舞台とオーケストラと観客、全ての一体感が圧倒的だった東京バレエ団のブルメイステル版『白鳥の湖』
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ワールドレポート/東京
関口 紘一 Text by Koichi Sekiguchi
東京バレエ団
『白鳥の湖』ウラジーミル・ブルメイステル:改訂振付、第2幕:レフ・イワーノフ/アレクサンドル・ゴールスキー(三羽の白鳥)
東京バレエ団がブルメイステル版『白鳥の湖』を再演した。東京バレエ団は、2016年に斎藤友佳理芸術監督(当時・現団長)によりこのブルメイステル版『白鳥の湖』を初演。2018年、22年、24年と再演を重ねてきた。そして今回は9月9日から21日まで、東京6公演および京都、西宮、堺の公演を加えて全9公演が上演された。舞台美術はエレーナ・キンクルスカヤ、振付指導はニコライ・フョードロフ。アントン・グリシャニン指揮、東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団の演奏だった。
東京公演は、オデット/オディールとジークフリート王子は沖香菜子・宮川新大、秋山瑛・大塚卓、永久メイ(ゲスト、マリインスキー・バレエ)・柄本弾というキャスト。私は秋山瑛と大塚卓が主演した舞台を観ることが出来た。
ブルメイステル版『白鳥の湖』は周知のように、1953年にモスクワ芸術バレエ団(現モスクワ音楽劇場バレエ団)で初演されて大きな反響を呼び、1960年にはパリ・オペラ座バレエ団が再演し、レパートリーにとり入れたことでも知られる。
ブルメイステル版『白鳥の湖』の特徴はすでに多く語られているように、蘇演の時に変更された音楽の構成をチャイコフスキーの原典に戻したこと、プロローグとエピローグを付けて物語を分かりやすくしたこと、第3幕のジークフリート王子が花嫁を選ぶ宴を、ロットバルトが全体を取り仕切って欺きオディールを選ばせる、という迫力ある演出としたことなどなどである。ただ、私は、今回の舞台を観てそうした特徴はもちろんだが、1幕が綿密に演出・振付けられていることを改めて感じた。

©︎Koujiro Yoshikawa

©︎Koujiro Yoshikawa
プロローグでは、花を摘んでいたオデット(秋山瑛)が悪魔ロットバルト(鳥海創)に捉えられ、白鳥の姿に変えられる。
1幕は、城を遠望し、大きな森を背景とした広場。村娘たちが生き生きとのびやかに踊り、道化(二山治雄)の活発な踊りが踊られて、ジークフリート王子(大塚卓)の誕生日を気のおけない友人たちが祝う楽しげな集いが描かれ、王子に憂はない。しかし、貴族たちが登場して村娘たちを無視した規律ある踊りとなり、王妃(奈良春夏)が姿をみせて緊張感が走る。道化の大きな踊りが登場人物たちの心の動きを表す。王妃は村娘たちを瞥見し、王子に結婚を促し、誕生祝いの弓を与えて去る。王子の友人たち男女2組(長谷川琴音、橋谷美香、生方龍之介、後藤健太朗)の素敵なパ・ド・カトルが踊られ、のどかなお祝いムードから責任の重さを実感した王子の楽器を持ったメランコリックなヴァリエーション。パ・ド・カトル、王子の弓を持った力強い踊りが次々と踊られる。そして憂愁を秘めたアダージオ(金子仁美)となる。やがて王子は憂いを振り払い、運命に導かれるように弓を手にして湖畔の深い森へ狩に出かける。自分の心の深奥に踏み込む冒険のように。
一方、思わぬ出来事に縦横に奮闘して疲れたか、道化は眠りに陥ちていた・・・。
いつしか宵闇が近づく中、灯りを手にして全員が軽ろやかに踊り、チャイコフスキーの美しいメロディとともに繰り広げられた情趣に富んだ1幕は、ここで幕を下ろした。1幕の出来事は、ナイーヴな若い王子のうつろう心にさまざまな模様を映し、舞台にはこれから何か予期せぬ出来事が起こるのではないか、という空気が残った。
大塚卓は白い衣裳を着け、王子らしいスラリとしたスタイルで初役とは思えない落ち着いた踊り。心の細やかな動きを誇張することなく静かに表した。パ・ド・カトルは、宮廷の様子を彷彿させる活気のある踊り。アダージオは王子の心に密かに宿った憂愁を的確に表して素晴らしかった。また、道化の素速い動きは、登場人物たちの心の動きを巧みに反映して、物語をヴィヴィッドに仕立てた。
2幕はレフ・イワノフの振付が使われており、三羽の白鳥はアレクサンドル・ゴールスキーの振付。ここでは白鳥たちの姿が、音楽と共振して変化するフォーメーションと的確な振付によって、鮮やかに活写される。そして強力な悪のフォースに監視される中、チャイコフスキーのシンフォニックに響く繊細な音楽とともにオデットとジークフリート王子が出会い、そして揺るぎない愛が生まれ深まる。王子は初めて心から湧き上がる勇気によって、オデットへの愛と白鳥に変えられた悲運の娘たちの解放を誓った。
秋山瑛はこのヴァージョンのオデット/オディールは初役というが、滑らかで柔らかい動き、気持ちのこもったパ・ド・ブーレや繊細なアームスの動きなどから、囚われの姫の慄き、そして微かな希望が湧いてくる微妙な様子がまざまざと伝わってきた。大塚卓も安定感のある動きでこのシーンにも動きの優雅さが現れていた。そしてコール・ド・バレエの詩情を湛えた流れが白鳥たちの姿を美しく描いて、クラシック・バレエの美へと昇華した。

