金子のジゼルとムンタギロフのアルブレヒトが盛大な拍手を浴びスタンディングオベーションとなった、英国ロイヤル・バレエ『ジゼル』
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ワールドレポート/東京
佐々木 三重子 Text by Mieko Sasaki
英国ロイヤル・バレエ団
『ジゼル』ピーター・ライト:演出・追加振付
英国のバレエの殿堂、英国ロイヤル・バレエ団が3年振りに来日し、フレデリック・アシュトン振付の『リーズの結婚』と、ピーター・ライト版の『ジゼル』を上演した。『リーズの結婚』は、のどかな田園を舞台に若い恋人たちが結婚を勝ち取るまでを描いたユーモアあふれる作品で、対照的に『ジゼル』は村娘ジゼルとアルブレヒト伯爵の悲劇的な恋を描いたロマンティック・バレエの名作。両作品とも、バレエ団の十八番というべき評価も人気も高い演目だが、日本で上演するのは前者が16年振り、後者が10年振りという。ここでは、今年ちょうど百歳の誕生日を迎えるライトが演出・追加振付を手掛けた『ジゼル』を取り上げたい。この『ジゼル』、この2月から3月にかけて、本拠地ロンドンで、多彩なスターダンサーたちによる贅沢な主役のカップルの競演で話題を集めたばかり。アルブレヒトとジゼルでそれぞれロールデビューを飾ったウィリアム・ブレイスウェルと金子扶生が賞賛を浴びたことも伝えられている。地元で磨きをかけた舞台を、ホットな状態のまま伝えるような日本公演だった。

金子扶生、ワディム・ムンタギロフ © Hidemi Seto
『ジゼル』のヒロイン、ジゼルはアルブレヒトと相思相愛になるが、彼が貴族であることを彼女に片想いする森番のヒラリオンから告げられ、さらに婚約者がいることも知り、ショックを受けて命を落とすが、死後、夜中に通る若い男たちを死ぬまで踊らせるという亡霊ウィリの仲間に迎えられたものの、墓参りにきたアルブレヒトに変わらぬ愛を貫いてウィリたちから守り抜き、夜明けとともに消えていくという物語。今回、日本では5回の公演が行われ、異なる5組のジセルとアルブレヒトが競演した。高田茜とナターリヤ・オシポワが怪我で不参加になったこともあり、日本公演のキャストを記しておきたい。初日の7月10日はマリアネラ・ヌニェス&ウィリアム・ブレイスウェル、11日昼はサラ・ラム&平野亮一、11日夜はマヤラ・マグリ&リース・クラーク、12日昼は金子扶生&ワディム・ムンタギロフ、12日夜はフランチェスカ・ヘイワード&セザール・コラレス。どのカップルも魅力的だが、ジゼル役に初挑戦したばかりの金子と、アルブレヒト役は何度も踊り込んでいるムンタギロフが組んだ日を観た。ちなみにこの二人、『ジゼル』の公演が始まる前の2月11日に結婚式を挙げたばかりの新婚カップルである。
まず、ピーター・ライトについて簡単に紹介しておきたい。1926年11月25日、ロンドン生まれ。バレエ・ヨースなど様々なカンパニーでダンサーとして活躍。57年サドラーズ・ウェルズ劇場バレエ団で初の振付作品『青い薔薇』を発表し、59年サドラーズ・ウェルズ・オペラのバレエ・マスターに。61年にシュツットガルト・バレエ団のバレエ・マスターに迎えられ、創作のほかに、『ジゼル』や『白鳥の湖』『眠れる森の美女』など、後に世界のバレエ団で上演されるようになる多くの古典の改訂を手掛けた。69年に英国ロイヤル・バレエ団に芸術監督補佐として復帰、77年には英国サドラーズ・ウェルズ・ロイヤル・バレエ団(現・英国バーミンガム・ロイヤル・バレエ団)芸術監督に就任した。95年に退任後、名誉芸術監督に。2022年から英国バーミンガム・ロイヤル・バレエ団の名誉監督。なお、日本では新国立劇場バレエ団がライト版の『白鳥の湖』を、スターダンサーズ・バレエ団が『ジゼル』や『コッペリア』を採り入れている。
