ノイマイヤーがリハーサルに立ち合い"再創造"した『椿姫』が13公演行われた、パリ・オペラ座バレエ団
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ワールドレポート/パリ
三光 洋 Text by Hiroshi Sanko
Ballet de l'Opéra national de Paris パリ・オペラ座バレエ団
La Dame aux camélias John Neumeier
『椿姫』ジョン・ノイマイヤー:振付
パリ・オペラ座バレエ団は5月7日から23日までガルニエ宮でジョン・ノイマイヤー振付『椿姫』を13回上演した。一部の職員がストライキを行ったため、5月5、6、12日の3公演は休演となった。前回の2018年12月から2019年1月にかけての公演以来、7年ぶりの上演である。
今回も、ノイマイヤーは87歳という高齢にも関わらずパリまで足を運んでリハーサルに立ち会った。「このバレエを再度同じように舞台にかけるのではなく、再創造しに来ました。オペラ座とは長い年月の関係があり、新しい世代のダンサーたちと作業するのは喜びです。彼らが私の言葉とガイダンスにどのように反応するかを知りたいのです。」(「フィガロ紙」アリアーヌ・バヴリエ記者のインタヴュー、5月3日付)それだけに、ストのためカーテンコールにノイマイヤーの姿が見られなかったのは残念な限りだった。

フロラン・メラック ドロテ・ジルベール © Maria-Helena Buckley/ Opéra national de Paris
今シリーズでは主役マルグリット・ゴーティエとアルマン・デュヴァルを4組が踊った。ドロテ・ジルベールとフロラン・メラック(4回)、テレビ収録が行われたアマンディーヌ・アルビッソンとユゴー・マルシャン(3回)、レオノール・ボーラックとマルク・モロー(3回)、ブルーエン・バティストーニとジェルマン・ルーヴェ(3回)の組み合わせである。
初日の5月5日と二日目の5月6日が相次いでストのため休演となった結果、5月7日の第3キャストでシリーズの幕を開けることになった。
ヒロインのマルグリットは10月15日にケネス・マクミラン振付の『マノン』(1974年ロイヤルバレエ団により初演、パリ・オペラ座バレエ団のレパートリー入りは1990年)で引退することが決まっているドロテ・ジルベールが初めて踊った。ドロテ・ジルベールは公演開始前にフランス人バレエ評論家のインタヴューで次のように語っている。(週刊「テレラマ誌」4月29日付)。
「42歳半でマルグリットの役を引き受けるのは大きな賭けです。無謀と言ってもいいでしょう。作品そのものはマリー=アニエス・ジロが主役を演じた2006年から知っていました。(役に対して)私は鉈を手にして森に入っていくようにして進んでいきました。体に新しい感覚を記憶させられるかどうかが懸案でした。反面、今まで積み重ねてきた経験は役を解釈する助けになりました。このバレエを創った振付家ジョン・ノイマイヤーは踊り手にインスピレーションを与えてくれる人です。存命の振付家と作業するメリットは大きいのです。マルグリット・ゴーティエは(物質的な豊さや華麗さではなく)愛を選びながら、高級娼婦だった過去に足を掬われてしまった女性です。彼女のことを彼が語るのを聞いていると、何度も涙が湧いてきました。位置の高い、きわめてアクロバティックなポルテ(動きのつながりが特に大事なのです)を通じて、ノイマイヤーはダンサーを男女間の官能的な親近性へと導いていきます。そこで、彼が私のために選んだ新しいパートナーであるフロラン・メラックとお互いを知り合うために多くの時間を費やしました。」

