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秀 まなか Text by Manaka Shu 
[2010.01.12]

絶品だったマルティネズの『三角帽子』、ル・リッシュの『ペトルーシュカ』ほか

Ballet de l’Opera National de Paris
パリ国立オペラ座バレエ団
Ballet Russes「バレエ・リュス」
Massine/Fokine/Nijinski
マシーン/フォーキン/ニジンスキー
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年間を通じて、ガルニエ宮には日本から観に来る日本人バレエ・ファンが必ずいるが、毎年末の、その数は夥しい。連日、日本人個人客が団体客さながらに、横1列25席分の座席を何列も埋め尽くすのだ。だが、2009年末は例外だった。100周年を記念してガルニエ宮で始まった『バレエ・リュス』公演で見かける日本人はちらほら。『ライモンダ』『眠れる森の美女』といったオーソドックスな古典作品でもないし、『オネーギン』『椿姫』のように、際立ってドラマティックな展開のある物語でもないから、日本人には遠い存在なのかもしれない。
だが、パリでは、『バレエ・リュス』は馴染みがある。1909年のバレエ・リュス、第1回パリ公演の舞台は、シャトレ座で、翌年の第2回公演はオペラ座。バレエ団に参加した超一流のスタッフ、たとえばストラヴィンスキー、ピカソなどは今でもパリで人気がある人物だ。当然、チケットは瞬く間に完売し、若干高い年齢層の観客が醸し出すシックな雰囲気の中、12月12日に「バレエ・リュス」は開幕する。

最初の出し物は、『薔薇の精』。少女が部屋で、足を踏み入れたばかりの舞踏会の思い出に酔いしれてまどろむと、一輪の薔薇が転げ落ちる。すると、窓から薔薇の精が入ってきて、少女を踊りに誘う、という物語だが、見所は何と言っても男性ダンサーの跳躍力。ミハイル・フォーキンが、バレエ・リュスの切り札であった天才ダンサー、ヴァツラフ・ニジンスキーのために振付けたのである。
第1キャストは、マティアス・エイマン。いいだろうとは思っていたが、予想以上の出来栄えだった。この作品では、装置のせいで踊るスペースが限られる。跳びっぱなしというわけにはいかないのだが、高さと幅のある跳躍に加え、着地の抑制力と天性の勘の良さを備える彼には、お手のものだ。ポール・ド・ブラの柔らかさにもさらに磨きがかかり、絶品。薔薇の花びらを思わせる腕に官能性を湛えながら、少女のイザベル・シャラヴォラを踊りに誘っていた。

第2キャストはエマニュエル・ティボー。ウェスト部分が白くなっているピンクの総タイツの衣裳では、エイマンでさえ膨張して見えるのに、ティボーとなるとかなりの体格に見える。さらに、お世辞にも美しいとは言えない脚のラインの持ち主の彼が、この衣裳を纏うのはかなりのマイナスになるのだが、ポール・ド・ブラですべて打ち消されてしまった。定評のあるバランスのとれた跳躍よりも、ポール・ド・ブラの美しさに目を奪われたのである。今までの彼の踊りからは想像もつかない滑らかさで、いつの間にこの術を身につけたのか、と舌を巻いた。
マルク・モローとジョシュア・オファルトも1回ずつ、薔薇の精に扮した。モローは、跳躍力と身体の柔軟性の点でこの役にぴったりなのだが、残念ながら現時点では時期尚早。技術的にも身体的にも何の問題もないオファルトは、『くるみ割り人形』との掛け持ちで疲れているのか、気概が足りず、ロマンティックな雰囲気を醸し出すには至らなかった。

