牧阿佐美バレヱ団芸術監督 三谷恭三に聞く、『白鳥の湖』『三銃士』「ダンス・ヴァンドゥ」ほか、これからの公演について

ワールドレポート/東京

インタビュー=関口紘一

――牧阿佐美バレヱ団の次回公演は4月29日、30日に、ウエストモーランド版を三谷さんが改訂された『白鳥の湖』ですね。

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三谷 私はウエストモーランド版『白鳥の湖』を、牧阿佐美バレヱ団で初演した時にジークフリートを踊っています。その後、少し手を加えた部分もありますが、今回の公演では、できるだけ元のヴァージョンを尊重して上演しようと思っています。振付をいただいところをもう一回、しっかりと思い出して創ります。「古い」といった見方ではなく、ウエストモーランドがどういうふうにステージングしようとしていたかをもう一度、確認します。

――前回の再演は2018年でした。その時が阿部裕恵さんと清瀧千晴さんの初役だったわけですね。今回、水井駿介さんは初めてですね。青山季可さんは以前に踊っていますね。

三谷 そうです。阿部裕恵は2月に『ドン・キホーテ』のキトリを大川航矢と踊りましたが、確実な成長が感じられてとても良かったんです。ですが今回の『白鳥の湖』では、以前の阿部裕恵は一切捨てて、オデット/オディールになりきってください、と伝えています。普通は阿部裕恵が白鳥になるのですけれど、そうではなくて白鳥が阿部裕恵になっているように踊ってほしいのです。
例えば、2幕のオデットの登場シーンには、『白鳥の湖』のすべてが現れています。貴族のオデット姫が、「白鳥」として登場して、王子と出会った時の不安とか微かな希望などのすべてを、歩き方とか背中の表現とかダンスとか、そこにすべてが現れるように演じてほしいと指導しています。
出会いがあって恐怖がある中で王子と心を交わして、そこでもう王子は愛を誓います。するとロットバルトが出てきて戦いになります。このシーンに『白鳥の湖』のすべてが詰まっているので、ここが上手くいけば、終幕まで順調にいくのではないか、と思っています。ですから、2幕のオデットの登場は特にきっちりと演出したいなと思っています。
青山季可はもうベテランですし、何も心配しておりません。

――青山季可さんはローラン・プティの『アルルの女』や『ノートルダム・ド・パリ』を踊られましたが、素晴らしかったです。もちろん、今までもよかったのですが、プリンシパルとしてカンパニーを背負って立つ、という気持ちが、一段と彼女を成長させたのかもしれませんね。
そうすると2幕の登場シーンで白鳥の存在感をどこまで出せるか、が重要ということですか。

三谷 ええ、オデットは貴族ですから、恐怖があってもそこに収まってしまうのではなく、輝きがなければいけないのです。多くの白鳥たちの中の「オデット姫」だからこその存在感がなくてはならない。阿部は技術はもうほとんどこなせるので、表現の根幹に関わる部分から迫ってみようかと思っています。技術を見せるのではなく、内面から浮かび上がるもので観客とコミニュケーションをとってもらいたい、と思っています。
先日、リハーサルをしたら表情が活き活きとしていてとても良かったのです。今までは阿部裕恵が前面に出て踊っていましたから、何を踊っても阿部裕恵でした。ですから、役に対してどんどん変わっていかなければならない、と伝えています。
最近の青山季可みたいに『ノートルダム・ド・パリ』のエスメラルダを踊っても『アルルの女』のヴィヴェットを踊っても少しづつ変わっていく、そういうものがなければならない、と思います。

「アルルの女」水井駿介、青山季可 2021年NHKバレエの饗宴 2284(撮影瀬戸秀美).jpg

「アルルの女」水井駿介、青山季可(2021年NHKバレエの饗宴)撮影瀬戸秀美

――そうですか、それは期待できますね。

三谷 阿部はまだ20代ですから、これからそういうことを研究していって、もちろん、『白鳥の湖』でももっと磨いて、もっと違う色が出せるようにしてもらいたい、と思っています。

