トイシャーがオデット/オディールを踊って大きな喝采を浴びたABTの『白鳥の湖』

ワールドレポート/ニューヨーク

ブルーシャ 西村 Text by BRUIXA NISHIMURA

American Ballet Theatre アメリカン・バレエ・シアター

"Swan Lake" Choreography by Kevin McKenzie after Marius Petipa and Lev Ivanov、Susan Jaffe:Artistic Director
『白鳥の湖』ケヴィン・マッケンジー:振付(マリウス・プティパ、レフ・イワノフに基づく)スーザン・ジャフィ:芸術監督

ABT(アメリカン・バレエ・シアター)は、6月22日から7月22日まで、1ヶ月間、メトロポリタン・オペラ・ハウスにて、ニューヨークの夏のシーズンの公演を行いました。7月14日は2022年12月に就任した新しい芸術監督スーザン・ジャッフェ(Susan Jaffe)のお披露目の日で、今シーズン一番重要で演目は『白鳥の湖』でした。
1992年から約30年間ABTを率いてきたケヴィン・マッケンジー(Kevin McKenzie)は2022年12月に芸術監督を退任し、マッケンジーからジャフィは芸術監督をバトンタッチされました。

舞台前方に大きなスクリーンが設置され、夜7時半過ぎから幕が開く前に、新任の芸術監督スーザン・ジャフィを紹介する短編映画が15分間くらい放映されました。この映像にはジャフィの周りの関係者達も大勢登場して、彼女についてのエピソードを次々に語っていました。ジャフィの幼少期からの写真がたくさん流れ、インタビューの映像が続きました。ジャフィはABTのスクールで学び、ABTのプリンシパルとして育ち活躍し、世界中の主要なバレエ団でも長年に渡って踊りました。
ABT引退後、バレエ教師(ジャクリーン・ケネディ・オナシス・スクール)とABT理事長の顧問を兼任、ABTのバレエ・マスター、ノースカロライナ大学芸術学部(UNCSA)のダンス学部長、ABTナショナル・トレーニング・カリキュラムを取り入れて実施しUNCSA振付研究所を設立、ピッツバーグ・バレエ・シアター(PBT)の芸術監督を経て、再びABTに戻ってきました。そのジャフィの半生がざっと紹介されました。
スーザン・ジャフィは1962年、ワシントンDC生まれのアメリカ人。ABTのプリンシパルを18歳から22年間務めました。その才能、演技力とスター性をいち早く見抜いて抜擢したのは、当時のABT芸術監督だったミハイル・バリシニコフ(注1参照)でした。
ABTのプリンシパル・ダンサーの後、十分に指導者と経営側として様々な経験と実績を積んでから、機が熟してから古巣のABTに芸術監督として迎えられました。
公演の客席はすごい熱気で劇場は超満員でした。これから、ジャフィが率いるABTはさらに躍進を遂げていくことでしょう。

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Devon Teuscher and Cory Stearns in Swan Lake.
Photo: Gene Schiavone.

この日の『白鳥の湖』の公演は、プリンシパルのオデットとオディール役はデヴォン・トイシャー(Devon Teuscher)、ジークフリート王子役はコリー・スターンズ(Cory Stearns)でした。4幕で構成され、間に1度休憩が入りました。
この日は日本人ダンサー達も出番が多く大活躍で、隅谷健人、山田ことみ、木村楓音の3名が出演しました。
以前のABTとは演出の仕方がジャフィによって変わり、ABT全体で今までよりも踊り方一つ一つの動作がとても丁寧でした。ピルエットの回転数はコロナ前のABTよりも少なくなり、演技に情感を込めていて、技をきめることに気を取られないように変化していました。役柄の理解を深める演技に重点を置き、技術は肉体を使って演じる道具であることを念頭に、動作を優雅に丁寧に行うことを大切にする演出です。ジャフィはバリシニコフからの影響を受け継いで、ロシア式の伝統的な古典のバレエ本来の良さを大切にしていました。
第二幕、森の奥の湖のほとりで白鳥たちとオデットが出てくるシーンでも以前と違って、全体の踊り方の変化に気付きました。ジャフィがダンサー達の意識状態を細かく指導しているのだと感じました。おそらくジャフィはドラマターグと役柄の解釈の指導に力を入れているのではないかと思います。
湖畔のシーンの「大きな白鳥たちの踊り」と「4羽の白鳥の踊り」で最初の数秒と最後に静止しポーズをとる数秒が、昔習ったロシアの古典の振付と全く同じで、ロシアの古典の振付が忠実に再現されていることに気付きました。同じバレエの演目でも、芸術監督によって大まかには古典を再現していても、多少は細かい部分は独自に変えて演出する場合もあります。

