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三崎 恵里 text by Eri Misaki 
[2016.12.12]

ABT秋公演からアシュトンの『モノトーンズ 1と2 』、シムキンが踊ったバランシンの『放蕩息子』

American Ballet Theatre  Fall Season  アメリカン・バレエ・シアター秋公演
“Monotones I and II” by Frederick Ashton、 ” Her Notes“ by Jessica Lang、 “Prodigal Son” by George Balanchine
『モノトーンズI and II』フレデリック・アシュトン:振付、『彼女の音楽』ジェシカ・ラング:振付、『放蕩息子』 ョージ・バランシン:振付

アメリカン・バレエ・シアター(ABT)秋の公演のミックス・プログラム3作品から、古い作品のリバイバルを紹介しよう。
まずはフレデリック・アシュトン(Frederick Ashton)の『モノトーンズ1と2』(Monotones I and II)。エリック・サティ(Erik Satie)の曲をクロウド・ドビュッシー(Claude Debussy)、ロラン・マニュエル(Roland Manuel)、ジョン・ランチベリー(John Lanchbery)がオーケストラ化したものに振付けられたもので、元々はジョフリー・バレエの創立者、ロバート・ジョフリーの依頼でアシュトンが振付けたという。『モノトーンズ2』の方が先に発表され(1965年)、翌年『モノトーンズ1』が製作された。

ny1612a_01.jpg 『モノトーンズ1と2』Photo: Marty Sohl.

『モノトーンズ1』では暗いステージにステラ・アブレラ(Stella Abrera)、イザベル・ボイルストン(Isabela Boylston)、そしてジョセフ・ゴラック(Joseph Gorak)の3人のダンサーが立っている。3人とも薄い黄緑色のユニタードに同色の帽子を身に着け、きらきら光るラメが帽子とユニタードにあしらわれている。アブレラとボイルストンの女性二人をゴラックがかわるがわるサポートする形で踊りが展開する。ユニセックスの統一された動きで、三人ひとかたまりになって動く時もあれば、ドミノ式に動いたり、シンメトリーを形成するときもある。基本的に音楽の視覚化で、クラシック・イディオムを基にした美しい振りと形でまとめてある。
この作品は『モノトーンズ2』の方が有名。立っている二人の男性(アレクサンダー・ハモウディ/Alexandre Hammoudi、サン・ウー・ハン/Sung Woo Han)が前後に脚を開脚した形で横たわっている女性(ヒー・セオ/Hee Seo)を、木でも持ち上げるかの様に立てさせるところから始まる。セオは小柄で華奢なダンサーだ。
サティの代表的な楽曲、「ジムノペディ」に忠実に乗って、美しいクラシック・ラインが連続する。ゆっくりとした、水中の世界の様でもあれば、宇宙の様でもある、コンパクトにまとまったトリオだ。振付けたアシュトンはあるインタビューで、この作品は当時アメリカが月面着陸したことにインスピレーションを得て、月と地球を表現したと話していることから、第2部が月であれば、第1部は地球と言えるだろう。バレエ・リュスの革新的な活動を更に延長したコンテンポラリー・バレエの走りの作品とも言るが、バレエは美しいものという観念を維持して、クラシック・テクニックを強調した作品となっている。

ny1612a_02.jpg 『放蕩息子』Photo: Rosalie O’Connor.

もう一つの古典作品はジョージ・バランシン(George Balanchine)の1929年の作品、『放蕩息子(Prodigal Son)』。当時バランシンは弱冠24歳だったという。音楽はセルゲイ・プロコフィエフ(Sergei Prokofiev)の同名の曲(L’Enfant Prodigue)。バレエ・リュスが盛んに活動していた頃、セルゲイ・ディアギレフの依頼で製作された。後に近代バレエの草分けとなるバランシンの、数少ないストーリー・バレエである。と同時にバランシンが振付家として国際的に名声を得るきっかけとなった作品でもある。
物語はある家の息子が親の教えに反発して家財を持ち出して家出をする。しかし、見知らぬ土地の人々に出会い、女性の色香に迷って、せっかく持ち出した家財を渡してしまい、無一文になってしまう。身を持ち崩した息子はよれよれになって自宅へ帰りつく。迎えた父親は息子を責めること無く、抱きとめる。世界共通のストーリーであることもあり、このバレエは国際的に広く受け入れられた。
放蕩息子をABTのトップダンサーの一人、ダニール・シムキン(Daniel Simkin)が踊った。彼本来の強いピルエットをそこここで見せるが、残念ながらこのバレエは彼のテクニックを誇示する振付ではあまりない。同様のことはバリシニコフがこの役を踊った時も言えた。しかしシムキンは、聞かん気の強い放蕩息子が、異国の女に骨抜きにされ、他愛なく騙されてみじめに親元に帰る様を良く演じた。
異国の女を演じたヴェロニカ・パート(Veronica Part)は、美しいというよりはグロテスクなイメージを強調した。この役はどのカンパニーでもプリンシパルが美しく演じるが、パートは衣裳の長いマントを敢えて「よっこらせ」と言わんばかりに両足の間から引っ張り出して扱う様がむしろ滑稽で、決して優雅な女ではないのが却ってよかった。
ジョルジュ・ルオーによる美術と衣裳は重々しく古風で、美術を見ているだけでも貴重な作品を見ていると感じる。また、家の柵がそのまま向きを変えると、異国のテーブルや、放蕩息子が縛り付けられる台に変身する創造性は素晴らしい。
この物語は聖書の寓話に基づいているが、「可愛い子には旅をさせよ」を地で行くこのストーリーは、人種や文化を超えて受け入れられるもので、最後に何も言わずに、帰ってきた息子を抱き上げる父親の姿は真実以外の何物でもない。異国で女や人々に騙されたり、快楽に酔ってしまう放蕩息子の姿も真実味があって観客には受け入れやすい物語だ。他愛もなく当たり前の物語だが、長く受け入れられる作品である。
(2016年10月28日夜 David H Koch Theater at Lincoln Center)