ワールドレポート ~世界のダンス最前線~

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亀田恵子 text by Keiko Kameda 
[2009.03.10]
From Nagoya -名古屋-

「アーツ・チャレンジ2009舞踊部門公演〜新進アーティストの発見 in あいち」選出の4作品

 愛知から世界へ羽ばたくアーティストの輩出を目指し「アーツ・チャレンジ2009~新進アーティストの発見inあいち~」が開催された。この事業は「新進アーティストの発見 in あいち実行委員会」という、愛知県の複合団体(愛知県:県民生活部・愛知芸術文化センター/財団法人愛知県文化振興事業団/中日新聞社/NHK名古屋放送局)により開催されたもので、若手アーティストの支援・活動発表の場の提供を目的としている。選考委員には佐多達枝 (振付家・バレエ)、平山素子 (舞踊家・コンテンポラリー)、山崎広太 (舞踊家・コンテンポラリー)の3名のアーティストが就任した。
 この事業の主な流れは次の通り。(1)第1次選考(書類審査)(2)第2次選考(選考ワークショップ)(3)担当の選考委員から各自マンツー・マンで指導・アドバイスを得て振付作品を創作(4)愛知県芸術劇場小ホールにて作品を上演。

 今回、選出されたアーティストは宝栄美希(東京都)、竹之下亮(熊本県)、服部哲郎(愛知県)の3名。また、入選ではないが選考委員(指導者)から指導と発表の機会を与える価値があると判断された鈴村由紀が「選考委員特別推薦」という枠で作品を発表している。

■宝栄美希『Mole of wrist』

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 手首にあるホクロ・アザ・・・そういった意味のタイトルだろうか。当日パンフレットの作品趣旨は「あたりまえのようにそこにある。ああ、そうだ、と思い出す・・・」というテキストからはじまる。宝永がチャレンジしたのは「観客の自然な体の記憶を蘇らせるようなダンス」であり、「体の感覚的な記憶を思い出させるような体の内側からの動きを取り出し、提示」することだった。
 開演を知らせるアナウンスが流れ、場内のざわめきが静まる。だが、登場すべきダンサーはなかなか登場しないという状況が続いた。長い沈黙の後、舞台左側から横向きのまま、じっくりと間合いを取りながら進んでいく宝永。床を足裏で摺り、しなやかなリズムで軽くひざを曲げながらスッと脚を上げ、降ろす動きの連続が歩みになっていく・・・高い身体能力を垣間見せる彼女が、今回は決してそれを前面に押し出すことをせず、むしろ抑圧的な印象の動きで作品を構成していた。
 ボブカットの髪型に鮮やかな黄色のベビードール風といういでたちは、愛でられる「お人形」のイメージを感じさせた。人形は「受身」の代表格のような存在でもあるが、彼女が作品で提示したものは、人形の持つ受身な印象とは裏腹な挑発に満ちたものだった。長い沈黙を設け、床に横になったシーンを多用するなどは彼女なりの新たなチャレンジだったのだろう。観客と「からだの記憶」を再生するための共通項が提示出来たかといえば少し疑問が残るが、この事業の趣旨をきちんと踏まえた上での意義ある挑戦だったと思う。新進アーティストが勇気を持って踏み出す一歩が、ジャンル全体の刷新につながると信じたい。

■竹之下亮『マトマトイス』

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 知らないアーティストの作品にふれようとするとき、観客が手がかりにするのは当日配布されるパンフレットであることが多い。今回の上演でも、恐らくそのようにアーティストたちとコンタクトしようとした観客は多いのではないだろうか。
 竹之下が趣旨として掲げたテキストには「時間をずらすことによって、変わっていく身体、意識そして視線。一体どこまで、ずれているのか、ずれていないのか。わからなくなる。」とある。このテキストは作品の中で、どう扱われたのだろうか。
 竹之下が登場したとき、劇場内にはまだ開演のアナウンスは流れておらず、客電のままの場内で観客は着席していない状態だった。「もうすぐダンスがはじまりますよー。」自らアナウンスをしながらうろつきまわる竹之下。一般的に劇場内で大声を出すことは(出演者以外は)ご法度行為だという常識がある。この点において、彼はその常識を打ち破ろうとしていたと考えられる。『マトマトイス』という奇妙なタイトルやイスを両脇に抱えたまま、ただ歩き回るシーンなどからも、彼が既存のダンスの枠組みを打ち破ろうとチャレンジしていることは間違いないだろう。しかし「時間」というものを竹之下がどう捕らえ、どう崩そうとしたのかは彼自身の中でも「わからないまま」ではなかっただろうか。さまざまなチャレンジングなシーンも、ただ組み合わされただけでは「時間のずれ」を感じさせることは出来ないだろう。時間というカタチのない概念をダンスという具象としてどう表現すべきか。今後はアイデアと動きを連動させるべく、じっくりと煮詰めていってほしいところだ。

