パリ・オペラ座ダンサー・インタビュー:ルナ・ペニェ

ワールドレポート/パリ

大村 真理子(在パリ・フリーエディター) Text by Mariko OMURA

ルナ・ペニェ Luna Peigné (スジェ)

入団は2019年。シーズン2020/21でオーレリー・デュポン芸術監督の時代 に行われた公演「若きダンサーたちの宵」ではルドフル・ヌレエフ版『眠れる森の美女』の''青い鳥''のフロリナ姫に配役され、ルナ・ペニェはその後も多くのクラシック作品で快活で優美な踊りで舞台に立っていた。2023年にコリフェに上がった彼女は、『くるみ割り人形』で主人公の妹ルイザ役、『ジゼル』の二人のウィリ役・・・と活躍し、2025年にはカルポー賞を受賞。その後、任命によりコリフェからスジェに昇級。前シーズン2025/26では彼女は意外なことに、マルコス・モラウによる創作『Etude』、クリスタル・パイトの『The Seasons' Canon』というコンテンポラリー2作品でソリストとして踊り、新しい一面で観客を魅了したのだ。今後が楽しみなダンサーなのだが、あいにくと10月末に行われるコール・ド・バレエの昇級コンクールではプルミエール・ダンスーズの空席がないという。彼女の次なる昇級の可能性は来年までお預けだ。

Q:2025年からスジェ。でも、1月16日のカルポー賞の授賞式の時点ではまだコリフェだったのですね。

A:はい。この授賞式のすぐ後、1月の末にジョゼ・マルティネーズから彼のオフィスに呼ばレました。コリフェからスジェについては2024年11月のコンクールではなく任命で、ということで、この日、彼のオフィスに該当者が集められて昇級が告げられたんです。信じられない気持ちでした。

Q:コンクール開催前、あなたの階級のコリフェからスジェへの昇級はコンクールではなく任命方式だと知った時はどのような思いがありましたか。

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Photo Julien Benhamou/OnP

A:すごくストレスを感じました。コンクールがないという初めての体験。これについてどのように反応するべきかがわからなくて、最初に感じたのはパニックでした。コンクールなしで一体どのように自分のやる気を表明することができるのだろうか、いかに自分の可能性を見せることができるのだろうか、と。コンクールには確かに不都合な面もあるけれど、でもコンクールの際にダンサーは各人のパーソナリティを見せ、自分のキャリアで向かいたい方向や好きなことを示すことができます。だからコンクールというのは大切なんです。それで、コンクールがない、自分は忘れられてしまう・・・と、ストレスを感じてしまったわけです。コリフェの階級は大勢います。日常の仕事は私たちはグループでステージに立ちますから、コンクールでなければ、その中から自分に目を留めてもらえる機会をどのようにしたらいいのだろうか、と。でも幸運なことに、2024年11月の『マイヤリング』で私はルイーズ王女に配役されました。ルドルフ役はポール・マルク。彼と踊るという、素晴らしい体験ができたんです。しかも初めてエトワールと一緒に踊れ、私にとっては、とても大きな1ステップになりました。この時におそらくジョゼの目にとまったのではないかと思うのです。公演後に彼から、「素晴らしい仕事だったね、ありがとう」と言われて、あ、スジェのポストに上がれる可能性が私にもあるのかもしれないと、少し安心させられました。

Q:今月末のコンクールで、スジェからプルミエール・ダンスーズのクラスは参加がないですね。

A:そうなんです、男性は1席あるのですけど、女性はプルミエールの空席がないと、ジョゼから言われました。コンクールがないのは空席がないからなので、前回の時とは状況が異なります。

Q:前シーズンは公演『Empreintes』中マルコス・モラウの『Etude』、そして公演『Vibrations』中のクリスタル・パイトの『The Seasons' Canon』のコンテンポラリー2作品で目覚しい活躍を見せました。これはあなたにとってどのような体験でしたか。

A:まず、これが私にとってクラシックからコンテンポラリー作品へという初めての移行で、とても大きな発見がありました。とりわけ『Etude』は創作の参加で、私のこれまでとは異なる言語を早く学ばねばならず、とても難しかったんです。でも、素晴らしい体験となりました。

