イネス・マッキントッシュが話題をさらったヌレエフ版『くるみ割り人形』とヌレエフ回顧展

ワールドレポート/パリ

三光 洋 Text by Hiroshi Sanko

Ballet de l'Opéra national de Paris  パリ・オペラ座バレエ団

「Casse-Noisette」Rudolf NOUREEV
『くるみ割り人形』ルドルフ・ヌレエフ:振付

2023年のパリ・オペラ座バレエ団クリスマス公演は『くるみ割り人形』だった。(12月11日から1月1日)2014年以来久しぶりの公演である。本来ならば12月8日が初日となる予定だったが、大道具方のストライキによってリハーサルが遅れたため、8日と10日の二公演が中止となった。12月23、25、31日の三公演にもコール・ド・バレエがスト予告を出していた。ダンサーたちはメーキャップや衣装を着たり外したりする時間が実際には現在支払われている状態よりも多く時間がかかっている、と主張して待遇改善を求めていた。首脳部との交渉により、このストライキは回避された。
今回のシリーズで主役のクララに予定されていたミリアム・ウルド=ブラームが、直前に体調を崩し降板してしまった(ドロッセルマイヤー・王子は当初マチアス・エイマンだったが、途中でジェルマン・ルーヴェに変更となっていた)。その結果、クララはイネス・マッキントッシュ(ドロッセルマイヤー・王子=ポール・マルク)、ドロテ・ジルベール(ギヨーム・ジョップ)、セ・ウン・パク(ジェルマン・ルーヴェ)、マリーヌ・ガニオ(マルク・モロー)、エロイーズ・ブルドン(トマ・ドキール)の六組が踊った。この中で注目されたのは結果的に初日となった12月11日に登場したイネス・マッキントッシュとポール・マルクの組み合わせだった。

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「くるみ割り人形」
© Agathe Poupeney / Opéra national de Paris

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イネス・マッキントッシュ、ポールマルク
© Agathe Poupeney / Opéra national de Paris

イネス・マッキントッシュは昨年11月21日にプルミエール・ダンスーズに任命されたばかりだ。『くるみ割り人形』にはバレエ学校生徒だった12歳の時に子供役で出演している。イネスはまだ21歳と若く、今回、初めて大役を任せられた。夏の初めにクララへの起用をメールで知り、公式のリハーサルが始まる前に自分で練習を開始した。「自分の全てをクララに注ぎ込む」と語り、全幅の信頼を寄せているクレールマリー・オスタの指導を受けた。残念ながら筆者は座席を確保できなかったため、フランスのバレエ評論家の印象をお伝えしたい。
有力日刊紙「レゼコー」のフィリップ・ノワゼット記者は「バスチーユ・オペラの『くるみ割り人形』に新風」と題した記事で、「イネス・マッキントッシュはエトワールが踊る役において少女らしい優美さで魅了した。腕はきれいで、パートナーシップも抜群、あるべき場所にいると感じさせた。プレッシャーからか、第二幕では細部への注意に欠けた部分もあったが、持ち前の才能で大役を果たした。」と絶賛した。
ダンス専門誌「ダンス・アヴェック・ラ・プリューム」のアメリー・ベルトラン記者も「イネス・マッキントッシュのクララは素晴らしかった。初めてのエトワールが踊る役で舞台を輝かせた。」
相手役を務めたポール・マルクも「パートナーへの配慮があり、演技も優れ、彼の良さが全開した。」(アメリー・ベルトラン)と高く評価された。

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マッキントッシュ、マルク
© Agathe Poupeney / Opéra national de Paris

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マッキントッシュ
© Agathe Poupeney / Opéra national de Paris

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マッキントッシュ
© Agathe Poupeney / Opéra national de Paris

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マッキントッシュ
© Agathe Poupeney / Opéra national de Paris

