40年の時が流れてなお魅力的なベジャールの4作品が上演された、ベジャール・バレエ・ローザンヌのガルニエ公演

ワールドレポート/パリ

三光 洋 Text by Hiroshi Sanko

Béjart Ballet Lausanne  ベジャール・バレエ・ローザンヌ

「Tous les hommes presque toujours s'imaginent」Jil ROMAN 、「Bhakti III」「Duo」「Dibouk」「7 Danses Grecques」Maurice BEJART
『人はいつでも夢想する』ジル・ロマン:振付、『バクティIII』『デュオ』『デュブーク』『七つのギリシャのダンス』モーリス・ベジャール:振付

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「人はいつでも夢想する」ジャスミーヌ・カマロータ
©︎ Opéra national de Paris/ Laurent Philippe

今シーズンの招聘公演は、1月4日から7日までガルニエ宮で行われたベジャール・バレエ・ローザンヌだった。
前半は2007年からモーリス・ベジャールの後継者としてベジャールバレエ団の芸術監督を務めていたジル・ロマン(1960年生まれ)が振付けた『人はいつでも夢想する』だった。2019年4月にローザンヌ歌劇場で初演されたこの作品は、フランスでは2019年にヴェルサイユ王立歌劇場で上演され、日本でもすでに上演されている。
ジル・ロマンはアメリカの現代作曲家ジョン・ゾーンの音楽に魅了され、ニューヨークでゾーンと会い、その音楽を使ってベジャール・バレエ・ローザンヌのスタジオでダンサーを使って振付を考案した。作品で使われたゾーンの音楽にはスペイン歌謡、オリエンタルの音楽や現代音楽といったさまさまな要素が入っている。邦題は「人はいつでも夢想する」だが、この作品名はドイツ語圏スイスで活躍した作家ルートヴィッヒ・ホール(1904・1980)の著作「Dass fast alles anders ist」(「ほとんど全てが違う」)から取られている。しかし、65分の長大な作品は何かを具体的に物語っていくことはなく、繰り返しが多い。ベジャールの振付を真似た部分もあるが、動きにこれといった独自性はない。東洋世界を喚起するようなリズムがあるかと思うと、パ・ド・ドゥになったりしたが、題名の意味するところは残念ながら、最後まで理解できなかった。
主役の「彼女」役ジャスミーヌ・カマロータが音楽によく乗り、しなやかで官能性をたたえた踊りで強い印象を残し、対照的に相手役の「彼」でぎこちない動きを見せたヴィト・パンシニを初め、どのダンサーも技量の高さを感じさせてくれただけに、ダンサーの動きの積み重ねが全体として一つの世界に収斂していくことがなかったのが惜しまれた。

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モーリス・ベジャール ©︎ BBL/ Jean-Guy Pythen

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ジル・ロマン ©︎ BBL/Anoush Abrar

後半にはモーリス・ベジャールの振付けた作品が四つ並んだ。最初は1968年7月にアヴィニョン演劇祭で20世紀バレエ団により初演された『バクティIII』だった。それまでオペラハウスに限られていたダンスをより多くの人々が足を運べる場所へと引き出す試みの一環として、南仏の夏の演劇祭のメイン会場、アヴィニョン法王庁の中庭という広い空間を使って発表した。さまざまな宗教に強い関心を抱いたベジャールがヒンズー教の主神三人を主役として作られた三部作の最後の作品である。
インドの伝統音楽が流れる中、中央にシャクティとシヴァが座り、周囲では男たちが輪になって祈りを捧げている。アレッサンドロ・カヴァッロが演じる踊りと破壊の神シヴァの激烈さと、大橋真里が扮したシャクティ(シヴァの妻)のエロティシズムの漂う滑らかな動きによって神秘的な東洋へと観客は導かれた。

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「バクティIII」大橋真里
©︎ Opéra national de Paris/ Laurent Philippe

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「バクティIII」
©︎ BBL/ Gregory Batardon

ヒンズー教のインドに続いたのはイスラム世界を表現した『デュオ』だった。これは『ピラミッド エル・ヌール』の抜粋(上演時間は9分)で、1990年5月にエジプトのカイロ歌劇場でベジャール・バレエ団により初演されている。カトリック教徒として育ち、インド人、日本人、イラン人の宗教観から大きな影響を受けたベジャールがイスラム・スーフィー派の精神世界を踊りによって表現した作品だ。イスラムの伝統音楽をバックに、ジャンニ・ヴェルサーチェの衣装をまとった優美なヴァレリヤ・フランクと緻密そのものの動きのジュリアン・ファヴローによるデュオからは言葉では表し難い抒情が立ち上ってきた。

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「デュオ」ヴァレリヤ・フランク ジュリアン・ファヴロー
©︎ Opéra national de Paris/ Laurent Philippe

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「ディブーク」キャサリン・ティールヘルム
©︎ Opéra national de Paris/ Laurent Philippe

