京都バレエ団とパリ・オペラ座バレエ団の交流の軌跡をたどって
- ワールドレポート
- 大阪・名古屋
掲載
ワールドレポート/大阪・名古屋
関口 紘一 Text by Koichi Sekiguchi
京都バレエ団
京都バレエ専門学校 創立50周年記念公演
去る8月2日、有馬龍子記念京都バレエ団が学校法人京都バレエ専門学校 創立50周年記念公演を開催した。Dance Cubeでは最近の京都バレエ団の公演はしばしば記事にしているが、パリ・オペラ座バレエ団と深い関わりを持つこのカンパニーについて、関東の方々にはあまり馴染みがないと思われるので、この機会に、私の知る限りのことを駆け足になるがご紹介しよう。
京都バレエ団の設立は、1949年に京都円町に有馬バレエ学園を開校したことに始まる。創設者の有馬龍子が本格的にこの道に没入したのは、映画『白鳥の死』(ジャン・ブレア・レヴィ監督、日本公開1941年)を観て感動したことだった、という。
この映画を簡単に紹介すると、『白鳥の死』の主人公は、パリ・オペラ座バレエ学校の生徒ローズ・スーリ(ジャニーヌ・シャラ)。彼女はプリマのボーブレ(イヴェット・ショヴィレ)に深く憧れていたが、外国から美しいバレリーナ、ナタリー・カリーヌ(ミア・スラヴェンスカ)がやってきて、ボーブレの最も大切なレパートリー『白鳥の死』を踊ることになる。強い不満を抱いたスーリは、密かに、初演の舞台の床板を支える柱を外してしまう。本番でカリーヌは床板ももろとも転落し、足を骨折。二度と踊れなくなってしまった・・・やがて、カリーヌはバレエ教師となって、ボーブレを指導することになり、その優れた才能を熱心に導く。スーリは罪の意識に苛まれていたが、ついに真相が明らかにされてしまう。しかしカリーヌは、「私たちの小さないざこざより、バレエはもっとずっと大切なもの」とスーリを悟す、というもの。壮麗なガルニエ宮を舞台にフランス・バレエの素晴らしい美しさを描いたこの映画は、世界的に大ヒットした。有馬龍子はこの映画を何回も何回も繰り返し観たという。
やがて有馬龍子は、京都大学医学部に進学し有馬バレエ学園開校に至る。
京都バレエ団の年表を辿ると、当初から『白鳥の湖』第2幕や『眠れる森の美女』『くるみ割り人形』などのオーソドックスな古典全幕物と、同時に東勇作、薄井憲二、石田種生などの才能も参加して、京都の伝統文化とクラシック・バレエを題材にしたクリエイティヴな創作バレエを発表してきている。そうした作品の中から『びょうぶ』(有馬龍子振付、1974年)が生まれた。
エリック・サティの音楽を使って振付られたこのバレエは、結婚を間近にした若い男性の不条理な死を、祭りなど日本の風俗を背景に描いており、フランスやイギリスで上演されて、主人公を踊った安達哲治や振付の有馬龍子を驚かせるほどの反響を受けたという。私は有馬えり子の再構成・演出・振付に加え、皆川千恵子の美術、冷泉貴美子の詞章に京都在住の名手たちによる小鼓・横笛・謡などが加えられた『屏風』を2018年に観ることができた。能楽の世界とクラシック・バレエの融合を試みた意欲的な作品で深い印象を受けた。

「オーロラの結婚」より 撮影:古都栄二(テス大阪)
1976年には京都バレエ専門学校は、高等課程では高校卒業資格が与えられる京都府認可専修学校となる。1979年にはパリ・オペラ座の名花と謳われたイヴェット・ショヴィレを名誉校長として迎えた。ショヴィレは来校して指導にあたり『白鳥の湖』や『ジゼル』などを監修して上演している。
2007年には30年にわたってパリ・オペラ座バレエ学校校長を務め、今年4月に逝去したクロード・ベッシーも来校し指導にあたった。2009年には創立60周年を迎え、クロード・ベッシー振付『コンチェルト・アン・レ』、イヴェット・ショヴィレ振付『ジゼル』全幕を記念公演した。ゲストはミュルエル・ズスペルギー、カール・パケット、ジョシュア・オファルト、ミカエル・ドナールだった。
2012年にはオペラ座のメートル・ド・バレエ、ファブリス・ブルジョワ振付による『ドン・キホーテ』全幕を上演。オペラ座のヌレエフ版とはまた異なったフランス・ヴァージョンのバレエである。さらに2015年にはブルジョワ版『ロミオとジュリエット』全幕を東京のゆうぽうとホールとびわ湖ホールで上演し、モニク・ルディエール、エロイーズ・ブルトン、シリル・アタナソフ、カール・パケットなどが出演した。
2018年には、京都パリ友情盟約締結60周年記念公演が開催され、1890年にパリ・オペラ座バレエで上演された日本を題材にしたバレエ『ル・レーヴ(夢)』がファブリス・ブルジョワにより再構成されて上演されるという、京都バレエにふさわしい素晴らしい企画が実現した。当時世界的に流行したジャポニズムの影響もあってオペラ座で上演されたバレエである。130年間、誰の手にも触れることなくオペラ座の図書館に眠り続けていた楽譜が蘇り、オニール 八菜、カール・パケットなどによって京都の地で踊られた。これは薄井憲二の発案だったと聞く。
そして2021年。コロナ禍という過酷な状況だったが、<バレエの中のバレエ>とも言われる『眠れる森の美女』の全幕が、パリ・オペラ座バレエ学校の名教師、エリック・カミーヨによって振付られて初演された。フランス・スタイルのバレエを指針として活動してきた、京都バレエ団代表の有馬えり子にとっては、一つの大きな目標でもあった、と思われる。雅やかで気品ある伝統を知る京都バレエのダンサーたちが、パリ・オペラ座の教師により丁寧に伝えられた『眠れる森の美女』は、美しい素敵なアンサンブルを織りなしていたことが印象に残っている。
そして今年、京都バレエ専門学校 創立50周年記念公演では、エリック・カミーヨ原振付の「眠れる森の美女」第3幕として『オーロラの結婚』が有馬えり子の振付・指導を得て上演されたのである。

「オーロラの結婚」より 撮影:古都栄二(テス大阪)
記事の文章および具体的内容を無断で使用することを禁じます。