「水の底から彼女が見た景色を想像して」KARASアップデイトダンス『オフィーリア』に挑む佐東利穂子にきく

ワールドレポート/東京

インタビュー=香月 圭

東京、荻窪の地下に広がる漆黒の創作スペース カラス アパラタス。光と闇が繰り返し立ち現れる小さな舞台で、勅使川原三郎とともに夢幻の世界を現出させる舞踊家 佐東利穂子は、10月3日からスタートするアップデイトダンスNo.122~シェイクスピア全集~『オフィーリア』に挑む。原作の戯曲を読み解き、自分なりのヒロイン像を創り上げていく。勅使川原との共同制作、シェイクスピア作品を身体的に解釈するアプローチ、および今後の公演予定などについて話を伺った。作品を一から創作する悦びに満ちた表情が印象的だった。

――『テンペスト』を初めて鑑賞した時、勅使川原さんは舞台中央で前を向いて舞台が終わりましたが、二度目の観劇でのラストシーンでは、サイド寄りになって首をうなだれていました。まさに、これがアップデイトダンスなんだと実感しました。

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『テンペスト』photo by Akihito Abe

佐東:終演後にビデオを見たり、あるいは本番でやってみたりして「ここはもっと、こういう風にした方がいいな」と感じたら、次の日に試みることは当然あります。照明や音楽の兼ね合いで、絶対外してはいけないタイミングはおさえながら、調整します。一番大事なのは決めつけすぎないこと。「現場で起きてることに対して、敏感であれ」ということがこのシリーズをやってきて学んだことです。

――バレエやコンテンポラリーダンスなどは、振付家・演出家の脳内のイメージの再現が求められます。しかし、KARASの作品では決めごとが少ないように思います。

佐東:そうですね。例えば、バレエではフォーメーションがずれないのが美しいとされています。当然そういうことは我々の作品の中でもありますが、私たちのダンスは「生きている」ということがすごく大事だと思っています。動いている身体は呼吸もするし、息も切れる。その日の天気によっても、身体について毎日違う感覚を抱くことが、面白いことだと思います。毎日踊っている中で「体がどういう風に存在しているのか」ということを常に探している感覚です。

――衣装はご自分で用意しますか。

佐東:稽古している中で、音楽を聴き、照明を作っていきながら「この場面だったらこういう衣装が綺麗だろうな」というイメージを客観的に見て決めます。特に照明が入ると、最初に思っていたイメージと見え方が違ってくる場合が多いです。例えば、最初は黒っぽい衣装を想定していたものの「このシーンでは白っぽい衣装が綺麗だな」などと検討を重ねていきます。舞台には色々な要素が合わさってくるので、勅使川原さんと相談して「こういう衣装はどうだろう」というアイデアを試しながら決定していきます。

――アップデイトダンスの創作期間は短いように感じられます。

佐東:そうですね。作品に関わらず、常日頃から勅使川原さんと私は、同じメソッドを共有することをコンスタントに続けており、身体の準備が出来上がっているので、すぐに創作に向かうことが出来る状態にあります。そのため、すぐに完成するような印象を持たれるのかもしれません。私たち2人で年間10本近く作品を発表するというペースを13年間続けることで、出来てきたリズムではあると思います。でも、他のダンサーが関わってくると、彼らに私たちのメソッドやボキャブラリーを共有してもらうことから始めるので、創作期間はその分長くなります。

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『テンペスト』photo by Akihito Abe

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『テンペスト』photo by Akihito Abe

――創作の場において、例えばこのシーンではこういう照明にする、次のシーンではこうした演出にする、といった構成台本のようなものがあるのですか。

佐東:勅使川原さんの頭の中では、プランが具体的にあるときもあるようです。けれども「ここはこういうシーンだから、こういう照明で、二人はこういう動きをしよう」という風には進行しません。照明、音楽は別個に準備して、身体の稽古も日々続け、それぞれの要素を同時並行に作っていき、それが最後に合わさっていくという形をとります。しかも、それらのパーツを予定していた通りに合わせるというよりは、お互いに呼び合うようにして合わさっていくような形を取ります。それが創作の面白いところです。あらかじめ決まっていることをそのまま進行させるだけだったら、毎回新しいものを作るという意味がないと思います。知らないものに出会うために、到着地点を決めないで進んでいくと、何かが見えてきます。作品が始まってからも何かが新しく生まれるような、そういう感覚です。だから生き物を扱ってるような感覚を覚えます。

