禁じられた無意識の探求を続けるピーピング・トムの「三部作」がガルニエ宮で上演された

ワールドレポート/パリ

三光 洋 Text by Hiroshi Sanko

PEEPING TOM ピーピング・トム(パリ・オペラ座、招聘カンパニー)

「Triptych」『The Missing Door』『The Lost Room』『The Hidden Floor』 Gabriela Carrizo & Franck Chartier
「三部作」『ザ・ミッシング・ドア』『ザ・ロスト・ルーム』『ザ・ヒドゥン・フロア』ガブリエラ・カリーソ&フランク・シャルティエ:振付

パリ・オペラ座の22・23年シーズンの招聘カンパニー、ピーピング・トムがガルニエ宮で「三部作」を6月7日から11日まで5回上演し、全日満席となった。「三部作」と言っても、日本で上演された『ジャルダン』『サロン』『土の中』からなる「家族三部作」ではなく、『ザ・ミッシング・ドア』『ザ・ロスト・ルーム』『ザ・ヒドゥン・フロア』から構成されている。
ピーピング・トムは2000年にベルギーのブリュッセルで創立されたタンツ・テアター(演劇性を重視するダンス)である。ヨーロッパのダンス界では、クルト・ヨースやピナ・バウシュの系譜に位置付けられている。創立者の一人フランク・シャルティエ(1967年生)はブリュッセルのモネ歌劇場が発行している定期刊行雑誌LM Magazine(2014年)でタンツ・テアターとしてのピーピング・トムの方向性を明示している。
「アラン・プラテルの元で踊っている時にガブリエラ・カリーソ(1970年生)と出会いました。私たちはより演劇的で深みのあるダンスを展開するためにピーピング・トムを創設しました。私たちのスペクタクルは、家族の話の表層を剥ぎ取り、インティメートな事柄の深い部分を探ることによって、言葉では言われていないこと、人間の意識の下に沈んでいるもの、タブーに対する問いかけを行っています。」

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© Virginia Rota

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© Virginia Rota

今回の「三部作」の中心には関係が危うくなり、苦悩しているカップルが据えられている。幕が開くと装置は嵐の中で沈みつつある船の内部をリアルに表現していた。この装置はエピソードごとに少しづつ変わり、第1話『ザ・ミッシング・ドア』は浸水した船のサロン、第2話『ザ・ロスト・ルーム』は豪華な板張りの船室、第3話『ザ・ヒドゥン・フロア』は水に浸かった船の食堂となった。いずれも閉鎖された空間で、登場人物たちは自分達の意思でそこから出ていくことはできない。この空間に自由に出入りするのは、吹き込んでくる激しい風や雪嵐だけだ。映画のセットを思わせる写実的な装置はアメリカの写真家グレゴリー・クリュードソン(1962年ニューヨーク生)の写真にインスピレーションを受けて考案されている。クリュードソンの写真は都市の郊外に住む中産階級の日常にひそんでいる不安と夢を主題としており、禁じられた無意識の探求を続けているピーピング・トムの作業と重なり合う部分が多い。