■服部哲郎『バイバスドルール』

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 男性だけのカンパニーを率いる服部哲郎。今回は5名の女性ダンサーと1名の男性ダンサーを起用、日ごろとは異なる身体性と向き合う契機を得た。作品のテーマは男と女の関係性だが、印象としては男としての服部の妄想であった。
 冒頭シーン、体格のよい男性ダンサーが意味のない動きで踊っている。そこへ男の恋人らしき女性が登場するが、彼女はジーンズにダーク色のボーダーニットという地味な姿である。男と女は暫しじゃれあっているが、男が黄色い紙バッグを女に手渡すシーンから、男の妄想がはじまる。着ていたジーンズやニットを脱ぎ、ブルマに派手なグリーンのソックスという、ロリータ趣味を変形させたような姿に着替えていく女。男の妄想の中で女は、やや暴力的な香りを漂わせつつ着替えのプロセスを展開していく。白いセーラー服を駆けまわりながら着用するシーンでは「民衆を導く自由の女神」(1830年)という絵画のパロディを思わせられ、妄想の中で女を捕らえる男が生きる現代と、女によって自由を象徴しようとした革命時代の男たちのギャップに苦笑した。
 作品中、服部が自らのカンパニーの持ち味としている舞台を駆け抜けるスピード感や、脚を蹴り上げるシャープな動きは健在だった。40分という長めの時間をどう振付け、作品としてどう構成していくかは振付家として大きなハードルになる。しかし、自らカンパニーを率いて経験を積んでいる服部の実力から言えば、このハードルは決して手に余るものではなかったはずだ。さまざまなパーツを構成し、1本の作品としてまとめた点においては一応のクリアと見ていい。だが、作品の深みといった点での物足りなさは否めないだろう。
 男側から見た妄想に対して、女側からの視点が描けていないように思えたからである。男と女の関係を見るとき、パンフレットに服部自身が書いているように「男は女の事を知らず、女はもっと男の事を知らない」のは当然だろう。性の差というものがある以上、それは越えることが出来ないものかもしれない。しかし男と女の妄想を並べ比べたとき、そこには差異だけでなく共通項のようなものが見出されるはずだ。その共通項が日常の中で意識されているのか、それともされていないのか。その意識のされ方、表現のされ方は異なるのか、同じなのか。その理由は何なのか・・・。現在、世界で活躍する振付家の多くは私たちの価値観を覆し、それまでの日常を見つめ直させてくれるような強い力を持った作品を生み出している。服部が振付家として目指すべき場所は一方向的な妄想の到達点ではなく、両者の妄想がぶつかりあい、そこから見えてくる新たな価値観の地平ではないのか。
 これは今回選出されたすべてのアーティストについて思うことだが、彼らのつくりだす作品世界が観客の感性・感覚・思考に訴えかけ、価値観を揺るがすような力を持ってほしいと願っている。自らも優れたアーティストである審査員から受けた指導やアドバイス、生の舞台で作品を発表する経験、それらを今後野のために活用していってほしいと思う。選ばれた理由は、きっとそこにあるはずだ。

■鈴村由紀『next to the    .』

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「何か気になってしまう」という理性では説明のつかない直感が、ときに優れた方位磁石のように働くことがある。今回審査員特別推薦枠で作品発表の機会を得た鈴村は、そうした磁力を持つ存在だったのだろう。HIP HOP、JAZZ DANCE、カポエイラなどを蓄えた身体には独自な強さを感じさせる魅力がある。基本的な振付は腕を回したり、ジャンプをしたりとシンプルなものが多かったが、例えば回転する腕が描き出す軌跡は、ブレない上体の傍らに小さな旋風が巻き起こっているような不思議な光景を生み出していた。
 選出アーティストの40分に対し、鈴村は20分という短い時間での振付だったが、今後への手ごたえを感じさせるものだったと思う。「舞台で見せる」ことに戸惑いを覚えていると公演後に語っていた鈴村だが、カポエイラを学びはじめたときと同じようなパッションで、舞台作品にも取り組んでいってほしい。
(2009年2月21日(土)愛知県芸術劇場小ホール)

●入選アーティスト
(1)振付・出演:宝栄美希『Mole of wrist』
(2)振付・出演:竹之下亮『マトマトイス』
(3)振付:服部哲郎『バイバスドルール』
出演:伊東亜佐美、杉山絵里、相馬秀美、向井さやか、渡邊智美、高田和功
選考委員特別推薦
(4)振付・出演:鈴村由紀『next to the    .』