キリアンの4作品をパリ・オペラ座のダンサーたちが音楽と一体になって踊った

ワールドレポート/パリ

三光 洋 Text by Hiroshi Sanko

Ballet de l'Opéra national de Paris  パリ・オペラ座バレエ団

『Gods and Dogs』&『Stepping Stones』&『Petite Mort』&『Sechs Tänze 』Jiri KYLIAN
『神々と犬たち』『ステッピング・ストーンズ』『小さな死』『六つのダンス』イリ・キリアン:振付

パリ・オペラ座バレエ団は12月8日から31日までガルニエ宮でイリ・キリアン(1947年チェコスロヴァキア生まれ)の五つの作品を並べたプログラムを上演した。
キリアンと言えば、石井眞木の音楽を使った『輝夜姫』をはじめ、『ベラ・フィギュラ』『詩篇交響曲』など全部で13の作品がオペラ座バレエ団のレパートリーに入っている。キリアンの振付作品はダンサーの身体の動きが流麗で、ハッとさせるようなきれいな場面が多々あるが、反面、暴力が炸裂することもあり、独自の緊迫感が舞台に漂う。

Kylian 8 Gods and Dogs. Colasante Guillemard c Ann Ray.jpeg

「神々と犬たち」ヴァランティーヌ・コラサンテ ジュリアン・ギユマール
©Opéra natioanl de Paris/ Ann Ray

最初に踊られたのは2008年11月13日ネーデルランド・ダンス・シアター2により世界初演され、今回のシリーズでオペラ座のレパートリーに入った『神々と犬たち』だった。
薄青い照明に照らされた哀愁の漂う空間の中央にろうそくが一つ置かれていて、その向こうに上半身裸の男がみじろぎもせずにいる。その背後にはチュールの幕が揺れている。やがて、この男の内部から出てきたかのように、他のダンサーたちが現れ、現代作曲家ダーク・ハウブリッヒの音楽が流れる中、最初の男の周囲で奇妙な動きを見せてから袖やチュールの後ろに姿を消していく。一人になった男がベートーヴェン「弦楽四重奏曲第1番ヘ長調」第2楽章の旋律に乗ってソロを踊りはじめた。題名にある「神々」を思わせる静かで、穏やかな動きがあるかと思うと、正反対の野生的な動きがあり、自分の身体を叩き、音にならない叫びも放たれる。あたかも人間の希望が何度も何度も裏切られ、最後のソロでは影になり、最初のように動かなくなった身体の表面に蛆虫たちがうごめく。キリアンがあらゆる人間の営為は無駄に終わる、と観客に告げているかのようだ。どんなに人間は知性を持っていても、しょせんは動物に過ぎない、ということかもしれない。崇高なベートーヴェンの音楽とそれを脱構築したダーク・ハウブリッヒの電子音楽という対照も、「神々」と「犬たち」という対照と見事に重なっていた。メインのソリストを踊ったフランチェスコ・ムーラが圧巻だっただけでなく、コンテンポラリー・ダンスに優れたカトリーヌ・オズモンとタケル・コストというカップルも登場し、緊迫感にあふれる舞台だった。 
わずか25分ながらずしりと思みのある作品の後には休憩は欠かせなかったろう。20分の間に気分を入れ替えたところで、『神々と犬たち』同様、8人のダンサーが踊る『ステッピング・ストーンズ』となった。1991年にシュツットガルト・バレエ団により世界初演された後、2001年にパリ・オペラ座のレパートリーに入った作品の再演である。

Kylian 6 Gods and Dogs  Marcault-Derouard  c Ann Ray.jpeg

「神々と犬たち」マルコー=ドゥルーアール(他日公演)
© Opéra natioanl de Paris/ Ann Ray

Kylian 2 Stepping Stones  Pagliero Gasztowtt c Ann Ray.jpeg

ステッピング・ストーンズ」リュドミラ・パリエロ ジャック・ガツトット
© Opéra natioanl de Paris/ Ann Ray

舞台を古代エジプトの三つの巨大な猫の青銅像が見守り、天井からは三角形の不思議な物体が吊り下がっている。その下の闇に包まれ、スポットライトによって円形に照らし出された丸い空間が浮き出る中に、ジョン・ケージとアントン・ウェーベルンという20世紀の音楽が流れた。ダンサーたちは時にはオブジェを手にしながら、謎めいた儀式を思わせるような動きを見せた。女性がポワントを使って踊るのはキリアンの振付では珍しい。身長の高さを活かして、伸びやかな動きを見せたオニール 八菜とユゴー・マルシャンの組み合わせを含む四組のカップル以外に、トリオと四重奏(クワルテット)にはマチュー・ガニオも加わった。こうしたエトワールのダンサーたちにとっても、イリ・キリアンによる舞台には抗いがたい魅力があるのだろう。