ライトといえば、登場人物を深く掘り下げ、緻密にドラマを織りなし、演劇性の高い作品を構築することで定評がある。『ジゼル』もその典型的な作品といえる。最初に手掛けたのは1966年、シュツットガルト・バレエ団で、その後、色々なバレエ団のために何度も作り直したという。英国ロイヤル・バレエ団の依頼を受け、ジョン・マクファーレンの美術・衣装で新制作したのは1985年のことで、多少の手直しは行われたものの、これが現在に続いている。公演プログラムに載っていたライトのインタビュー記事によると、ライトは『ジゼル』を荒唐無稽なばかばかしい作品と思っていたが、ボリショイ・バレエのロンドン公演で、ガリーナ・ウラーノワがジゼルを踊るのを観て、この作品がどれだけ素晴らしい作品になり得るかに気付いたという。取り組む上で重視したことも書かれていて興味深かったので、ジゼルについてだけ紹介したい。ジゼルは私生児だが、貴族の血が流れているかもしれないという想定で、また、錯乱して死ぬのではなく、自らを刺して死ぬべきだと考えたという。キリスト教では自殺は大罪であり、そのため邪悪なウィリの霊から守られるはずの教会の墓地に埋葬されることはないという。自殺という選択が、第2幕のジゼルの墓のある場所が聖別されていない深い森の中という設定につながっているわけで、ライトの細密な構想が生きている。

© Hidemi Seto
第1幕はライン地方のある村。下手にジゼルの家が、上手にロイスと名乗るアルブレヒト伯爵の家が向かい合うように建っている。最初にマントを翻して颯爽と登場するのは、アルブレヒトのムンタギロフ。ジゼルとの逢瀬が待ちきれない様子が、舞台を走る足先から見て取れた。彼が従者ウィルフリード(エイデン・オブライエン)と一緒に上手の家に入ると、ジゼルの家から母ベルタ(クリスティーナ・アレスティス)が出てきて村人たちと挨拶し、森番のヒラリオン(テオ・デュブロイル)とは親しげに会話を交わした。ヒラリオンはジゼルを慕っており、ベルタが娘が彼と結婚することを望んでいることは、二人のやりとりから伝わってきた。
家から出てきたロイスことアルブレヒトは、ウィルフリードがたしなめるのも聞かずに去らせ、ジゼルの家の扉をノックした。その音で出てきたジゼルは、喜びもあらわにアルブレビトを探したものの、見つからずにしょげるが、隠れていた彼が目の前に現れ、逢瀬が始まった。
ジゼルの金子は恥じらいながらも純真にアルブレヒトと踊り、無邪気に花占いを試し、アルブレヒトの気遣いに応えて楽しくデュエットを踊った。外の村娘たちより少しお洒落な服を着て、どことなくしとやかさを滲ませた金子の所作は、その生い立ちを意識してのことだろう。ムンタギロフの足さばきは絶品で、ジゼルとユニゾンで踊るシーンは完璧なほど揃っていて、優雅で美しかった。二人の仲睦まじさに驚いたヒラリオンはジゼルに想いを告げて迫るが、ジゼルに拒否され、アルブレヒトに追い払われてしまうが、ジゼルへの頑ななまでに一途な想いは伝わってきた。
ほかに印象的だったのは、ジゼルの身を案じるベルタが、婚礼の前に男に捨てられて死んだ娘たちは、亡霊ウィリとなって男たちに復讐するという恐ろしい伝説を皆に語り伝えるシーンで、ベルタのアレスティスによる、舞台を歩き回っての丁寧な迫力あるマイムが目を引いた。
収穫祭などの賑やかな描写に続いて、クールラント公とバチルドの一行が狩りの途中でやって来ると、アルブレヒトは姿を消し、ドラマは新たな局面に入るわけだが、焦点はジゼルとバチルドのやりとりだろう。ジゼルは、バチルド(ララ・ターク)がアルブレヒトの婚約者とは知らずに、その雅な衣裳に目を奪われて恭しく接する。一方、気位の高いバチルドは、愛らしいステップで妙技を披露してみせた可憐なジゼルに好意を示し、自分にも婚約者がいるというジゼルに自身のネックレスを贈った。お礼の気持ちを表そうとバチルドの手を取ろうとしたジゼルだが、サッと手を引いたバチルドの反応に、当時の社会の厳然とした身分の違いが露わになった一瞬だった。
最も劇的なのは、ヒラリオンにより身分を暴かれたアルブレヒトが、ジゼルをないがしろにして恭しくバチルドの手にキスしようとするのを見て、二人の間に割って入ったジゼルが、自分こそが婚約者だとバチルドに冷然と告げられ、あまりの衝撃に正気を失うという、息つく間もなく進行する一連のシーンだろう。
アルブレヒトへの敵がい心とジゼルへの真摯な想いから大胆な行動に出たヒラリオンのデュブロイル、ジゼルを愛しながら、貴族としての責務から逃れられずに苦しむアルブレヒトのムンタギロフ、信じる人に裏切られて茫然自失のジゼルの金子と、三者三様の胸の内が交錯し、悲劇性を高めていた。