――阿部さんは水井駿介さんのジークフリートと踊りますね。水井さんはウエストモーランド版の『白鳥の湖』は初めてですね。

三谷 水井はこれから一対一でリハーサルしながら、王子の内面的な表現やテクニック、立ち居振る舞いを指導していきます。王子としてのナチュラルなあり方、仕草とか立ち居振る舞いに品のある、そうした貴族的なものをしっかりと表してほしいと思います。

――水井さんの動きは美しいですからね。

三谷 そうですね。どちらかというと、貴族的なものを自然に感じさせることが、日本人は苦手です。例えば休憩している時にも貴族的な雰囲気を感じさせなければなりません。舞台の上でトータルにそうした表現ができなければなりません。

――水井さんは『アルルの女』も素晴らしかった。良かったですね。青山さんもとても良かった。

三谷 ええ、良かったです。二人の恋愛関係、青山(ヴィヴェット)ではない人に恋してしまった苦悩とか、そしてまた、青山の苦悩とか、ローラン・プティさんは、独特で、生まれて愛して死んでいく、ということを人間の生涯の一つのサイクルのように表しています。
最初は青山が好きだったのだけれど、別の女性を愛してしまってどうしても忘れられなくて、そして自分で死んでいく・・・振付とかそういうものだけではなくて、どうしても愛に走ってしまう心情が出なければなりませんから。ラストシーンでも思いを込めた特別な走り方でなければならないのです。そういうものが現れないとお客さまがバレエの中に入ってこないですからね。

――清瀧さんもテクニックは問題ないですし。

三谷 清瀧は彼独特のキャラクテールがあって、実にナチュラルで淡々として踊りますから、そういう意味での彼の良さが十分に発揮されるといいな、と思います。

――まさに王子ですしね。

三谷 そうです。いろんな王子がいていいと思うのです。画一化されたダンサーではなくて個性があっていいと思います。ダンサー自身の魅力を十分に発揮してもらいたいと思います。

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「白鳥の湖」清瀧千晴(2018年)撮影山廣康夫

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「白鳥の湖」清瀧千晴、保坂アントン慶(2018年)撮影山廣康夫

――ウエストモーランド版は格調の高いヴァージョンでした。

三谷 そうですね、ですから1幕が一番難しいんですよね。道化も出てきませんから。立ち居振る舞い、ステップ、演技が大切です。どこでどういうふうにポイントを持っていくか、ということ。王子だけでは関心を引くことはできませんから家庭教師とかいろいろと登場人物は出てきます。家庭教師も脇役ではなくて主役のつもりで踊れば、そのパートが生きてきます。それぞれの役の存在感が出てきて、パワーが生きてきます。

――1幕は、そうしてだんだんと日が暮れていく、王子が孤独を感じながら森にいく、音楽の流れがそうなっていますね。新国立劇場のピーター・ライト版の『白鳥の湖』は1幕が宮廷の中なので、そうした抒情的な雰囲気とはまた違います。ドラマ仕立てにしていますから。新国立劇場も6月に『白鳥の湖』を上演しますから、ウエストモーランドに基づいた三谷版とピーター・ライト版を見比べたら面白いと思います。

三谷 新国立劇場は『ドン・キホーテ』も上演します。

――『ドン・キホーテ』は他でも上演しました。コロナ禍で全幕ものが上演できませんでしたから。
『ドン・キホーテ』は牧阿佐美バレヱ団では3公演でしたね。阿部裕恵さんと大川航矢さんの舞台は、観客に大いに受けたそうですね。

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「ドン・キホーテ」阿部裕恵、大川航矢 2023年 撮影・鹿摩隆司

三谷 はい、そうですね。昨年の9月に大川が入団しました。その時期に『ドン・キホーテ』のキャスティングを考えていたので、バジルなら大川にはあっていると思ってキャストに組み入れました。リハーサルしながらいろいろ直しましたけど、テクニックは元々持っていたし、音感も良かったです。ただ、もっと上手く見せたほうがいい、平面的にではなく、一番いいところを見せるように、計算して見せれば大丈夫だ、と伝えました。

