ABTで活躍中の注目の新星、山田ことみ インタビュー

ワールドレポート/ニューヨーク

インタビュー=香月 圭

英国ロイヤル・バレエとアメリカン・バレエ・シアター(ABT)、ニューヨーク・シティ・バレエ(NYCB)のダンサーたちが一堂に会する8月開催の「The Artists -バレエの輝き‐」に出演するABTの山田ことみに話を聞いた。彼女は英国ロイヤル・バレエの五十嵐大地と初めてパートナーを組む。プロデューサーの小林ひかるが「体からにじみ出るパワーが似ている二人をぜひ組ませたい」と希望して実現したカップリングだ。
山田ことみは、2020年9月にABTスタジオ・カンパニーへの入団を果たし、2022年2月からABTメイン・カンパニーの研修生として正式入団した。2022年9月には正団員のコール・ド・バレエに昇格した。
2015年YAGP ニューヨーク・ファイナルのクラシック部門では第2位、翌2016年YAGP ニューヨーク・ファイナルのクラシック部門では第3位となり、モナコのプリンセス・グレース・アカデミーのフル・スカラーシップを授与されて14歳のときに留学した。在学中に出場した2020年ローザンヌ国際バレエコンクールでは怪我のため、惜しくも途中棄権となり、コンクールでの受賞は逃したものの、ABTスタジオ・カンパニーからのオファーはこの会場で行われたという。けがの功名とは、まさにこのことだろう。

――「The Artists -バレエの輝き‐」のリハーサルが行われたそうですね。NYCBプリンシパルのタイラー・ペックさんの新作を踊ってみた感想はいかがでしたか。

Flames_of_Paris_kotomi.jpeg

『パリの炎』

ことみ:タイラーはNYCBの方なので、踊りのスタイルもバランシンの感じが強いのではないかと思ってそれなりの準備はしていました。しかし実際に踊ってみると、確かに少しはバランシン系の動きも入ってはいますが、でもバランシン作品とは全く違うなという印象を持ちました。バランシンのスタイルにとらわれすぎない、フリーな感じのコンテンポラリー作品でした。タイラー自身もダンサーなので踊り手の気持ちもわかっていらっしゃるだろうし、踊っていて楽しかったです。踊りにくい振りも全くなく、リハーサルもトントンと進んでいって楽しかったです。

―― ABTとNYCBのスタイルはかなり違うのでは、と観客の側としては勝手に想像してしまうところもあるのですが、タイラーさんの作品を実際に踊ってみてダンス・カルチャーの違いというのは感じましたか。

ことみ:NYCBの舞台を見ると確かにABTとの違いを感じるのですが、今回振付をいただいて踊ってみたら、そのような違いは全く感じませんでした。でも基本的には、NYCBの皆さんはやはり速い曲でスピーディーに踊るのがお好きなのかな、という印象はあります(笑)。

―― タイラーさんの新作はフィリップ・グラスの音楽で、滑川真希さんによるピアノの生演奏でリハーサルが行われたそうですね。

ことみ:リハーサルの前半は携帯電話での音出しで、後半はピアニストの方と一緒に合わせてみたのですが、踊っていてもやはり生演奏は違うなあと思いましたし、ただ漫然と聞いていても気持ちよかったです。オーケストラで演奏しているわけではないのですが、迫力が全然違いましたし、踊っている私達も、とにかく気持ちよくて踊りやすかったですね。滑川さんにその場でテンポを自在に変えていただいたりしましたが、とっさにテンポの調節ができるのもすごいなあと思いました。ロンドンからはるばるリハーサルにやって来た(五十嵐)大地くんと二人で「滑川さん、すごいねえ!」とひたすら話していました。

―― 滑川さんは演奏家として活動をされている方ですが、普段のレッスンとは少し違う感じでしたか。

ことみ:私は音楽とか楽器にはそれほど詳しくはないのですが、弾いた後や私たちが踊っている様子を見て出されるご意見が、面白いなと思いました。演奏家の方と合わせるときはいつも思うことですが、ダンサーが覚えやすいように取るカウントと、譜面としてきちんと決まっている演奏家のカウントはそれぞれ違うので、音楽家の見地からの意見を出されると、「確かにそうだ」とか「そのようにカウントするんだな」などいろいろなことを気付かされることが多いです。今回、滑川さんは踊ってパッと決めるポーズが音にハマったりすると、「すごい!」と言ってくださったりしました。バレエの界隈の方々にとっては当たり前のことなので、今回のような場合でも特に反応されることはないのですが、今回のように「すごい」などと言われると気分が上がったりしました。

