ガブリエラ・カリゾー(ピーピング・トム)が振付・演出した『カルメン』は「愛が暴力に変貌してしまう成り行きに光を当てた物語」

ワールドレポート/パリ

三光 洋 Text by Hiroshi Sanko

Salzburgerfestspiel ザルツブルク芸術祭

Carmen Gabriela Carrizo (Peeping Tom)
『カルメン』ガブリエラ・カリゾー(ピーピング・トム):振付・演出

今年の夏のザルツブルク芸術祭ではベルギーのコンテンポラリー・ダンスグループ、ピーピング・トムの創設者の一人、ガブリエラ・カリゾーが振付・演出した『カルメン』が大きな話題を呼んだ。(オーストリア国営テレビと独仏合同のARTEが8月8日に実況中継を放映した。)
終演後には観客やジャーナリストの間で賛否両論が激しく交わされた。その理由は、本公演が普段、パリ、ロンドン、ウイーンの歌劇場で観客が見てきた、1875年にパリのオペラ・コミック座で初演された歌劇(註1)からかけ離れた、斬新なコンテンポラリーダンスのスペクタクルだったからだ。

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左 ジョナタン・テーテルマン(ホセ)右 アスミック・グリゴリアン(カルメン)
© Salzburgerfestspiele/Thomas Aurin

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左 リヴィユ・ホレンダー(モラレス)右 マチアス・ヴィンクラー(ズニガ)
© Salzburgerfestspiele/ Virginia Rota

広大な大祝祭劇場の舞台は、巨大な黒い金属製の起伏のある丘に覆われていた。この単一の装置をトム・ヴィッサーの闇を強調した照明が照らし出した。ビゼーの音楽から聞き手が思い浮かべる光のあふれるスペインではなく、ゴヤの絵画を思わせるような陰の支配する閉塞感の漂う空間である。フィナーレではゴツゴツした岩肌のような天井が徐々に下がってきて、カルメンとホセを押し潰すかのような錯覚にとらえられた。
オペラを初めて一人で振付けたカリゾーは、ダンサーと歌手の身体を使って人間の内面を掘り下げて表現しようと試みた。(註2)カリゾーによると『カルメン』は「愛が暴力に変貌してしまう成り行きに光を当てた物語」である。この特徴を観客に伝えるために振付家はすでにピーピング・トムの舞台で繰り返し使ってきた「ズーミング・イン」の手法を使った。重要な人物の固有の性格に焦点を当て、その内面を身体表現によって視覚化し、そうした場面での人物の心情や潜在意識をダンサーの身体が明るみに出すようにした。例えば、エスカミーリョが第1幕第2場で「この乾杯のお返しをさせてください」と歌うところで、歌手の横にいるダンサーは闘牛士という職の脆弱さ、牛に突き殺される恐怖を身体で示していた。

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左 アスミック・グリゴリアン(カルメン)中 ジョナタン・テーテルマン(ホセ)右 アンバロ・コルテス(リリャス・パスティア)
© Salzburgerfestspiele/Thomas Aurin

また振付家は、この物語が二人の男女の感情だけから生また悲劇ではなく、彼らが住む社会と周囲の人々に影響された結果だと考えた。「愛とは相手を自分の物にすることだ」という考え方が支配している社会では、相手が自分とは違う存在だということを理解することができず、どうしても感情がすれ違ってしまう。
メリメの原作やビゼーの歌劇が主にホセの視点からドラマをとらえていると感じたために、ホセとカルメンの双方に視点を据えたのも今回の舞台の特徴だった。視点が複数になることで、「色気があり、腰軽で男を籠絡する女」という紋切り型のカルメン像とは違う女性像が生まれた。「ホセは純粋な心と弱さを持ち、他の男性とは違う」と本能的に感じたカルメンはすぐ恋に落ちたが、ホセの内面は自由ではなかった。大事な息子の軍人として出世を望んでいるホセの母親が強烈な枷をはめているために、カルメンの淡い期待は幻想に終わってしまう。ホセが母親に精神を支配されていることを明示するために、母親役の俳優が常にホセの傍に寄り添っていた。
この新しいカルメン像を振付家は、ソプラノのアスミック・グリゴリアンという自然な演技と伸びやかな精神を持った歌手と二人三脚で創造していった。フランス語の不明瞭さ、といった問題を残しながらも、グリゴリアンは歌と身体を駆使して、破格の情念がほとばしるヒロインを体現した。
指揮やオーケストラをはじめとする演奏面の問題がオペラ専門家から批判されたにせよ、ダンスという身体表現によってこれまでのカルメン像に一石を投じた舞台は人々の記憶に残るだろう。
(2026年8月21日 ザルツブルク大祝祭劇場)

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中央 アスミック・グリゴリアン(カルメン)
© Salzburgerfestspiele/ Virginia Rota

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左から エウリディケ・ドゥ・べウル(ホセの母親)ジョナタン・テーテルマン(ホセ) クリスティナ・ムヒタリアン(ミカエラ)
© Salzburgerfestspiele/Thomas Aurin

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エキストラ ハンセン(ダンサー ピーピング・トム)
© Salzburgerfestspiele/ Virginia Rota