実際に見ることができたのは12月14日で、クララはセ・ウン・パク、ドロッセルマイヤー・王子はジェルマン・ルーヴェだった。セ・ウン・パクは寂寥感の漂う眼差しとあどけない表情によって、夢見がちな少女を体現した。さりげない身体の動きにも細やかに心配りが感じられ、楽器の音色を活かした、幻想的なチャイコフスキーの音楽に良く乗っていた。こうして身体を登場人物に寄り添わせた演技から、そこはかとない詩情が立ち上り、現実と夢の境界がはっきりしないホフマンの世界に誘われた。
ジェルマン・ルーヴェはマチュー・ガニオとともにオペラ座が誇るダンスール・ノーブルだけに、美貌と優雅な踊りで少女の夢に現れた王子にピッタリだった。ドロッセルマイヤーとしては「不気味」というよりも、謎を秘めた不思議な心優しい人物で見ていて心を惹かれた。セ・ウン・パクとの呼吸もよく合っていて、最後に雪の降る通りで立ち去っていく場面も、一抹の夢を振り返るような風情があった。
19日はドロテ・ジルベールのクララ、ギヨーム・ジョップのドロッセルマイヤー・王子だった。ドロテ・ジルベールは2007年11月にクララを踊ってエトワールに任命されているだけに、手慣れていて余裕を感じさせた。エトワール任命の晩は大道具方のストライキで「衣装も、装置も、照明もないところで踊った」という。長年の経験から、「クララには二つの顔があります。前半の自分の身体を見出す少女では胸を少し前に出し、動きが多いのですが、後半になると女性として成熟し、身体が垂直になります。」と体の使い分けによって、人物の劇中での成長を表現している。すでに40歳を迎えながら、少女の役を踊り続けていることには脱帽せざるを得ない。ドロテ・ジルベールはしばらく前からパートナーにギヨーム・ジョップを指名している。ベテランのパートナーに導かれたギヨーム・ジョップは初めてドロッセルマイヤー・王子を踊り、肢体の伸びやかさや高い跳躍で客席を沸かせた。優れた素質と技術を持った若さあふれるダンサーだが、演技の面ではジェルマン・ルーヴェのような自然さや風情は感じられなかった。今回が初役なので、これから回数を重ねて演技も深めていったもらいたいものだ。

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ドロテ・ジルベール ギヨーム・ジョップ
© Agathe Poupeney / Opéra national de Paris

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ドロテ・ジルベール ギヨーム・ジョップ
© Agathe Poupeney / Opéra national de Paris

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ギヨーム・ジョップ ドロテ・ジルベール
© Agathe Poupeney/ Opéra national de Paris

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イネス・マッキントッシュ チュン・ウィン・ラム マリーヌ・ガニオ
© Agathe Poupeney/ Opéra national de Paris

主役以外ではクララの妹ルイザをいずれもスジェで、将来を期待されているクララ・ムーセーニュとビアンカ・スキュダモアが踊った。
クララ・ムーセーニュはオペラ座バレエ学校の全てのクラスを終了後、2020年に首席でオペラ座バレエ団に入り、毎年昇級試験に成功し、20歳になる前にスジェとなっている。3月27日と31日にフレデリック・アシュトン振付『ラ・フィーユ・マル・ガルデ』(リーズの結婚)でヒロインを踊ることが決まっている。今回も優れたテクニックに支えられて、舞台に若々しいエネルギーをもたらしていた。
一方、ビアンカ・スキュダモアは2019年にスジェに昇級するまでは順調だったが、その後、役に恵まれていなかった。2022年に『ラ・バヤデール』でガムザッティを踊り、強烈な存在感を示した。
今回も茶目っ気のあるルイザで説得力のある演技力を見せており、ソリストに配されることを期待する声が高い。
第一幕第5場「雪の王国」で二人の雪の精はカミーユ・ボン&イダ・ヴィイキンコフスー(14日)、エロイーズ・ブルドン&ロクサーヌ・ストヤノフ(19日)が軽々と踊り、風に舞う雪片を彷彿とさせた。コール・ド・バレエによる群舞もよく揃っていて雰囲気を盛り上げていた。
ドロッセルマイヤーと王子を一人の人物としたルドルフ・ヌレエフの心理学的な解釈に対しては、一部のバレエ批評家から現代の世情に合わないという批判があった。「少女がはるかに年上のドンファンに好意を寄せる」という設定には現実性がなく、倫理的に許されない、という主張だ。しかし、実際の舞台でセ・ウン・パクとジェルマン・ルーヴェのような組み合わせを見る限り、そこに猥雑さや不潔感は感じられなかった。このプロダクションは1985年の初演から40年近い年月が経過したが、ニコラス・ジョージアディスが考案した装置と衣装はクリスマス公演にふさわしい華やぎをもたらしてくれている。チャイコフスキーの音楽の魅力もあいまって、バスチーユ・オペラに足を運んだ家族連れやカップルからは、「楽しかった」という声が終演後のフォワイエで聞こえていた。
(2023年12月14日、19日バスチーユ・オペラ)

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ロクサーヌ・ストヤノフ アントワーヌ・コンフォルティ
© Agathe Poupeney/ Opéra national de Paris

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エロイーズ・ブルドン ジェレミー=ルー・ケール
© Agathe Poupeney/ Opéra national de Paris

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マリーヌ・ガニオ マルク・モロー
© Agathe Poupeney/ Opéra national de Paris

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セ・ウン・パク ジェルマン・ルーヴェ
© Agathe Poupeney/ Opéra national de Paris

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オルタンス=ミレ・モーラン
© Agathe Poupeney/ Opéra national de Paris

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ドロテ・ジルベール ギヨーム・ジョップ
© Agathe Poupeney/ Opéra national de Paris

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ジェルマン・ルーヴェ
© Agathe Poupeney/ Opéra national de Paris

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セ・ウン・パク
© Agathe Poupeney/ Opéra national de Paris

