パリ・オペラ座を「第二の家」と呼んだジェローム・ロビンズが残した魅力的なプログラム
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ワールドレポート/パリ
三光 洋 Text by Hiroshi Sanko
Ballet de l'Opéra national de Paris パリ・オペラ座バレエ団
「JEROME ROBBINS」「ジェローム・ロビンズ」
『En Sol』『In The Night』『The Concert』Jerome Robbins
『ト長調で』『イン・ザ・ナイト』『コンサート』ジェローム・ロビンズ:振付
「ト長調で」(アン・ソル)
ジェルマン・ルーヴェ レオノール・ボーラック(取材日ではありません)
© Svetlana Loboff/ Opéra national de Paris
パリ・オペラ座バレエ団は10月24日から11月10日までガルニエ宮でジェローム・ロビンズの三つの作品を並べたプログラムを上演した。10月30日と11月2日の舞台を観た。
最初はラヴェル生誕100年記念の機会にロビンズが発表した『アン・ソル』(『ト長調で』英語圏では『In G Major』)だった。
ロシア生まれのフランス人美術家エルテによる明るい青色の海と雲の背景画を見ていると、若いロビンズが毎夏を過ごしたニュー・ジャージーの海岸、そしてラヴェルの生地シブールの対岸にあるサン・ジャン・ド・リューズの海辺のイメージが浮かび上がってくる。青、緑、ピンク、薄紫のパステルカラーのストライプが鮮やかな衣装を着たダンサーたちからは、若い男女の弾けるようなエネルギーが周囲に広がった。ちなみにR.T.とサインしたエルテは、1913年に有名なダンサー、マタ・ハリ(第1時世界大戦中にスパイ容疑で処刑された)がパリのルネッサンス劇場で踊った衣装をデザインして一躍脚光を浴びた人で、全く新しいデザインを欧州とアメリカにもたらし、ミュージック・ホールからスタートしてオペラを上演する劇場に至るまで広く活躍した。
(左から)イネス・マッキントッシュ、オーバーヌ・フィリベール、クララ・ムーセイニュ、ジェルマン・ルーヴェ、セリア・ドゥルイ、ビアンカ・スクダモア
© Svetlana Loboff/ Opéra national de Paris
(中央手前)ユーゴ・マルシャン、オニール八菜
©Svetlana Loboff/ Opéra national de Paris
イネス・マッキントッシュ、クララ・ムーセーニュ、ビアンカ・スクダモア、セリア・ドゥルイ、トマ・ドキールといったダンサーたちからは若いエネルギーが放射された。その群れの中央に白い衣装をまとったヒロインが現れる.。第2楽章では水泳指導員の男性とヒロインの長いパ・ド・ドゥがあり、二人が次第に心を寄せ合っていく様子が穏やかな海を思わせる静かな音楽にバックに描きこまれていく。
ソリストはユーゴ・マルシャンとオニール八菜、マチアス・エイマンとレオノール・ボーラックの二組を見た。そろって長身のマルシャンとオニールの組み合わせは立っているだけでも絵になるカップルで、確かなテクニックに裏打ちされたオニールの軽やかな動きには夏らしい華やぎがあった。マチアス・エイマンは2018年にミリアム・ウルド=ブラームを相手に踊っているが、今回も細やかな指や手の動き、視線や表情から女性に惹きつけられていく若者の姿が音楽にピタリと重なりながら描かれていた。
フランスの名ピアニスト、マルグリット・ロンに捧げられた「ピアノ協奏曲ト長調」は、1928年にアメリカを5ヵ月間にわたって旅行したラヴェルが帰国後に書いた作品で「テンポが速く、次々に変化し、騒がしいアメリカの特徴を反映している。」(シュトケンシュミット「ラヴェル」による)今回演奏したパリ国立高等音楽院で教鞭をとっているフランク・ブラリーのピアノは、アルペッジオによって海の波や風を明瞭に感じさせ、背景画と相まって観客を夏の岸辺へと導いた。
オニール八菜、ユーゴ・マルシャン
© Svetlana Loboff/ Opéra national de Paris
