NYCBが恒例のバランシンの『くるみ割り人形』を上演、ミーガン・フェアチャイルドとジョセフ・ゴードンが踊って拍手喝采だった

ワールドレポート/ニューヨーク

ブルーシャ 西村 Text by BRUIXA NISHIMURA

New York City Ballet ニューヨーク・シティ・バレエ

" George Balanchine's The Nutcracker " by George Balanchine
『くるみ割り人形』ジョージ・バランシン:振付

ホリデーシーズン恒例のニューヨーク・シティ・バレエ(NYCB)バランシン版『くるみ割り人形』が、11月25日から12月31日まで1ヶ月以上にわたり、David H. Koch Theaterにて上演されました。私は12月6日に観に行きました。毎年行われているニューヨークの冬の風物詩で、このNYCBの『くるみ割り人形』は大掛かりな装置も有名で人気があり、チケットは毎年ソールドアウトしますから、早めに予約する必要があります。特に有名なのは、天井高く約12メートルも伸びて大きくなるクリスマスツリーで、重さが約1トンもあります。全2幕で出演ダンサーは約90名。Covid19以降、久しぶりに観劇できたので、感慨深かったです。芸術監督はジョナサン・スタフォード(Johnathan Stafford)でした。

この「ジョージ・バランシン'ズ ザ・ナットクラッカー」は、ロシア出身でNYCBを創設したジョージ・バランシン版の独自の振付作品です。バランシンの振付ヴァージョンでは、主人公のクララを大人ではなくマリーという少女が演じ、くるみ割り人形のプリンスも少年が演じます。音楽は同じチャイコフスキーですが、もともとのマリインスキー・バレエのオリジナル作品の振付とは全く違います。『くるみ割り人形』は、ピョートル・チャイコフスキーが作曲したバレエ音楽で、レフ・イワノフ振付、サンクトペテルブルクのマリインスキー劇場で1892年初演されました。その後、様々なバレエ団が同じ音楽で独自の振付をしたものを上演し続けています。
ニューヨーク・シティ・バレエ・オーケストラ(約60名)の演奏は、劇的でとても強弱が強く巧みで、バレエ団のオーケストラの中では生演奏が特に素晴らしいと思います。毎回、このNYCBの生演奏の音楽が素晴らしくて、バレエの舞台と相乗効果で深く感動します。
主なキャスト、プリンシパルは、金平糖の精はミーガン・フェアチャイルド(Megan Fairchild)、カバリエールはジョセフ・ゴードン(Joseph Gordon)。露のしずくの精(Dewdrop)は ミラ・ネードン(Mira Nadon)、ドクター・シュタールバウム(主人)はアーロン・サンズ(Aaron Sanz)、ドロッセルマイヤーはこの日は代役のラース・ネルソン (Lars Nelson)。子役のマリー(第1幕)とリトルプリンセス(第2幕)はキャロライン・オー・ハガン、フリッツはイーサン・シュミット、くるみ割り人形(第1幕)とリトルプリンス(第2幕)はティトゥス・ランデッガーでした。