ショックで理性を失ったジゼルは、足元にあったアルブレヒトの剣を素早く取って自身を刺す。剣は胸に触れた程度にしか見えなかったが、ジゼルはアルブレヒトとのデュエットや花占いを回想しながら虚ろに踊り続け、正気を取り戻したようにベルタの胸に抱きつき、続いてアルブレヒトの胸に抱かれた瞬間、息絶えた。ジゼルの金子が抑えた演技で感情の起伏を表現していたのが悲劇性を深めていた。
この"狂乱の場"を、アルブレヒトやヒラリオン、ベルタはもちろん、バチルドら貴族たちも村人たちも、皆が最後まで注視する形になっている。ジゼルの死を見届けた後、クールラント公の一行や、激怒のあまりヒラリオンに剣を向けたアルブレヒトがウィルフリードに抱えられて去るのは理解できるが、嘆き悲しむヒラリオンや親しくしていた村人たちまで去ってしまい、ジゼルの亡骸にすがるベルタだけが取り残された。この寂しい幕切れに、ジゼルが受けた絶望的な悲しみが思いやられた。

© Hidemi Seto
第2幕はジゼルが葬られた深い森の中。自殺したため、教会の墓地に埋葬できなかったためだ。この設定はライト版ならではだが、続く展開はおおむねオーソドックスだった。
ジゼルの墓に寄り添うヒラリオンが、夜になってウィリたちの姿におびえて逃げ去ると、ウィリの女王ミルタ(アネット・ブヴォリ)が現れ、森を支配するように俊足のパ・ド・ブーレで舞台を横切った。ミルタはお付きのモイナとズルマや他のウィリたちを呼び集め、見せ場である群舞を整然と繰り広げた。月光を浴びて静謐に舞うウィリたちは幽玄でこの上なく美しく見えた。ミルタは自分たちの儀式にジゼルを加えようと、墓から招き出した。亡霊となったジゼルは鮮やかな急速の回転を交えて踊り、ウィリの仲間入りをしたが、透明感のある金子の演技が冴えていた。
憔悴したアルブレヒトがジゼルの墓を探してやって来ると、ウィリたちは姿を消した。墓に花を捧げたアルブレヒトは、ジゼルが霊となって現れたのを察知し、その姿を追い求めて必死に踊った。最初はすれ違っていたものの、アルブレヒトがジゼルを軽やかにリフトするなど、魂と魂が呼応するように二人が共にステップを踏む様は清らかに映った。アルブレヒトがジゼルを追って森の奥へ消えると、ヒラリオンがウィリたちに捉えられて現れ、息絶え絶えになっても踊らされ続け、最後に湖に突き落とされてしまった。攻撃する相手を得たウィリたちの群舞からは底知れぬ恐ろしさが漂ってきた。今度はアルブレヒトが捉えられ、ミルタに踊るよう命じられるが、ジゼルは彼をかばい、共に踊り続けることで彼の命を救おうとする。ジゼルが優しく彼を守るように抒情性豊かに踊れば、アルブレヒトは悔恨の念を美しいアントルシャや端正な妙技にこめて踊るというふうに、互いに支え合って踊り続けた。アルブレヒトがとうとう力尽きて倒れ込んだ時、夜明けを告げる鐘が鳴った。太陽の光でウィリたちの魔力は失われ、姿を消した。死を超えてアルブレヒトへの愛を貫き、命を救えたと安堵するジゼルの金子の表情が何とも切なく映った。ジゼルは墓に消え、残されたアルブレヒトがジゼルの落とした花を胸に悲しみに沈むところで幕は下りた。

© Hidemi Seto
長く親しまれてきたライト版の『ジゼル』だが、第1幕の現実的な世界と、第2幕のウィリたちが支配する幻想的な世界との対比は明確で、現代に通じる問題も提示しており、また精妙に織りなされたドラマを息づかせるダンサーたちの演技も的確で素晴らしかったこともあり、様々な意味で充実した舞台になっていた。ジゼルの死を自殺としたライトのこだわりの奥深さに改めて気づかせてくれた、貴重な舞台でもあった。なお、この日に主演した金子とムンタギロフが盛大な拍手を浴び、何度もカーテンコールに応えるうち、自然にスタンディングオベーションが始まったことも記しておきたい。また、第1幕で"パ・ド・シス"を踊ったメインのペア、崔由姫と中尾太亮が見応えある演技を披露していたことも付記しておきたい。
(2026年7月12日マチネ NHKホール)
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