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ニジンスキー振付の『牧神の午後』は、1912年の初演時のブーイングが有名な問題作。暑い夏の午後、日差しの中でくつろぐ若い牧神は、水浴びに来たニンフと出会う。一度は興味を示したものの、逃げてしまうニンフ。牧神は彼女が落としたスカーフを握りしめ、自らの情熱を慰める。この、作品の基になったマラルメの詩は知らなくても、ドビュッシーが作曲した名曲『牧神の午後への前奏曲』は誰もが一度は耳にしたことがあるだろう。
第1キャストのニコラ・ル・リッシュの牧神はニンフが携えるスカーフの匂いをくんくん嗅ぐ動物。だが、一つ一つの振りを最大限強調することと相まって、彼は段々と野性的な官能性を帯び、ごく自然にニンフを惹きつける。この作品では、3分の1しか舞台を使っていない。つまり、奥行きの約3分の1に当たる手前部分のみで、牧神とニンフが左右に移動するのだ。客席からその平面的な2次元の動きを追っていると、不思議なことに、2次元の動きが、3次元の動きにしか見えなくなっていた。ル・リッシュの生み出す空間は紛れもない3次元で、立体感がくっきりと浮かび上がっていたのである。
今まで観てきた『牧神の午後』は平面だった。ニジンスキーの天才的な振付の意図を知識で知っていても、平面は平面。およそ、3次元に見えたことはなく、正直言って飽きている部分もあった。ル・リッシュの牧神によって生まれて初めて、この作品の醍醐味を知った次第である。

第2キャストのジェレミー・ベランガールは官能性の点でル・リッシュに勝る勢いだ。ニンフと視線を絡ませるくだりは、まるで優雅なクラシック映画のワンシーン。大人の男女の恋愛の始まりを予感させ、目が離せなくなってしまう。対照的に、ヤン・ブルダールの牧神は子供っぽい無邪気さに溢れている。ニンフが落としたスカーフを拾う彼は、まさに子供が手放しで喜んでいる様子そのものだ。
いずれの牧神に対しても、ニンフはエミリー・コゼット。最近は古典作品にも挑戦している彼女だが、やはり、現代作品やネオ・クラシック作品だとしっくりくる。誰が相手になっても、凛とした清楚な佇まいに変わりはないが、ル・リッシュとは立体感、ベランガールとは男女関係を作り上げ、全く印象が異なる作品に仕立て上げていた。1度だけ、先ごろの試験でスジェに昇進したアマンディーヌ・アルビソン(1月1日付で昇進するので、公演時はまだコリフェ)がニンフに扮した。存在感は劣るものの、無垢の乙女の恥じらいはコゼット以上。彼女は『ペトルーシュカ』の街の踊り子にも起用され、勢いづいているダンサーの一人だ。

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『三角帽子』はペドロ・アントニオ・アラルコンの小説を基に、レオニード・マシーンが、振付けた1919年初演作だ。
舞台はスペイン。村に住む粉屋夫婦は仲がいい。粉屋の主人の目下の悩みは、美人の妻が村の若者にしょっちゅう言い寄られることだ。ある日、地方代官も例に漏れず妻に言い寄るが、粉屋に追い払われる。代官はそれでも諦めず、邪魔な夫を逮捕させ、その隙に妻に言い寄ろうとするが、貞淑な妻に川に突き落とされてしまう。ぐっしょり濡れた代官は、洋服を取り換えようと粉屋の家に入り込むが、番人から逃れてきた粉屋はその様子を見て、妻に裏切られたと勘違い。粉屋に脅された代官は、洋服のせいで粉屋と間違われて番人から散々な仕打ちを受ける。粉屋、その妻と友人たちは、フィナーレで楽しくヨタを踊り、喜びを表現する。タイトルの三角帽子とは、地方知事がかぶった帽子のことを指し、権力を象徴している。
粉屋の主人の第1キャストは、ジョゼ・マルティネス。彼はマシーンのフラメンコを用いた振付を完璧にこなして他愛のない物語に厚みを出す。
フラメンコのステップは床を足で踏み鳴らす。強靭な脚力とリズム感が必須となるが、全編に亘り、長身のマルティネスのステップは力強さに漲っている。一般的には、長身だと早い動きにはついていけなくなるものだ。例えば、別日に同役を踊った長身のヴァンサン・シャイエ、ステファン・ファヴォランは、どうにも足が回らず、リズムが狂ってしまっていたが、マルティネスには全く当てはまらない。そればかりか、ガラで何度も踊っているお馴染みのソロ、ファルーカでは、柔らかい上半身と下半身の鋭さとの対比で、何とも絶妙な官能性を生み出していた。
デュオでは、素晴らしいステップで代官を魅了したマリ=アニエス・ジロでさえもマルティネスに一歩譲っていたほどだ。彼は12回公演中、9回まで主役を務めたが、あと10回でも20回でも踊れそうな勢いで疲れを知らない。驚異の40歳は、よく動き、足を踏み鳴らし続けるのだった。

