ウルド=ブラームとガニオ、ボーラックとエイマン、ジルベールとマルシャンが踊った『マノン』、パリ・オペラ座バレエ

ワールドレポート/パリ

三光 洋 Text by Hiroshi Sanko

Ballet de l'Opéra national de Paris パリ・オペラ座バレエ団

「L'Histoire de Manon」Kenneth MacMillan
『マノン』ケネス・マクミラン:振付

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ドロテ・ジルベール(マノン)ユゴー・マルシャン(デグリュー)
© Svetlana Loboff/Opéra national de Paris

ガルニエ宮でケネス・マクミラン振付の『マノン(L'Histoire de Manon)』が6月20日から7月15日まで上演された。前回の公演は8年前の2015年4・5月で5月18日にオーレリー・デュポンがロベルト・ボッレを相手にマノンを踊って引退している。マクミランと言えば2022年に『マイヤリング』がレパートリー入りして話題を呼んだのが記憶に新しい。『ロミオとジュリエット』も傑作と評価されているが、パリ・オペラ座にはヌレエフ版とサシャ・ヴァルツ版がレパートリーにあるため上演されていない。なお今回のシリーズはダンサーのストライキにより初日の6月20日と22日の二公演が中止となった。

18世紀フランスの文人アヴェ・プレヴォー(1697・1763)が書いた『シュヴァリエ・デ・グリューとマノン・レスコーの物語』(1731年刊行)は、節度のある語り口、簡潔さ、優美さによって多くの芸術家を魅了してきた。バレエの分野では1830年にジャン=ピエール・オーメール振付の『マノン』(スクリーブ台本 アレヴィ音楽)がパリ・オペラ座(ル・ペルチエ劇場)で舞台化され、後に名花マリー・タリオーニも踊った。オペラではジュール・マスネ作曲『マノン』、プッチーニ作曲『マノン・レスコー』が世界の主要歌劇場のレパートリーに入っている。
20世紀英国を代表する振付家ケネス・マクミランは三幕バレエ『マノン』を1974年3月7日にロンドンのコヴェント・ガーデン歌劇場で初演した。そして1990年11月9日、パトリック・デュポン舞踊監督(当時)に招聘されたマクミラン自身の手によって、パリ・オペラ座バレエ団のレパートリーに入った。(題名はマスネのオペラと混同されないように英国とアメリカ以外の国では「マノンの物語」となっている。)
マクミランはギリシャ人画家・装置家のニコラス・ジョージアディス(1923・2002)と仏語教師ジャン=ピエール・ガスケの二人に勧められて『マノン』の振付を手がけた。マクミランはクルーゾー監督の『情婦マノン』(1948年 主演はセシル・オーブリー)とカトリーヌ・ドゥヌーヴ主演のリメイク版『恋のマノン』(1968年 ジャン・オーレル監督)の二つの映画も見てから、プレヴォーの原作に立ち返って筋書きを書いている。
マクミランのバレエの特徴は主人公二人のうち、ヒロインのマノンに焦点を絞っていることと、音楽にマスネを使いながら、マスネのオペラ『マノン』の曲は一切使われていないことだろう。ヒッチコックの映画音楽も作曲した英国の指揮者レイトン・ルーカス(1903・1982)はマスネのオペラ『マノン』以外の曲を抜粋し、それを組み合わせて編曲し『マノン』の音楽を作った。オペラの『タイス』『ドン・キホーテ』『クレオパトラ』、オペラ・コミック『サンドリヨン(シンデレラ)』の中にあるバレエ音楽や「悲歌(エレジー)」、交響曲の間奏曲と実に多種多様だ。

