ジャレッド・アングルが『火の鳥』のイワン王子を踊ってさよなら公演、ニューヨーク・シティ・バレエ

ワールドレポート/ニューヨーク

ブルーシャ 西村 Text by BRUIXA NISHIMURA

New York City Ballet Jared Angle Farewell Performance
ニューヨーク・シティ・バレエ「ジャレッド・アングル引退公演」

「 Classic NYCB Ⅰ」" Allegro Brillante" by George Balanchine、" Liturgy" by Christopher Wheeldon、" Walpurgisnacht Ballet" by George Balanchine、" Firebird " by George Balanchine & Jerome Robbins
「クラシックNYCB Ⅰ」『アレグロ・ブリランテ』ジョージ・バランシン:振付、『リタジイ』クリストファー・ウィールドン:振付、『ワルプルギスの夜』ジョージ・バランシン:振付、『火の鳥』
ジョージ・バランシン& ジェローム・ロビンズ:振付

2月4日午後に、ニューヨーク・シティ・バレエでは、プリンシパル・ダンサーのジャレッド・アングル(Jared Angle)の引退公演が「CLASSIC NYCB Ⅰ」として開催されました。
ジャレッド・アングルは1981年ペンシルベニアに生まれ。6歳からバレエを始め、96年にニューヨークのスクール・オブ・アメリカンバレエ(SAB)に入学しました。98年にはNYCBに入団し、2001年にソリスト、05年にプリンシパルに昇進し、25年間もNYCBで活躍しました。退団後はデンマーク王立バレエ団のバレエ・マスターに就任し、ダンサーの指導にもあたります。
この日の「CLASSIC NYCB Ⅰ」の公演は、2回の休憩をはさんで4作品が上演されました。

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Tyler Angle and Company in George Balanchine's Allegro Brillante Photo by Erin Baiano

最初の作品は『アレグロ・ブリランテ』ジョージ・バランシン振付、1956年ニューヨーク初演です。音楽はチャイコフスキーの「ピアノ協奏曲第3番」で、演奏はピアノのソロでした。
バランシンはこの作品について「このバレエにはクラシック・バレエについて私が知っていたすべてが含まれています。物語的なアイデアはなく、できる限りダンサーに音楽を補完してもらいたいと思っただけでした。」と語っていました。
パ・ド・ドゥはミーガン・フェアチャイルド、タイラー・アングルで、他は8名のコール・ド・バレエが踊りました。
最初にコール・ド・バレエの男女4組ペアが登場し、フェアチャイルドとアングルが踊りました。そしてフェアチャイルドともに女性ダンサー4名が踊り、次にアングルと男性ダンサー5名が踊りました。再び、フェアチャイルドとアングルがパ・ド・ドゥで情感を込めて踊り、次にコール・ド・バレエの男女4組ペアが同じ振付をそろって踊りました。
簡単な基礎的な動作に基づいた振付で、音楽にあわせて繰り返す動きが多く、難易度が高いテクニックは特にありませんでしたが、バランシンが語ったように、バレエの基本が展示されていくような振付です。
フェアチャイルドとアングルはベテランでとても安定した丁寧な踊りでした。最後、フェアチャイルドはポワントでアラベスクをキープして、そのままの状態でアングルに横に引きずられて去っていきました。大きな拍手が起こり、歓声がわきました。

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Jovani Furlan and Sara Adams in Christopher Wheeldon's Liturgy Photo by Erin Baiano

次の作品は『リタジイ』。クリストファー・ウィールドン振付、2003年ニューヨーク初演です。音楽はアルヴォ・ペルト(Arvo Pärt)、演奏はヴァイオリンのソロでした。サラ・アダムス、ジョヴァンニ・フルランがパ・ド・ドゥを踊りました。振付はバレエ・ベースですが、表現はコンテンポラリーです。現代作曲家の音楽により作品を発表してきたたウィールドンが、1935年生まれのエストニアの作曲家ペルトの「兄弟」を意味する曲を選んで振付けました。ウィールドンはペルトの曲により、NYCBに『アフター・ザ・レイン』も振付けています。現代作曲家の音楽を使いながら、クラシック・バレエの基本を大切に振付しており、古典的なバレエのテクニックと現代音楽を共鳴させて、しっかりと現代的な振付作品に仕上げています。
クリストファー・ウィールドンは英国生まれで、ロイヤル・バレエ・スクールを卒業し、英国ロイヤル・バレエ団で踊りましたが、若くしてニューヨークに移住し、NYCBに入団し常任振付家として起用され、才能を開花させました。ウィールドンはアメリカには無い、英国ロイヤル・バレエの古典のバレエの基本をしっかりと自分の振付に盛り込み、現代音楽と融合させて、独自の振付作品を発表しています。近年ではブロードウェイ・ミュージカルの振付で活躍しトニー賞を受賞しました。
このパ・ド・ドゥは静かで神秘的な作品で、兄弟に扮する2人の男女のダンサーが暗闇の中で分離し、お互いに戻ってくるまでの激しい情熱が盛り上がりながら、再び一緒に暗闇の中に消えていきます。宗教的な厳粛さを感じさせ、起承転結のストーリー性がある作品です。
舞台は照明が薄暗く、スポットライトが使われていて、ダンサーが浮き上がって見えました。アダムスがソロで立っていて、その斜め後ろにフルランが立っていました。2人とも2番ポジションで立ち、交互にプリエしたり、また、2人は5番ポジションで立ったままで、上半身と両腕を使って動いていたところもありました。ゆったりとした動きが多く、リフトもありました。2人で同じ振付を踊るところが多かったです。
アダムスはとても美しい女性で、舞台上でとても映えていて、目立っていました。