1983年から89年までパリ・オペラ座の舞踊監督を務めたルドルフ・ヌレエフの没後30年を記念して、回顧展「パリ・オペラ座のルドルフ・ヌレエフ」がガルニエ宮にあるオペラ座図書館・博物館において12月21日から4月5日まで開催されている。(月曜・祝日休館、10時から17時)
回顧展は「ダンサー」「振付家」「オペラ座舞踊監督」「イコン」という四つの角度からヌレエフを取り上げている。パリを訪れたレニングラード・キーロフ歌劇場の欧州ツアーでの亡命、招聘エトワールとしてのオペラ座公演、振付家としての活躍(1974年から1992年)、1983年から89年のオペラ座舞踊監督、といった実績が、ヌレエフの使用したバレエシューズ、ビデオ、舞台写真、衣裳などによって辿られている。

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©Opéra national de Paris

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© E.Bauer / Opéra national de Paris

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© Barbara Luisi BALO Photograph. / Opéra national de Paris

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© E.Bauer / Opéra national de Paris

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ニコラス・ジョージアディス作 キトリ(ダンサーはノエラ・ポントワ)の衣装マケット「ドン・キホーテ」1981年 Collection Privée

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ニコラス・ジョージアディス作 ガマーシュ(ダンサーはジョルジュ・ピレッタ)の衣装マケット「ドン・キホーテ」1981年

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© E. Bauer / Opéra national de Pari

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ミハイル・フォーキン振付 ペトルーシュカを踊るヌレエフ 1972年 © Francette Levieux

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「ドン・キホーテ」リハーサル中のオペラ座ダンサーたちと 1981年 © Francette Levieux

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ヌレエフとカロリン・カールソン トリスタン グレン・タットレー振付 1974年 © Colette Masson Roger-Violet

『くるみ割り人形』全2幕バレエ
振付 ルドルフ・ヌレエフ
原振付 マリウス・プティパ&レフ・イワノフ
原作 E.T.A.ホフマン (アレクサンドル・デュマの翻案)
音楽 チャイコフスキー
装置・衣装 ニコラス・ジョージアディス
1985年12月19日 パリ国立オペラ座バレエ団により初演
アンドレア・クイン指揮パリ国立オペラ座管弦楽団

配役 (12月14日、19日)
クララ:セ・ウン・パク/ドロテ・ジルベール
ドロッセルマイヤー・王子:ジェルマン・ルーヴェ/ギヨーム・ジョップ
ルイザ:クララ・ムーセーニュ/ビアンカ・スキュダモア
フリッツ:サミュエル・ブレ/アントワーヌ・キルシャー
母親:ファニー・ゴルス/アネモーヌ・アルノー
父親:アドリヤン・ボデ/セバスチャン・ベルトー
祖母:アネモーヌ・アルノー/ニノン・ロー
祖父:ジャン=バティスト・シャヴィニエ/ジャン=バティスト・シャヴィニエ

第一幕
第1場 通り
スケーター:ケイタ・ベラリ ナタン・ビッソン 他
第2場 シュタールバウム家の居間
招待客たち:ディアーヌ・アデラック イロナ・カブレ 他/イロナ・カブレ カミーユ・カラザンス 他
二人の女性:エキストラ
招待客の子供たち:パリオペラ座ダンス学校生徒
第3場クリスマス・ツリーと第4場 戦闘
ネズミの王様:ロレンツォ・レッリ&バンジャマン・アドネ/ロレンツォ・レッリ&バンジャマン・アドネ
小さな軽騎兵:チュン=ウィン・ラム/ジェレミー・ドヴィルデ
兵隊 ネズミ:オペラ座ダンス学校生徒
第5場 雪の王国
二つの雪片:カミーユ・ボン&イダ・ヴィイキンコフスー/エロイーズ・ブルドン&ロクサーヌ・ストヤノフ
雪片:ビアンカ・スキュダモア セリア・ドゥルーイ 他/クララ・ムーセーニュ イダ・ヴィイキンコフスー 他
第二幕
第1場 雪/家
第2場 悪夢
第3場 旅
 スペイン・ダンス (ルイザとフリッツ)+クレール・ガンドルフィ他
 アラビア・ダンス (祖父母)+ロクサーヌ・ストヤノフ 他
 ロシアダンス (祖父後)+トスカ・オーバ 他/イロナ・カブリ 他
 アクロバット ニコラ・ディ・ヴィコ ケイタ・ベラリ ナタン・ビッソン/アントワーヌ・コンフォルティ トマ・ドキール レオ・ド・ブセロール
 パストラール オルタンス・ミエ=モーラン ルナ・ペニェ アントワーヌ・キルシャー/マリーヌ・ガニオ イネス・マッキントッシュ チュン=ウイン・ラム
第4場 舞踏会
花のワルツ:ディアヌ・アデラック トスカ・オーバ 他/イダ・ヴィイキンコフスー セリア・ドゥルイ 他
第5場 クララの目覚め
第6場 通り

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