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三光 洋 Text by Hiroshi Sanko 
[2016.04.12]

オペラ『イオランタ』とバレエ『くるみ割り人形』をひとつの舞台に表わした素晴らしい演出

Ballet de l’Opéra national de Paris パリ・オペラ座バレエ団
"Iolanta" "Casse-Noisette" Tchaikovsky/ Dmitri Tcherniakov , Arthur Pita 、Edouard Lock、Sidi Larbi Cherkaoui
オペラ『イオランタ』バレエ『くるみ割り人形』チャイコフスキー:作曲、チェルニアコフ:演出 アーサー・ピタ、エドワルド・ロック、シディ・ラルビ・シェルカウイ:振付

この舞台はステファン・リスナー総監督が新たに打ち出した、オペラとバレエとの一体化という方針を象徴する公演として注目されていた。ところが、労働法案改正に反対する一部の職員のストライキによって3月9日のプルミエは『くるみ割り人形』が中止となり、『イオランタ』も演奏会形式になってしまった。このため予定より大幅に遅れて3月25日の公演を見ることになった。
同じ晩にオペラとバレエを上演するのは現在では稀だが、19世紀末のロシアでは当たり前に行われていたようだ。晩年のチャイコフスキーにサンクトペテルスブルク国立歌劇場が作曲を依頼したこの2作品も、1892年12月24日にいっしょに初演されている。
当時の同歌劇場総支配人だったイワン・フセヴォロジスキーは「パリ・オペラ座より優れた公演を実現したい」という願いからチャイコフスキーに作曲を依頼し、台本をマリウス・プティパと協力して自ら書いている。
初演では『イオランタ』が絶賛され、バレエは評判が今一つ芳しくなかったという。それは、その頃のロシアでは『くるみ割り人形』の原作の小説『くるみ割り人形とねずみの王様』(E.T.A.ホフマン作)が良く読まれていた。そのためそこに描かれていた闇の部分が、プティパとイワノフの振付けから抜けていたことに不満を覚えたからではないか、とも言われている。しかし『くるみ割り人形』の音楽は、最愛の妹を1891年に失ったチャイコフスキーの心の痛みが、音に託されてはっきりと刻みこまれている。

pari1604b_01.jpg 『イオランタ』(C) Opéra national de Paris/ Agathe Poupeney

今回は演出はロシア人のディミトリー・チェルニアコフが手がけた。1970年モスクワ生まれのチェルニアコフはオペラ、演劇の演出家として世界中で活躍しており、パリ・オペラ座でも2008年のボリショイ歌劇場の引越し公演では『エフゲニー・オネーギン』、バスチーユ・オペラではヴェルディ『マクベス』がすでに上演されている。
『イオランタ』はチャイコフスキーのオペラでは珍しいハッピーエンドの物語だ。中世の南フランスで生来目の不自由なイオランタ姫が、父のルネ王の禁令を破って花園に入ってきたヴォーデモン騎士によって愛に目覚め、ムーア人医師による手術を受けて視覚を回復し、二人が結ばれる、という物語。
チェルニアコフは『イオランタ』を『くるみ割り人形』のヒロイン、マリーの誕生日の晩に家庭で上演されたオペラと位置づけ、物語の舞台を19世紀ロシアの明るいブルジョワ風サロンに移している。また、オペラで登場した人物(歌手)の分身が後半のバレエにダンサーとなって再登場する。例えばルネ王は父親、イオランタ姫はマリー、ムーア人の医師はドロッセルマイヤーになる。少女が愛に目覚めて大人の世界に入る、という主題がオペラとバレエに共通していることに誰もが気づかされる仕組みになっている。初演以降、ばらばらに扱われてきた二つの作品が劇中劇という手法によって初めて一つにまとめられたのだ。『くるみ割り人形』のヒロインは、『イオランタ』の上演中に何度も舞台に姿を見せ、二つの作品のかすがいの役割を果たしていた。
『イオランタ』の上演が終わっても音楽は止まらず、それまでの装置が後方に退いて、手前により大きい1950年代のソヴィエトの誕生パーティーが現れ、人々は奥に下がった『イオランタ』の舞台に再度登場した歌手たちに向かっていっせいに拍手を送った。観客もそれに続いて拍手したが、艶のあるよく通る声でヒロインの愛の目覚めと光を取り戻した喜びを明瞭に表わしたブルガリアのソプラノ、ソニア・ヨンシェーヴァが喝采を浴びた。

pari1604b_08.jpg 『くるみ割り人形』
(C) Opéra national de Paris/ Agathe Poupeney
pari1604b_09.jpg 『くるみ割り人形』
(C) Opéra national de Paris/ Agathe Poupeney
pari1604b_03.jpg 『イオランタ』(C) Opéra national de Paris/ Agathe Poupeney
ステファーヌ・ブリヨン(ヴォーデモン)、マリオン・バルボー(マリー)、 アリス・ルナヴァン(母親)

