アデュー公演を終えたマチュー・ガニオとエロイーズ・ブルドンが踊った珠玉の舞台『ロミオとジュリエット』『出逢い』、京都バレエ「アーティスト・スペシャル・ガラ」
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ワールドレポート/京都
関口 紘一 Text by Koichi Sekiguchi
京都バレエ団「アーティスト・スペシャル・ガラ」エロイーズ・ブルドン、マチュー・ガニオ:出演
『RENCONTRE(出逢い)』『ロミオとジュリエット』よりパ・ド・ドゥ ファブリス・ブルジョワ:振付 ほか
京都バレエ団が「アーティスト・スペシャル・ガラ」と題して、パリ・オペラ座バレエ団のエロイーズ・ブルドンとマチュー・ガニオをスペシャルゲストに迎えて特別公演を開催した。
周知のようにマチュー・ガニオは、今年3月1日ガルニエ宮でアデュー公演を行い、21年間のパリ・オペラ座バレエのエトワールとしての活動を終えている。今回は、8月3日京都ロームシアター、8月6日福岡市民ホールでエロイーズ・ブルドンとともに京都バレエ団と宿願の共演を果たした。
「ラ・バヤデール」光永百花、鷲尾佳凛 撮影:瀬戸秀美
「ラ・バヤデール」光永百花、鷲尾佳凛 撮影:瀬戸秀美
開幕はファブリス・ブルジョワ(パリ・オペラ座メートル・ド・バレエ)がマリウス・プティパの原振付に基づいて振付けた『ラ・バヤデール』第2幕より「婚約の祝宴」の場。ガムザッティは光永百花、ソロルは鷲尾佳凛だった。ソロルはニキヤの愛を裏切った重い心をかかえ、ガムザッティは愛を叶えた強い想いを胸に踊るシーンだ。
『ラ・バヤデール』は、元々スペクタキュラーな大作バレエだが、第2幕のこのシーンは多くのディヴェルティスマン的な踊りが次々と登場し、単純な悪く言えば紙芝居的なシーンの連続となりかねないところ。ブルジョア版は、4組のペアを登場させてディヴェルティスマンの数を絞り込み、リドル・ドレ(金子稔=ブロンズ・アイドル)、インディアン(伝田陽美、吉岡遊歩)、ラ・ダンス・ドゥ・ロワゾー(オームの踊り)、ラ・ダンス・ドゥ・レヴォンタイユ(扇の踊り)などをさまざまに組み合わせ融合して構成している。ディヴェルティスマンとしての楽しさを残しつつ、祝宴の音楽的な空間をも創出しているのである。ブルジョワのなかなか洗練された演出と言えるだろう。
光永百花のガムザッティは優越した気持ちを胸に秘め、ゆったりと踊った。鷲尾佳凛のソロルは、苦しい胸中の葛藤を抑えつつ、しかしあくまでも戦士らしく雄々しく踊った。
西島数博はモーリス・ラヴェル作曲『ボレロ』を自ら振付けて踊った。大柄の見栄えのするマントを着けたソロだったが、舞台の空間を大きく広く使い、陰影を共に踊らせる。そして「ボレロ」の強く訴えかけてくるリズムの裏に潜む、悲し気にも聴こえる音を発見して踊った。
「ラ・バヤデール」撮影:瀬戸秀美
「ボレロ」西島数博 撮影:瀬戸秀美
そして舞台は、エロイーズ・ブルドンとマチュー・ガニオが踊るファブリス・ブルジョワ版『ロミオとジュリエット』の寝室のシーンとなった。エロイーズ・ブルドンが踊るジュリエットの気品が際立つ。愛のためにすべてを投げ出して悔いのない、高貴な女性ならではの清々しい潔さ。いつもはジュリエットの初々しい美しさに気を取られていたが、この舞台でブルドンが、ジュリエットは貴族の気高い女性であることを、改めて教えてくれた。ガニオのロミオは、若さの持つ純粋な心の美しさを率直に踊って魅せた。エトワールとして21年間も踊ってきたキャリアを持つガニオが、愛と別れの若い感情をケレンなく率直に悠々と表現した。この卓越した技量をガルニエ宮の舞台に封じ込めておくことはできないものか・・・。ロミオとジュリエットの人物像を一歩前に進めるインスピレーションをもたらす舞台だった。
「ロミオとジュリエット」よりパ・ド・ドゥ エロイーズ・ブルドン、マチュー・ガニオ 撮影:瀬戸秀美
「ロミオとジュリエット」よりパ・ド・ドゥ エロイーズ・ブルドン、マチュー・ガニオ 撮影:瀬戸秀美
「ロミオとジュリエット」よりパ・ド・ドゥ エロイーズ・ブルドン、マチュー・ガニオ 撮影:瀬戸秀美
「ロミオとジュリエット」よりパ・ド・ドゥ エロイーズ・ブルドン、マチュー・ガニオ 撮影:瀬戸秀美