ユーゴ・マルシャン
©Svetlana Loboff/ Opéra national de Paris
アントワーヌ・コンフォルティ、オニール八菜
© Svetlana Loboff/ Opéra national de Paris
(左から)クレール・ガンドルフィ、オーバーヌ・フィリベール、ビアンカ・スキュダモア、イネス・マッキントッシュ、セリア・ドゥルイ、クララ・ムーセーニュ
©Svetlana Loboff/ Opéra national de Paris
「イン・ザ・ナイト」
オードリック・ブザール、アマンディーヌ・アルビッソン(取材日ではありません)
© Svetlana Loboff/ Opéra national de Paris
次はショパンの「ノクターン作品27の1番 作品55の1番&2番 作品9の2番」を使った『イン・ザ・ナイト』だった。ロビンズは少年時代に姉のダンスのレッスンで耳にして以来、ショパンの音楽を生涯愛した。
この作品には三つのカップルが登場するが、アンソニー・ドーウェルがデザインした気品ある衣装が愛の異なる段階を象徴的に表している。最初に青の衣装をまとって登場したカップルでは、愛情が花開くときの当惑やおののきをセ・ウン・パクが抑制の効いた身体表現と視線によって巧みに演じ、ロマンチックな雰囲気が周囲に漂った。照明が表現するシャンデリアの下で踊られるオレンジ色の衣装の貴族的な雰囲気が特徴の第2のカップルはリュドミラ・パリエロとマチュー・ガニオの組み合わせとなり、愛情の深まった熟した情感が感じられた。葛藤の時期に入った灰色と赤の衣装の第3のカップルの男性役ではオードリック・ブザール、女性役ではブルーエン・バッティストーニに激しい情熱のほと走りが感じられた。ピアニストの久山亮子による繊細なショパンの演奏に支えられ、いずれの晩もダンサーの感情表現力に多少の凸凹はあるにせよ、三つの異なる恋愛の様相がロビンズの振付によって見事に描き分けられていた。この作品がオペラ座バレエ団のレパートリーに1989年に入ってからすでに30年を超える歳月が流れ、エリザベット・プラテル、マニュエル・ルグリ、ローラン・イレール、イザベル・ゲラン、カダール・ベラルビといった歴代のエトワールたちが演じた役がメートル・ド・バレエたちによって次の世代へと受け継がれ、今なお見応えのある舞台を構成して、オペラ座の欠かせないレパートリー作品として定着している。
リュドミラ・パリエロ、マチュー・ガニオ
© Svetlana Loboff/ Opéra national de Paris
リュドミラ・パリエロ、マチュー・ガニオ
©Svetlana Loboff/ Opéra national de Paris
セ・ウン・パク、ポール・マルク © Svetlana Loboff/ Opéra national de Paris
休憩後は一転してユーモラスな『ザ・コンサート』となった。ロビンズがピアノのリサイタルにやってきた観客たちを面白おかしく描いたパントマイムによる短いスケッチが並び、「各人の不幸」という副題が付いている。言葉のない身体によるコメディと言って良いだろう。
ブルガリアのピアニスト、ヴェッセラ・ペロフスカがショパンを弾くリサイタルに観客たちが集まってくる。ミルタ(「ジゼル」)、タイターニア(「真夏の夜の夢」)、オデット&オディール(「白鳥の湖」)と言った役柄の印象が強いオニール八菜が、気まぐれで滑稽なダンサーを楽しそうに演じ、オードリック・ブザールとアルチュス・ラヴォーも妻をナイフで殺そうとして果たさない間の抜けた夫役にあっていた。権高い妻にぴったりのエロイーズ・ブルドン、いかにも気の弱そうな若者のアントワーヌ・キルシャーなど、どのダンサーも持ち味を出して、客席からは笑いが絶えなかった。
こうして、パリ・オペラ座を「第二の家」と呼んだロビンズが残した作品のさまざまな魅力が盛り込まれたプログラムに誰もが満足した夕べとなった。
(2023年10月30日 11月2日 ガルニエ宮)