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Party © Erin Baiano

第1幕は、シュタールバウム家でクリスマス・イヴのパーティのシーンです。シュタールバウム家の子どもはマリーとフリッツです。招待客の親子たちがたくさんやって来て、そこへ黒いマントで左目に眼帯をしたドロッセルマイヤーが3つの大きなプレゼントの箱を持ってきました。
招待客の大人も子供もみんなでギャロップを踊って楽しんだ後、ドロッセルマイヤーが持ってきた大きな箱の中から男女2体の人形のダンサーが出てきて、カクカクと動きながら人形らしく踊りました。3つ目の箱からくるみ割り人形のダンサーが取り出され、元気な兵隊のような人形らしい振付で踊りました。そして3体の人形の踊りが終わると、また元通りに箱にしまわれました。
ドロッセルマイヤーはくるみ割り人形を手に持って1個ずつくるみを割り、そこに集まってきている子供たちに順番にあげました。マリーがくるみ割り人形を持っていると、フリッツがそれを奪って壊してしまいます。ドロッセルマイヤーが怪我をした部分を白いハンカチで巻いてあげて、マリーはそのくるみ割り人形をおもちゃの小さな白いベッドに寝かせました。
パーティが終わり皆が帰った後、マリーはくるみ割り人形が気になり起きてきて、人形を抱えてソファーで眠りこんでしまいました。
私がとても目を引かれたのはこの日のドロッセルマイヤーの代役で、演技力がとても高くて動きも間合いもピタッと完璧に決まっていたので驚きました。今まで観てきたドロッセルマイヤー役で一番上手なのではないかと思ったほどでした。ドロッセルマイヤーになりきって演技がとても上手なので「プロの俳優の方がやっているのか」と気になり後で調べたら、このラース・ネルソンはNYCBのコール・ド・バレエの若いダンサーで、抜擢されていることが分かりました。本来のバレエは踊りのテクニックだけでなく演技力も兼ね備える必要がありますが、踊りの振付がないドロッセルマイヤー役を俳優のように上手に演じきることが出来るラース・ネルソンは、今後のダンサーとしての成長と活躍が楽しみです。期待して注目していきたいと思います。

午前0時の時計が鳴るとクリスマスツリーがピカピカと点滅し、ドロッセルマイヤーがツリーの側に置いてある大きなフクロウのついた時計の上に乗ってマントをひるがえすと、ツリーは上に伸び大きくなって天井まで伸びていきました。くるみ割り人形とベッドも大きくなり、大きな拍手が起こりました。
ネズミの大群と頭がたくさんあるネズミの王様とくるみ割り人形(子役)の戦いが続き、くるみ割り人形がネズミの王様を倒し王冠を奪いました。マリーはくるみ割り人形のベッドで眠ったままでベッドごと外へ移動していき、舞台は森の中の雪景色になりました。くるみ割り人形は舞台上で人間の男の子の姿に早変わりして、観客から拍手が起こり、マリーにネズミの王様の王冠を着けてプレゼントしました。

すると吹雪になってきて、第1幕の最後、見所である雪の精のワルツが始まります。雪の精のダンサーたちが1人ずつ出てきて通り過ぎていき、大勢の群舞となりました。吹雪はますます強くなっていき、雪の精は4名ずつの踊りをしばらくくり返し、速いテンポで踊りました。また次の8名も続いて、両手に白いポンポンを持って、細かいジャンプとシェネを続けて移動し続けて踊ります。NYCBではすごく早いテンポで大人数の雪の精が同時に大勢、舞台上を交差して走りぬけていくうえに、吹雪が上からたくさん降り続けていき床は落ちてきた紙吹雪でいっぱいになっていくため、これはダンサーたちにとっては滑りそうな危ない踊りだろうなと、お察ししました。
でもこの大勢のスピード感のある振付と紙吹雪によって、この雪の精のワルツは、オーケストラの分厚い音楽も素晴らしく相乗効果で盛り上がり、幻想的なコーラスも入り、すごい迫力で毎回感動します。音楽と踊りがだんだん迫力を増し、クライマックスへと舞台と客席全体で盛り上がっていき、幻想的な雪の夢の世界へ入り込むことができ、だんだんと鳥肌が立ってきて深い感動が訪れます。何度もこの同じ演目を観ていると思いますが、次に何がくるかよく知っているのに何回観ても毎回このシーンは感動します。NYCBのこの演出はとても素晴らしいのだなと今回も実感しました。絵画的でもあるし、音楽と踊りと両方が盛り上がる美しいシーンです。
雪の精たちが去り、最後にマリーとくるみ割り人形から変身したリトルプリンスが手をつないで後ろ向きで、バックの森のほうへゆっくりと歩き始め、第1幕が閉じました。

