ジョゼ・マルティネス舞踊監督がパリ・オペラ座バレエ団の昇級試験改革を打ち出す

ワールドレポート/パリ

三光 洋 Text by Hiroshi Sanko

La réforme du Concours de promotion du Ballet de l'Opéra de Paris par José Martinez

Martinez c Julien Benhamou.jpeg

ジョゼ・マルティネス
© Opéra national de Paris/ Julien Benhamou

ジョゼ・マルティネスは2022年12月の舞踊監督就任後(任命は10月)、パリ・オペラ座バレエ団の改組を熟考してきた。その中心となるのが10月9日付けコミュニケで発表された昇級試験の改革だ。世界のバレエ団はいずれも、ダンサーのハイラルキーによって支えられているが、パリ・オペラ座バレエ団の特徴は、エトワール以外のダンサーの昇級が1860年にマリー・タリオーニが創設して以来毎年行われてきた昇級試験(コンクール)によって行われてきた点にある。この昇級試験に対してはバンジャマン・ミルピエ前々舞踊監督が批判し、廃止しようとしたが、ダンサーへのアンケートの結果、大半がやり方の手直しをしての継続を望んだ経過がある。ジョゼ・マルティネスはダンサーや組合との協議を行った後、今回の昇級試験をテストケースと位置づけ、スジェからプルミエ・ダンスール(プルミエール・ダンスーズ)への昇級をコンクールから外した。今シーズン中の昇級がなくなったわけではなく、実際の舞台での実績により現在から2024年7月1日までの期間に舞踊監督が推薦し、総監督から任命される。これはエトワールと同じやり方だ。

ルール変更を早期に推進することになった大きな理由は、これからの数年間で大量の現役ダンサーが引退することにある。エトワールでは9月21日のガラ公演でエミリー・コゼットがすでに引退し、来年5月18日の『ジゼル』でミリアム・ウールド=ブラームが舞台を去る。24・25年シーズンにローラ・エケとマチュー・ガニオ、25・26年シーズンにはリュドミラ・パリエロとドロテ・ジルベールがそれに続く。スジェとコリフェも今年と来年、7名から8名が毎年役目を終える。コール・ド・バレエを長年支えてきたベテランたちが揃って42歳を迎えるからだ。
マルティネス監督はフィガロ紙のアリアーヌ・バヴリエ記者へのインタヴューで、昨年までの昇級試験は「スジェのダンサーたちから『一年を通じてソロの役を踊っていながら、わずか3分のヴァリエーションだけで評価されるのはおかしい』という声が出ました。そこで、『二つの課題作品のヴァリエーションと自由選択のヴァリエーションによるコンクール』によるか、『コンクールは行わない』かの二者択一を提示したところ、ダンサーたちは後者を選びました。」
この結果として、すでに発表されている『ドン・キホーテ』と『ラ・フィーユ・マル・ガルデ』の配役に明らかなように、エトワールが踊る役にスジェが起用されている。
「これは彼らにとってはチャンスです。エトワールの役を準備し、うまくいけば起用され続け、本人にとってむずかし過ぎてだめだったら外されるからです。」(マルティネス)
エトワールの任命基準は舞踊監督によって異なる。オーレリー・デュポン前舞踊監督が2016年から22年までの在任中プルミエール・ダンスーズに留めていたオニール八菜を、マルティネスが監督就任からわずか三ヶ月で最初のエトワールに任命し、その直後にはスジェに昇進したばかりのギヨーム・ジョップを二階級特進でエトワールに抜擢したのが顕著な例だろう。
任命基準についてマルティネスは「私の基準はかなり幅が広いです。コンテンポラリー・ダンスで傑出している、クラシックのテクニックで抜きん出ている、年齢、を考慮しています。」彼が任命したマルク・モロー、オニール八菜、ギヨーム・ジョップの三人を見ると、この発言はよく理解できる。
「舞台に出てきたら、何か特別のことが起きるようなダンサーがエトワールだと考えています。バレエ団の内部での男女や世代のバランスも考慮する必要があります。プルミエ・ダンスール(プルミエール・ダンスーズ)は必ずしも将来のエトワールではありません。エトワールにならなくても、キャリアを通じてバレエ団に貢献してきたことへの感謝から任命することもあり得ます。「プルミエ」という言葉が示している通り、バレエ団のピラミッド(ハイラルキー)の中で高い位置に到達したダンサーという意味だと思います。」
マルティネスはどのソロの役を踊るのかを早い時期にダンサーに伝え、十分な準備をして舞台に望めるようにしている。「プルミエ・ダンスール(プルミエール・ダンスーズ)にセミ・ソリストの役は与えません。セミ・ソリスト役にはスジェやコリフェを起用します。そうすればカドリーユのダンサーが舞台に立つ機会が増えます。」
それと同時に「エトワールにソロの役を選んでもらうことで、負担を軽減し、怪我が少なくなるようにしています。それにリハーサルも組みやすくなります。こうすれば、団員全部が舞台で踊れるようになります。」と語っている。
それと同時に優秀な元エトワールたちに後進の指導を委ねることで、どのダンサーにとってもソロの役が大きなイベントとなるようにしている。このような新機軸によってマルティネス舞踊監督は新しい世代のダンサーたちが開花できる環境を整えている。
マルティネス舞踊監督にインタビューしたフィガロ紙アリアーヌ・バヴリエ記者は、若手の中で8名の注目株を挙げている。今シーズン、エトワール以外でソリストに抜擢され、注目されている若手ダンサーだ。
オルタンス・ミエ=モーラン(コリフェ) ヌレエフ時代にエトワールとして活躍したエリザベット・モーランの娘で、パリ・オペラ座振興会(AROP)新人賞を受賞している。
ホキャン・カン(スジェ) 昨年まだコリフェの時にケネス・マクミラン振付『マイヤリング』でヒロインのマリー・ヴェッツェラ男爵令嬢を踊った。2024年4月13日に『ドン・キホーテ』のキトリを踊る。
クララ・ムーセーニュ(スジェ) 10歳でオペラ座バレエ学校に入った早熟の才能。同じ年にパリ・オペラ座振興会(AROP)新人賞を受賞している。2024年3月27日と31日の2回、『ラ・フィーユ・マル・ガルデ』のヒロイン、リーズを踊る。
イネス・マッキントシュ(スジェ) 9歳半でオペラ座バレエ学校に入学。16歳でコール・ド・バレエのメンバーとなる。今年のクリスマス公演『くるみ割り人形』でヒロインのクララを12月11、17、23日に踊る。

