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三光 洋 Text by Hiroshi Sanko 
[2016.10.11]

フランス古典舞踊を想起させる優雅で軽快な踊りを見せた、ABTの『眠れる森の美女』

American Ballet Theater アメリカン・バレエ・シアター 招聘公演
“The Sleeping Beauty” Alexei RATMANSKY
『眠れる森の美女』マリウス・プティパ:原振付 アレクセイ・ラトマンスキー:演出と補足振付

9月初めのバスチーユ・オペラでは2日から10日までアメリカン・バレエ・シアター(ABT)の引越し公演が行われた。ABTのパリ公演は2007年2月シャトレ歌劇場での『ラ・バヤデール』第3幕以来実に9年半ぶりである。今回は『眠れる森の美女』全三幕が上演されたが、パリのバレエファンが見慣れている1989年にルドルフ・ヌレエフが振付けたヴァージョン(2013年12月、2014年1月が最後の再演)とは、アプローチを異にしたアレクセイ・ラトマンスキー版による公演だった。

pzari1610a_01.jpg (C) Opéra national de Paris / Ula Blochsage

1968年ロシア生まれのラトマンスキーはボリショイ・バレエ学校で学び、ウクライナ、カナダ、デンマークの舞台に立ったが、1994年から振付を行ってきた。当初から忘れられたバレエ作品をよみがえらせることに関心を持ち、2003年にボリショイ・バレエ団でロプホーフ(1935年作品)原振付の『明るい小川』を復活上演した。ボリショイのバレエ監督を2009年まで務め、2009年からABTの常任振付家となっている。
ラトマンスキーはマリウス・プティパの振付を元ダンサーで舞踊記譜法の創案者、ウラディミール・ステパノフ(1866・1896)が記した舞踏譜を読み込んで、2014年に『パキータ』、2015年に『眠れる森の美女』、2016年に『白鳥の湖』を復元した。『眠れる森の美女』の220ページにもわたるステパノフ式の舞踏譜には身体を関節部位で分け、それぞれの部分の動き、肘やひざの角度、高さ、方向が詳細に描かれているという。パ、ダンサーの移動は一部に欠落があり、ラトマンスキーは当時の上演プログラム、画像や映像、といった多くの資料をもとに想像をふくらませて作品全体に見合うように補完してプティパの世界に迫ろうとした。

幕が上がると、バレエ・リュスの舞台装置を担当したレオン・バクストの原案に基づいた太陽王ルイ14世時代のフランス宮廷らしい色彩豊かな装置が現れた。衣装も従来の振付とは違って丈が長く、ダンサーの身体をゆったりと包んでいた。チャールズ・バーカー(6日)、デヴィッド・ラマーチ(10日マチネ)による指揮はテンポが速かったが、これはプティパとチャイコフスキーとの往復書簡に従って当時の演奏速度に即したためだという。
フランスの宮廷舞踊に範を取った早い膝下の動きと現在とは少し異なるテクニックから、優雅で軽快な踊りが展開された。現代のダンスとは一味違うアプローチからは独特の雰囲気が生まれていた。この舞台を見ていると、1990年代にオペラ・コミック座で上演されたフランシーヌ・ランスロ主宰のリス・エ・ダンスリー舞踏団によるブルボン朝時代のフランス宮廷舞踊が思い出された。19世紀後半のプティパの時代のバレエには、その源流であるフランス古典舞踊がまだ色濃く残っていたのかもしれない。
またオーロラ姫の洗礼式に招待された妖精たちが、それぞれの美質を姫に授ける場面や第3幕の婚礼の場面で白雪姫、赤ずきんと狼、青い鳥といったおとぎ話の登場人物が次々に現れる場面に特徴的だった、長めのパントマイムが大きな役割を果たしていて、シャルル・ペローのおとぎ話を絵本のように観客がたどれるようになっていたことも、通常公演との大きな違いだろう。

pzari1610a_02.jpg (C) Opéra national de Paris / Ula Blochsage

主役からコール・ド・バレエの一人一人に至るまで全員が一丸となって、慣れないテクニックを制御している姿からはABTのチームワークの良さが感じられた。ソリストでは気品あふれるヴェロニカ・パールト(リラの精、6日)、カラボス役でおどろおどろしい演技を見せたマルセロ・ゴメス(6日)とナンシー・ラファ(10日)が印象的だった。オーロラ姫はステラ・アブレラ(6日)とサラ・レイン(10日)といずれも小柄なダンサーだった。二人とも一見控え目であるようでいながら実に伸びやかで、おとぎ話のヒロインにふさわしい演技だった。しかし何といっても、二回の公演で最も強い印象を残したのは10日マチネに登場したエルマン・コルネホのデジレ王子だった。一つ一つのちょっとした所作やまなざしからも、周囲に優雅な雰囲気がぱっと広がって舞台を格調高いものにしていた。
『眠れる森の美女』に華麗なテクニックを期待した人々には当て外れだったかもしれないが、ペロー童話をダンサーの身体による舞台芸術として結実させたいと願った、プティパとチャイコフスキーの夢見たフランス王朝の典雅な世界が、ラトマンスキーによって詩情豊かに蘇った公演だったことは間違いない。
(2016年9月6日、10日マチネ バスチーユ・オペラ)*写真はすべて他日公演のものです。

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pzari1610a_07.jpgPhotos : (C) Opéra national de Paris / Ula Blochsage

『眠れる森の美女』プロローグ付き三幕バレエ
音 楽 チャイコフスキー
原振付 マリウス・プティパ(1890年)
演出と補足振付 アレクセイ・ラトマンスキー(2015年)
装置と衣装 リチャード・ハドソン(レオン・バクストの原案による)
照 明 ジェームス・F・インガルズ
パリ国立オペラ座ダンス学校生徒
配 役 (6日、10日マチネ)
オーロラ姫 ステラ・アブレラ/サラ・レイン
デジレ王子 アレクサンドル・ハムーディ/エルマン・コルネホ
リラの精 ヴェロニカ・パールト/デヴォン・トゥシャー
カラボス マルセロ・ゴメス/ナンシー・ラファ
ダイヤモンドの精 デヴォン・トゥシャー/クリスティーン・シェフチェンコ
青い鳥 ジェフリー・シリオ/ブレイン・ホーヴェン
フロリーヌ王女 サラ・レイン/イザベラ・ボイルストン 他
指揮 チャールズ・バーカー/デーヴィッド・ラマーチ
パリ・オペラ座管弦楽団