絵画と振付、音楽が一つになったカールソン独自の世界『シーニュ』

ワールドレポート/パリ

三光 洋 Text by Hiroshi Sanko

Ballet de l'Opéra national de Paris  パリ・オペラ座バレエ団

"Signes" Carolyn Carlson
『シーニュ』 カロリン・カールソン:振付

パリ・オペラ座バレエ団は22・23年シーズンの閉幕公演としてバスチーユ・オペラでカロリン・カールソン(1943年生まれ)振付の『シーニュ』を6月21日から7月16日まで上演した。
フィンランド系のカールソンはカリフォルニア州オークランド出身のアメリカ人だが、1970年代にパリ・オペラ座の黄金時代を築いたロルフ・リーバーマン総監督(当時)に招かれ、振付家兼エトワールとなった。彼女が設立したパリオペラ座現代舞踊研究グループ(Groupe de recherche théâtrales de l'Opéra)の最初のリハーサルはわずか三人のダンサーで始まったが、欧米の歌劇場内部にできた最初のコンテンポラリーのグループとしてバレエの歴史に新しい地平が開かれた。
カールソンが1997年にオペラ座バレエ団のために振付け、主役をマリー=クロード・ピエトラガラとカデール・ベラルビが踊った『シーニュ』(=記号)はその後も定期的に再演されて現在に至っている。

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ジュリアン・ギユマール タケル・コスト
© Benoïte Fanton/ Opéra national de Paris

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オニール 八菜 ジェルマン・ルーヴェ
© Benoïte Fanton/ Opéra national de Paris

『シーニュ』は七つ場面からできているが、フランスの画家オリヴィエ・ドゥブレが描いた「微笑」を主題とした七枚の絵が装置となっている。カールソンはインタヴューの中で自分の作品を「俳句」に喩えているが、これはフランス20世紀を代表する作曲家オリヴィエ・メシアンが1962年に作曲したピアノと管弦楽のための7楽章作品「七つの俳諧」を念頭に置いて、短く、余情のある作品であることを示唆しているのだろう。
「微笑というシーニュ」「朝のロワール河」「ギランの山」「バルト海の僧侶たち」「青のエスプリ」「マドゥライの色彩」「シーニュの勝利」はいずれもオリヴィエ・ドゥブレの絵を詩的なイメージとしてカールソンが捉え、身体による表現と重ね合わせている。その中にあって、いくつかの絵に現れる風はこの作品の重要なエレメントを構成しているが、カールソンは女性のたなびく髪によってイメージした。

今回は主役にジェルマン・ルーヴェとオニール 八菜というエトワールの中で積極的にコンテンポラリー作品に取り組んでいるダンサー二人が登場した。衣装はルーヴェは青、オニールは黄と対照的な原色が用いられ、身体の動きによって一幅の絵が描かれていった。
第2場「朝のロワール河」はアコーデオンを使った音楽が流れ、マイムの要素も取り入れられた遊び心に富んだ場面に心がなごまされた。
また第5場「青のエスプリ」の水を思わせる青の装置を背景に踊られたパ・ド・ドゥは詩情にあふれていた。「愛の仕草と不在、もろさと強さ」を主題に、オニール 八菜の長い腕と脚は実に伸びやかに線を描いて、ジェルマン・ルーヴェの細やかな動きと一体となって、水辺で戯れる若い恋人たちが醸し出すような優雅な雰囲気が周囲に広がっていった。
真紅、橙、青、緑と多彩な色が華やかだった第6場「マドゥライの色彩」はインドの灼熱の太陽を浴びた男女の欲望が荒々しいムーブマンの中にまざまざと感じられた。

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アドリアン・クーヴェーズ
© Benoïte Fanton/ Opéra national de Paris

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ジェルマン・ルーヴェ
© Benoïte Fanton/ Opéra national de Paris

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オニール 八菜
© Benoïte Fanton/ Opéra national de Paris

絵画と振付、音楽が一つになったカールソン独自の世界は初演から30年以上の歳月が過ぎても色褪せていない。すでに80歳を迎えながら矍鑠(かくしゃく)としたカールセンは、カーテンコールで姿を現し、舞台上のダンサーたちと観客から熱い拍手を送られていた。
ちなみに、ちょうど10年前に「シーニュ」の主役を踊ったエミリー・コゼットが23・24年シーズンの開幕となった9月21日のガラ公演で引退した。
根強い人気を持つ『シーニュ』は2025年に再びバスチーユ・オペラの舞台にかかることが決まっている。
(2023年7月13日 バスチーユ・オペラ)

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マリオン・ゴーチエ・ド・シャルナセ ローレーヌ・レヴィ カミーユ・ド・ベルフォン アデル・べレム
© Benoïte Fanton/ Opéra national de Paris

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アヴァ・ジョワネ ソフィア・ロゾリニ ヴィクトワール・アンクティル
© Benoïte Fanton/ Opéra national de Paris

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© Benoïte Fanton/ Opéra national de Paris

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© Benoïte Fanton/ Opéra national de Paris

『シーニュ』
1997年5月27日パリ・オペラバレエ団により世界初演
振付 カロリン・カールソン
音楽 ルネ・オーブリ
衣装・装置 オリヴィエ・ドゥブレ
照明 パチリス・ブゾンブ
音楽は録音を使用
ダンサー(7月13日)
オニール 八菜 ジェルマン・ルーヴェ ヤン・シャイユー カロリーヌ・オズモン 他

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