Twyla_Tharp_kotomi@YAGP_tampa_Gala_2022.jpeg

『Known By Heart Duet』より「Junk pas de deux」(トワイラ・サープ振付)YAGP タンパ・ガラ 2022にて、ABTの同僚ジェイク・ロクサンダーと © Carlos Quezada

―― リハーサルで英国ロイヤル・バレエの五十嵐大地さんと『海賊』を踊った感想はいかがでしたか。

ことみ:今回のリハーサルでは、特にタイラーさんのコンテンポラリー作品と、アレクセイ・ラトマンマンスキー振付のネオ・クラシック作品『7つのソナタ』をメインで踊ってみようということで『海賊』に割くことのできた時間はわずかだったのですが、大地くんはこの演目を披露した経験が豊富なので踊り慣れており、試しに音楽をかけて一緒に踊ってみると、彼はサポートが上手で安心できました。これなら大丈夫という手応えを感じて、リハーサルもスムーズに進みました。

―― ラトマンスキーさん振付の『7つのソナタ』のリハーサルはいかがでしたか。

ことみ:この作品は複雑で難しい振付もありますが、そこまで極端に難しいものではありませんでした。しかし、求められるものは結構難しく、体の使い方とか音の使い方などが独特で面白いです。理想に近づけようと実際やってみると難しいので、そういう点が今後の課題だと思います。

―― 現在、ABTにコール・ド・バレエにご在籍で、今年度のシーズンが終盤になりますが、ラトマンスキーさん振付の『くるみ割り人形』『ホイップクリーム』『四季』などの作品にもご出演されましたか。

ことみ:はい。これらの作品には全部出演しました。彼の作品で見覚えのある動きがあり、彼のスタイルらしいという動きがいくつかありました。一度、ストーリー・バレエのリハーサルにラトマンスキーさんご本人が参加されて、実際に目の前で見本を自ら踊って見せてくださったことがありましたが、トウシューズは履いていないものの、口と手だけで指示するのではなく、全身を使って動いて、踊り手より汗をかいているのではないかというくらいに一生懸命踊られるので、ご自身の作品を伝える情熱はすごいなと思っています。

―― ABTの公演でソリスト役として4羽の白鳥(リトル・スワン)を踊られたそうですね。

ことみ:それは前芸術監督のケヴィン・マッケンジーのときのプロダクションで、夏のシーズンでも『白鳥の湖』が上演される予定です。今回もリトル・スワンとコールドに配役されています。楽しみです。

―― ABTスタジオ・カンパニーとメイン・カンパニーの違いは?

ことみ:スタジオ・カンパニーとメイン・カンパニーは全く別で、一緒に踊ることはありませんでした。ABTはツアー・カンパニーなので、メイン・カンパニーはストーリー・バレエをニューヨークのほかに地方でも上演します。スタジオ・カンパニーはコンテンポラリーやネオ・クラシックの作品やクラシックのグラン・パ・ド・ドゥなどいくつかの作品のプログラムを少人数でツアーに出て上演していました。スタジオ・カンパニーの方が少人数だったので、踊る量も断然多かったし、やることも多くて大変でした。現在はメイン・カンパニーのコール・ド・バレエですが、それなりの苦労があります。

―― ABTのメイン・カンパニーで身近に素敵だなと思われるダンサーはいますか。

ことみ:素敵な方を挙げればきりがないです。プリンシパルはもちろんですが、ソリストやコール・ド(・バレエ)の中でもきれいだなと見とれる方々はいらっしゃいます。こういう点はこうしたらいいかなど、参考になるところもありますし、いつもクラスやリハ―サルで周囲の方々を観察して研究しています。

Romeo_and _Juliet_kotomi.JPG

ケネス・マクミラン振付『ロミオとジュリエット』

The_Dream_kotomi.JPG

フレデリック・アシュトン振付『真夏の夜の夢』

―― ABTのメイン・カンパニーには住谷健人さんと木村花音さん、そして松浦祐磨さんも研修生として在籍していますが、日本人メンバーの交流はありますか?