今回マノンはミリアム・ウルド=ブラーム(デ・グリューはマチュー・ガニオ)、ドロテ・ジルベール(ユゴー・マルシャン)、レオノール・ボーラック(マチアス・エイマン)、リュドミラ・パリエロ(マルク・モロー)、セ・ウン・パク(ポール・マルク)、アマンディーヌ・アルビッソン(ギヨーム・ジョップ)の六人のエトワールが演じた。この中で、ミリアム・ウルド=ブラーム(6月24日)、レオノール・ボーラック(6月27日)、ドロテ・ジルベール(6月30日)の三人を見た。
人気の絶頂にあるドロテ・ジルベールとユゴー・マルシャンの組み合わせは、当初、第1キャストとして初日に踊る予定だった。ドロテ・ジルベールはいつもながら隙のないテクニックを見せた。相手役ユゴー・マルシャンとは前回の2015年にもいっしょに踊っており、慣れて息が合い、安定感のある模範的な演技となっていた。
しかし、このシリーズでバレエファンの関心を集めたのは、デ・グリュー役をマチアス・エイマンが踊ったことだった。21歳でエトワールに任命され、傑出した才能を持ちながら、10年ほど前に向こう脛を痛め、最近は数年間にわたって舞台から遠ざかっていた。ようやく今年の5月にベジャールの『ボレロ』で復帰し、観客から熱狂的な拍手を送られていたが、目の離せない存在だ。
復帰後二作品目で、まだ完全に舞台感覚が戻っていない中でも、エイマンが舞台に現れるだけで、周囲に独特の詩情が漂った。隣席にいたバレエ評論家たちからは「出て来てくれただけで嬉しい」という熱いエールが送られていた。これからも舞台を重ねて、本調子を1日も早く取り戻してもらいたいものだ。相手役のレオノール・ボーラックからは十代半ばの女性という設定にかなったあどけなさは感じられたものの、「宿命の女性」として、心ならず自分の愛人を破局へと導くマノンの多面性の表現は今後の課題として残された。

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ドロテ・ジルベール(マノン)ユゴー・マルシャン(デグリュー)
© Svetlana Loboff/Opéra national de Paris

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ドロテ・ジルベール(マノン)ユゴー・マルシャン(デグリュー)
© Svetlana Loboff/Opéra national de Paris

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ドロテ・ジルベール(マノン)ユゴー・マルシャン(デグリュー)
© Svetlana Loboff/Opéra national de Paris

マクミランが指摘しているのは、デ・グリューが17歳、マノンが16歳と若い点だ。「マノンは美しく、人生を愛していて、快楽に抗うことができない。彼女は魅力的だが、モラルはない。」とマクミランは記している。デ・グリューを心から愛していながら、豪奢に目がくらむと彼のこともすぐに忘れてしまう。
こうした一筋縄ではいかない人物像が三人の女性エトワールの中で最もよく感じられたのは、表情豊かなミリアム・ウルド=ブラームだった。マクミランは無邪気でありながら、気まぐれで、刻々と変貌するマノンの気持ちをダンサーの身体に託している。ウルド=ブラームからは細かい一つ一つの仕草や視線によって、デ・グリューへの想い、豪奢な服や装身具に思わず惹きつけられる弱さ、流刑地での絶望といった場面ごとのヒロインの心持ちが自然と伝わってきた。相手役のマチュー・ガニオも演技の繊細さと細かな役作りで純情なデ・グリューにピッタリ。二人が演技していると、あたかも芝居を見ているかのように表現が際立った。表情に富み、甘いマスクとしなやかさとを併せ持つガニオは、デ・グリューのイメージにピッタリだ。
細かな演技と人物造形という点で現在のパリ・オペラ座バレエ団において他の追随を許さないミリアム・ウルド=ブラームだが、残念ながら来年5月18日にジゼルをガルニエ宮で踊って引退することが決まっている。残された半年余に多くの役柄で見てみたいと思う。
従兄弟のレスコーではパブロ・ルガサがお金のためにマノンを売り飛ばす、強欲な悪党らしさをよく出した。ルガサと組んだロクサーヌ・ストヤノフは現在のオペラ座の若手では演技力に長け、あだっぽさもあるダンサーだが、今回もレスコーの愛人らしい悪の雰囲気を色香と共に感じさせた。
マクミランはソリストだけでなく、浮浪者、兵士、紳士、娼婦といった多様な人々が登場する群衆場面によって、二人の主人公が生きた18世紀の雰囲気を描きこんでいる。ジョセ・マルティネーズ舞踊監督の下で好調なコール・ド・バレエがドラマに奥行きを与えていた。
ベルギーのワロン王立歌劇場が主催したオペラ指揮者コンクールで2017年に優勝したフランスの若手ピエール・デュムソーが、パリ・オペラ座管弦楽団からマスネの音楽に欠かせない妖艶さを引き出していたことも最後に記しておきたい。
(2023年6月24、27、30日 ガルニエ宮)

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ジェレミー=ルー・ケール(レスコー)
© Svetlana Loboff/Opéra national de Paris

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ミリアム・ウルド=ブラーム(マノン)マチュー・ガニオ(デグリュー)
© Svetlana Loboff/Opéra national de Paris

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ミリアム・ウルド=ブラーム(マノン)マチュー・ガニオ(デグリュー)
© Svetlana Loboff/Opéra national de Paris

OPB Manon  5 Quer(lescaut) Bourdon (maîtresse) c Svetlana Loboff.jpeg

ジェレミー=ルー・ケール(レスコー)エロイーズ・ブルドン(レスコーの愛人)
© Svetlana Loboff/Opéra national de Paris

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ミリアム・ウルド=ブラーム(マノン)マチュー・ガニオ(デグリュー)
© Svetlana Loboff/Opéra national de Paris