――大川さんが日本で全幕バレエを踊ったのは初めてじゃないですか。

三谷 そうです。阿部裕恵とは似合いのペアになりました。

――新しい人が出てくるとまた、活気が出ますね。

三谷 そうです。稽古場でもみんな盛り上がりますからね。他のダンサーたちにも良い刺激になってくれています。

――その次は『三銃士』ですね。この作品もアンドレ・プロコフスキー振付の語り口と言いますか、とても面白い舞台ですね。セリフで展開していくような場面もあるし、かなりの演技力を要求される長いシーンもあったり。ストーリーも面白いのですが、やはり、プロコフスキーの振付の語り口がとても面白いですね。牧阿佐美バレヱ団のユニークで素敵なレパートリーですね。

三谷 そうです。当時、プロコフスキーの『アンナ・カレーニナ』(1979年)か『三銃士』(1980年)かどちらか上演しないか、という提案があり、それで『三銃士』に決めたんです。

――ダンサーに見せ場があって、ミレディなど芝居もあるし、面白いキャラクターが出てきますから楽しみです。そして男性ダンサーが揃ってアンサンブルがいいです。迫力ある剣戟シーンも楽しめます。
『三銃士』はダルタニヤンが水井さん、清瀧さんで、コンスタンスが阿部さんと米澤真弓さん、ミレデイが青山さんと光永さん。そして三銃士は大川さん清瀧さん小池京介さんともう1組が大川さん水井さん正木龍之介さんですね。

三谷 そうです。アラミスを踊る小池京介はバレエ塾の卒業生で、身長が180センチくらいあります。若手とベテランをうまく組み合わせて育てていくつもりで、キャスティングしています。
ミレディに扮するのは、青山と光永ですが、二人とも初役で、とても楽しみにしています。

――青山さんも初役ですか。

三谷 そうです。青山はかつてミレディ役を踊りたかったのですが、牧に「あなたはまだ無理よ」と言われたんです。昔の話ですよ。最近、演技力もついて良くなってきていますから。

――ダンサーはミレディを踊りたがる人が多いですか。

三谷 そう、踊りたがりますね。技術的に難しいところはいっぱいあるんですが、感情を込めて表現できる、感情が出せるんです。演じれば楽しいと思います。きっちりと型にはまった役ではないから、自分を見せられる役ですから。今回はベテランと若手の二人とも初役ですから、どうなるでしょうか。

――そりゃあ、楽しみですね。両方見ないと・・・。

三谷 もちろん、ベテランで踊れるダンサーはいるんですが、青山とベテランでは面白くないですから、やはり、若手を入れてお互いの良さを出してもらいたいですね。若手はそれを演じてまた成長してもらいたいですから。

――役が人を作りますからね。難しい役を演じることでまた、成長していきますね。私は2014年の公演で中川郁さんのミレディを見ましたが、とても良かったです。
その後は『眠れる森の美女』と『くるみ割り人形』ですか。やっぱりまだ、チャイコフスキーの3大バレエはは人気がありますか。

三谷 やはり、バレエといえばチャイコフスキーの3大バレエですね。
作品ごとにそれぞれに違いますから、どこが違うのかが明確に出ればいいと思っています。

――それから昨年の「ダンス・ヴァンドウ」公演。牧阿佐美の『トリプティーク』は観ていましたけど、『カルメン』には驚きました。

三谷 テレビ用の演出になっていましたが、それがとても良かったですね。

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「カルメン」光永百花、菊地研 撮影・山廣康夫

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「トリプティーク」米澤真弓、坂爪智来 撮影・鹿摩隆司

――シンフォニック・バレエの名手の牧阿佐美が振付けるとドラマティック・バレエはこうなる、という感じでした。まだ、我々の知らない傑作が残されているのではないか、と思いました。もっと見せていただきたいです。

三谷 あれだけキャストがしっかりとあって、そこにカルメンが絡んでくる振付の妙というか、迫ってくるものがすごいです。バレエはドラマのエッセンスを浮かび上がらせることができますから。

