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三光 洋 Text by Hiroshi Sanko 
[2010.10.12]

エスプリとエロスによって描かれたパリの魅力、ローラン・プティ3作

Ballet de l’Opera national de Paris
パリ国立オペラ座バレエ団
Roland Petit/Soirée Roland Petit ローラン・プティ「ローラン・プティの夕べ」
LE RENDEZ-VOUS『ランデヴー』LE LOUP『狼』LE JEUNE HOMME ET LA MORT『若者と死』
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パリ国立オペラ座バレエ団の開幕公演は今年85歳になるローラン・プティ(1924年1月13日生)の「三部作」だった。三作とも悲恋をテーマとし、1945年から53年という第二次大戦直後に初演された作品だが、半世紀を経た今もその斬新さは全く失われていない。
ピカソの原画を使った舞台幕が上がると、最初の『ランデヴー』がミュゼットと呼ばれる古いアコーデオンの音に乗って始まる。ジャック・プレヴェールが歌詞を付けシャンソン「枯葉」となったメロディがこれから展開するドラマの雰囲気をそれとなく伝える。ブラッサイによる第1場の舞台装置は「舞踏場」「街灯」「ベル・エトワール・ホテル」という3つの黒白写真が闇に浮かんで構成している。この今はもうない、危険の潜んだ、不気味なパリの夜は、マルセル・カルネの映画『悪魔が夜来る』(1942年)や『夜の門』(1946年)を思い出させる。

バル・ミュゼットと呼ばれたパリの場末の舞踏場に集まった若者たち。ソフィ・マユーとヌヴェン・リトマニッチが演じる十代カップルが幼いファーストキッスを交わす。周囲の若者たちはカップルをからかうが、二人は気にも留めない。「愛し合う子供たちは夜からはるかに遠い所にいる。太陽よりもはるかに高い、初恋のまばゆいような光明の中にいる」というプレヴェールの言葉そのもののシルエットだ。
一方では、皆にいたぶられていた汚れた背に障害のある男に花売り娘(シャルロット・ランソン)が花を差し出す。あたりに暖かい空気がさっと流れる。
やがて、右奥から大柄な青年が登場する。舞踏場の一夜を楽しもうと扉を叩こうとしたところで、一人の浮浪者から自分の運命が記された紙を受け取って読む。一瞬にして、哀しみが青年と周りの人々を包み込む。ニコラ・ル・リッシュのゆったりとした中にも生気のある動きと変化する表情は見ごたえがある。

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第2場はグラシエールとイタリア広場の間の6号線「高架地下鉄の下」。プッチーニの『ラ・ボエーム』第3幕の舞台となるアンフェールの門からそう遠くない、典型的なパリの下町である。高架を支える石の柱にもたれた恋人たち。人の気配はまばらだ。そこへ障害のある男と青年がやって来る。
若者の不安が頂点に達したところへ、不気味なダンディ姿の「運命」が姿を現す。ミカエル・ドナールの鋭い、暗い光をたたえた眼差しは客席にいても不安を駆り立てる。「運命」から命運が尽きたと告げられた青年は、とっさに翌朝「世界最高の美女」とのランデブーがある、という言い訳を思いつき、死を免れようとする。うなづいた「運命」は手にかざしていたナイフを折りたたんで、青年の胸のポケットに入れる。いったん怖くなって青年から離れていた障害のある男が戻ってきて、何が起こったかを問いかける。
プティはフランスの舞台に中世からしばしば登場する背に障害のある男を巧みに織り込んで、ドラマに陰影を与えている。1965年にプティが振付けた『ノートルダム・ド・パリ』にも同様ののカジモドが登場するが、96年にはニコラ・ル・リッシュがこの役を演じて感銘を与えた。