Q:この作品についてはオーディションがあったのですか。

A:マルコスはジョゼに大勢のダンサーのグループをリクエストしました。というのも、彼の意図は『ラ・バヤデール』のオンブル(影)のシーンをリクリエートすることだったからです。第三幕で32名のオンブルが降りてくる場面。これがマルコスのクラシック・バレエの究極のヴィジョンで、彼はそのコンテンポラリー・バージョンを作りたかったんです。それで最初30名近いダンサーが集められ、まず最初の2週間はリハーサルコーチと仕事する私たちを彼はひたすら観察していました。彼は全く何も言わず、毎日6時間。そして2週間後に「ありがとう、みんな。今日からは僕は誰々と仕事をしたい」と、4~5名の名前をあげた中に私の名前があったんです。

Q:彼の動きをあなたの身体はすぐに受け入れられましたか。

A:確かに慣れていない動きでした。でも、私たちはクラシックダンスで''模倣''に慣れています。とりわけ女性のコール・ド・バレエはエポールマンとかラインとか周囲のダンサーを常に観察し、動きが揃うように真似ています。それを私はマルコスとの仕事の方法としてみました。リハーサルコーチ、彼を観察し、それを私は真似して・・・。慣れない動きなので、私にはその方法しかなくって。でも、それで彼が望むものを得ることができたのかもしれません。

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『Etude』Photo Yonathan Kellerman/ OnP

Q:32名が配役された作品で、アレクサンドル・ボカラとのパ・ド・ドゥをステージ上で踊るのは快適でしたか。

A:はい、とても! とりわけ、日頃クラシック作品ではテクニックの後ろに自分が隠れるという仕事なのに対して、この時はルナ・ペニェとして踊る私を観客が見ているという感じがあって、とても美しい体験ができました。この作品では特にメークもなく、ボディとチュチュと冠・・・そして靴下。初めて靴下で舞台に立ちました。これはとても奇妙な感触でしたね。コンテンポラリーの創作では振付家が私たちダンサーが内に持っているものを探ります、私たち自身を。観客の視線を引き付けるのは、ダンサーそれぞれの特異性です。それを見つけるのがコンテンポラリー作品では大切なことなんですね。

Q:その後、クリスタル・パイトの『The Seasons' Canon』だったのですね。

A:はい、でもその間に『椿姫』があり、オランピアに配役されました。アルマン役はジェルマン ・ルーヴェ。この役を踊ることも楽しく、しかも彼となので尚更に。信じられない経験でした。これは私にとってシーズン2025/26の最高の役の1つですね。演技が要求される役柄で、『マイヤリング』のプリンセス役と同様に視線の仕事とかとても演劇的な仕事を体験できました。

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『椿姫』photo Maria Helena Buckley/ OnP

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『椿姫』photo Maria Helena Buckley/ OnP

Q:オランピアという女性はちょっと小狡いところもあります。

A:そう。私の性格とは違っていて・・・でも、ジョン・ノイマイヤーが望むオランピアの面を守りつつ、私のパーソナリティに可能な限り近づけることに成功しました。だから他のオランピアとはちょっと違っていたかもしれません。この時のリハーサルコーチの仕事はとても興味深いもので、「確かにオランピアの振る舞いは決して良いとは言えない。でも、マルグリットはパーフェクトでオランピアは意地悪女で、というのではないんだ。誰もが暗い面も持っていれば、良い面もある。オランピアはただただ人生で成功をしたいという野心があり、そのためにはなんでもするという女性。その野心が強くて、よくない振る舞いをしてしまうのです」というように、人物のニュアンスを語ってくれました。自分に似ていない人物を演じるというのは簡単ではなかったですね。

Q:どのように役作りをしましたか。

A:マルコスの作品でエネルギーを燃焼し尽くした後で、とても疲れていました。最初、どのようにこの役に接していいかわからず、一人で音楽を聴いて考えてたんです。ショパンの音楽だけに集中していたら、視線の動きなど、すべてが音楽のイントネーションの中に見出せました。テクニックやポワントといったことより、こうした仕事をしました。音楽が何をするかを教えてくれるようで、音楽に導かれて・・・。この役について自分で見出した仕事のプロセスは、とても気に入りました。