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Emma Von Enck and Company in George Balanchine's Walpurgisnacht Ballet Photo by Erin Baiano

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Unity Phelan, Adrian Danchig-Waring, and Company in George Balanchine's Walpurgisnacht Ballet Photo by Erin Baiano

3作目は『ワルプルギスの夜』。ジョージ・バランシン振付、1980年ニューヨーク初演、音楽はシャルル・グノーです。バランシンが1975年にパリ・オペラ座でオペラ『ファウスト』(グノー、1859年初演、1869年に『ワルプルギスの夜』のための音楽は追加して作曲された)を上演するために振付けたバレエで、NYCBでは1980年に独立した作品として上演されました。
バレエ『ワルプルギスの夜』は、オペラ『ファウスト』の最終幕で踊られます。メフィストフェレスが、死者の魂が一時的に解放された自由なお祭りをファウストに見せる場面です。
主要なダンサーは、ユニティー・フェラン、エイドリアン・ダンチヒ・ワォリング、エマ・フォン・エンクの3名で、他に多くのコール・ド・バレエが踊りました。
フェランのソロは安定していて、右回転と左回転を交互に続けて軸足が入れ替わり続けるところや、ピルエットを続けて舞台上を横切りシェネをしたところもありました。そしてポーズし、ここは客席から歓声が上がり、大きな拍手が起こりました。
ワォリングのソロは、とても安定していて、高く大ジャンプしても着地でほとんど音がせず、全身がコントロールされていました。これは上半身をキープして、全身の重心が上へ上へと完璧にコントロールされているということでしょう。ウォリングは動きに余裕があり、とても軽やかに踊れます。また、フェランとワォリングのパ・ド・ドゥでは、リフトのポーズも決まって拍手が起こりました。バランシンらしい優雅な振付でした。

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Ashley Hod and Jared Angle in George Balanchine's Firebird hoto by Erin Baiano

最後の作品は『火の鳥』。
ニューヨーク・シティ・バレエでは『火の鳥』を1949年にシティ・センターで初演しました。音楽はストラヴィンスキーの初めてのバレエ音楽で、ミハイル・フォーキンの振付で1910年にパリ・オペラ座で初演され評判になりました。バランシンはオーケストラ組曲を使用しています。舞台セットと衣装デザインはマルク・シャガールです。そして1970年、新たにニューヨーク州立劇場(現在のDavid H. Koch Theater)で上演する際に、美術はシャガールのオリジナルデザインに基づいて、カリンスカが新たにデザインしました。そして振付もバランシンとロビンズにより、新たに改訂されました。ロビンズはカスチェイとその主題のエピソードを担当しています。
火の鳥はアシュレー・ホッド、イワン王子はジャレッド・アングル、王子の花嫁はミリアム・ミラー。そしてコール・ド・バレエが踊りました。
シャガールのオリジナルデザインによる絵画がスクリーンに拡大された舞台セットの中で、華麗な衣裳を纏ったダンサーたちが踊るので、客席ではまるでシャガールの大きな絵本の中の世界に入り込んだような感覚に陥ります。
アングルが演じるイワン王子は手にアーチェリーを持って森の中で幸運の象徴である火の鳥を探していて、夜になってしまいました。イワン王子は魔王カスチェイの庭園に迷い込んでしまったのです。そしてそこに、魔法の黄金のりんごの木を目当てに火の鳥が来ているのを見つけました。
火の鳥のホッドがソロで踊っていましたが、イワン王子が忍び寄って捕まえてしまいました。
火の鳥とイワン王子のパ・ド・ドゥとなり、火の鳥は抵抗しますが、魔法の羽1枚と引き換えに解放してもらいました。

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Jared Angle's farewell bows. Photo by Erin Baiano

そしてカスチェイの魔法によって囚われている13人の王女たちが現れ、豪華絢爛なロングドレスを靡かせて、イワン王子とロンドを踊りました。イワン王子はその中の1人の王女と恋に落ちました。
夜が明けると、王女たちは城内へ走り去ってしまいました。魔王カスチェイが戻ってきて、手下の魔物がイワン王子を捕えました。
魔王カスチェイは、イワン王子を魔法で石に変えようとしましたが、危機一髪でイワン王子が火の鳥にもらった魔法の羽を振ると、魔物は眠ってしまいました。火の鳥が現れて、魔王カスチェイの命は魔法の木の根元にある大きな卵の中にあることを知らせて、また去っていきました。
この時の火の鳥の踊りの振付が素晴らしかったです。真っ赤に燃える火の鳥の情熱的な踊りで、踊り終わってから最後に舞台から去る時に、上半身を外へ海老反りのように曲げ、そのままの姿勢で両腕を羽のように大きく広げてはためかせ、ポワントでゆっくりと移動していきました。美しいシーンですが、難しい振付です。そして火の鳥が舞台から去った瞬間、会場は大きな拍手に包まれました。
イワン王子が命が入った卵を破壊し、魔王カスチェイは滅びました。
そして魔法が解けて目覚めた人々、村人たち、王女や貴族がたくさん登場して、イワン王子と王女(ミリアム・ミラー)の結婚式となり、皆に祝福されました。イワン王子と王女のパ・ド・ドゥがありアングルはミラーと踊り、ミラーを抱えてポーズしました。そしてフィナーレ、幕が降りました。
再び幕が開き、現役最後にイワン王子を演じきったばかりのジャレッド・アングルが、舞台挨拶をしました。「25年間ニューヨーク・シティ・バレエで過ごすことができました。ありがとう。退団後は指導者としてダンサーの指導をしていきます」と挨拶しました。ダンサーたちが大勢出てきて、アングルに花束を渡したり、一人一人ハグをして、旅立ちを祝福していました。
(2023年2月4日午後 David H. Koch Theater)

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