第3場はパリ市の北東の外れにあるクリメのサンマルタン運河にかかる跳ね橋のたもと。青年と障害のある男がこれから一杯飲もうと陽気に歩いてくる。そこへ、ヴァイオリンのソロと弦楽器のピチカートに乗って、右手奥からハイヒールの女性が進み出る。肘から先と首筋の肌の白が黒服からくっきりと浮きだして、観客の目を射る。流れるような肢体の動き、さっと閉じられるまぶた。青年と踊るパ・ド・ドゥはまさに死の舞踏だ。
女の抱擁に陶然となって我を忘れた男のポケットからさっと取り出し、その首筋を掻き切ったナイフを足元に投げ出す冷たい白い指先には誰もが戦慄を覚えた。イザベル・シャラヴォラの香り立つような艶やかさは魔性の女そのもの。プティの選んだ「世界最高の美女」が舞台に立っている間は、現実とは思えない、夢幻の世界にいるかのような感覚にとらえられた。

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緊張が極度に高まった『ランデヴー』の幕切れから一転して、『狼』のはじめは結婚式の日のカラフルな村人たちの衣装で明るい雰囲気が広がった。プティが劇作家の友人ジャン・アヌイに頼んだのは「幻想的なお伽噺」である。
結婚式の日に新夫が新婦を置き去りにしてジプシー女と逃れ、狼を夫と取り違えた新婦は森の新居ではじめて相手が狼と気づいておののく。しかし、娘は狼の悲しみに打たれ、次第にかわいそうになり、一緒に踊っているところに、村人たちがあらわれ、二人を引き離す。二人は逃げるが、追ってきた村人たちは鎌で狼を突き殺し、狼を守ろうとした娘もいっしょに殺される。
きわめてシンプルな悲劇に終わる<美女と野獣>の物語だが、無駄がなく緊迫感にあふれている。フランスを代表するアンリ・デュティユーの音楽も叙情性にあふれ、筋の展開と人物の心情にていねいに寄り添った秀逸なもので、プティの振付やカズーの装置・衣装と一体になっている。
夫と思い込んでいた相手が実は狼と気づいた少女の驚愕を、レティシア・プジョルが鮮やかに描き、バンジャマン・ペッシュの狼は猛々しさというよりかわいらしい感じだったが、野獣であることへの哀しみは誰の胸にもひしと伝わってきた。あどけなさの残る新婦と狼のパ・ド・ドゥには、二人の一つになった気持ちがよく表れていた。アマンディーヌ・アルビッソンは新夫(クリストフ・デュケンヌ)を誘惑するジプシー女の濃厚なエロスを感じさせた。

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休憩後はジャン・コクトーの筋による『若者と死』。
ストーブのあるパリの屋根裏部屋。右手のベッドに画家の青年が寝そべっている。やがて、青年が恋焦がれている女が黒の肘までの手袋に黄色のワンピースで登場する。筋肉のかたまりのような若さあふれるステファン・ブリヨンの青年を女は拒み、じらし、徹底的にもてあそぶ。それから、女が首吊りなわを用意し、青年に指し示して駆け去る。エレオノーラ・アバニャートの氷のように冷ややかな視線と、誘惑者の既成のイメージを越えた全く異なった取り憑きようのない身のこなしには、心が凍りつくような残酷さが結晶していた。
ここで突然、屋根が引き上げられ、シトロエン自動車の広告ネオンが輝くパリの夜空が現れる。屋根の上を走り去る赤と白のドレスの死神はコクトーとプティが生み出した男性を滅ぼす女性像のまばゆい象徴だった。

二時間に満たない短い公演だが、ローラン・プティの周囲に集まった綺羅星のような作家、画家、音楽家、衣装家による舞台は、エスプリとエロスがこぼれるようなパリの魅力があふれていた。
9月22日と24日には三部作の前にデフィレが行われ、妊娠中のオーレリー・デュポンを除くエトワール全員がそろってローラン・プティを囲んだという。昨シーズン怪我で姿を見ることのできなかったエルヴェ・モローも参加した。久しぶりの舞台をファンは心待ちにしている。
(2010年9月29日 ガルニエ宮)

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(C)Opéra national de Paris/Anne Deniau
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