(ヴェッセラ・ペロフスカ(ピアニスト)、オニール八菜(ダンサー)、ポーリーヌ・ヴェルデューセン(めがねをかけた怒れる女)
© Svetlana Loboff/ Opéra national de Paris
(左から)ファビアン・レヴィヨン(スカーフを巻いた男)、カミーユ・ド・ベルフォン(令嬢)、ローレーヌ・レヴィ(令嬢)
©Svetlana Loboff/ Opéra national de Paris
エロイーズ・ブルドン(妻)、アルチュス・ラヴォー(夫)
© Svetlana Loboff/ Opéra national de Paris
(左から)レオノール・ボーラック、アルチュス・ラヴォー、エロイーズ・ブルドン
©Svetlana Loboff/ Opéra national de Paris
(左から)ローレーヌ・レヴィ、カミーユ・ド・ベルフォン、エロイーズ・ブルドン、クララ・ムーセーニュ、クレール・ガンドルフィ、マリーヌ・ガニオ
©Svetlana Loboff/ Opéra national de Paris
『ト長調で』(「アン・ソル」、英語圏では「In G Major」)
1975年5月15日ニューヨーク・シティ・バレエによりニューヨーク州劇場で世界初演
振付 ジェローム・ロビンズ
音楽 ラヴェル「ピアノ協奏曲ト長調」
衣装・装置 エルテ
照明 ジェニファー・ティプトン
ピアノ独奏 フランク・ブラリー
ダンサー(10月30日) オニール 八菜 ユーゴ・マルシャン
イネス・マッキントッシュ クララ・ムーセーニュ ビアンカ・スキュダモア セリア・ドゥルーイ アントニオ・コンフォルティ トマ・ドッキール 他
(11月2日)
レオノール・ボーラック マチアス・エイマン
イネス・マッキントッシュ クララ・ムーセーニュ セリア・ドゥルーイ カミーユ・ド・ベルフォン アントニオ・コンフォルティ ファビアン・レヴィヨン 他
『イン・ザ・ナイト』
1970年1月29日 ニューヨーク・シティ・バレエにより世界初演
1989年11月26日 パリ・オペラ座バレエ団 レパートリー入り
振付 ジェローム・ロビンズ
音楽 ショパン「ノクターン 作品27の1番 作品55の1番&2番 作品9の2番」
衣装 アンソニー・ドーウェル
照明 ジェニファー・ティプトン
ピアノ 久山亮子
ダンサー(10月30日) セ・ウン・パク ポール・マルク
リュドミラ・パリエロ マチュー・ガニオ
アマンディーヌ・アルビッソン オードリック・ブザール
(11月2日) ビアンカ・スキュダモア ギヨーム・ジョップ
エロイーズ・ブルドン オードリック・ブザール
ブルーエン・バッティストーニ トマ・ドッキール
『ザ・コンサート あるいは 各人の不幸』
振付 ジェローム・ロビンズ
音楽 ショパン 「ポロネーズ作品40」「子守唄作品57 プレリュード作品28の4番&7番&16番&18番」 「ワルツホ短調 遺作」「マズルカ KK Iia/2」「バラード3番作品47」
編曲 クレア・グランドマン
装置 ポール・スタインバーグ
衣装 イレーネ・シャラフ
照明 ジェニファー・ティプトン
ピアニスト ヴェッセラ・ペロフスカ
ダンサー(10月30日/11月2日)
スカーフを巻いた男 ファビアン・レヴィヨン/シリル・ミティヤン
二人の令嬢 カミーユ・ド・ベルフォン ローレーヌ・レヴィ/イネス・マッキントッシュ ビアンカ・スキュダモア
バレリーナ レオノール・ボーラック/オニール 八菜
メガネをかけた怒れる女 マリーヌ・ガニオ/ポーリーヌ・ヴェルデューセン
妻 エロイーズ・ブルドン/ローレーヌ・レヴィ
夫 アルチュス・ラヴォー/オードリック・ブザール
気弱な若者 アントワーヌ・キルシャー/アントワーヌ・キルシャー
検札係 マチュー・コンタ/ジャン=バティスト・シャヴィニエ
男 トマ・ドッキール/レオ・ド・ブスロール
クララ・ムーセーニュ セリア・ドゥルイ アントニオ・コンフォルティ 他/セリア・ドゥルイ カミーユ・ド・ベルフォン アントワーヌ・コンフォルティ 他
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