ダニール・シムキンのアクロバティックな大技が拍手喝采に包まれた、ABT『ホイップクリーム』

ワールドレポート/ニューヨーク

ブルーシャ 西村 Text by BRUIXA NISHIMURA

American Ballet Theatre アメリカン・バレエ・シアター

"Whipped Cream" by Alexei Ratmansky
『ホイップクリーム』アレクセイ・ラトマンスキー:振付

10月20日から30日まで、ニューヨークのDavid H. Koch Theaterで、アメリカン・バレエ・シアター(ABT)の秋の公演がありました。
私は10月21日の『ホイップクリーム』の公演を観ました。観客は満員でした。
主役のザ・ボーイはダニール・シムキン(Daniil Simkin)、プリンセス・ティーフラワーはデヴォン・トイシャー(Devon Teuscher )、プリンス・コーヒーはコリー・スターンズ( Cory Stearns )でした。
この日ザ・ボーイの代役出演だったシムキンは、初聖体を受けるホイップクリームが大好きな8歳くらいの少年役に、小柄な体格が生かされていて、無邪気で元気いっぱいで活発に動き回る雰囲気が合っていて、ピッタリなはまり役でした。
『ホイップクリーム』は、もともと" Schlagobers " というタイトルで、ハインリッヒ・クルーラー( Henrich Kroller )が振付けたウィーン国立歌劇場で1924年に初演され作品です。
ABTでは、ラトマンスキーが振付け、舞台セットや衣装も含めて現代風に作り直し、2017年3月15日に初演されました。それ以降、Covid19で劇場閉鎖のためABTの活動休止期間もはさみましたが、初演以来5年半が過ぎて、ABTのレパートリーとして定着してきています。
このABTの作品は、アメリカのポップ・シュールレアリスム(ロウブロウ・アート)で有名な画家マーク・ライデンが舞台セットと衣装デザインをしていて、今までの他のABTの作品とは違う雰囲気の仕上がりで、独特の異彩を放っています。舞台の隅々まで、美術的に完成度が非常に高く、観客は、ライデンの絵本の夢の世界へ飛び込んだような楽しい体験が出来ます。
ダンサー以外の登場人物の、神父、医師、運転手、動物(馬)、妖精などは、デフォルメされた巨大な頭部のお面(頭を包むかぶりもの)をつけています。

wcstearnsteuschersimkingranlund1kf.jpg

Cory Stearns, Devon Teuscher, Daniil Simkin, and Breanne Granlund in Whipped Cream. Photo: Kyle Froman.

『ホイップクリーム』は全2幕です。
ある日曜日に教会で、ザ・ボーイが友だち数名と初聖体(キリスト教・年齢は8〜9歳)を受けた後、神父さんに見送られて、馬車の送迎によりみんなで帰るシーンから始まります。動く大きな馬車がセットされ、運転手のおじさんもいます。
帰り道に子供たちはみんなでお菓子店に連れていってもらい、その時、お菓子店の台所で、ザ・ボーイがこっそり、大好きなホイップクリームが入ったボールを抱えてなめまくります。すると食べ過ぎてお腹が痛くなり、お腹をおさえて倒れこみ、すぐに病院へ連れていかれてしまいました。子供たちはみんな帰りました。
子どもたちが帰った後、お菓子店が静まり返ると、少しずつお菓子の精たちが現れます。マジパンの射手、槍を持つキャンディーケーン、ジンジャー・ブレッドの剣士たちが、棚から1人ずつ出てきました。ダンサーたちはそれぞれ4人ずつのグループで、戦いの踊りを踊ります。踊り終わると、元いた棚の中へと全員が帰って行きました。
次に、棚の紅茶缶の中からティーフラワー・プリンセスが現れ、コーヒー缶の中からコーヒー・プリンスが出てきました。ティーフラワーはプリンセスの他4名が加わり、5名で踊りました。センターで踊るプリンセスは、茶葉が風にゆられて羽ばたいているような軽快さが印象的なさわやかな踊りで、紅茶のさっぱりしたイメージに合っている振付でした。ティーフラワー・プリンセスのトイシャーは美しいダンサーで、とても安定した踊りのうえ、コケティッシュな演技がよく出来ていました。
コーヒー・プリンスはティーフラワー・プリンセスに一目惚れしてしまいます。コーヒーたちは3名の男性とともに、センターのプリンスとしてスターンズが踊りました。戦士のように、男らしさを表現した踊りでした。
プリンス・ココア、ドン・ズッケロ(シュガー)もティーフラワー・プリンセスに惹き付けられて、彼らも彼女の好意を勝ち得るために、競ってアピールして踊ります。センターのダンサーは、ソロで踊りました。
そしてまたティーフラワーたちも出てきて踊りました。トイシャーとスターンズのパ・ド・ドゥもあり、大きなリフトが続き、求愛と迷い、逃げる演技、なかなか思うようにいかない様子がよくできていて、物語を盛り上げていました。終わると、それぞれ1人ずつ戸棚の元いた缶の中へと帰っていきました。缶には、ティー、コーヒー、砂糖など、ラベルに書いてありました。
お菓子店のシェフが台所に戻り、再びホイップクリームを混ぜ始めました。ザ・ボーイの夢と混ざっていき、白いホイップクリームたちの大勢の群舞が少しずつ現れました。群舞は白いホイップクリームをイメージした衣装で全身真っ白、白で薄く透けた生地のマント、頭の上がホイップクリームの先のようにとがっている白いかぶり物をしていました。白い群舞は大勢で迫力があり、スピード感がある踊りで、美しいシーンでした。背景いっぱいに巨大なホイップクリームが描かれていました。ここで第1幕が終わりました。