――カラス アパラタスという真っ黒なブラックボックスの中で、照明はどこで操作されているのでしょうか。

佐東:照明は勅使川原さんがデザインしていますが、その照明プランを私たち二人でプログラムしていきます。通常の劇場では、照明の方に来ていただいて、その方が全て担当するのですが、小規模の劇場なので、プランしながら二人で照明器具を吊ることも行います。そして、照明キューをプログラミングして、照明スイッチのON/OFFのタイミングなどを全て打ち込んでいます。本番では、照明を担当する人がつかなくても、最初にボタンをスタートしたら、そのプラン通り照明が進行していきます。自分たちでアイデアを試しながら作れるので、より細かい調整が可能になります。勅使川原さんにとっては、絵を描くような形で照明を作っているのだと思います。その繊細さゆえにまるで照明自身に命が宿っているように見えてきたりします。

――10月3日~13日に上演される『オフィーリア』は、2020年とで、2022年に続いて三度目のアップデイトダンスになります。同じテーマに取り組む場合、どのように創作を始めていきますか。

佐東:基本的には前回の作品を振り返ることから始めようと思っています。『ハムレット』同様、改作という形になるのでは、と勅使川原さんと話しています。『ハムレット』初演時、私はオフィーリアの役で出ていました。その作品における勅使川原さんのオフィーリア像は、水から出てきて水に戻るといった、常に水と共に存在するような、亡霊のような不可思議な感覚の存在だったのが強く印象に残っています。戯曲の中に描かれてない部分を想像して「彼女は何を見て、何を感じていたのだろう」という部分に興味が湧いてきて、創作が始まっていきました。

――オフィーリアといえば、19世紀の画家ジョン・エヴァレット・ミレーの絵画が有名ですが、彼の絵画を参考にしていますか。。

佐東:あの絵画はあまりにも有名なので、オフィーリアというと、あのイメージが強いと思いますが、私の興味はもう少し彼女の内面的な部分にあります。勅使川原さんがおっしゃった言葉ですごく印象的だったのは「水の底からオフィーリアはどんな景色を見たのだろう」ということでした。戯曲では、王妃が回想のようにオフィーリアの死を語ります。「この悲劇は本当に起きたんだろうか」といった書き方をされているところも、謎が非常に多いと思います。その謎の中に入り込んでいくことで、豊かなものが潜んでいるという感じがしました。

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photo by "Ophelia" photo by Florin Ghioca Courtesy of the International Shakespeare Festival Craiova

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photo by "Ophelia" photo by Florin Ghioca Courtesy of the International Shakespeare Festival Craiova

――シェイクスピアが活躍したのは、16世紀末から17世紀初頭のそのエリザベス朝およびジェームス朝時代で、英国におけるルネサンスの黄金期にあたります。現代にシェイクスピア作品を取り上げる意義というのは、どんなところにあると思いますか。

佐東:シェイクスピアが生きていた時代の言葉や、彼の戯曲に描かれている社会的背景は、現代と明らかに異なりますが、ダンスのように肉体を通してその作品に関わるときは、言葉や時代背景などが取り払われた後、そこに現れる登場人物の肉体や命、そして揺れ動いている魂のようなものに触れているような気持ちになります。戯曲ではオフィーリアはあまり多くを喋らず、従順に描かれていますが、シェイクスピアの時代には、女性は現代よりもそのように描かれていたのかもしれません。人間は環境によって形作られていくなかで、自分の置かれた境遇から抜け出そうとするのか、それともその場に埋もれてしまうのか、そうして葛藤しながら生きていると思います。と考えると、オフィーリアの人生についても、近世イギリスのお話だということにとどまらず、私たちにも自分事として感じられるようになります。