ことみ:日本人ダンサー同士の交流はたくさんあります。毎日どこかのビルですれ違う度に普通に日本語で話します。たまに日本人同士で週末夕飯を食べに行ったり、ツアー中でも「日本人ディナー」と称して一緒に出かけたりしています(笑)。

―― ABTスタジオ・カンパニーに入団された経緯を教えてください。

ことみ:ローザンヌ国際バレエコンクールで怪我した後に ABTスタジオ・カンパニーからオファーをいただきました。このコンクールは本番だけではなく、一週間の会期中、クラスとコーチングも審査されるのですが、ディレクターのサシャ・ラデツキーさんが初めからご来場されていて、私に注目していただいていたそうです。怪我して準決選に出場できなくなると、スカラシップをいただけなくなるのですが、ラデツキーさんは逆にそれを「チャンスだ!」と捉えて、追いかけてきてくださいました。ちょうどパンデミックもすぐ後に重なり、怪我のためオーディションビデオを録ることもできず、もちろん海外に行くことも叶わなかったので、スタジオ・カンパニーからのオファーを承諾しました。結果的には、この決断は正解でした。オーディションを受けずに済んで、本当にラッキーでした。

―― 留学先のプリンセス・グレース・アカデミーはモナコでしたが、アメリカのABTスタジオ・カンパニーに入団されてダンスのスタイルの違いを感じましたか。

Swan_Lake_kotomi.JPG

ケヴィン・マッケンジー振付『白鳥の湖』

ことみ:プリンセス・グレース・アカデミーはフレンチとワガノワのミックスといった感じでした。基本的にはフレンチ・スタイルなのですが、先生のその日の気分や週ごとにエクササイズの振付がワガノワだったり、フレンチになったりしました。たまに「今日はNYCBスタイルで!」という日もありましたね。
アメリカに移ると、バレエ・クラスでさえも、ヨーロッパとは大きく違うなと思いました。実はアメリカのほうが楽に感じられます。「チート」とまでは言いませんが、見方によっては少しごまかしているように見えることがあるかもしれません。もちろん、私はヨーロッパで学んだので学校でとても厳密な動きをしていたのだと思いますが、アメリカ式に変えるのは楽でした。これが逆だったら大変だったと思います。

―― 将来はどんなダンサーになりたいですか。

ことみ:同じ作品を毎日踊っていても、毎回同じにしたくはないのです。今日はこうしようとか、自分なりのアレンジを加えています。見に来られるお客様は毎日同じものをご覧になるわけではないので、そのような小さい変化をお気づきにはならないかもしれませんが、それでも毎日同じことをやるからこそ、少しでも変化をつけて自分自身を飽きさせないようにやっていけたらなと思います。クラスなどでも常に自己観察を続け、学び続けて成長していけたらと思います。

――最後に日本でことみさんの舞台を楽しみに見に来られるお客様へのメッセージをお願いします。

ことみ:このような素晴らしいダンサーたちが来日してお届けするガラ公演はなかなか機会がないと思います。私もこのメンバーの一員であることが夢のようです。ぜひ会場に足を運んでくださればと思います。

The Artists -バレエの輝き-

会期:2023年8月11〜13日
会場:文京シビックホール 大ホール
公式サイト:https://www.theartists.jp/
出演:マリアネラ・ヌニェス、ワディム・ムンタギロフ、マヤラ・マグリ、マシュー・ボール、金子扶生、ウィリアム・ブレイスウェル、五十嵐大地(英国ロイヤルバレエ)/タイラー・ペック、ローマン・メヒア(ニューヨーク・シティ・バレエ)
/キャサリン・ハーリン、アラン・ベル、山田ことみ(アメリカン・バレエ・シアター)
演奏:蛭崎あゆみ、滑川真希、松尾久美(ピアノ)/山田薫(ヴァイオリン)

記事の文章および具体的内容を無断で使用することを禁じます。

ページの先頭へ戻る