秋山瑛、大塚卓 ©︎Koujiro Yoshikawa
3幕は王子が花嫁を選ぶ宴。道化が4人の仲間を引き連れて活力ある踊りを見せ、会場を大いに盛り上げる。そして4人の美しい花嫁候補たちの華やかな踊りが披露される。しかし、オデットへの想いを込めた小さな白い羽を手にした王子の心は動かない・・・。すると高らかにファンファーレが響き、騎士ロットバルトが手下の踊り手たちを引き連れて雪崩れ込む。スペインの踊り手たちが真紅のカポーテ(マント)を華々しく翻して、迫力ある舞踊を展開。濃厚な色彩が舞台に溢れ、宴はたちまち幻惑的で魔術的な空間となる。続いてナポリが踊られると、あの明るい軽やかな音色がまるで悪魔が吹く笛の音のように聴こえてきたから不思議だ。演出の妙なのだろう。暗く不気味な存在感を放つ騎士ロットバルトが、傲慢そうに広げる黒マントの背後から、妖しい模様の黒い衣裳を着けたオデットそっくりの美しいオディールが見え隠れする。さらにチャールダッシュ、マズルカの目眩くステップが乱舞して宴はカオスとなった。花嫁を選びを命じられ、強いプレッシャーを受けていた若い王子は、迷うこともなく黒い美女をオデットと思い込み、歓喜の中、絢爛のグラン・パ・ド・ドゥを踊った。しかしジークフリート王子は欺かれ、かけがえのない愛は破砕されてしまったのだ。
3幕で描かれたロットバルトの企みは、単に若い王子一人を欺くばかりでなく、組織的に策略を展開して、王宮全体をカオスに陥れるものであり、より洗練された高度な「悪」だった。そこはやはり、20世紀に振付けられたバレエらしいと感じた。
オディールを踊った秋山瑛は、まるで新しいお面を着けたように1幕とは表情を変え、微かにニヒルな冷たさを垣間見させる悪女ぶりで、演舞が冴えた。そして何よりも、「悪」を踊ったダンサーたちの気の全てが見事に一致して、ジークフリート王子を陥れることに集中して迫真力があり、大いに感心した。

山瑛、大塚卓 ©︎Koujiro Yoshikawa

©︎Koujiro Yoshikawa
4幕は終末的な諦念を感じさせる響きの音楽が流れ、哀しい白鳥たちのフォーメーションが展開。そして全ての希望を砕かれて絶望に陥ったオデットと、心底から許しを乞うジークフリート王子の悲しいデュエット。ロットバルトは猛烈な嵐を起こして王子を打ちのめそうとするが、愛の絶対を信じる王子は必死に耐える。そしてオデットが自ら身を投げると悪魔ロットバルトは魔力を失う。
エピローグでは王女の姿に戻ったオデットとジークフリート王子が静かに抱き合った。
東京バレエ団のブルメイステル版『白鳥の湖』は再演を重ねて、さらに素晴らしい舞台となっている。揺るぎない流れで見事に踊られて、このカンパニーらしい一体感が客席と舞台に漲って圧巻だった。
(2026年9月12日マチネ 新国立劇場オペラパレス)

沖香菜子、宮川新大 ©︎Koujiro Yoshikawa

永久メイ、柄本弾 ©︎Koujiro Yoshikawa
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