、まるで壊れかけの人形。透明感に溢れた華奢な身体から日本人ならではの繊細さが零れ落ちていくようだ。

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また1幕の村の若者の踊りでは碓氷悠太、水野陽刈まど、地元の若手ダンサーが活きのよい爽やかな踊りを見せ、悲愴な物語に活気を与え、コール・ド・バレエの村娘たちと共に作品全体を盛り上げた。
そして妖精になった乙女たちが夜な夜な墓を抜けて踊る浮遊感が要の第2幕。バレエ団ダンサーの一人一人が互いの空気感に意識を向けて踊っていることが感じられる美しい風景が広がっている。ミルタの石栗麻美が墓の前でジゼルを眠りから覚ますと、板垣はまさに亡霊のようにフワフワと漂い出し、つきものに憑かれたように踊りだす。重力をほとんど感じさせない踊り、高度なテクニックもさらりとこなし、すべてが自然なジゼルの演技の延長であるような踊りだ。高宮の清潔感に溢れた高貴さとあいまって、板垣はジゼルが日本人だったのではないか、と倒錯させるほどの鬼気迫る演技で、ジゼルという役になりきった。
(2010年4月3日 中京大学文化市民会館オーロラホール)

ジゼル 板垣優美子
アルブレヒト 高宮直秀
ヒラリオン 梶田眞嗣
ジゼルの母 ベルタ 須山仁美
ミルタ 石栗麻美
ドゥ・ウィリー 松元みき・石栗 葵

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撮影:田中聡/小林愛(テス大阪)
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