Q:演じる役は2023年12月の『くるみ割り人形』の妹ルイザ役が初めてでしたね。

A:はい、でもこれはオランピアとは全く異なる役柄です。マイヤリングのルイーズ王女とオランピアについて同じことが言えるのは、エトワール・ダンサーとのパ・ド・ドゥがどちらにもあったことです。それに物語の中で重要性がある役柄でした。

Q:ポール・マルクにせよジェルマン ・ルーヴェにせよ、エトワールと踊ることに威圧感を覚えましたか。

A:エトワールと踊るということは私たちにとっては日常のことではないので、最初は気後れしてしまって・・・。それに彼らはパ・ド・ドゥを踊ることに慣れています。パートナーの扱いについてはよくわかっていますね。だから、最初のリハーサルは常に気後れしてしまうのです。というのも、もう少し私は前に位置したいとか、そんなちょっと不都合なことがあっても、相手に言えないので・・・。でも仕事を繰り返すうちに徐々に・・。

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ギヨーム・ディオップと Photo Mariko Omura

Q:エトワールといえば、何年か前にギヨーム・ディオップとロンドンのステージを共にしていませんか。

A:はい。2023年の夏に。彼はその年の3月にエトワールに任命されています。実は私はギヨームとは特別なつながりがあるんです。共に2000年生まれの同い年で、11歳の時にオペラ座のバレエ学校で出会い、ずっと卒業まで一緒に上がっていきました。私たちの間にすぐに友情の絆が生まれたのには、2つの理由があります。1つ目は彼のパパがセネガル人で私の母がセネガル人ということから。このことで私たちは接近し、それから互いの両親が出会って・・・と家族的な関係へと発展したんです。もう1つは、彼はかつて学校の5エム・ディヴィジョンの教師だったマルク・デュブエから個人的にレッスンを受けていて、私は彼の奥さんでかつてオペラ座のダンサーだったエヴリーヌ・デシュッターに習っていました。偶然なことにレッスン場で私たちはすれ違って・・・それで私たちにはダンスでの繋がりも生まれたんです。そして共にカンパニーに入団。2018年の入団試験で彼は入団。私は空席がなかったため1年の契約団員となり、1年後の2019年に入りました。オーレリー・デュポンが芸術監督の時代です。

Q:ロンドンのコヴェントガーデンでの公演は彼から一緒に、と声がかかったのですね。

A:そうです。というのもコール・ド・バレエの時代、彼は背が高く、私は小柄ということで組むこともなく、2023年に彼がエトワールに任命されると、彼のパートナーはエトワール・・・。オペラ座では一緒に踊る機会が私たちにはほとんどなかったので、このガラは一緒に踊れる良いチャンスでした。友情で結ばれた二人がステージを共にできるのは幸せそのもの。『ロメオとジュリエット』のバルコニーのパ・ド・ドゥを踊りました。そして、私はこのガラでヴァランティーヌ・コラサントと組んでいたパブロ・ルガザと『ドリーブ組曲』も私は踊りました。

Q:ギヨームと一緒に踊れるように、ソリストに早く上がりたいという思いはありますか。

A: はい・・・もし可能なら嬉しいですね。でも、先に話したようにサイズの問題があります。ギヨームは大きいので大柄の女性ダンサーと踊りますね。私は誰とでも組めるスタンダードサイズなので・・・。でもギヨームが『リーズの結婚』では大柄ではないレオノール・ボラックと組んだことから期待が持てます。こうした役で彼と一緒に踊りたいですね。彼も私が上がるのを待っているんですよ。

Q:ダンスは10区のコンセルヴァトワールで始めたそうですが、パリ生まれですか。

A:いいえ、私はパリではなくて南米の生まれなんです。フランスの文化担当官の父の赴任先、ペルーのリマで生まれました。その後5年間ブラジルのサンパウロで暮らし、フランスに来たのは8歳の時です。南米時代、友達とはスペイン語やポルトガル語で話してたけど、フランスの学校に通っていたのでフランス語は話せました。