Julien_Benhamou___Opera_national_de_Paris-La-Bayadere--Rudolf-Noureev--Bleuenn-Battistoni--Gamzatti---c--Julien-Benhamou-OnP_DSC2404_-1600px.jpeg

ブルーエン・バッティストーニ
© Opéra national de Paris/ Julien Benhamou

ブルーエン・バッティストーニ(プルミエール・ダンスーズ) 2022年7月のアリス・ルナヴァンのアデュー公演で怪我をしたアリスに代わって急遽ジゼルをマチュー・ガニオを相手に踊り、喝采を受けた。2024年3月26日と4月1日に『ラ・フィーユ・マル・ガルデ』のリーズを踊る。
エンゾー・ソガール(カドリーユ) スペインのカナリア諸島出身。ベジャール振付の『さすらう若者の歌』で注目され、将来の王子役と期待されている。
トマ・ドッキール(スジェ) 2010年オペラ座バレエ学校に入学。2015年にコール・ド・バレエのメンバーとなる。2020年にパリ・オペラ座振興会賞を受賞。年末に『くるみ割り人形』の王子を踊った後、2024年3月21日に『ドン・キホーテ』のバジルを踊る。(キトリはロクサーヌ・ストヤノフ)
ジャック・ガストゥット(スジェ) 昨シーズン『白鳥の湖』でロットバルトを踊って話題となった。2024年3月14、18、21日に『ラ・フィーユ・マル・ガルデ』のコーラスを踊る。

OPB-Lac-des-Cygnes-5-c-Julien-Benhamou-Thomas-Docquir.jpeg

トマ・ドッキール © Opéra national de Paris/ Julien Benhamou

これ以外にも『白鳥の湖』で高い評価を受け、熱心なフランスのファンの多いエロイーズ・ブルドン、抜群の演技力を買われて映画『ダンサー・イン・Paris』にバレエダンサー役で出演しガルニエ宮の舞台から遠ざかっているマリオン・バルボー、娼婦や愛人役で個性的な演技を見せるロクサーヌ・ストヤノフといったプルミエール・ダンスーズ、伸び悩み気味だが素質に優れたプルミエ・ダンスールのパブロ・ルガサもいる。また、スジェでも躍動感のあるビアンカ・スキュダモア、コンテンポラリーに優れたカロリーヌ・オズモンといった才能がいる。
現在オペラ座のエトワールは男性7名、女性9名の合計16人だ。2024・25年シーズンまでに男性1名、女性4名が退団するだけに次の世代のエトワール誕生も遠い日ではなさそうだ。

記事の文章および具体的内容を無断で使用することを禁じます。

ページの先頭へ戻る