続いて踊られたのは、ボリショイ・バレエ・アカデミー出身で、NBAバレエ団などでバレエ・リュス作品の再振付やダンサーとしてもコッペリウス役などを踊ったアレクサンドル・ミシューチンが振付けた『セーラー・ダンス』。音楽は19世紀のイギリス人作曲家でオペレッタ『ミカド』を作曲したことで知られるアーサー・サリバン。六人の男性ダンサーがセーラー服を着けて、生き生きと踊る楽しいダンス。ラインを作ってちょっとユーモラスな軽快な動きも洒落ていた。
堀内充が振付けた『ロマンシング・フィールド』は、5組のペアが交響曲『新世界より』や『スラヴ舞曲集』の作曲で知られるアントニン・ドヴォルザークの美しい弦楽の響きに乗せて、緩やかに踊る。男女のダンサーが纏ったシンプルな衣裳の穏やかなグレイがとてもシックな雰囲気を醸して、このバレエの基調を作っていて感心した。
フィールド、ウッドランド、ムーン、サンシャインと名付けられた四つの曲で構成されており、5組のペアが同時に踊ったり、森の中や月光の下では、一組のペアがそれぞれの動きを見せる。とても丁寧な作舞である。最後の曲では、全員がまとまって踊る中から、一人だけが離れて音に合わせて動くシーンが素敵なアクセントとなって、魅惑的なダンスの表情が表れた。印象派の時代への憧憬を込めて振付けたと解説されていたが、ドヴォルザークの曲調とうまく親和して心地良い舞台だった。
「セーラーダンス」 撮影:瀬戸秀美
「ロマンシング・フィールド」 撮影:瀬戸秀美
「ロマンシング・フィールド」 撮影:瀬戸秀美
「ロマンシング・フィールド」 撮影:瀬戸秀美
「RENCONTRE(出逢い)」エロイーズ・ブルドン、マチュー・ガニオ 撮影:瀬戸秀美
最後の演目は、今回公演のために振付けられたファブリス・ブルジョワの新作『RENCONTRE(出逢い)』。エロイーズ・ブルドンとマチュー・ガニオが踊った。音楽はフランツ・シューベルト。"recontre"とは<偶然>の出会いを意味する言葉だという。薄明かりの中で男と女が出会い、次第にその心が薄皮をはがすかのように寄り添ってゆくさまを、細かな身体の表情を豊かに表しながら描いていた。ブルドンのアームスの妙なる表情が、フランス・スタイルのノーブルな身体の美しさをゆったりと舞台上に幻影の如く表して、ガニオの彼にしか描けないアポロン的存在感と豊かに共鳴する。ラスト・シーンでは、明るく光が整った舞台に感情表現の豊穣のすべてを表して、幕を下ろした。ブルドンとガニオにしか創ることのできない薫風が舞台空間全体を静かに包んだ。
パリ・オペラ座バレエの規定よりも前倒しでアデュー公演を行ったマチュー・ガニオは、これからも踊り続けるだろう。しかし、長きにわたってエトワールの重責を果たした身体は、そうとうの軋みがきているのではないか、と言われる。それだけに、アデュー公演の年に開催された今回の舞台を観ることができたことは、たいへん貴重なものだった。
私は、マチュー・ガニオが未だ5歳の時、バルセロナのリセオ劇場で母のドミニク・カルフーニに抱かれ、可愛らしいピエロの衣裳を着けて舞台に登場した日(ローラン・プティ・バレエ団『マ・パヴロワ』公演)から、実に多くのガニオの舞台を観せてもらってきた。その意味でも今回の舞台は感慨は大変深いものがある。しかしまた、時代は変転して行くだろう。次の時代に、マチュー・ガニオのように二十一年間もパリ・オペラ座バレエのエトワールの座を、太陽のような輝きを表しつつ華やかに踊り続けることのできるダンサーが出現することがあるだろうか?
(2025年8月3日 ロームシアター京都 メインホール)
「RENCONTRE(出逢い)」エロイーズ・ブルドン、マチュー・ガニオ 撮影:瀬戸秀美
「RENCONTRE(出逢い)」エロイーズ・ブルドン、マチュー・ガニオ 撮影:瀬戸秀美
「RENCONTRE(出逢い)」エロイーズ・ブルドン、マチュー・ガニオ 撮影:瀬戸秀美
「RENCONTRE(出逢い)」エロイーズ・ブルドン、マチュー・ガニオ 撮影:瀬戸秀美
「RENCONTRE(出逢い)」エロイーズ・ブルドン、マチュー・ガニオ 撮影:瀬戸秀美
「RENCONTRE(出逢い)」エロイーズ・ブルドン、マチュー・ガニオ 撮影:瀬戸秀美
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