Q:フランスに来て、すぐにダンスを始めたのですか。

A: はい、父が私に音楽を学ばせたい、とパリに来るや、すぐに10区のコンセルヴァトワールに登録したんです。私、歌うのが大好きだったんです。今でも好きで時々レッスンを受けてるんですよ。コンセルヴァトワールでは音楽、歌唱に加えて3つ目の課目を選ばねらならず、それでクラシック・ダンスを選びました。習い始めてすぐに先生から母に、オペラ座のバレエ学校の試験を受けなさいって・・・。私も母もダンスのことは知らず、オペラ座のバレエ学校に入ることなんて考えてもいなかったんですけど。私自身、性格にマッチすることもあり、ダンスは始めるやすぐに気に入っていました。

Q:その頃、どのような性格だったのでしょうか。

A:年齢の割には几帳面で、とてもきっぱりとした性格でした。身体について学ぶこともとても楽しくって・・・。で、1つ、きっかけとなることがあったんです。オペラ座の制作管理者がコンセルヴァトワールに、2009/10年の最後の公演の『ドガの小さな踊り子』のために、子供のエキストラを探しに来た時に私も選ばれました。クレールマリ・オスタが踊り子役、エトワールがドロテ・ジルベールでしたね。こうしてパリ・オペラ座を知ることになって、オペラ座のバレエ学校を試してみたいと自分から母に言いました。母は「わかったわ。そのために、できる限りのことをしましょう」と。試験に受かり、短期研修の後2011年1月に入学してプルミエール・ディヴィジョンまで順調に進みました。私、幸いなことに頑丈な体の持ち主なので学校時代も、今に至るまで怪我もなく・・。

Q:今は『マノン』で娼婦役です。この次は何に配役されていますか。

A:12月にガルニエ宮で踊られるルシンダ・チャイルズの創作に参加します。ダンサーは10名くらい。これもオーディションはなく、ルシンダはジョゼを信頼してダンサーのセレクションを彼に任せたんですね。今日、そのリハーサルが始まったんですよ。もっとも初日だったので、まず彼女はダンサーたちを観察し、どのように組み合わせるのがいいか体躯などをチェックしてという程度です。あとは舞台装置を語り、3Dでアイディアを見せながら、どのように展開するか、コスチュームがどんなかを話してくれました。彼女の作品はとても若い時にみたことがあり、またリヨン・オペラ座のためのクリエーションなどをYouTubeで見て・・・。どのように創作が進展してゆくのかを知り、そして自分がその中でどのような仕事をするのか、とても楽しみです。ルシンダは静かですけどエネルギーに溢れていて、自分のしたいことがとてもクリアー。彼女のチームの人々もとても親切です。

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『The Seasons' Canon』
Photo Julien Benhamou/ OnP

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『The Seasons' Canon』
Photo Julien Benhamou/ OnP

Q:先ほど話に出たクリスタル・パイトの『The Seasons' Canon』に戻りましょう。前シーズンが初めての参加でしたか。

A:これは過去に何度も踊ってますが、前シーズンは初めてソリストに配役されたのです。クリスタル・パイトのチームはいつも前の回と同じ配役を好み、その中に少しずつ、変化をもたらしているんです。ダンサーにはABC のグループがあり、私はこれで全てのグループを体験したことになります。最初に配役されたのはグループCで、これは作品の最後に出てくるグループ。次に2回配役されたのはグループB で、これはコール・ド・バレエのグループですね。今回、パイトのチームはソリストのグループAについて、オーディションをやり直しました。『椿姫』の真っ最中のことだったので、私、これにはちょっとムッとしてしまったんです。『The Seasons' Canon』は床の仕事なので、『椿姫』とは体の使い方が全く違います。日中にオーディション、夜にはポワントで、というのが怖かったけれど、うまく行きました。グループAで踊れるチャンスが私を含め何人かの新しいダンサーに与えられ、私にはこの作品が2016年にクリエイトされた時に創作ダンサーだったエレオノール・ゲリノーから役の継承がなされました。人間の肩が作る階段を虚空の中に上がってゆくというのは驚くべき体験。めまいがしそうで、これは絶対にできないって最初思ってしまったほどです。何度もなんども繰り返し、エレオノールが私にずっとつき添っていてくれて・・・。創作ダンサーからのアドヴァイスは基本的情報として大切なものです。グループの中でエレオノールに創られた役のポジションは特殊なんです。毎回グループの動きの最初の一歩をするので、そうしたことの情報も得る必要があって・・。さらに幸運なことに、クリスタル本人からも指導をしてもらえたんです。ちょっとした指示をもらって、より深めることができました。これまで何度も再演に参加していたけど、彼女に会ったことはなく、いつもリハーサルコーチとの仕事でした。でもこの時は創作から10年ということももあってでしょうか、リハーサルの最終日に彼女がオペラ座にきたのです。素晴らしかったですね、彼女がきて、作品が命を吹き返すような感じがあって・・・。とても魅力的な人です。