――次の「ダンス・ヴァンドゥ」公演はどのようなものを考えられていますか。

三谷 次は趣向を変えてバランシンの『ルビー』とか、プティの『アルルの女』とかそうした小品の傑作を組み合わせてみようかな、と思っています。

――三谷さんの振付作品は上演されないのですか。

三谷 うまい時間帯とか、息抜きのところとかあれば上演したいと思っています。男性4人が踊る『ヴァリアシオン・プール・カトル』(2000年)は若い男性は踊りたがります。

――今、明るくてモダンな感じの創作作品ってあまりないですね。特に男性ダンサーのためのそうした作品はぜひ、上演してほしいですね。

三谷 当時はね、正木亮とか、保坂アントンもまだ若くて、イギリスから来ていたオリバーっていう男の子とか。わりと個性的な男性ダンサーたちがいましたから。

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シンフォニエッタ」撮影・鹿摩隆司

――シンフォニック・バレエは実際、牧阿佐美くらいしか日本人では作れませんでした。その男性版というわけではないですが、モダニズムの良さ、というか、ダンスらしいダンスをもっと上演していただきたいです。日本人の振付家を大切にしていかないければいけないと思います。
新作というと、みんな何でもかんでもコンテンポラリー・ダンスみたいになってしまいます。世界的に見てもシンフォニック・バレエを作れる振付家は少ないのではないかと思います。みんなコンテンポラリー・バレエになってします。そういう意味では、特に牧阿佐美の作品などは貴重だと思います。

三谷 そうですね、ですから『シンフォニエッタ』とか『トリプティーク』などは保存版として残しておかなければならない、と思っています。

――そういう意味では「ダンス・ヴァンドウ」なんかはいい機会ですから。他にはチャンスもほとんどないでしょう。コロナ禍で新作とかはなかなか作れなかったですからね。

三谷 そうですね、もうちょっと時間ができたら新作も作りたいと思っています。

――やはり、お忙しいでしょう、今まではお二人で運営されていましたが、今はお一人ですべて対応されなければなりませんから。

三谷 そうですね、以前はバレエのこと、振付のことだけに専念すれば良かった頃もありました。今はもうトータルにすべてを見なければいけなくなっていますから。バレエ団のほかに、橘バレエ学校、AMステューデンツも日本ジュニアバレエもあったり、牧阿佐美バレエ塾も全部を見なきゃなりませんから。

――バレエ塾出身のダンサーも出てきていますね。

三谷 はい、小池京介はバレエ熟出身です。今度、卒業するんです。『三銃士』でアラミスを踊らせたり、『くるみ割り人形』でも初めて主役の王子を踊らせようと思っています。『誕生日の贈り物』を踊ったらいろいろとオファーが来たらしいのですが、今年いっぱいは仕事を取らないで、この1年間にパ・ド・ドゥも含めて勉強しなさい。そして今年『くるみ割り人形』が終わったら自由にしていいから、と言ってます。今、一番大事な時期ですから、何か影響を受けて変なクセがついてもいけないので。結局、外国人と組んだりする時に、ちゃんと方法とかわかっていないと難しいこともありますから、今のうちに基礎をしっかりと固めておけば可能性があるわけです。男性ダンサーも難しい時期があります。せっかくいいものを持ってますから。良いところを活かせるようになってから、活動の場を広げていくようにしなければなりません。

――そうですか、若手のダンサーが育って来ればまた、新しいやりがいもできてきますね。

三谷 『トリプティーク』の時も若いダンサーを入れると、稽古場も活気が出てきます。ですから、ポツポツ入れるようにしています。若手を抜擢して使うと心配で、ベテランを使えばもっとうまくいくのですが、やはり、他の人たちと競争させるようにして、エネルギーを沸き立たせるようにしています。ですから、これからの公演には期待しています。

――『白鳥の湖』の上演を楽しみにしております。
本日はお忙しいところお話を伺うことができて良かったです。ありがとうございました。

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