ドロテ・ジルベール © Maria-Helena Buckley/ Opéra national de Paris

ドロテ・ジルベール © Maria-Helena Buckley/ Opéra national de Paris
ドロテ・ジルベールは過去においてマノンとヒロインの女友達プリューダンスを演じている。ドロテは第1幕のヴァリエテ座でバレエ『マノン・レスコー』を見る場面で、物欲の強いマノンに対してはっきりと嫌悪感を視線と表情によって表していた。そして、嫌悪しているマノンの運命に自分の運命が次第に重なっていく恐れが次第に現実となっていくのにおののいている様子を演技ににじませた。同じ半社交界にいながら、愛情よりも金銭に惹かれているプリュダンスとの違いを明瞭に出そうとして、細かい仕草やまなざしには真率さが託されていた。
第2幕のパリ郊外で恋人と過ごした夏には、生きる喜びが全身から広がった。これと対照的だったのは、別離後の第3幕シャンゼリゼの場面だ。アルマンはマルグリットに裏切られたと思い込んでより若い女性オランピアといちゃついている。シャンゼリゼは当時、上流社会、半社交界に属する有閑人士の遊歩場だった。彼に対して向けられた暗い眼差しからは、ヒロインの絶望がひしひしと伝わってきた。19年という長い年月、エトワールを務めてきた経験を活かし、振付家の意図を汲み取って自分の身体によって明快に演じた。このことは、40歳のノイマイヤーがシュトゥットガルト・バレエ団で『椿姫』を初演したとき、マルグリットを演じたのが当時41歳のマリシア・ハイデだったことを思い出させた。肺結核により23歳の若さで病没したヒロインのモデルとなったマリー・デュプレシス(1824・1847)との年齢差があっても、優れたテクニックと卓越したドラマ感覚があれば記憶に残る舞台が生まれるのだろう。昨年12月の本誌へのインタヴューでも、「40歳になったから、もうむずかしい役はやらない」と思ってしまったら、それまでです。マノンのような解釈や演技が求められる役なら若いころより、今の方が楽にできます。」と語っていた。マルグリットもマノンと同じように演技力が求められる役だ。今回のドロテ・ジルベールの演技には円熟という言葉がぴたりと当てはまっていた。

ドロテ・ジルベール フロラン・メラック © Maria-Helena Buckley/ Opéra national de Paris

ドロテ・ジルベール フロラン・メラック © Maria-Helena Buckley/ Opéra national de Paris

ドロテ・ジルベール © Maria-Helena Buckley/ Opéra national de Paris
アルマン役のフロラン・メラックは安定したポルテによって、ドロテ・ジルベールが安心してヒロインを演じることを可能にした。若いアルマンの情熱はよく感じられたが、マルグリットが自分を去った後の絶望と怒りといった感情表現においては、パートナーの域に遠く及ばなかった恨みがあった。今回のシリーズで他の3カップルがエトワール同士の組み合わせだった中でただ一人プルミエール・ダンスールとしてアルマン役に起用されただけに、エトワールに任命される絶好の機会だったが、実現しなかった。
ロクサーヌ・ストヤノフはいつもながら婉麗な表情と仕草により、無邪気な放蕩者マノンにピッタリで、純情なデグリューによく似合っていたトマ・ドッキールと息の合ったカップルだった。

トマ・ドッキール ロクサーヌ・ストヤノフ
© Maria-Helena Buckley/ Opéra national de Paris

フロラン・メラック © Maria-Helena Buckley/ Opéra national de Paris
翌5月8日は5月13日と19日にテレビ収録が行われた本来の第1キャストだったが、ストのため座席が変更となったために、きちんと舞台を見ることができなかったのは返す返す残念だった。フランスの有力日刊経済紙「レゼコー」のフィリップ・ノワゼット記者によれば、「アマンディーヌ・アルビッソンとユゴー・マルシャンのエトワールカップルは素晴らしかった。(アマンディーヌは)男を誘惑する女性、次いで恋に敗れた女性を、(ユゴーはアルマンの)苦悩を余すことなく表現していた。」(5月11日付)と絶賛していた。