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『The Seasons' Canon』
Photo Julien Benhamou/ OnP

Q:コンテンポラリーに今後も多く配役されるようになるのでしょうか。

A:今は『椿姫』からルシンダ・チャイルズですけど、シーズンの後半はクラシック作品ばかりなんです。次は『天井桟敷の人びと』。この作品はビデオでしか見たことがないので発見するのがとても待ち遠しいですね。それから『リーズの結婚』、『ライモンダ』と続きます。前シーズン、コンテンポラリーで素晴らしい機会を得ることができたので、今シーズンはクラシック作品に戻りたいと私からお願いしたんです。シーズン最後の『ライモンダ』は私が大好きな作品の1つ。入団試験の時もこの作品を踊り、またカンパニーに入った時にすぐに配役された古典大作がこれだったんです。そしてカドリーユからコリフェのコンクールでも、私はこれを自由曲に選んで上がったんですよ。私のバレエのキャリアをフォローしてくれてる作品です。今シーズンの公演では、スジェなのでもしかすると何かしら役につけるかもしれないという期待もあります。

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カドリーユからコリフェのコンクール(2023年11月)
Photo Svetlana Loboff/ OnP

Q:もし今回スジェからプルミエールのコンクールがあったとしたら、自由曲には何を選んでいたと思いますか。

A:踊りたいヴァリアションはたくさんあるので、選ぶのは難しいですが、前回選んだ『ライモンダ』の手を叩くヴァリアッションは自分の進化を見たいので、いつかまた踊ってみたいとは思っています。私、『Who Cares』のヴァリアッションも好きなんです。これは代役で稽古をした経験もあるし、音楽性豊かなバランシンの快適な動き方も好き。もし今回コンクールがあったら、私の別の一面も見せられるこれを選んだかもしれません。最近課題曲はチョイスがあるので、その中から超クラシックを選び、そして自由曲にはネオクラシック的な作品というのがいいかと・・・。

Q:カルポー賞の授賞式のスピーチでは、マリーヌ・ガニオ(プルミエール・ダンスーズ)から指導を受けたことに感謝を述べました。

A:彼女と初めてあったのは、私がまだ契約団員だった時代。とても好意的に、レッスンのウエアとかヘアの結い方など私がきちんと自分をプレゼンできる方向へのアドヴァイスをくれました。そして、カンパニー入団試験の時の審査員の一人が彼女で、私の踊りを見た彼女から改善のための教えももらい・・・。スジェに上がるまでずっと彼女は私をフォローしてくれ、コンクールの準備も彼女としていました。役についたときは意見をしてくれ、私を導いてくれる存在です。オペラ座内ではこのように先輩から後輩への継承ということが行われていますが、でも、マリーヌは大先輩なので私からはとてもお願いする勇気がなかったのです。でも、彼女の方から私にオープンに向かってきてくれたので、指導をお願いすることが出来ました。

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左からルーシー・ドゥラヴィーニュ、フランソワ・ルブラン、一人おいて桑原沙希、マリーヌ・ガニオ、ギヨーム・ディオップ、ケイタ・ベラリ、カン・ホヤン、イザック・ロペス=ゴメス。
Photo Mariko Omura