――佐東さんはイギリスの帰国子女だそうですが、シェイクスピアの戯曲を読むのは日本語ですか。

佐東:日本語と英語で、照らし合わせて読みます。小さい頃、初めてシェイクスピアの物語を英語で読みました。シェイクスピアの時代の古い言葉ではなく、子ども向けの簡単な言い回しで書かれ、解説がついているような絵本でした。成長してからは、原文も読むようになりました。今回は日本語で改めて読み直した後に、もう一度原文に戻ってみて「この部分はこういう風に訳されているんだな」と、日英語の違いを興味深く味わっています。

――シェイクスピアの戯曲は初期近代英語(Early Modern English)で書かれていますが、私たちが古文で感じるような昔の言葉であるという感覚を、原作から感じますか。

佐東:そうですね。文章の書き方や言葉の使い方については、現代英語と全く違うので、やはり古めかしいと感じる部分が多く、時代の違いを感じます。以前は、戯曲文学をそれほど好んでいたわけではなく、小説などを中心に読んでいましたが、今回、戯曲という形をあらためて読んでみたら、もちろん言葉は古いにしても、登場人物に何を語らせようとしてるのか、ということを想像できて、面白いと改めて思いました。細かい心情の説明は戯曲に書かれていませんが、登場人物が語ることや、聞き手の反応によって、その場で起きている状況や表情が見えるような気がしています。「こんな読み方もあるのか」と新しい発見も多いです。

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『ない男』photo by Sakae Oguma

――アップデイトダンスでは、佐東さんが原作の抜粋などを音読する肉声が入ることがあります。

佐東:2008年、 KARASが初めてシアターX(カイ)でオーストリアの作家ロベルト・ムージルの未完の大作小説『特性のない男』を題材に『ない男』というタイトルで上演した時、初めて小説のテキストを読んだ肉声を舞台音声に用いる、という試みに取り組みました。セリフの読み方については、特にトレーニングを受けておりません。「ナレーターでも役者でもない私が、言葉を読むとはどういうことなんだろう」ということを、その時からずっと探求してきました。今、感じることは「読むことは私にとってはダンスに近い」ということです。むしろ、ダンスだといっていいかもしれません。いい文章にはリズムがあると思います。そこには、踊るときに感じる、歌うような呼吸を感じます。テキストが持つリズムや呼吸を感じながら読むことは面白く、生きている実感が得られます。朗読のときに感じる、踊るような感覚は、自分だけの密かな楽しみです。

――勅使川原さんと佐東さんは公演中、休みなく動き続けても息を切らしているように見えません。その秘訣について教えてください。

佐東:私は昔から、小児喘息を患っていました。マラソンではすぐに息が上がって長く走ることができず、KARASに加入した頃は体力もないというタイプだったのですが、日々のメソッドで体力がつき、呼吸も楽にできるようになり、この体で最大限に動く方法を学んで、自分の体との向き合い方が上手くなってきました。

――同じメソッドから立ち現れてくる勅使川原さんと佐東さんのダンスとでは、全く違う印象を呼び起こされます。

佐東:このメソッドでは、同じ「形」で踊りましょうということではなく、呼吸の長さなど、自分の身体のことを知ることで、自分自身が持つ特質を最大限に活かせるようになります。その人が本来持っている身体になっていくので、勅使川原さんと私の身体性は舞台上で異なるものとして現われます。ゲストの方をお迎えしてワークショップを行うことがありますが、私たちのメソッドでのトレーニングを続けていると、その方ご自身の本来の姿が見えてくるように感じます。ダンサーに限らず、一般の方もこのトレーニングをやってみるといいですよ。

