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三光 洋 Text by Hiroshi Sanko 
[2015.07.10]

プジョル、アルビッソンがガランスを、ガニオ、ビュリヨンがバチストを競演した『天井桟敷の人々』

Ballet de l’Opéra national de Paris パリ・オペラ座バレエ団
"Les Enfants du Paradis" José Martinez『天井桟敷の人々』ジョゼ・マルティネズ:振付

第二次大戦中にフランスがナチスドイツに占領されていた時代に撮影が行われた、マルセル・カルネ監督の『天井桟敷の人々』は世界の映画史上で最も優れた映画と評価された傑作である。
描かれているのはまだ鉄道も走っていない1830年代のパリ。1830年の七月革命で誕生したオルレアン公ルイ・フィリップによる王政という産業革命が、ようやく本格化した活気にあふれた時代が背景になっている。「犯罪大通り」とあだ名されていた劇場がずらりと並んでいた「タンプル大通り」界隈で生きるボヘミアンの芸術家と庶民、貴族が織り成す愛憎のドラマが、卓越したカメラワークによって白黒の映像に留められている。

pari1507a_01.jpg 『天井桟敷の人々』
(C) Opéra national de Paris/ Charles Duprat

ジョゼ・マルティネズはジャック・プレヴェールのシナリオをかなり忠実に辿って、3時間を越える大作映画を二幕のバレエに翻案した。映画からバレエへの転換が容易でないことはすでに本欄で記述したので繰り返さないが、今回の再演を二つの違うキャストで見直すことで、マルティネズがていねいなアプローチで細部に至るまで様々な工夫を凝らしていることが見えてきた。
まず、エジオ・トフォルッティが、主人公バチストが出演しているフュナンビュル座がある大通り、劇場の内部、モントレー伯爵の舞踏会場といった場面を趣味のよい、すっきりした装置で設えて、当時のパリを鮮やかに復元していること。アンドレ・ディオットの変化に富んだ照明が、この装置に奥行きを与えるとともに、タンプル大通りや最後のカーニヴァルといった群集場面と、エルモーヌ夫人のペンションにある屋根裏部屋のようなインティメートな場面との対照を明瞭にすることで、ドラマにメリハリが付けられていること。アニエス・ルテステュがデザインした華麗な衣装も舞台に華やぎを与えていること、などがこの作品の成功に貢献している。
マルティネズは映画の手法もいくつか舞台に取り入れている。
第1幕第1場の劇場前の場面で、悪漢ラスネールが太ったブルジョワ男性から飾り時計を盗む場面はその典型だろう。全員がストップモーションで停止している間にラスネール(ヴァンサン・シャイエがいかにも悪党らしい立ち振る舞いと視線でドラマを盛り上げた)一人の動きにスポットライトが当たられる。この直後に劇場前の縁台に置かれた樽の上に座ったバチストが見ていて、ブルジョワに間違って犯人にされそうになったヒロインのガランスを、パントマイムの芸で救う。主人公二人の出会いとなる大事なシーンの前で、それまでの群集シーンの流れをいったん断ち切り、バチストによるパントマイムという見せ場へと観客の注意が自然に向けられるように仕組んでいる。

pari1507a_04.jpg ヴァンサン・シャイエ
(C) Opéra national de Paris/ Charles Duprat
pari1507a_05.jpg プジョル、ガニオ
(C) Opéra national de Paris/ Charles Duprat
pari1507a_06.jpg パケット、プジョル、ガニオ
(C) Opéra national de Paris/ Charles Duprat
pari1507a_07.jpg (C) Opéra national de Paris/ Charles Duprat
pari1507a_02.jpg ズスペルギー、ガニオ
(C) Opéra national de Paris/ Charles Duprat

開演前にも音楽家、パントマイム役者や大道芸人に扮したダンサーたちがオペラ座の大階段やフォワイエで観客を迎え、劇場への呼び込みの口上が声高に告げられたり、太鼓の音が響いて、ガルニエ宮そのものがフュナンビル座に変貌させられていた。平土間の客席に人物たちが行き来したり、劇中劇のカーテンコールに際して、舞台上の二階桟敷席からエルミオーヌがフレデリックに花束を投げるといった趣向も凝らされ、舞台と客席とを一体にすることで観客にドラマを身近に感じさせようとする試みもなされていた。