Q:学校時代はプティ・ペール、プティト・メールはいましたか。

A:はい、プティット・メールはロクサーヌ・ストヤノフなんです。私の学校入学前の短期研修の時にプルミエール・ディヴィジョンにいた彼女にお願いしました。プティ・ペールは今は退団してしまったけれどシモン・ル・ボルニュです。

Q:ガルニエ宮が来年7月から工事に入ると、ダンサーの日常にも変化がありますね。

A:どのようになるのか、それって想像を超えています。自分のアパルトマンよりガルニエ宮の楽屋やリハーサルスタジで過ごす時間の方が長いのですから。工事の間はオペラ・バスチーユや他の劇場で踊り・・・海外のツアーもあるようで、オーストラリアで『眠れる森の美女』だろうとか、噂は色々耳に入ってきます。今シーズン、私は『ライモンダ』以外はガルニエ宮で踊れるのでクローズ前にステージを満喫できますが、この5年間の工事中に引退することになるダンサーには、とても辛いことだと想像します。10月16日の公演にはデフィレがありましたけど、これが工事前のガルニエでの最後のデフィレで、これから5年間はバスチーユで。でも、過去において1度だけバスチーユでデフィレが行われたことがあったそうなんですよ。

Q:明日はドロテ・ジルベールのアデュー公演があります。

A:彼女が去ることは誰も望んでいないと思うんです。私にとってもドロテは永遠なる存在で・・・。それだけにアデュー公演はとても感動的なものになるでしょうね。

Q:ダンサーとしてドロテはあなたの模範的存在ですか。

A:はい。ドロテは私にとって常に模範でした。彼女は自分でも言っているように、しなやかさに欠け、クラシック・ダンスのコードにパーフェクトに当てはまっていません。仕事を重ねることで成功しています。だからこそ私達後輩にはとても素晴らしいお手本なんです。希望を持たせてくれる存在なんです。

Q: 小さい時によくビデオで見ていたのは誰ですか。

A:オーレリー・デュポンがエトワールとして大好きでした。『ドガの小さな踊り子』で一緒に舞台に立ったのがクレールマリ・オスタの映像もよく見ました。私、ミリアム・ウルド=ブラムも大好きでした。美しいダンスに詩情が溢れて・・・。彼女のアデュー公演『ジゼル』は私もジゼルの友達役でステージに立っていて涙が出ました(笑)。42歳で『ジゼル』を踊って引退できるというのは素晴らしい。彼女、ジゼル役をいとも簡単そうに踊って・・・そういう終わり方がしたいですね。

Q:もし自分だったら何をアデュー演目に選ぼうかなどと考えることはありますか。

A:42歳の時に自分の身体がどのような状態かがわからないので、それって難しいですね。アデュー云々でなくキャリアにおいて踊れたらと願うのは、『眠れる森の美女』『ドン・キホーテ』。『椿姫』や『マノン』のような演技を求められる役にも興味があります。アンジュラン・プレルジョカージュの『ル・パルク』も・・・。これはアデュー公演としても、美しい作品だと思います。

Q:来日ツアーには参加していますか。

A:はい。2024年の『白鳥の湖』と『マノン』の時に。これはクラシック作品のツアーとしては最後ですね。日本は一度は訪問したいという国の1つでした。仕事で行くと朝劇場に行って・・・というようなルーティーンがあるので、観光として行くよりずっと面白い。仲良しのケイタ・ベラリは日本語が話せ、彼が色々と案内してくれました。2つの作品の間に3日のオフがあったので京都にも行ったんですよ。

Q:パリで自由時間があるときは何をしますか。

A:オペラ座のプランニングがとても忙しいので不定期だけれど、さっき話したように歌のレッスンを友達から受けています。また、他のスタイルのダンスの公演を観に行くこともあります。別の動き方を見るのは勉強になりますね。最近ではアルヴィン・エイリーのカンパニーの公演を見ました。こうしたことはプライヴェートな余暇の時間です。仕事についてはダンス教師の国家試験を受けようと思ってるので、今、毎朝9時から11時なのでこの研修に通っています。大変ですけど国家試験に受かって証書が得られれば、ダンスの指導ができるようになるので。

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