舞い散る灰の中で繰り返される破壊と再生~コンテンポラリーダンスと文楽、歌舞伎が超現実的に融合したマルコス浄瑠璃『金閣寺』

ワールドレポート/東京

香月 圭 text by Kei Kazuki

マルコス浄瑠璃『金閣寺』 演出・振付:マルコス・モラウ

スペイン、バレンシアから彗星のように現れた、演出・振付家マルコス・モラウ。自身のダンスカンパニーLaVeronal(ラ・ヴェロナル)はダンス、演劇、映画、文学、音楽、写真といった表現領域を融合させ、超現実的でダークな世界観を持つ作品群が、世界各国の劇場や演劇フェスティバルで熱狂的な支持を得ている。
マルコス浄瑠璃『金閣寺』は、三島由紀夫の小説を原作に、コンテンポラリーダンスと文楽と歌舞伎が舞台上でどのように融合するのか、という点に注目が集まった。全体の構成としては、スペイン出身の歌手、マリア・アルナルの歌と7人のダンサーたちによって作品の土台が作られ、吉田玉助のチームが操る文楽人形と、太夫の竹本拓太夫、三味線の鶴澤繁二、歌舞伎の中村壱太郎と尾上眞秀、そしてアイドルの末永光という、日本勢の演者がハイライトを彩るというものだった。

DSC04077.jpeg

左より吉田玉助、吉田簑紫郎、吉田玉延/写真:渡邉肇

ところどころ焼け焦げた定式幕の穴から、ランタンの行列が見え始めた。そして人形遣いの吉田玉助(主遣い)、吉田簑紫郎(左遣い)、吉田玉延(足遣い)3名が操作する文楽人形とバルセロナの現代音楽シーンで活躍する歌手・作曲家のマリア・アルナルが穴から顔を出す。焼け焦げ、廃墟と化した金閣の室内には、銀色の灰が撒かれている。アルナルは哀愁漂うカタルーニャの旋律に乗せて、主人公、溝口が金閣の絶対的な美に囚われている苦悩を切々と歌い上げていく。ときおり差し挟まれる鶴澤繁二の三味線と竹本拓太夫による唸るような義太夫節は、振付やアルナルの音楽を現場で見聞きしながら作り上げていったという。義太夫節やアルナルの音楽の響きに合わせて玉助らが操る文楽人形は、不思議と玉助自身の表情や動きと同期していき、人形に魂が吹き込まれたかのように滑らかに動いていた。生身の人間との絡みの場面では、そこから会話が聞こえてくるようだった。
人形とアルナルは、水玉のブラウスと黒の肩衣(侍が上半身に羽織っていたベストのような上衣)とロングスカートという、日本とスペインの服装が折衷したような、おそろいの出で立ち。金閣が燃える赤い炎が立ち上る第2幕では、彼らは黒いドレス姿で登場する。玉助以下三名の人形遣いは、日本とスペインのデザインが合わさった白いロングドレスをまとっており、通常の文楽では黒子の服装をしている左遣いと足遣いの存在もあらわとなり、三位一体となって人形を操る様子が強調されていた。

DSC02353.jpeg

中央、マリア・アルナル/写真:渡邉肇

_DSC9632.jpeg

写真:渡邉肇

白い衣裳の7人のダンサーたちは、ラ・ヴェロナル作品のトレードマークともいえる長いロングスカートを着ており、上半身に日本の着物を羽織っていた。ボタンがたくさん着いたベージュ色のジャケットを着ていたダンサーもいたが、そのデザインは、三島由紀夫が自決したときに着用していた軍服と似ていた。彼らは見えない糸で操られている人形のような動きをしていた。首や肘や手首や上半身が、不自然な方向へ曲がり、人間本来の自然な動きが封じられている。目には生気が宿っていない。末永光も彼らの動きと同調し、時にはダンサーたちに抱きかかえられて頭や腕などを動かされていた。人間もまた、自らの意志とは関係なく、運命に翻弄される存在である図式がそこに浮かび上がった。彼らが動くと銀色の灰が舞い上がり、幻想的な風景に変わる。それは、溝口が歩んでいく再生への道程とも見えた。
尾上眞秀と末永は焦げた木材の破片を積み上げていくが、7人のダンサーたちの雪崩のような動きによって構築した木片の塔が壊される。少年たちは崩された木切れを再び積み上げていくが、再びダンサーたちによって構築物が倒される。繰り返される崩壊と再生によって、生と死の輪廻が浮かび上がる。金閣の持つ美――そこには少年が象徴する無垢な美も存在する。
7人のダンサーを従えた中村壱太郎の壮烈な舞は、観客の目を一身に惹き付けた。白塗りの顔はくっきりと目立ち、射るような視線には狂気すら感じさせる。ひとつひとつの所作や見得は美しく決まった。終盤では、棒を手に、舞台全体を支配するような圧倒的な踊りで、強い光を放った。壱太郎の歌舞伎舞踊・日本舞踊が西洋のコンテンポラリーダンスと融合した瞬間だった。溝口の中で増幅した金閣の美への執着。美を所有したいという思いがかなわず、焼くことでその美を破壊しようとした狂信的な衝動が、その力強い踊りに立ち現れていた。

小説『金閣寺』からモラウが想起したイメージの断片や、溝口、果ては三島が抱える心の闇を視覚化し、それらをランダムにコラージュする創作手法は、サルバドール・ダリ、ルイス・ブニュエルといったシュールレアリストたちの芸術を連想させる。彼らの突出した創造力からどのような作品が生み出されていくのか、これからも目が離せない。
(2026年8月29日 東京芸術劇場プレイハウス)

DSC09475.jpeg

中央、マリア・アルナル/写真:渡邉肇

DSC00144.jpeg

写真:渡邉肇

DSC05468.jpeg

写真:渡邉肇

DSC06955.jpeg

写真:渡邉肇

IMG_2837.JPG

写真:渡邉肇

●DSC02558.jpg

末永光/写真:渡邉肇

DSC06326.jpeg

中央、末永光、中央下、中村壱太郎/写真:渡邉肇

DSC07946.jpeg

尾上眞秀/写真:渡邉肇

DSC00376.jpeg

左より、尾上眞秀、中村壱太郎/写真:渡邉肇

DSC01860.jpeg

中村壱太郎/写真:渡邉肇

記事の文章および具体的内容を無断で使用することを禁じます。

ページの先頭へ戻る