ベジャールのスピリチュエルな旅路はユダヤ教を取り上げた『ディブーク』(カンティック)で終わった。1987年12月にローザンヌ・ボーリュー劇場にてベジャール・バレエ団により初演された7分の小品である。白い服に三つ編みのキャサリン・ティールヘルムとキパを頭に載せたドリアン・ブラウンのカップルが神の言葉によって永遠に結ばれる。憂いを帯びた中欧の音楽に包まれた若い二人の身体の交錯からは、清々しい浄化された雰囲気が周囲に広がった。胴を傾けたり、膝を九十度に折る、といった所作はオハッド・ナハリンの作品でも見た記憶があるが、ユダヤの伝統的な舞踏に由来するものらしい。

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「ギリシャのダンス」オスカー・エドワルド・シャコン 
©︎ Opéra national de Paris/ Laurent Philippe
(取材日のダンサーではありません)

プログラムの最後はマルセイユに生を受けたベジャールが、地中海でつながっているギリシャに思いを馳せて作った『七つのギリシャのダンス』だった。1983年10月にニューヨーク・シティ・センターでベジャール・バレエ団が初演しているが、40年の歳月が流れてもその魅力に翳りはない。
上半身裸で白のレオタードをはいた男性たち、黒のタイツの女性たちがソロや群舞をミキス・テオドラキスが作曲したローカル・カラーの濃厚なオリジナル音楽に乗って繰り広げられた。
ギリシャの民族舞踊と神話の世界とが織りなされた、ベジャール独自の世界には抗いがたい魅力があった。ソリストがダブルキャストだったために、現在ベジャールを踊っては右に出るものがいないと賞賛されているオスカー・エドゥワルド・シャコンの舞台が見られなかったのだけが残念だった。

わずか1時間余りながら、モーリス・ベジャールの世界に浸ることができたのは幸いだったが、ツアー終了後の2月になってベジャール・バレエ団に関する不安なニュースが流れた。
振付家としての才能はさておき、ベジャールが亡くなってからバレエ監督を務めていたジル・ロマンが2月2日に解任され、4月30日付けでバレエ団を去ることになった。2021年にセクハラで訴えられて職を解かれたジャンカルロ・セルジ制作部長をジル・ロマンがパリ・オペラ座でのツアー公演に招待したのみならず、団員たちが全員参加したパーティにも参加させてしまったことの責任が問われた。ベジャール財団は2月5日付けで20年前からバレエ団に所属しているダンサーのジュリアン・ファヴロー(46歳)を代理監督に任命したが、バレエ団を率いた経験はなく、「フィガロ紙」のアリアーヌ・バヴリエ記者(2月14日付けの記事による)を始めとするバレエ関係者は将来に不安を感じている。
(2024年1月6日マチネ ガルニエ宮)

『人はいつでも夢想する』
2019年4月5日 ベジャールバレエ団によりローザンヌ歌劇場で初演
振付 ジル・ロマン 
音楽 ジョン・ゾーン
シナリオ・ビデオ協力 マルク・フォローニュ
衣装 アンリ・ダヴィラ
照明 ドミニック・ロマン
ダンサー
彼女 ジャスミーヌ・カマロータ
彼 ヴィト・パンシニ
部族 ビアンカ・ストイチェチュ 他
天使 フェデリコ・マテティック 他

『バクティIII』
1968年7月26日 アヴィニョン演劇祭で20世紀バレエ団により初演
振付 モーリス・ベジャール
音楽 インドの伝統音楽
衣装・装置 ジェルミナル・カサド
照明 ドミニック・ロマン
ダンサー
シャクティ 大橋真里
シヴァ アレッサンドロ・カヴァッロ
祈る男たち アントワーヌ・ル・モアル 武岡昴之介 他

『デュオ』(『ピラミッド エル・ヌール』の抜粋)
1990年5月17日 カイロ歌劇場でベジャール・バレエ団により初演
振付 モーリス・ベジャール
音楽 イスラムの伝統音楽
衣装 ジャンニ・ヴェルサーチェ
ダンサー ヴァレリヤ・フランク ジュリアン・ファヴロー

『ディブーク』(カンティック)
1987年12月 ローアンヌ・ボーリュー劇場にてベジャール・バレエ団により初演
振付 モーリス・ベジャール
音楽 ユダヤの伝統音楽
ダンサー キャサリン・ティールヘルム ドリアン・ブラウン

『七つのギリシャのダンス』
1983年10月3日 ニューヨーク・シティセンターにてベジャール・バレエ団により初演
振付 モーリス・ベジャール
音楽 ミキス・テオドラキス
照明 ドミニック・ロマン
ダンサー
イントロダクション 全員
パ・ド・ドゥ クウィンテン・ウイリアムズ  武岡昴之介
女性のアンサンブル 女性全員
男性のアンサンブル 男性全員
パ・ド・ドゥ オアナ・コジョカル 大貫真幹 フロリアーヌ・ビジョン ドゥノヴァーヌ・ヴィクトワール
六人の男性とのパ・ド・ドゥ 大橋真里 岸本秀雄 クウィンテン・ウイリアムズ 武岡昴之介 アンドレア・ルズィ アントワーヌ・ル・モワル シプリアン・ブーヴィエ アンジェロ・ペルフィド
主題とヴァリエーション ソロ アレッサンドロ・カヴァッロ
パ・ド・サンク 大橋真里 ソレーヌ・ビュレル カテリナ・シェビキナ ビアンカ・ストイチェクリュ ミン・クワン・リー
フィナーレ 全員
音楽は録音を使用

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