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ミリアム・ウルド=ブラーム(マノン)マチュー・ガニオ(デグリュー)
© Svetlana Loboff/Opéra national de Paris

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ミリアム・ウルド・ブラーム(マノン)
© Svetlana Loboff/Opéra national de Paris

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パブロ・ルガサ(レスコー)
© Svetlana Loboff/Opéra national de Paris

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マリーヌ・ガニオ(娼婦)エレオノール・ゲリノー(娼婦)
© Svetlana Loboff/Opéra national de Paris

『マノン(L'Histoire de Manon)』三幕バレエ
原作 アベ・プレヴォー『シュヴァリエ・デ・グリューとマノン・レスコーの物語』
振付 ケネス・マクミラン
本公演振付 カール・バーネット
音楽 ジュール・マスネ
編曲 マーティン・イェーツ
装置・衣装 ニコラス・ジョルジアディス
照明 ジャコポ・パンターニ
ピエール・デュムソー指揮 パリ国立オペラ管弦楽団

ダンサー(6月24、27、30日)
マノン ミリアム・ウールド=ブラーム/レオノール・ボーラック/ドロテ・ジルベール
デ・グリュー マチュー・ガニオ/マチアス・エイマン/ユゴー・マルシャン
レスコー パブロ・ルガサ/アントワーヌ・キルシャー/ジェレミー=ルー・ケール
レスコーの愛人 ロクサーヌ・ストヤノフ/ブルーエン・バッティストーニ/エロイーズ・ブルドン
ムッシューGM シリル・シュークルーン/シリル・シュークルーン/レオ・ドゥ・ブスロール
マダム カトリーヌ・ヒギンズ/カトリーヌ・ヒギンズ/ロール=アデライド・ブーコー

第1幕
第1場 パリ近郊のホテルの中庭
レスコー レスコーの愛人 デ・グリュー
乞食の首領 ユゴー・ヴィオレッティ/アンドレア・サーリ/フランチェスコ・ムーラ
男乞食 アレクサンドル・ボカラ 他/ナタン・ビッソン 他/チュン=ウィン・ラム 他
女乞食 ディアーヌ・アデラック 他/ディアーヌ・アデラック 他/イロナ・カブリ 他
高級娼婦 ナイス・デュボスク 他/ナイス・デュボスク 他/マリーヌ・ガニオ 他
三人の若い紳士 アンドレア・サーリ ダニエル・ストークス ニコラウス・チュドラン/アントニオ・コンフォルティ ファビアン・レヴィヨン ニコラ・ディ・ヴィーコ/アレクサンドル・コンフォルティ ファビアン・レヴィヨン ニコラ・ディ・ヴィーコ
紳士たち レオ・ドゥ・ブスロル 他/アレクサンドル・ボカラ 他/アレクサンドル・ボカラ 他
娼婦たち ホヒョン・カン 他/ホヒョン・カン 他/クララ・ムーセーニュ 他
老紳士 アドリアン・ボデ/ユゴー・ヴィオレッティ/ユゴー・ヴィオレッティ
第2場 パリのデ・グュユーの住居
マノン デ・グリュー レスコー ムッシューGM

第2幕
第1場 マダムの邸宅の夜会
マダム 「顧客たち」 紳士たち 娼婦たち デ・グリュー レスコー レスコーの愛人 ムッシューGM マノン
高級娼婦たち ナイス・デュボスク 他/ナイス・デュボスク 他/マリーヌ・ガニオ 他
青年に仮装した娼婦 ホヒョン・カン /ホヒョン・カン /クララ・ムーセーニュ
第2場 デ・グリューの住居
マノン デ・グリュー ド・GM氏 レスコー
衛兵 アレクサンドル・ボカラ 他/ナタン・ビッソン 他/チュン=ウィン・ラム 他

第3幕
第1場 ニューオーリンズ港
高級娼婦たち 娼婦たち マノン デ・グリュー
牢番 アルチュス・ラヴォー/アルチュス・ラヴォー/アレクサンダー・マリヤノフスキー
兵士たち アレクサンドル・ボカラ 他/アレクサンドル・ボカラ 他/アレクサンドル・ボカラ 他
女の民衆 クレール・ガンドルフィ 他/クレール・ガンドルフィ 他/イゼ・ブレティニエール 他
第2場 牢番の寝室
牢番 マノン デ・グリュー
第3場 沼地
マノン デ・グリュー これまでの登場人物(回想シーン)

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