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『ペトルーシュカ』は、人間の心を持った人形、ペトルーシュカが、バレリーナへの恋に破れ、ムーア人に切られて死んでしまう悲しい物語だ。今回のレベルは恐ろしく高い。ペトルーシュカの3キャストの誰をとっても、それぞれに味わいがあり、全く異なる3つの物語を見ているようだった。
各々の解釈の分岐点は、ペトルーシュカが人間の心を持つことを強調するのか、人形であることを強調するのか、にある。第1キャストのバンジャマン・ペッシュと、第3キャストのジェレミー・ベランガールは前者だ。ペッシュのペトルーシュカは、人間の感情そのものを持つ。人間として自由に生きたいのに、人形使いに拘束された我が身を、狭く暗い自室で嘆き哀しむ。その哀しみは深く、ムーア人の手にかからなくても、自ら命を止めてしまいそうだ。
ベランガールのペトルーシュカは無垢な子供だ。傷つきやすい繊細さと喜怒哀楽の激しさを内包し、バレリーナに振られると、駄々をこねる。今までのベランガールの舞台からは想像もつかないのだが、母性本能をくすぐるペトルーシュカで、ムーア人に苛められる彼を思わず、助け起こしたくなってしまうではないか。

第2キャストのニコラ・ル・リッシュは後者だ。彼のペトルーシュカはたまたま人間の感情を持ってしまった人形。彼の、リアリティ溢れる人形の振りには背筋が凍った。一度上半身を伸ばしてから床に崩れる様、ドアにぶつけた頭がバウンドする様、一度もまばたきをしない様は、おがくずの人形以外の何物でないのだ。一見無機質にも思えるが、彼の意図は人形に徹することにあった。ペッシュやベランガールのように、演技で哀しみを強調することは一切せず、徹底的に人形になり切ることで観客に哀れを訴えかけるのである。哀愁漂う人物を演じるのはル・リッシュの得意技だが、まさかこういう手法をとるとは思いもよらず、不覚にも泣かされてしまった。

15日、18日、22日には第1キャストでDVD撮りが行われ、さらに22日の舞台はフランス、ベルキー、スイスの90以上の映画館で生中継された。22日の『三角帽子』のマルティネスのノリがいつもより良かったのは生中継を意識してのことだろう。最短で1年後にはなるだろうが、映像になった暁には、是非ご覧になっていただきたい。毛色の異なる4作品から各エトワールが自分の個性を生かした役を選択して取り組んだ結果、すべての作品が、濃密な仕上がりを見せている。
なお、オペラ座図書館—美術館では「バレエ・リュス」の特別展が、5月23日まで開催中。『シェエラザード』『春の祭典』の衣裳、当時の公演ポスター、アレクサンドル・ブノワの『ジゼル』の下絵などが展示され、『パラード』『ペトルーシュカ』の映像が流れている。料金はオペラ座見学料に含まれており、8ユーロ。新しくなったオペラ座のブティックでも、「バレエ・リュス」にちなんだ書籍が多数販売されている。

Photo:(C)Sebastien Mathé
(C)Sebastien Mathé/ Ballet de l'Opéra national de Paris
(C)Sebastien Mathé/ Opéra national de Paris
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