強烈なエネルギーを発する個々のダンサーの動きが雷光のように観客の目を射た、パリ・オペラ座のオハッド・ナハリン『サディ21』

ワールドレポート/パリ

三光 洋 Text by Hiroshi Sanko

Ballet de l'Opéra national de Paris  パリ・オペラ座バレエ団

『SADEH 21』Ohad NAHARIN
『サデ21』オハッド・ナハリン:振付

2月7日から3月2日までガルニエ宮でオハッド・ナハリン振付の『サデ21』をオペラ座バレエ団のコール・ド・バレエの団員たちが踊った。
『サデ21』は、2011年5月エルサレムのシェロバー劇場で当時オハッド・ナハリンが芸術監督を務めていたバットシェバ舞踏団の18歳から20歳の若手ダンサーにより初演されている。(ナハリンは1990年から2018年まで芸術監督だった)『サデ21』は『ペルペトゥム』(2000年)、『デカダンス』(2008年)に続いてオペラ座バレエ団のレパートリーに入ったナハリンの三作目の作品となった。昨年12月20日にナハリンのアシスタント5人によってリハーサルが始まり、初日の十日前に本人が来仏して細部を彫琢した。

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オズモン ギルベール イレール ダーリントン
© Jonathan Kellerman / ONP.

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アヴェック ギユマール デュボスク
© Jonathan Kellerman / ONP.

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ジュリエット・イレール
© Jonathan Kellerman / ONP.

「サデ」はヘブライ語で「磁気を帯びた大地(地面)」を意味するという。(ナハリンに詳しいバレエ評論家ソニア・ソネヤンスによる)
舞台は何も置かれていない床面を灰色の壁面が三方向から囲んでいる。色とりどりの水着やTシャツを着た23人のコール・ド・バレエのメンバーが70分間にわたって踊った。

開演時間が過ぎてもざわついていた客席に爆発音が響くと、会場はシーンと静まり返った。左右から現れるダンサーのソロがかなり長い時間続いてから、デュオ、そしてアンサンブルと変わっていった。ダンサーが舞台を歩いたり、走ったりするかと思うと、上半身をそり返らせたり、弾けるように空中に飛び上がったりと実に多様な動きを見せた。ダンサーによる即興を重ね合わせて作られたスペクタクルには筋も物語もない。複数の現代作曲家による多様な音楽をつづり合わせてマクシム・ワラット(オハッド・ナハリンの仮名)が作成したサウンドトラックが流れ、強烈なエネルギーを発する個々のダンサーの動きが雷光のように観客の目を射て観客は時間の経過を忘れた。

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ギルベール イボ マルコー=ドゥルアール ヴィリオッティ コスト ダーリントン
© Jonathan Kellerman / ONP.

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べレム ルビオ アヴェック ドゥヴィルダー イボ マルコー=ドゥルアール コスト ギルベール ギユマール ヴィリオッティ モニエ ダーリントン
© Jonathan Kellerman / ONP.

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イボ アヴェック コスト デュボスク べレム
© Jonathan Kellerman / ONP.

踊りに意味を与えていたのは、ダンサーの身体の動きだけだった。全員がソリストとして踊る場面があった中で一際目についたのはキャロリーヌ・オズモンだった。コンテキストに応じて、時には鋭く、時には優美な動きに誰もが目を奪われた。サムライを思わせる風貌のタケル・コスト、繊細そのもののナイス・デュボスク(いつもはクラシックで活躍している)も存在感があった。

作品の中で特に印象に残ったのは最後の場面だ。ダンサーが中央奥の壁面の上に、あたかも空中に浮き上がったかのようにして一人また一人と姿を現したかと思うと、しばらく客席の方に視線を送ってから背後の闇に落下していった。そして壁面に映画の最後のように製作者名とダンサーの名前が映写されて終わった。壁の向こう側に行ってしまったダンサーたちが観客の前に戻ることはなく、無人の舞台に向かって客席から拍手が送られた。

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ヴィリオッティ マルコー=ドゥルアール べレム ゴーチエ・ド・シャルナセ デュボスク
© Jonathan Kellerman / ONP.