wcgranlundsimkin1kf.jpg

Breanne Granlund and Daniil Simkin in Whipped Cream. Photo: Kyle Froman.

2幕は、病院のシーンから始まりました。ザ・ボーイは病院のベッドで寝ていて、目を覚ますと病院から逃げ出したがっていましたが、医師と看護婦がやってきてザ・ボーイに注射をしました。背景には大きな片目があり、ザ・ボーイの様子をずっと監察していました。
ザ・ボーイがぐっすり眠り始めると、お菓子の精のプリンセス・プラリネ(タイラー・マロニー Tyler Maloney)が現れて、ザ・ボーイを病院から脱出させるのを手伝いました。シムキンは救出しにきてくれたマロニーと楽しそうにパ・ド・ドゥで踊りました。無邪気な少年らしさが自然に表現できていて、ヴァリエーションではシムキンにしか出来ないような大技、大ジャンプをして宙で開脚している最中に前後の足を入れ替えてからまた開脚して着地をしたりと、難易度の高い踊りを軽々とこなす技術は未だに健在でした。このシムキンのように他のダンサーには出来ないような大技を繰り広げる見せ場があるバレエは、それぞれのダンサーの個性を前面に出して大切に表現していくABTらしい特色だと思います。
マロニーはお菓子の精らしい、可愛らしく明るい踊りを見せて、安定していました。2人は楽しく喜びあってハグをしました。そして白い長い毛がフサフサな、巨大な可愛らしい動物(スノーヤック)が出てきて、彼はそれに乗っていきました。
病院と医師のシーンになり、医師はひどい頭痛のため、薬ではなくアルコールを飲んで気を紛らわせていました。すると、アルコールのビンたちが踊り始めます。ダンサーたちは衣装がウォッカやチェリー酒のビンの形になっていて、絵本のようで可愛かったです。アルコールたちの踊りは、男性2人と女性1人のパ・ド・トロワがあり、女性をリフトし盛り上がりました。
そして医師は酔っ払って『白鳥の湖』のような振付で、手を上下にパタパタさせてパ・ド・ブレで横切って、フラフラして動かなくなりました。観客は大笑いして受けていました。看護婦たちも同じようにお酒を飲んで酔っ払ってしまいました。そのすきに、ザ・ボーイは、プリンセス・プラリネによって病院から救出され、彼女のお菓子の国へ向かいました。
プリンセス・プラリネの国では、様々なお菓子の精たちがザ・ボーイを盛大に歓迎して祝ってくれました。第1幕で出てきたコーヒー、ティーフラワー、ホイップクリームなども次々に踊りました。
プリンセス・プラリネとザ・ボーイのパ・ド・ドゥもあり、シムキンはピルエットではたくさん回転して、ジャンプして宙で片足をぐるっと大きく回したり、この第2幕では大技をたくさん見せて実力を発揮させていました。シムキンの大胆な大技の度に観客からどよめきが起こり、とても喜んですごい拍手が続きました。
ザ・ボーイは、この夢のお菓子の世界のマスターであるニコロに会って、お菓子の国へ歓迎されました。ザ・ボーイの衣装が全身金色の半ズボンのスーツに早変わりしていました。ザ・ボーイとプリンセス・プラリネは結婚することになり、2人で台の上に上って、皆に祝福されて終わりました。

お菓子の国、8歳の少年が主人公であること、絵本の中の夢のような美しいシーンで構成されていること、サーカスのようなアクロバットな振付があることなど、子供たちにも喜ばれる演目だと思いました。
(2022年10月21日夜 David H. Koch Theater)

記事の文章および具体的内容を無断で使用することを禁じます。

ページの先頭へ戻る