白い円環に彩られたプロスペローの心の旅路、 KARASアップデイトダンス~シェイクスピア全集~『テンペスト』

ワールドレポート/東京

香月 圭 text by Kei Kazuki

KARASアップデイトダンスNo.121~シェイクスピア全集~『テンペスト』

演出・照明:勅使川原三郎

KARASアップデイトダンス・シリーズでは「シェイクスピア全集」と題して4月に勅使川原三郎と佐東利穂子による『ロミオとジュリエット』、7月に勅使川原のソロ『ハムレット』の上演が行われた。8月にはシェイクスピア最晩年の戯曲『テンペスト』に勅使川原と佐東が挑んだ。

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photo by Akihito Abe

冒頭、白い円環の中におぼろげに浮かび上がる元ミラノ大公のプロスペロー(勅使川原三郎)。後光が差し、賢人のような風格が現れる。プロスペローは学究肌で学問に熱中するあまり、邪悪な弟アントーニオの謀略によって大公の座を追われ、地中海の孤島に流れ着いた。故郷イタリアに戻されることもなく、プロスペローの島暮らしは長く続いたのだ。
次第に風が強くなり、稲妻・雷鳴も聞こえてくる。勅使川原は全身を激しく動かして、大気が秩序なく大きくかき回される様を表現。嵐に揉まれて激しく揺れ動く船の上で、乗組員たちが恐怖で慌てふためく様子も感じられる。
嵐の後、プロスペローの前に現れ、恭しくお辞儀をするのが妖精エリアル(佐東利穂子)。小鳥のように忙しく飛び回る姿は、まさに大気の精を思わせる。実はプロスペローの命令によって、エリアルが嵐を起こしたのだった。

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photo by Akihito Abe

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photo by Akihito Abe

勅使川原は、原作に登場する多彩な人物の中から、プロスペローとエリアルに焦点を当てた演出を行った。時折聞こえるノイズからは、島に先住していた怪物キャリバンの怨念が感じられる。また、挿入される佐東の朗読は、ポエティックな風情を作品に与えた。
冒頭でプロスペローを後光のように照らしていた白い円環の光は、繰り返し舞台に現れ、後半には2つになる。プロスペローとエリアルの魔法が効く範囲、二人三脚で歩んできた道のりが分岐していくことの暗示、逃げ場のない島という孤独な環境、嵐から調和へ導かれるプロスペローの心の旅路など、様々なイメージが浮かんだ。
勅使川原が腕をすっと伸ばすと、それは魔法の杖のように見える。エリアルの翼が動かなくなり、妖精ならではの軽やかな動きが封じ込められるシーンは、プロスペローとエリアルの主従関係や、不自由なエリアルの身の上を象徴していた。プロスペローの復讐の手伝いを終えたエリアルは、晴れて自由の身となる。命令する主人の不在を前に、これからどこへ向かい、何をしていいか分からない。そうした戸惑いを感じさせながらも、最後は自身の当初の願望通りに主人の元を飛び立った。
プロスペローの魔法の腕はあらぬ方向に曲がり始め、自分の意志のままに動いてくれなくなる。政敵に復讐を果たしたはずなのに、気分が晴れず、心が苦しい。憎しみから赦しに至るまでのプロスペローの葛藤が、自らの肉体との格闘するような激しい動きの連続によって描かれた。

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photo by Akihito Abe

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photo by Akihito Abe

プロスペローのセリフの中でシェイクスピアが自身の断筆を宣言したエピローグの場面では、二回観たうち、一度目は勅使川原が正面を見据えながら暗転したのだが、二度目は頭をうなだれたまま終わった。魔法と訣別したプロスペローの心情についての勅使川原の解釈は固定していなかった。同じ作品が日々アップデイトされていく、妥協しない創作姿勢をそこに見た。
魔力を捨てる決意をする終盤のシーンでは、芦川聡によるシンセサイザーを用いたメランコリックな響きと、深海にゆっくりと沈んでいく魔法の書物の動きをゆったりとした両手のムーブメントで表現した勅使川原のダンスが同調して、深い感慨を覚えた。芦川は日本における環境音楽の先駆者と謳われながらも、早逝した作曲家。偶然にも芦川と同年生まれで、彼のことを尊敬するという勅使川原は、1986年のバニョレ国際振付コンクールで、彼の音楽を初めて使用したとアフタートークで語った(出品した『風の尖端』は準優勝および特別賞を受賞し、勅使川原の代表作の一つとなる)。勅使川原の長年に渡る創作の歴史の一端に触れることができた貴重な機会だった。
(2026年8月16日、17日 カラス アパラタス)

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