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ヴィクトワール=アンクティル ナイス・デュボスク
© Jonathan Kellerman / ONP.

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ゴーチエ・ド・シャルナセ
© Jonathan Kellerman / ONP.

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ヴィイキンコスキ ルビオ アヴェック ギルベール イボ
© Jonathan Kellerman / ONP.

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セオフ・ユン ヴィイキンコスキ グロス デュボスク
© Jonathan Kellerman / ONP.

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マリオン・ゴーチエ=ド・シャルナセ
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クレマンス・グロス リュシー・ドゥヴィーニュ
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アデル・べレム
© Jonathan Kellerman / ONP.

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バットシェヴァ・ダンス・カンパニー
© GAdi Dagen

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オズモン マルコー=ドゥルアール
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クレマンス・グロス
© Jonathan Kellerman / ONP.

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マリウス・ルビオ アポリーヌ・アンクティル
© Jonathan Kellerman / ONP.

ガルニエ宮での公演からほぼ二週間後に3月12日にパリのレピュブリック広場に近いカロー・デ・タンプルでナハリンについてのドキュメント映画 『ミスター・ガガ』の上演とナント音楽・舞踏センターで教鞭をとっているバレエ評論家ソニア・ソネヤンスと『サデ21』公演に参加したダンサーの一人であるジュリアン・ギユマールによる解説が行われた。イスラエルの映画監督トメ・エイマン(Tomer Heymann)によるこの映画はナハリンが生み出した「ガガ」と呼ばれるダンスの技術をバットシェバ舞踏団のスタジオでのリハーサル風景を通じて映像化している。現代舞踊の世界で特別な存在であるオハッド・ナハリンの人となりと「ガガ」について知ろうとする人にとっては欠かせない映像だろう。

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© Carreau du Temple

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© Carreau du Temple

ソネヤンスは1910年ロシアでのポグロム(ユダヤ人迫害)によるユダヤ人のパレスチナ移住から、どのようにしてイスラエルでダンスが広がっていったかを概説し、ナハリンの活動が持っている社会的な意味についても触れた。ジュリアン・ギユマールは『サデ21』に参加して、ダンサーが鏡に写った自分の姿を見ないリハーサルやナハリンのアプローチの独自性について話した。ギユマールは「オペラ座のダンサーにとって、クラシック作品を踊った後、コンテンポラリー作品を踊るのが大変なのではなく、ピナ・バウシュを踊ってすぐフォーサイスを踊る方がはるかに身体的に負担が大きい」と語り、一言でコンテンポラリーと呼ばれているダンスの多様性を強調していた。「ナハリンのアプローチはダンサーが自分の限界の果てまでいくことを求めていて、どの動きも楽ではないものの、ガガのテクニックに親しむと他にはない破格の自由な世界が広がった」という。
(2024年2月24日 ガルニエ宮)

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カロー・デ・タンプルでのドキュメント映画 「ミスター・ガガ」上演後に行われたバレエ評論家ソニア・ソネヤンスとジュリアン・ギユマールによる解説 © 三光洋

『サデ21』
2011年5月エルサレムのシェロバー劇場でバットシェバ舞踏団により初演
振付:オハッド・ナハリン
サウンドトラック:マクシム・ワラット(オハッド・ナハリンの仮名)
音楽:Autechre & The Halfer Trio 「3hae」 Ohad Fishof & Maxim Warratt「Picture」 David Darling 「Sones Start Spinning」 Tomoko Sauvage 「Calligraphy」 David Darling 「Music of A Desire」 Autechre. 「VLetrmx」 Jun Miyake 「La Clé」 Gavin Bryars 「After the Requiem」 Jacob Kirkegaard 「Swimming Pool」 Angelo Badalamenti 「Diane & Camilla」 Junko 「無題(Side 1)」David Darling「Remembering Our Mothers」
衣装:アリエル・コーエン
照明:アヴィ・ヨナ・ブエノ
ビデオタイトルデザイン:ラッツ・フリードマン アミ・ヤコブス
ダンサー:
ナイス・デュボスク カロリーヌ・オズモン アデル・べレム ユゴー・ヴィオレッティ タケル・コスト ルー・マルコー=ドゥルーアール 他

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