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中央 ジョナタン・テーテルマン(ホセ)
© Salzburgerfestspiele/Thomas Aurin

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上 エリアナ・ストラガペード(ダンサー ピーピング・トム)下 フォンス・ドーセ(ダンサー ピーピング・トム)
© Salzburgerfestspiele/ Virginia Rota

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アンバロ・コルテス(リリャス・パスティア)ロメウ・ルナ(ダンサー ピーピング・トム)
© Salzburgerfestspiele/ Virginia Rota

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アンサンブル
© Salzburgerfestspiele/ Virginia Rota

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中央左 アスミック・グリゴリアン(カルメン)中央右 ダヴィデ・ルチアノ(エスカミーリョ)
© Salzburgerfestspiele/Thomas Aurin

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中央上 サンウー・パク(ダンサー ピーピング・トム)中央下 アスミック・グリゴリアン(カルメン)
© Salzburgerfestspiele/ Virginia Rota

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左 ジョナタン・テーテルマン(ホセ)右 アスミック・グリゴリアン(カルメン)
© Salzburgerfestspiele/Thomas Aurin

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左 ジョナタン・テーテルマン(ホセ)中(リリャス・パスティア)右 アスミック・グリゴリアン(カルメン)
Salzburgerfestspiele/Thomas Aurin

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左 ジョナタン・テーテルマン(ホセ)中 アスミック・グリゴリアン(カルメン)右(りリャス・パスティア)
© Salzburgerfestspiele/Thomas Aurin

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エリアナ・ストラガペード(ダンサー ピーピング・トム)バルダー・ハンセン(ダンサー ピーピング・トム)
© Salzburgerfestspiele/ Virginia Rota

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左から イヴェタ・シモニアン(フラスキータ) アニタ・モンセラット(メルセデス) アスミック・グリゴリアン(カルメン) ミカエル・アルヴォーニ(ダンカイロ)
© Salzburgerfestspiele/Thomas Aurin

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中央左 アスミック・グリゴリアン(カルメン)右 エリアナ・ストラガペード(ダンサー ピーピング・トム)
© Salzburgerfestspiele/Thomas Aurin

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ジョナタン・テーテルマン(ホセ)
© Salzburgerfestspiele/ Virginia Rota

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左 アスミック・グリゴリアン(カルメン)右 エリアナ・ストラガペード(ダンサー ピーピング・トム)
© Salzburgerfestspiele/Thomas Aurin

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エリアナ・ストラガペード(ダンサー ピーピング・トム)フォンス・ドーセ(ダンサー ピーピング・トム)
© Salzburgerfestspiele/ Virginia Rota

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左 アスミック・グリゴリアン(カルメン) 右 ジョナタン・テーテルマン(ホセ)
© Salzburgerfestspiele/ Virginia Rota

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左 ジョナタン・テーテルマン(ホセ)右 アスミック・グリゴリアン(カルメン)
© Salzburgerfestspiele/Thomas Aurin

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左 アスミック・グリゴリアン(カルメン)右 ジョナタン・テーテルマン(ホセ)
© Salzburgerfestspiele/ Virginia Rota

註1 「カルメン」は音楽部分と音楽が停止する対話部分が交互するフランス特有の歌劇ジャンルであるオペラ・コミックとしてビゼーが作曲した。ビゼーの死後、ウイーン公演のために弟子のエルネスト・ギローが対話をレチタティーヴォに手直しした版がフランス以外では使用されることが多い。今回ザルツブルクでは、対話、レチタティーヴォのいずれも全面的にカットされ、音楽だけの上演となった。
註2 カリゾーはフランク・シャルチエとの共同作業で2021年にジュネーブ歌劇場(グラン・テアトル)でアンリ・パーセルのオペラ『ディドとエネアス』を振付・演出し成功している。

『カルメン』
音楽 ジョルジュ・ビゼー
台本 アンリ・メイヤック&ルドヴィック・アレヴィ
振付・演出 ガブリエラ・カリゾー(ピーピング・トム)
装置・衣装 クリストフ・ヘッツァー
振付協力 シャーリー・スクィ
照明 トム・ヴィッサー
ドラマトゥルジー クリスチャン・アルセーニ
テオドール・クルレンティス指揮 ユートピア管弦楽団 ユートピア合唱団 ザルツブルク・バッハ合唱団 ザルツブルク芸術祭・ザルツブルク歌劇場児童合唱団
配役
カルメン アスミック・グリゴリアン
ドン・ホセ ジョナタン・テーテルマン
ミカエラ クリスティナ・ムヒタリアン
エスカミーリョ ダヴィデ・ルチアノ
フラスキータ イヴェタ・シモニアン
メルセデス アニタ・モンセラット
ズニガ マチアス・ヴィンクラー
モラレス リヴィユ・ホレンダー
ダンカイロ ミカエル・アルヴォーニ
レメンダード ミンチェ・レイ
ドン・ホセの母親 エウリディケ・ドゥ・べウル
リリアス・パスティア アンパロ・コルテス
ピーピング・トム所属ダンサー フォンス・ドーセ ボストン・ガラチャー バルダー・ハンセン チェイ・フラド サンウー・パク ロメウ・ルナ エリアナ・ストラガペード

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