『くるみ割り人形』は当初、バンジャマン・ミルピエとリアム・スカーレットも参加して5人の振付家が参加すると発表されていたが、最終的にはアーサー・ピア、エドワルド・ロック、シディ・ラルビ・シェルカウイの3人が振付けた。チェルニアコフの台本では主人公名はクララではなく、原作のE.T.A.ホフマンのヒロインの名前、マリーが使われている
ヒロイン、マリーの「誕生パーティー」はポルトガル出身のアーサー・ピタが振付け、椅子取りゲームやさまざまな遊びがにぎやかに繰り広げられた。ミュージカル風の振付はエスプリに富んでいて、オペラ座のダンサーたちは楽しそうに演技していた。
これに続いた「夜」(おもちゃの兵隊とねずみとの戦い)と休憩後の「森」と「ディヴェルティスマン」はエドワルド・ロックの振付。アンドレイ・ツェルニンのビデオで観客の目の前に出現した夜の森は、黒い鳥が飛び交い、野獣たちが近づいては遠ざかる。ここに騎士が分身した5人の男性ダンサーたちが登場し、身体を痙攣させる動作を反復する。一方、女性ダンサーたちが全身をかきむしる。その異様な姿と闇という未知の世界に出会ったヒロインはおびえるが、この夜を経過することでマリーが憂いのない子供から大人へと変貌することがマリオン・バルボーの豊かな表情から感じとられた。
「ディヴェルティスマン」にはソヴィエトの宇宙飛行士、猫、ロシア人形といったさまざまな巨大な人形たちがぎくしゃくした動きをする周囲で、マリーや女性ダンサーたちが走り回った。

pari1604b_04.jpg 『くるみ割り人形』
(C) Opéra national de Paris/ Agathe Poupeney
pari1604b_05.jpg 『くるみ割り人形』
(C) Opéra national de Paris/ Agathe Poupeney
pari1604b_10.jpg 『くるみ割り人形』
(C) Opéra national de Paris/ Agathe Poupeney
pari1604b_06.jpg 『くるみ割り人形』
(C) Opéra national de Paris/ Agathe Poupeney

ダンスの魅力はシディ・ラルビ・シェルカウイ振付けたマリーと騎士ヴォーデモン(王子)の官能的な、流れるような動きのパ・ド・ドゥに最もよく感じられた。最後には燃え盛る惑星が衝突してマリーは目を覚まし、サロンに戻ってくる。
ダンサー、歌手、エキストラ、奏者を合わせて180人もを動員した約4時間の大作は、今までにあったどのヴァージョンとも異なる、独自の世界を構成していた。情感あふれる演技でヒロインの少女らしいすがすがしさや女性らしさの萌芽を体現したマリオン・バルボー、底意の感じられる不気味な母親を存在感たっぷりに演じたアリス・ルナヴァン、少女が夢見た騎士にふさわしいステファン・ブリヨンらが演出家の意図をよく汲んで舞台を盛り上げていた。
(2016年3月25日 ガルニエ宮)

pari1604b_07.jpg 『くるみ割り人形』(C) Opéra national de Paris/ Agathe Poupeney

演出・装置 ディミトリー・チェルニアコフ
アラン・アルティノグリュ指揮 パリ国立オペラ座管弦楽団、合唱団
振 付 アーサー・ピタ、エドワルド・ロック、シディ・ラルビ・シェルカウイ
衣 装 エレナ・ザイツェヴァ
照 明 グレブ・フィルシティンスキー
ビデオ アンドレイ・ツェルニン
『イオランタ』 1幕オペラ
台 本 モデスト・チャイコフスキー(ヘンリク・ヘルツの「ルネ王の娘」による)
『くるみ割り人形』2幕バレエ
台 本 ディミトリー・チェルニアコフ
配 役
マリー マリオン・バルボー
騎士ヴォーデモン ステファン・ブリヨン
ドロッセルマイヤー ニコラ・ポール
父 オーレリアン・ウエット
母 アリス・ルナヴァン
ロベール タケル・コスト
妹 カロリーヌ・バンス
イオランタ ソニア・ヨンシェーヴァ
演出・装置 ディミトリー・チェルニアコフ
衣 装 ディミトリー・チェルニアコフ、エレナ・ザイツェーヴァ

pari1604b_02.jpg 『イオランタ』(C) Opéra national de Paris/ Agathe Poupeney