ワールドレポート／東京

関口 紘一　Text by Koichi Sekiguchi

牧阿佐美バレヱ団の『白鳥の湖』は、英国ロイヤル・バレエ団で踊り、教師や振付家としても活動したテリー・ウェストモーランド版に基づき、芸術監督の三谷恭三が改訂振付している。
周知のように今日上演されている『白鳥の湖』は、1895年にマリインスキー劇場で初演されたプティパ - イワノフ版がその基になっている。英国ロイヤル・バレエ団は、その舞踊譜に基づいて1934年にニコライ・セルゲイエフが当時のヴィック・ウエルズ・バレエ団で上演した『白鳥の湖』を伝統的に継承してきた。加えてマリインスキー劇場で初演以降に主演したのち、ロシア革命などにより祖国を離れたタマラ・カルサヴィナ、マチルダ・クシェシンスカヤ、オリガ・プレオブラジェンスカヤなどのロシア帝室バレエの名バレリーナたちが、アリシア・マルコワやマーゴ・フォンテーンといった英国ロイヤル・バレエ団のスターたちに直接指導している。こうして具体的には2幕のオデットのマイムなどが伝えられてきたことはよく知られているし、同時にロシア帝室バレエの遺風も受け継がれてきたと思われる。

今回の上演にあたって芸術監督の三谷は、「できるだけ元のヴァージョンを尊重して上演しよう」と心がけたと言う。そして、「貴族のオデット姫が＜白鳥＞として登場して、王子と出会った時の不安と微かな希望などのすべてを、歩き方とか背中の表現とかダンスとか、そこにすべてが現れるように」指導している、とも語っていた。https://www.chacott-jp.com/news/worldreport/tokyo/detail031055.html
4月29日と30日に上演された『白鳥の湖』では、オデット/オディール＝青山季可・阿部裕恵、ジークフリード王子＝清瀧千晴・水井駿介、というWキャストが組まれた。私は30日の阿部裕恵・水井駿介と言うキャストで観た。
水井はウェストモーランド版『白鳥の湖』のジークフリート王子は初役である。しかしやはり、水井のステップは美しい。ステップを踏む脚に力が漲っていて力強く、軽快にリズムが刻まれ、フォルムが美しい。王妃に結婚するように命じられ、未だ愛に出会えていない漠然とした孤独を抱えて、一人で弩を手に森に向かう王子の心をそのステップが切実に語った。第2幕ではオデット姫との出会いを喜び、第3幕ではオディールに欺かれた愚かさに慄いた。そして第4幕では愛することが死ぬことであるという抜き差しならぬ悲劇を雄弁に物語っていたと思う。

一方、阿部裕恵には「多くの白鳥たちの中の＜オデット姫＞だからこその存在感」を求めた、と三谷は言う。それに応えたかのように、阿部裕恵のオデット/オディールは脱力した美しい動きを見せた。かつては見事に演じ踊っていても、若さ故か、どこかで、ふと現実の阿部自身を感じさせてしまうところがあったように思う。しかし今回公演では、しっかりと全幕を見通し、終始脱力して表情と身体を一致させて、全幕を踊り切った。第4幕では、絶望のうちにジークフリート王子を許し、決然と嵐の湖に身を投げる演技に、全身を賭した精神が感じられた。
第1幕のパ・ド・トロワ（中川郁、光永百花、中島哲也）、第3幕のパ・ド・カトル（高橋万由梨、阿部千尋、濱田雄冴、大川航矢）も力強く闊達だったが、群舞の充実ぶりには目を見張るものがあった。元々、群舞は良く整えられていたのだが、今回公演では心がひとつになって踊っていることがこれまで以上に、舞台からヒシヒシと伝わってきた。牧阿佐美の逝去、と言う一大ショックから1年半を越える日々が経過して、カンパニーは「ショー・マスト・ゴー・オン」という厳しい宿命の下、積極果敢に舞台作りに取り組んできた。その結果が、今まさに実を結びつつあるのだろうと推測される。
（2023年4月30日　文京シビックホール 大ホール）

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