配役は三組あったうちの二組を見ることができた。前回はイザベラ・シアラヴォラの相手役だったマチュー・ガニオは、今回レティシア・プジョルと組んだ。ガニオは豊かな目の表情としなやかな動き、描写力に富んだパントマイムで伝説的なパントマイム役者ドビュローを余裕を以って演じていた。対するプジョルは豊麗とは言いがたい身体の持ち主で、謎を秘めたヒロインらしい香気という点ではシアラヴォラには及ばなかったにせよ、優れたテクニックとていねいな自然な演技を見せてくれた。
一方、ステファン・ビュリヨンは『白鳥の湖』のロットバルトで感じられた硬さは一切なく、夢想的な側面と「愛される幸せな夫」という枠にはまりきらないというバチストの二つの特徴を明快に描いていた。アマンディーヌ・アルビッソンはガランスは初役だった。映画でガランスを演じたアルレッティとは一味違うものの、しなやかな腕や脚の表情豊かな動きと整った容貌で魅力的なヒロインとなっていた。
カール・パケットはバチストの友人で恋敵のフレデリック・ルメートル役として登場し、伯爵役のバンジャマン・ペッシュとともに余裕のある役柄に合った演技で脇を固め、舞台を盛り立てた。

pari1507a_03.jpg プジョル
(C)  Opéra national de Paris/ Charles Duprat

マルティネズはインタヴューで「詩人ジャック・プレヴェールが映画台本に託したニュアンスをそのまま形象化することはできない。しかし、ダンスによって人物の心情を身体で表すことは可能だ。」と語っている。この意向を受けて、主役だけでなくコール・ド・バレエに至るまで、どのダンサーも自分の役柄をいかに表現するかに心を配ってそろって楽しそうに演じ、観客にもその喜びが肌で感じられた一夜だった。
(2015年5月28日、6月5日 ガルニエ宮)

『天井桟敷の人々』全二幕バレエ
音 楽:マルク=オリヴィエ・デュパン
振 付:ジョゼ・マルティネズ(パリ・オペラ座 2008年)
翻 案:フランソワ・ルーシヨン、ジョゼ・マルティネズ
装 置:エジオ・トフォルッティ
衣 装:アニエル・ルテスチュ
照 明:アンドレ・ディオット
ジャン=フランソワ・ヴェルディエ指揮 パリ・オペラ座管弦楽団
配 役(5月28日/6月5日)
ギャランス:レティシア・プジョル/アマンディーヌ・アルビッソン
バティスト:マチュー・ガニオ/ステファン・ビュリヨン
フレデリック・ルメートル:カール・パケット/ジョシュア・オファルト
ラスネール:ヴァンサン・シャイエ
ナタリー:ミュリエル・ズスペルギ/メラニー・ユレル
マダム・ルミーヌ:ステファニー・ロンベルク/カロリーヌ・バンス
伯爵:バンジャマン・ペッシュ/ヤン・サイズ

pari1507a_09.jpg プジョル、ペッシュ
(C) Opéra national de Paris/ Charles Duprat
pari1507a_10.jpg (C) Opéra national de Paris/ Charles Duprat
pari1507a_11.jpg ノルヴェン・ダニエル
(C) Opéra national de Paris/ Charles Duprat
pari1507a_08.jpg (C) Opéra national de Paris/ Charles Duprat
pari1507a_12.jpg パケット
(C) Opéra national de Paris/ Charles Duprat
pari1507a_13.jpg (C) Opéra national de Paris / Charles Duprat
pari1507a_14.jpg アルビッソン、ウエット
(C) Opéra national de Paris / Charles Duprat
pari1507a_15.jpg アルビッソン、サイズ
(C) Opéra national de Paris / Charles Duprat
pari1507a_16.jpg 『天井桟敷の人々』ビュリヨン
(C) Opéra national de Paris / Charles Duprat
pari1507a_17.jpg アルビッソン、ビュリヨン
(C) Opéra national de Paris / Charles Duprat