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『ない男』photo by Sakae Oguma

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photo by Hideto Maezawa

――カラス アパラタスの地下の舞台に降りていく時に、階段の脇にあしらわれたフラワーアレンジメントは佐東さんが担当されているのですか。室内はいい香りもしますね。

佐東:はい、好きですね。カラス アパラタスは最初に見つけた時に「自分たちの好きなように全て手作りできる。どういう風にこの空間を作っていこうか」と考えてワクワクしました。花や香りについて興味があるので、作品によって毎回イメージを変えるなど、そういったことも作品の一部として考えています。お客様をお迎えする際、この空間に足を踏み入れた時から感性を刺激される経験が始まるといいのではと想像しながら、空間づくりを行っています。大仰な花ではなく、道端にひっそりと咲いているような、名も知れぬ野花が好きで、そういうイメージで飾っています。

――勅使川原さんと佐東さんはヨーロッパを中心とした海外公演に参加されることが多いですが、お客様の反応はいかがですか。

佐東:国によっての違いは当然ありますが、海外で特に感じるのが、この作品だから行ってみようというよりも、我々の作品だったらどんな作品でも見たいと思って劇場に足を運んでくださっている方が多いということです。海外の団体から招聘される場合、次回の演目の詳細が決まっていなくても、また劇場で次回作を上演してほしいと言われます。私たちが次にどんなものを見せてくれるのか、ということを楽しみにしているお客様が多いのを感じます。9月に招聘していただいたボルドーのオペラ劇場のディレクターは、パリのフィルハーモニー・ド・パリのディレクターだった方です。パリ・オペラ座バレエ団の創作をしている頃に、彼の方から私たちに会いに来て、出演をオファーされました。バッハのブランデンブルク協奏曲の生演奏に合わせて踊ったのが、最初の機会でした。それ以来、二年に一回くらいのペースでパリのフィルハーモニーに招聘されてきましたが、彼がボルドーに移籍したので、今回はそちらの劇場にも招待されたという訳です。

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『紫日記』photo by Akihito Abe

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『紫日記』photo by Akihito Abe

――カラス・アパラタスでの連続公演および昨年、佐東さんが創作した『紫日記』の成果が認められ、第20回日本ダンスフォーラム大賞を授与されました。これまで国内外の賞を多数受賞されています。

佐東:今回の受賞は、自分の作品を創ったことに対していただいたのですが「色々な方が期待してくださったり、応援していただいたりしているのだな」ということを知る機会ともなり、本当にありがたいことだと思います。最初に賞を頂いたのは海外でした(2005年 Ballet2000 年間最優秀ダンサー賞)が、「様々な場所でいろんな方が私の舞台を観て賞に推薦してくださっている」という驚きもありつつ、感謝の意を抱いております。

――カラス アパラタスでは『オフィーリア』(10月3日~13日)、『マクベス』(11月14日~24日)、『冬のシェイクスピア』(2027年1月30日~2月8日)と、アップデイトダンス「シェイクスピア全集」がまだまだ続きます。それらの舞台を楽しみにしているお客様へメッセージをお願いします。

佐東:本当はカラス アパラタスの扉を開放して、皆様にいつでも立ち寄れるようにしたいという思いがあります。公演に来てくださる方にも、何の準備もしないで、ふらっと来ていただければと思います。今回の「シェイクスピア特集」は、ありがたいことに好評をいただき、お客様が多いことを嬉しく思っております。シェイクスピア好きな方もそうでない方も、ぜひお越しください。挿花と室内の香りも、秋をテーマにしてお待ちしております。

アップデイトダンスNo.122~シェイクスピア全集~『オフィーリア』

演出・照明:勅使川原三郎
アーティスティックコラボレーター:佐東利穂子
出演:佐東利穂子、勅使川原三郎

日程:2026年10月3日(土)~10月13日(火)
10月 3日、5日、6日、10日、13日 19:30
10月 4日、11日、12日 16:00
*開演30分前より受付開始、客席開場は20分前
*開演後の途中入場不可
【劇場】カラス・アパラタス B2ホール

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photo by "Ophelia" photo by Florin Ghioca Courtesy of the International Shakespeare Festival Craiova

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