京都の夏にはパリ・オペラ座が良く似合う、オニール、パケットが踊った『ドン・キホーテ』
- ワールドレポート
- 大阪・名古屋
掲載
ワールドレポート／大阪・名古屋
- 関口 紘一
- text by Koichi Sekiguchi
京都バレエ団
『ドン・キホーテ』ファブリス・ブルジョワ：構成・演出・振付・指導
京都バレエ団が『ドン・キホーテ』を上演した。パリ・オペラ座バレエのメートル・ド・バレエのファプリス・ブルジョワ版である。昨年はやはり、ブルジョワ版で『ロミオとジュリエット』をエロイーズ・ブルトンとカール・パケットが踊った。京都バレエ団は、主演のゲストダンサーを呼ぶだけではない。熟練した脇役と振付家を含む指導者を同時に招聘して、舞台の質を国際的なものに高め、同時に京都バレエ団のあらゆる面を向上させるのである。パリ・オペラ座のバレエの高度な文化を夏の京都にそのまま持ってこよう、ということ。そしてまた、パリ・オペラ座バレエは京都の夏によく似合うのである。
開幕冒頭はドン・キホーテの部屋。なんとドン・キホーテはベッドでお寝み中だった。忠実な召使いサンチョ・パンサが騎士ドン・キホーテを起こしにくる。なかなか目覚めない。そのつまり、ドルシネア姫の夢をみていたからである。しかし、サンチョ・パンサが部屋から消えると目を覚まし、ゆっくりとベッドから起きあがる。日本に来たからではないが、まるでちょんまげを結っているような定番のヘアスタイル。おまけに臙脂がかった赤い股引ならぬタイツを履いて、お目覚めの所作をひとつふたつ披露。昨夜の真摯な騎士道研鑽のためか、若干睡眠不足気味のドン・キホーテは、憧れのドルシネア姫を幻覚する。そして騎士たるものの責務を果たさんと身仕度を整えて旅に出る。サンチョ・パンサを従えて。
撮影／瀬戸秀美（すべて）
ドン・キホーテに扮したのは、かつてはオペラ座バレエ団を代表するダンサーだったシリル・アタナソフ。彼の老練老獪の演技は、ドン・キホーテをユーモラスに描きつつじつは人間そのものの存在の姿をたくまずして表し、さり気なく観客を物語の世界へと誘い込む。さらにロシナンテも堂々と登場。やはり、騎士は馬上にあって初めて絵姿となる。
キトリは、全幕でこの役を踊るのは初めてで、かつ日本で全幕を主演するのも初めてというオニール 八菜。瞬く間にパリ・オペラ座のプルミエにール・ダンスーズへと駆け上がったと思ったら、もうひとつのバレエの聖地のロシアでも高く評価されて、見事にブノワ賞を受賞したばかり。未だ初々しさも残る23歳が、国際的スターとして京都の夏の舞台に登場したのである。
オニールのキトリは、天気晴朗のバルセロナに立つサグラダ・ファミリアの尖塔も超えよとステップを踏み、バジル役のカール・パケットの高いリフトに乗った。オニールの踊りは、明るく爽やか、ケレン味がなく、良い意味でスポーティでもあるが、情感が身体の動きに自然に現れている。長身のためか、まだややバランスに欠ける面もみせたが、グラン・フェッテは脚は高い位置をキープしダブルを何回も加えながら、圧巻のキトリを披露した。一方、パケットは落ち着いて安定した演舞で、オニールを引き立てながら、自身の踊りも良くみせてくれた。
第２幕の「ジプシーの野営地」は、ジプシーたちの踊りとドン・キホーテが風車に突入して幻覚に陥る表現のみとシンプルに展開。ドン・キホーテがドルシネア姫を真近に見る「ドン・キホーテの幻影」のシーンでは、キューピッドを男性が踊った。確かにキューピッドは中性的な存在であろう。私は、サンチョ・パンサがドン・キホーテの夢の中にキューピッドとして登場したらどうかなどと妄想したこともある。
そしてカール・パケットのバジルは、ついに狂言自殺を敢行。キトリをドルシネア姫と認識しているドン・キホーテの援助も得て、二人はめでたく結ばれる。実際にはロレンツォも大いに喜んだのであった。
このバレエでは、大ヴェテランのアタナソフの存在が大きい。多少よろめき気味だったり所作があぶっなっかしいところもないではなかったが、さすがの存在感で楽しませていただいた。長い付き合いのファブリスとの呼吸も合っているのだろう、舞台全体からユーモアが醸し出されている近年ではなかなか得難い劇場経験だった。
(2016年7月24日 ロームシアター京都 メインホール)
京都バレエ団『ドン・キホーテ』撮影／瀬戸秀美（すべて）