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斎藤 珠里 text by Julie Saito 
[2006.08.10]

BALLET DE L'OPERA パリ・オペラ座の舞台から

John Neumeier << LA DAME AUX CAMELIAS >> アバニヤート初挑戦の『椿姫』

2005~2006年シーズンのパリ・オペラ座バレエの公演は7月15日、ジョン・ノイマイヤー版『椿姫』(ガルニエ宮)の公演で幕を閉じた。オペラ座の新レパートリーとしての関心の高さと観光シーズンとが重なり、チケット入手は困難を極めた。
Dance Cube「パリは燃えているか?」を創刊から3年8ヶ月担当された渡辺真弓さんがすでに前号で、初日を飾ったオレリー・デュポンとマニュエル・ルグリの公 演を紹介されているが、私は7月8日、芸術監督ブリジット・ルフェーブルの秘蔵っ子といわれるエレオノラ・アバニヤートとバンジャマン・ペッシュの組み合 わせで観た。

こ の日は、現在プルミエール・ダンスーズのアバニヤートが『椿姫』のマルグリット役に挑戦した初舞台だった。これに先立って6月20日の初日からほぼ連日登 板したオレリー・デュポンは気品ある華やかさで、クレールマリ・オスタは新進気鋭エトワールのマチュー・ガニオを相手役にコケティッシュな魅力でマルグ リットを演じたというが、アバニヤートはどんなマルグリットを見せてくれるのか、期待が高まった。

舞台は、フランス革命前夜をにおわす18世紀末の退廃的な社交界。紳士たちが集う高級娼婦館の花形マルグリットに純情な若者アルマンが一目ぼれすることか ら始まる物語だが、ノイマイヤーは第1幕を劇場という場面に設定。そこで繰り広げられる劇中劇バレエ『マノン・レスコー』に見入る観客の中に、マルグリッ トとアルマンがいる。贅沢三昧の華やかな生活と質素ながら愛に満ちた生活の間で揺れうごくヒロインのマノンに、マルグリットはどことなく自分の運命をだぶ らせる。その直後、マルグリットはアルマンを紹介されるのである。


この2人の運命的な出会いが作品の根幹部分。心の変化をどう演じるかで、全体の流れが決まってしまう大事な場面だ。しかし、数多いる高級娼婦たちの中でな ぜマルグリットがアルマンの心を捉えたのか、その何かがアバニヤートから漂ってこない。第一、これでは紳士たちの注目の的だったという前提すら成り立たな い。動きには柔軟性やしなやかさが欠け、表情も固い。どちらかと言えば、田舎から出てきた純情な娘そのものなのだ。もっとも、表面的な女の華やかさに嫌気 が刺していたアルマンが、都会の女とは違うマルグリットの無垢な心を最初から見抜いた・・・という解釈なら話は別だが。

それに比べて、ペッシュの演じるアルマンは小気味いい。ロマンティックなショパンの音楽に呼応するように、ピルエットやジュッテ、シェネなどが動きのフ レージングを次々と形づくってゆく。その一連の流れの中で、手先や足先の細部にまで表情をつけた動きが、アルマンという男の繊細さを描く。しかし、小柄な 身体ながらリフトはスムーズでダイナミック。繊細さと大きな動きが入り混じることで、どこか精神的に弱いアルマン像を印象づけた。ペッシュが好演しただけ に、アバニヤートの影は一層薄くなった。純朴そうで咳き込む女に、純情な男が惚れるというドラマは成り立たない。

し かし、第2幕。二人で暮らす別荘で束の間の幸せをつかんで生活する場面のアバニヤートは、前の舞台でのイメージを刷新。社交界の顔とは全く異なるマルグ リットの一面を余すことなく見せた。本当の恋を知ったことで童心に返ったような無邪気さ、くったくのない笑い声まで聞こえてきそうなマルグリットなのだ。 清純で自然体、天真爛漫なアバニヤートの持ち味がそのまま生かされたともいえる。だからこそ、アルマンの父親から「娘の結婚に差し障るから息子と別れてく れ」と頼まれたときの悲しみが、痛いほど観客に伝わってきた。

アルマンの父親役を客演したミカエル・ドナールは17歳からダンスを始めた遅咲きながら、その10年後にはパリ・オペラ座エトワールに任命されるという快 挙を成し遂げたダンサー。現在は国内外でクラシックとコンテンポラリーのレパートリーを数多くこなし、芝居の分野でも活躍、教育にも力を注ぐ。そうした経 験からか、演技の中で消化する振りの扱いが出色だ。ドナールが描く父親は、理不尽な要求をマルグリットに突きつけながらも良心に呵責の念を禁じえない。観 客の同情をも集める人間像を作り上げていた。


マルグリットが死を迎える最終幕は、オペラではアルマンとマルグリットが最後のデュエットをドラマチックに歌い上げるが、ノイマイヤーはあえて2人を再会 させない。再び冒頭の劇中劇バレエ『マノン・レスコー』を上演する劇場に現れたマルグリットは、アメリカの荒野を逃亡するマノンが疲れ果て、恋人の腕の中 で死んでゆく壮絶な最期を見る。しかし、病状が悪化して自宅に戻ったマルグリットを温かく包む人はいない。アルマンは現れず、孤独と貧困の中で息絶える。 あまりにもリアルで、むごい結末だ。

ノ イマイヤーは、退廃文化の象徴として生きざるを得なかった一人の女性を、美化したくなかったに違いない。マノンのように、最後は恋する男性の腕の中で死ね たのだから幸せだった、というオペラやバレエにつきものの短絡的な女性観へのアンチテーゼとも受け取れた。その意味では、アバニヤートは演出家が意図した マルグリットを忠実に演じていたのかもしれない。際立ったオーラや薄幸な女特有の可憐さはないものの、全編を通して不幸な女の影がつきまとう。死の床で は、やすらかな表情をたたえて死んでいった、とは微塵も感じさせない。わざとらしさを極力排除したシュールなマルグリット像が新鮮でもあった。

結果から言えば、アバニヤートにとって初の『椿姫』で、ここまで現代感覚を持ち込めたのは評価に値する。カーテンコールで見せた自信に満ちた表情からは、エトワールの座もそう遠くないことを予感させた。


ユルゲン・ローゼによる舞台美術と、ロルフ・ヴァルターの照明、全編に散りばめられたショパンのピアノ曲の数々が、見事にマッチした作品だ。特に、生演奏 を担当したポーランド系ピアニストのフレデリック・ヴェスニッターとエマニュエル・ストロッサーの功績が大きく、美しいリリシズムが全体に豊かな色彩感覚 と活力をもたらしていた。演奏は、ミヒャエル・シュミッツドルフ指揮パリ・オペラ座管弦楽団。

新シーズンが幕開ける9月18日から30日まで、『椿姫』は引き続きガルニエ宮で上演されるが、7月28日現在、ネットサイトhttp://www.operadeparis.fr/ で確認できるチケット購入可能な公演は以下のとおり。
9月23日(土曜日)午後2時半開演、午後8時開演
9月24日(日曜日)午後2時半開演、30日(土曜日)午後2時半開演