Kylian 7 Stepping Stones  Hannah Hugo  c Ann Ray.jpeg

「ステッピング・ストーンズ」 オニール 八菜 ユゴー・マルシャン
© Opéra natioanl de Paris/ Ann Ray

Kylian 3 PETITE MORTn Colasante Gasztowtt  c Ann Ray.jpeg

「小さな死」ヴァランティーヌ・コラサンテ ジャック・ガツトット
© Opéra natioanl de Paris/ Ann Ray

Kylian 4 Petite Mort c Ann Ray.jpeg

「小さな死」
© Opéra natioanl de Paris/ Ann Ray

Kylian 5 Petite Mort. Catonnet  Stoks  c Ann Ray.jpeg

「小さな死」アリス・カトネ ダニエル・ストークス (他日公演)
© Opéra natioanl de Paris/ Ann Ray

Kylian 9 Petite Mort. Gross Maryanowski c Ann Ray.jpeg

「小さな死」クレマンス・グロス アレクサンダー・マリアノフスキー
© Opéra natioanl de Paris/ Ann Ray

二度目の休憩の後には『小さな死』と『六つのダンス』といういずれも1991年8月にネザーランド・ダンス・シアター1によりザルツブルク小祝祭劇場で初演され、今回オペラ座のレパートリー入りとなった作品が並んだ。
愛と死を主題とする『小さな死』には六組の男女が登場する。男たちは剣を振るい、やがて女性パートナーとのデュオとなる。人生の最後に訪れる「大きな死」に至るまで、男女の営みの果てに来る「小さな死」(オーガスム)が甘美なモーツアルトの二つのピアノ協奏曲に乗った速いダンサーたちの動きによって描かれていった。どのダンサーもキリアンの流麗な動きをきれいな動きで表現していたが、中でもブルーエン・バッティストーニの洗練された動きが印象に残った。そして、今更ながら、モーツアルトのピアノの音とダンサーの動きとの一体感に目を見張らされた。
最後の『六つのダンス』はモーツアルト「六つのドイツのダンスKV571」が使われ、男性は王朝時代のかつらをかぶり、女性はパニエ・スカートをはいて、髪粉が宙を舞った。ザルツブルクの人形劇を思わせるようなユーモアにあふれる動作によって、軽妙なドラマが観客の笑いを誘っていた。ダンサーの中にはボルドー国立バレエ団を経て、2019年にパリ・オペラ座のコール・ド・バレエに入った桑原沙希の姿も見られた。クラシックだけでなく、優れたコンテンポラリーの振付家の導きも受けての成長が期待される。
全く雰囲気の異なる四つの作品は、あらためてキリアンの多様な表現世界を垣間見させてくれた。近いうちに、新たなキリアンの夕べが開かれることが望まれる。
(2023年12月12日 ガルニエ宮)

Kylian 1 Scechs Tänze c Ann Ray.jpeg

「六つのダンス」
© Opéra natioanl de Paris/ Ann Ray

Kylian 10 Sechs Tänze. Anquetil Catonnet Guillemard Gomes. c Ann Ray.jpeg

「六つのダンス」ヴィクトワール・アンクティル アリス・カトネ ジュエリアン・ギユマール イサック・ロペス・ゴーム
© Opéra natioanl de Paris/ Ann Ray