アマンディーヌ・アルビッソン ユゴー・マルシャン © Maria-Helena Buckley/ Opéra national de Paris

ユゴー・マルシャン アマンディーヌ・アルビッソン © Maria-Helena Buckley/ Opéra national de Paris

アマンディーヌ・アルビッソン ロクサーヌ・ストヤノフ © Maria-Helena Buckley/ Opéra national de Paris

ユゴー・マルシャン ビアンカ・スキュダモア © Maria-Helena Buckley/ Opéra national de Paris
5月15日はブルーエン・バティストーニとジェルマン・ルーヴェの組み合わせだった。この二人の特徴は両者の均衡が取れていて、登場人物が自然に演じられていた。第1幕にヴァリエテ座で二人が初めて出会う場面から、ブルーエンの姿には半社交界の花形らしい魅惑と死病に蝕まれている傷んだ身体というヒロインの持つ光と影が明瞭に見てとれた。そして、一つ一つの所作を積み重ねて、自分の想像したヒロイン像を細やかに描き上げていった。第1幕で求愛者の男性がソファーの背後から忍び寄って彼女の手に触ろうとするところで、相手の手を振り払うのではなく、そっと手前に引くことで拒む気持ちを表したのはその一例に過ぎない。バレエ「マノン・レスコー」(註)を見たあとの自宅での夜会で、マルグリットがアルマンと結ばれるパ・ド・ドゥでも、二人の間の距離とまなざしの変化によって、最初は相手を軽く受け流しながら、少しづつ相手に心を開いていく様態を自然に演じていた。第3幕で裏切られたと思い込んだアルマンに若い美貌のオリンピアとの仲をわざと見せつけられ、視線を落としながら、どうしても見てしまう時の懇願するような視線は観客の胸をえぐった。
対するジェルマン・ルーヴェも繊細なアプローチでアルマンの心情に迫っていた。マルグリットが死の直前まで書き続けた日記を侍女から受け取って真実を知った時の驚愕、嫉妬に駆られて大金の入った封筒をマルグリットに押し付ける時の激情は誰の目にも明瞭だった。「(人物の)感情を探そうとしてもダメなのだとわかりました。それはすでに振付の中に込められています。パを重ねることだけで、感情は伝わります。マルグリットが自分のもとを去った後のヴァリエーションでアルマンは自分を見失っています。二人の愛の破局、転落の全ては振付に全て現れています。」とアリアーヌ・バヴリエ記者に語っている。(「フィガロ紙」5月3日付)
ブルーエンは「このバレエの土台には(アレクサンドル・デュマ・フィスが書いた)言葉があります。人が話すとき、言葉と言葉の間にはその人がものを考える沈黙の時間があります。」(「フィガロ紙」5月3日付記事)と語っているが、ノイマイヤーがこの「間」に託した主人公二人の燃え上がる熱情はブルーエンとジェルマンという気性の合ったダンサーの身体によって見事に現前していた。
40年以上にわたり、自分の作品を彫琢し続けてきたジョン・ノイマイヤーによる傑作は、これからも時代を超えてダンサーと観客を魅了し続けるだろう。
(註 バレエ「マノン・レスコー」はノイマイヤー作品で重要な役割を果たしている。ヒロインのマルグリットが自分の運命を十八世紀のアベ・プレヴォー原作の小説「マノン・レスコー」の運命と重ね合わせていくからだ。アレクサンドル・デュマ・フィスの小説が発表された1848年当時にパリで上演されていたのはジャン=ピエール・オメル振付、ウージェーヌ・スクリーブ台本、アレヴィ音楽による3幕バレエ「マノン・レスコー」(1830年パリ・オペラ座初演)がある。イタリアのミラノ・スカラ座ではジョヴァンニ・カザーティ振付、ヴィツェンツォ・ベッリーニ作曲の5幕バレエ『マノン・レスコー』が1846年に初演されている。ただし、パリに実在するヴァリエテ座でのバレエ『マノン・レスコー』の公演はジョン・ノイマイヤーによる創作である。
(2026年5月7日、8日、15日 ガルニエ宮)