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The Snowflakes © Erin Baiano

第2幕は、お菓子の国です。白いロングドレスのエンジェル(子役)が大勢でてきました。マリーとリトルプリンスが金平糖の精に導かれてきて、舞台奥に座りました。手にコメットを持ったフェアチャイルドが金平糖の精で、ソロで踊りました。フェアチャイルドは安定した踊りで、可憐で可愛らしいです。もともとのマリインスキー・バレエのオリジナルの金平糖の精は有名な振付なので私も習った記憶がありますが、このNYCBの金平糖の精は全く違うバランシンの振付で、より複雑になっています。
同じクラシック・バレエの演目でも、バレエ団によって全く違う振付と演出ですから、見比べると面白いです。バレエは歴史が長くもともと発祥したロシアではシンプルだった振付が、現代ではだんだん時代と共にバレエのテクニックの難易度が上がっていき、ダンサーの実力も平均して昔より少しずつ上がっていっているため、それに伴って振付も技を増やして難易度を上げて変化していっていることに気がつきます。振付の時代の変化を追う視点で舞台を観察してみると、現代のアメリカのバレエは、アクロバットのような難易度の高い技の見せ場が増えていると思いました。

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Sugarplum - Megan Fairchild © Erin Baiano

招待された世界各国の人々が、順番にディヴェルティスマンを踊り、金平糖の精に挨拶しました。
スペインのボレロ(チョコレート)、アラビアのコモード(コーヒー)、お茶の踊り、ロシアのトレパック(キャンディーケーンと子供たち)、葦笛(マジパン)、マザー・ジンジャーと道化たち(子供たち)、露のしずくの精、花のワルツが続きました。
アラビアのコーヒーの踊りはエミリー・キクタで、女性らしいソロが美しく、両足首に鈴をつけて踊りました。少し振付が以前のものとは変化していて、以前は両手にもリンのような金属のミニ楽器をつけて音を鳴らしていましたが、今回は手にその楽器はつけていませんでした。最後は床に180度開脚してポーズを取っていました。世界各国の踊りでは、ここが一番観客が盛り上がりました。男性のアクロバットの振付もあり、盛り上がりました。
花のワルツでは、露のしずくの精(ミラ・ネードン)は軸が安定していて回転も上手で、元気いっぱいで明るい踊りでした。大勢の花のコール・ド・バレエが踊り迫力がありました。
金平糖の精とカバリエールのパ・ド・ドゥは、フェアチャイルドとゴードンが踊りました。フェアチャイルドがアラベスクで静止して、ゴードンがフェアチャイルドをズズズと右から左へ横に引っ張って、すべらせていきました。そして2人が静止して見せると、観客の拍手で盛り上がりました。交互に2人のソロが続き、ゴードンは高いジャンプをたくさん続け、フェアチャイルドはたくさんピルエットをして、さらにグランフェッテやピルエット、シェネなど回転をたくさん入れて踊りました。
より多い回転やアクロバッティックな技が多いところも、バランシンの振付の特徴の1つだと思います。アメリカでは、昔ながらのオーソドックスなバレエと演技よりも、現在はさらにアクロバットな技を増やすことが観客から求められているのかもしれません。NYCBのバレエ・マスターであるゴンサロ・ガルシアが、最近のインタビュー記事で語っていた本来のヨーロッパのバレエと現代アメリカのバレエの違いについて、今回はその視点で考えて観察しながら観劇してみましたが、なんとなく理解できました。ヨーロッパとアメリカの客層は価値観もバレエの楽しみ方も違うし、観客に受ける内容も違うからかもしれないなと思いました。

最後はマリーとリトルプリンスの二人がソリに乗って、舞台の上へ宙を浮いていき、天へ昇って行って幕が降りました。
(2022年12月6日夜 David H. Koch Theater)

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Mira nadon, Flowers © Erin Baiano

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