トイシャーとスターンズのパ・ド・ドゥは息が合っていましたし、とても自然で演技力が抜群でした。踊り方に余裕があって、演技に意識が集中されていました。途中、スターンズが開脚してジャンプした時に後ろ足のヒザが伸びていなかったところが一ヶ所ありました。それから、スターンズの演技力は素晴らしく、指先まで繊細に神経を行き届かせていて、優雅な王子様の立ち居振る舞いでした。
そして幕が閉じて休憩後、第三幕が始まると、ジークフリート王子は代役のアラン・ベル(Aran Bell)に代わっていて、スターンズが怪我をして踊れなくなったため急遽、交代していました。
後で確認しましたが、スターンズは第二幕までに舞台上で怪我をしたため完璧に踊れなかったこと、幕が閉じるまで舞台上で踊り続けていたことが分かりました。これを全く少しも顔に出さず続けていたとは、さすがプロ意識です。幕が閉じるまで、観客達に気付かれないように振舞い続けました。

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Devon Teuscher and Aran Bell in Swan Lake.
Photo: Gene Schiavone.

第三幕はジークフリート王子の花嫁候補が様々な国から訪れて、王宮で舞踏会が開催されるシーンです。それぞれの国の花嫁候補がお付の者と訪れて、ハンガリーの踊り(チャルダーシュ)、スペインの踊り、ナポリの踊り、マズルカが続きました。
トイシャーは黒鳥オディール役をソロで踊り、可憐でもの悲しいオデットのキャラクターとは対照的に、強く激しいオディールを演じ分けていて、余裕がありました。『白鳥の湖』で最も難易度が高くて有名な振付である、オディール(黒鳥)のグラン・フェッテ32回転のシーンでは、トイシャーがその回転をする直前にポーズをとって静止して構えて「今から回る!」というその瞬間に、多くの観客はこれを待ち構えていたため「オォォ〜!」という大きなどよめきと拍手が巻き起こりました。
トイシャーは軸足も体幹もビクともせず余裕があり、回転スピードが速かったです。独自に最初にピルエット2回転を倍速とグランフェッテ1回のセットを何度も繰り返し、実際は32回転以上でした。観客の熱気に応えて、回転数をサービスしました。これが終わった瞬間には、どよめきと拍手が観客から起こり、最高潮に盛り上がりました。

その後のシーンは、ジークフリート王子がオデットと見間違えてオディールに愛を誓ってしまったことに気付き、あわてて森の湖までオデットに許しを乞いに行きましたが、時すでに遅し、魔法が解けなくなったオデットは湖に投身してしまい、ジークフリート王子もその後を追って飛び込んでしまいました。その真実の愛に負けて、ロットバルトも滅びました。このシーンは群舞の白鳥たちの迫力があり美しく、大事な要素です。
最後は、ジークフリート王子がオデットが天国で結ばれるという様子が、湖のほとりで昇ってくる朝日の薄いスクリーンの中に2人の姿が浮かんで、終わりました。
(注1参照)https://www.chacott-jp.com/news/worldreport/newyork/detail031653.html
(2023年7月14日夜 メトロポリタン・オペラ・ハウス)

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