Kylian 11 Sechs Tänze  Anquetil Guillemard Catonnet. c Ann Ray.jpeg

「六つのダンス」ヴィクトワール・アンクティル ジュリアン・ギユマール アリス・カトネ
© Opéra natioanl de Paris/ Ann Ray

Kylian 12 Sechs Tänze. Kuwabara Sarri. c Ann Ray.jpeg

「六つのダンス」桑原沙希 アンドレア・サーリ
© Opéra natioanl de Paris/ Ann Ray

Kylian 13  Mura Sarri. c Ann Ray.jpeg

「六つのダンス」フランチェスコ・ムーラ アンドレア・サーリ
© Opéra natioanl de Paris/ Ann Ray

『神々と犬たち』
2008年11月13日ネーデルランド・ダンス・シアター2により世界初演
2023年12月8日パリ国立オペラ座バレエ団のレパートリー入り
振付・装置 イリ・キリアン
音楽コンセプト イリ・キリアン
音楽原曲 ベートーヴェン「弦楽四重奏曲第1番ヘ長調 作品18の1」第2楽章 アダージョ アフェチュオーゾ エ アパッショナート
作曲 ダーク・ハウブリッヒ
衣装 ジョーク・ヴィッサー
照明 ケース・テヴェス
ダンサー(12月12日) ホヒョン・カン フランチェスコ・ムーラ 
ヴァランティーヌ・コラサンテ ジュリアン・ギユマール カロリーヌ・オズモン タケル・コスト ニーヌ・セロピアン アンドレア・サーリ

『ステッピング・ストーンズ』
1991年11月23日 シュツットガルト・バレエ団により世界初演
2001年3月23日 パリ・オペラ座バレエ団 レパートリー入り
振付 イリ・キリアン
音楽 ジョン・ケージ「ピアノソナタ第5番、第3番、第11番、第16番 &「間奏曲第2番」
アントン・ウェーベルン「弦楽四重奏のためのバガテル 作品9」
装置 ミヒャエル・シモン
衣装 ジョーク・ヴィッサー
照明 ケース・テヴェス(原照明 ミヒャエル・シモン)
ダンサー
最初のデュオ リュドミラ・パリエロ アルチュス・ラヴォー
第2のデュオ ニーヌ・セロピアン パブロ・ルガサ
トリオ ニーヌ・セロピアン マチュー・ガニオ パブロ・ルガサ
四重奏 ユゴー・マルシャン マチュー・ガニオ パブロ・ルガサ アルチュス・ラヴォー
第2のトリオ カロリーヌ・オズモン ニーヌ・セロピアン オニール 八菜
第3のデュオ カロリーヌ・オズモン パブロ・ルガサ
第4のデュオ オニール 八菜 ユゴー・マルシャン
フィナーレ 4つのカップル

『小さな死』
1991年8月23日 ネーデルランド・ダンス・シアター1によりザルツブルク小祝祭劇場で初演
2023年12月8日 パリ・オペラ座バレエ団 レパートリー入り
振付・装置・照明 イリ・キリアン
音楽 モーツアルト「ピアノ協奏曲イ長調 KV488」アダージョ 「ピアノ協奏曲ハ長調KV467」アンダンテ
衣装 ジョーク・ヴィッサー
ダンサー 
オーバーヌ・フィリベール イヴォン・デュモル
レオノール・ボーラック アレクサンドル・ボカラ
クレマンス・グロス アレクサンダー・マリアノフスキー
ブルーエン・バッティストーニ アレクサンドル・ガス
シルヴィア・サン=マルタン パブロ・ルガサ
リュシー・ドゥヴィーニュ グレゴリー・ドミニアック

『六つのダンス』
1991年8月23日 ネーデルランド・ダンス・シアター1によりザルツブルク小祝祭劇場で初演
2023年12月8日 パリ・オペラ座バレエ団 レパートリー入り
振付・装置・照明・衣装 イリ・キリアン
音楽 モーツアルト「六つのドイツのダンスKV571」
ダンサー ヴィクトワール・アンクティル アリス・カトネ ジュリエット・イレール 桑原沙希 イヴォン・デュモル イサック・ロペス・ゴメス ジュリアン・ギユマール リュバンス・シモン 
(メガ・スターズ)
ホヒョン・カン ニーヌ・セロピアン ミロ・アヴェック フランチェスコ・ムーラ アンドレア・サーリ
音楽は録音を使用

記事の文章および具体的内容を無断で使用することを禁じます。

ページの先頭へ戻る