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© Maarten Vanden Abeele

スペクタクルは死を目前にした男が、過去の記憶を辿っていく形をとっている。スーツケースの山を背負った老人が背中を丸めて現れる場面があるが、観客は86分の舞台を通じて、人生の重みにおしひしがれた老人の内面の劇をのぞき見することになる。(休憩20分と装置の変換を合わせ2時間)
第1話『ザ・ミッシング・ドア』ではサロンに男が座り、頭を後ろに反らせてまどろんでいる。小型円卓には空になったグラスが置かれ、床には死体が横たわっている。雑巾を手にした別の男性が入って来て、死体を持ち去ってから、再度姿を現し、膝まづいて床の血を拭っているうちに踊り出す。何が起こったのかは、観客の一人一人が目にしたことを出発点にして想像するしかない。
しかし、迷宮のようになった人物たちの記憶に明快な脈絡はない。その好例は鍵を探しにサロンに入ってくる女性だろう。彼女の思考は次第に理性を失って支離滅裂になり、現実と夢、過去と現在との見分けがつかなくなっていく。舞台に置かれた小道具が勝手に動き出したり、闇の中から忽然と人物が登場したり、といった予想外の出来事も続発する。また、映画撮影で使用される集音マイクを吊り下げたプロジェクターが人物に近づくのが何度も見られたが、音によって人物の内面に迫ろうとする試みのようだった。テレビカメラは使用されず、場面を見ているのはあくまでも座席にいる観客の目である。
第2話『ザ・ロスト・ルーム』では女性が舞台にはいない赤ん坊の鳴き声を耳にして、押し入れの扉を開けるとたくさんの死体が転がり出てくる。カップルが主題の作品だが、不在の赤ん坊によって実現しなかった家族の物語という側面もあるようだ。
第3話『ザ・ヒドゥン・フロア』では船に水が流れ込み、後方では炎が舞い上がる中で、男女が抱擁しあい、やがて二人の身体は硬直する。その前には男が女の身体を振り回し、肩の上に乗せたかと思うと、足元に投げ出すという箇所もあり、愛情と暴力とのないまぜになった不可思議な関係が観客の眼前に提示されていた。
こうして舞台は臨場感あふれていて目を飽きさせない反面、何が起こっているかは時間が経過しても謎めいたままだった。時間そのものも現在と過去とが交錯していき、やがて現実と夢の境界も次第にぼやけていった。舞踊団の名称であるピーピング・トムは、11世紀イングランドで領主である夫から「馬に全裸で乗って、町の市場を端から端まで駆け抜ければ、領民への税を減らしてやろう」と言われて、圧政から人々を救うためにその言葉通りに実行したという敬虔なゴダイバ伯爵夫人をトムという住民がただ一人盗み見た、という伝説から取られている。(英国のラファエル前派の肖像画家ジョン・コリアが描いたゴダイバ夫人像はよく知らせている)スペクタクルを通じて観客は本来ならば見てはならない人間の内面を、美貌の全裸女性をのぞきみたトムのように目を凝らして見ることになった。
優れた身体能力と表現力とを兼ね備えた八人の多国籍のダンサーたちが演じる人物は、いずれも謎めいていて明瞭な像を結ばないため、逆説的に舞台に惹き込まれたことも稀有な体験だった。(ダンサーの出身地はフランス、ベルギー、イタリア、スペイン、台湾、オーストラリア、キプロスと実に多彩だ)ダンサーの魅力に加え、単なるエンターテイメントを超えた野心的な試みを前にしてカーテンコールではパリ・オペラ座の観客から熱狂的な拍手が送られた。
なおピーピング・トムはパリ・オペラ座では初めての公演だったが、すでにパリでもテアトル・ド・ラ・ヴィルで2015年に『父』が上演されている。傑作という定評のある『ファンデンブランデン通り32番地』を始めとする他の作品もぜひ見てみたいものだ。
(2023年6月10日 ガルニエ宮)

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© Maarten Vanden Abeele

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© Maarten Vanden Abeele

「三部作」
『ザ・ミッシング・ドア』『ザ・ロスト・ルーム』『ザ・ヒドゥン・フロア』
コンセプトと演出:ガブリエラ・カリーソ&フランク・シャルチエ
音響ドラマツルギー:ラファエル・ラティーニ
音響制作とアレンジメント:イスマエル・コロンバーニ、ルイーズ=クレマン・ダ・コスタ、ラファエル・ラティーニ他
装置:ガブリエラ・カリーソ&ジュスティーヌ・ブージュロル
衣装:ルイーズ=クレマン・ダ・コスタ他
照明:トム・ヴィッサー
『三部作』は2017年10月にデン・ハーグのザイドシュトラント劇場でネーデルランド・ダンス・シアターのダンサーによって初演された「アドリフト」を元に作られた。
ダンサー:
コナン・ダイヨ フォンス・ドセ ローレン・ラングロワ パーノス・マラトス アレハンドロ・モヤ ファニー・サージュ エリアナ・ストラガペーデ ワン=ル・ユー

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