レオノール・ボーラック © Maria-Helena Buckley/ Opéra national de Paris

セウン・パク © Maria-Helena Buckley/ Opéra national de Paris
『椿姫』(プロローグ付き3幕バレエ)1978年11月4日シュトゥットガルト・バレエ団により世界初演 2006年6月20日 パリ・オペラ座のレパートリー入り
振付・演出・照明 ジョン・ノイマイヤー
原作 アレクサンドル・デュマ・フィス
音楽 ショパン
装置・衣装 ユルゲン・ローズ
ピアノ独奏 ミハウ・ビアウク、フレデリック・ヴェス=クニッター
マルクス・レーティネン指揮 パリ国立オペラ座管弦楽団
配役(5月7 日 、8日、15日)
マルグリット・ゴーチエ(椿姫) ドロテ・ジルベール/アマンディーヌ・アルビッソン/ブルーエン・バティストーニ
アルマン・デュヴァル フロラン・メラック/ユゴー・マルシャン/ジェルマン・ルーヴェ
アルマンの父 デュヴァル氏 フロリアン・ポール/ヤン・サイーズ/イレク・ムハメドフ
プレリュード パリのアパルトマン内部
「ピアノソナタロ短調」作品58より「ラルゴ」
マルグリット・ゴーチエ、アルマン・デュヴァルと父親
プリューダンス・デュヴェルノワ マリーヌ・ガニオ/ロクサーヌ・ストヤノフ/レティツィア・ガローニ
公爵 アルチュス・ラヴォー/アルチュス・ラヴォー/ジャード・マチューズ
ナニーナ(マルグリットの侍女) アンドレー・クレム/ローレーヌ・レヴィ/エミリー・アズブーン
N伯爵 エンゾー・ソーガール/アレクサンドル・ボカラ/マリウス・ルビオ
ピアニスト フレデリック・ヴェス・クニッター/フレデリック・ヴェス・クニッター/フレデリック・ヴェス・クニッター
第1幕 ヴァリエテ座
「ピアノ協奏曲第2番へ短調」作品21
マルグリット・ゴーチエ、ナニーヌ、アルマン・デュヴァル、プリューダンス・デュヴェルノワ、侯爵、N伯爵
バレエ「マノン・レスコー」の登場人物
マノン・レスコー ロクサーヌ・ストヤノフ/セウン・パク/エレオノール・ゲリノー
デグリュー トマ・ドッキール/ジェレミー=ルー・ケール/シャール・ワグマン
マノンに恋している3人の男性 アレクサンドル・ボカラ アレクサンドル・ガス イヴォン・デュモル/アクセル・イボ ミカエル・ラフォン ニコラウス・チュドリン/アクセル・イボ ミカエル・ラフォン ニコラウス・チュドリン
舞踏会の招待客
オランピア ナイス・デュボスク/ビアンカ・スキュダモア/リュナ・ペニェ
ガストン・リュー アンドレア・サーリ/アントニオ・コンフォルティ/アンドレア・サーリ
アルチュール アントニオ・コンフォルティ/アレクサンダー・マリアノフスキ/アントニオ・コンフォルティ
ウージェーヌ ミカ・レヴィーヌ/ミカ・レヴィーヌ/ミカ・レヴィーヌ
エドゥアール サミュエル・ブレ/エンゾー・ソーガール/エンゾー・ソーガール
仮面舞踏会の参加者 アリス・カトネ レティティア・ガローニ カロリーヌ・オズモン ファニー・ゴルス イダ・ヴィイキンコスキー アクセル・イボ ミカエル・ラフォン 他/ アリス・カトネ ナイス・デュボスク アレクサンドル・ガス サミュエル・ブレ 他/カミーユ・ボン クレマンス・グロス カロリーヌ・オズモン アレクサンドル・ガス ミカエル・ラフォン 他
第2幕 田舎
「華麗なる円舞曲」作品34より「第1番変イ長調」、「3つのエコセーズ」作品72、「華麗なる円舞曲」作品34より「第3番へ長調」、「ソナタロ短調」作品58より「ラルゴ」、「24の前奏曲」作品28より「第2番イ短調」「第17番変イ長調」「第15番変ニ長調」、「ソナタロ短調」作品58より「ラルゴ」、「24の前奏曲」作品28より「第2番イ短調」「第24番ニ短調」
マルグリット・ゴーチエ、アルマン・デュヴァル、デュヴァル氏、プリューダンス・デュヴェルノワ、ガストン・リュー、侯爵、ナニーヌ、ピアニスト、マノン、オランピア、N伯爵、マノンに恋する三人の男たち
田舎家の招待客 アリス・カトネ レティツィア・ガローニ ファニー・ゴルス アントニオ・コンフォルティ ミカエル・ラフォン 他/アリス・カトネ ナイス・デュボスク アレクサンダー・マリアノフスキー エンゾー・ソーガール 他/ カミーユ・ボン クレマンス・グロス カロリーヌ・オズモン アントニオ・コンフォルティ アクセル・イボ他
第3幕 シャンゼリゼ
「ポーランド民謡による大幻想曲イ長調」作品13より「ラルゴ・マ・ノン・トロッポ」「アンダンティーノ」「アレグレット」「ヴィヴァーチェ」、「バラード第1番ト短調」 「アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ変ホ長調」作品22、「ピアノ協奏曲第1番ホ短調」作品11より第2楽章、「ソナタロ短調」作品58より「ラルゴ」
マルグリット・ゴーチエ、アルマン・デュヴァル、プリューダンス・デュヴェルノワ、ガストン・リュー、オランピア、侯爵、N伯爵、ナニーヌ、マノン、マノンに恋する三人の男たち、騎士デグリュー
シャンゼリゼを散歩する人たち カミーユ・ボン アリス・カトネ アントニオ・コンフォルティ ミカエル・ラフォン 他/カミーユ・ボン アリス・カトネ ナイス・デュボスク アレクサンダー・マリアノフスキー エンゾー・ソーガール 他/クレマンス・グロス カロリーヌ・オズモン アントニオ・コンフォルティ エンゾー・ソーガール 他
舞踏会の招待客たち カミーユ・ボン アリス・カトネ レティツィア・ガローニ アントニオ・コンフォルティ ミカエル・ラフォン 他/カミーユ・ボン アリス・カトネ ナイス・デュボスク アレクサンドル・ボカラ アレクサンドル・ガス他 /エリザベス・パーティングトン セホー・ユン アントニオ・コンフォルティ マリウス・ルビオ 他
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