マルコス浄瑠璃『金閣寺』制作発表、モラウ率いる〈ラ・ヴェロナル〉チームが舞台創作の秘密を大いに語った

ワールドレポート/東京

香月 圭 text by Kei Kazuki

8月17日、世界初演を目前に控えたマルコス浄瑠璃『金閣寺』の制作発表がセルリアンタワー能楽堂で開催された。自らのカンパニー〈ラ・ヴェロナル〉を率いるスペインの演出家マルコス・モラウ、音楽のマリア・アルナル、美術のマックス・グレンツェル、衣裳のシルヴィア・ドゥラニョー、そしてモデレーターとして東急文化村チーフ・プロデューサー 高野泰樹が登壇し、新作への意気込みを語った。会見は、高野が代表して質問を投げかける形で進行。一同は足袋姿で能舞台に登場。会見の途中も足袋を履いた足の感覚を何度も確かめていた。

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Bunkamura Produce 2026 マルコス浄瑠璃「金閣寺」制作発表にて、左からマックス・グレンツェル、シルヴィア・ドゥラニョー、マリア・アルナル、マルコス・モラウ ©渡邉肇

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左からマックス・グレンツェル、シルヴィア・ドゥラニョー、Bunkamura Produce 2026 マルコス浄瑠璃『金閣寺』制作発表にて ©渡邉肇

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マルコス・モラウ、Bunkamura Produce 2026 マルコス浄瑠璃『金閣寺』制作発表にて ©渡邉肇

プロのダンサーとしての活動を経ずして振付家になったという異色の経歴について、モラウは「〈身体とは何か〉〈ダンスとは何か〉あるいは〈演劇とは一体何だろう〉といった好奇心を子どものときから現在に至るまで、ずっと持ち続けています。両親や写真家だった祖父、あるいは私を取り巻く環境によって蒔かれた「種」があったのだと思います。18歳のとき、進路を決める前に一年間立ち止まり、自分が本当に何をしたいのかを考えました。その時、ダンスという芸術が私の心を真に動かすものであり、これからの人生を捧げたい、と思えるものだと気づいたのです。
私自身がダンサー出身ではないため、当初は他者の身体をどう演出すべきか分かりませんでした。しかしながら、自分の身体の中には、ダンサーとして身につけた特定の「コード=型」が存在しないからこそ、他者の身体を別の角度から見て、演出し、導くことができると気づきました。こうして、20年以上前に、私のプロジェクトであり、カンパニーであり、そして家族でもある〈ラ・ヴェロナル(La Veronal)〉が生まれ、チームのメンバーはバレンシアからバルセロナへついてきてくれました。こうして、今、東京までたどり着いたのです」と語った。

彼の作品には、一目見れば「これはモラウの振付だ」と分かるような独自の身体言語が存在する。モラウは「自分の中に既存のコード(型)がなかったからこそ、自分自身でそれを発明する必要がありました。その過程で、私自身の癖や、特定の物事に対するマニアックな執着、恐怖症といったものが、非常に人工的で、非有機的で、演劇的な身体として現れてきました。そこにはグロテスクなもの、滑稽なもの、繊細なもの、動物的なものが混在しています。それは日常からかけ離れた動きをする身体表現となり〈アンドロイドを真似する人間〉ではなく、むしろ〈人間を真似しているアンドロイド〉のような存在のように見えてくるかもしれません」と答えた。

影響を受けた人物について尋ねられると「自分が心から惹かれる、映画監督、造形作家、ファッションデザイナー、作家、ミュージシャンを発見した私は、17歳から22歳くらいまでの5年間、彼らの芸術、映画、文学、写真、ダンスなどを仲間たちとむさぼるように見て、吸収しました。そのなかには、三島由紀夫もおり、ヴァージニア・ウルフやロイ・フラーもいます。大人になってからも時折思い出して、彼らから影響を受け続けています。〈世界にあるすべてのものを見たり聞いたりする必要はない。本当に自分が吸収したいものを厳選すべきだ〉という言葉に倣い、同じものを何度も読み、見返すことで、より深く理解でき、自分の中に浸透していくのです。世界中で起きていることを次々と訪ね歩く〈観光客〉になるのではなく、自分の好きなものに執着することを大切にしています」とモラウ。

昨年、生誕100周年を迎えた三島由紀夫。代表作の一つである『金閣寺』の舞台化について、モラウは「日本について興味があることを話し合っていた時、三島の名前を私が出した瞬間、プロデューサーの高野さんも魅力的に感じたようです。『金閣寺』は、欧米でも広く知られ、芸術に携わる私たちにとって極めて重要な作品です。スペイン語のテキストからは、インスピレーションを大いに受けることができました。。舞台では三島の言葉は一言も発せられず、原作の具体的な場面もひとつとして再現されません。私なりの三島をいかにして生きたものとして立ち上げるか。そこにこそ、創作の魔法や神秘が始まるのです」と語った。

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Bunkamura Produce 2026 マルコス浄瑠璃『金閣寺』舞台美術デザイン

舞台美術について「ラ・ヴェロナル」のマックス・グレンツェルは「金閣寺そのものを再現する代わりに、舞台には〈灰〉があります。建物が破壊された後に残る〈灰〉という要素を通じて、小説と劇場空間を結びつけています。灰の中から再び美を見出し、すべてがまた再生していくのです。舞台上では、死と再生が繰り返されます。金閣寺とその運命を、劇場空間と結びつけると、舞台は儚きものの神殿と呼ぶにふさわしいと思います」と説明した。

④衣裳4Maria-and-puppet.jpg

Bunkamura Produce 2026 マルコス浄瑠璃『金閣寺』衣裳デザイン

続いて、衣裳についてシルヴィア・ドゥラニョーが解説した「〈ラ・ヴェロナル〉では、以前からマルコスと私の共通する関心領域である、スペインのフォークロア(民俗文化)を題材に創作を続けてきました。また、カンパニーではジェンダーの区別を設けておらず、ダンサーたちは男性も女性も常に同じ衣裳を着用します。6年ほど前の『ソノマ(Sonoma)』という作品で、スカートの動きを本格的に取り入れ始めたと思います。
今回、ダンサーの衣裳には1メートル以上ある長いトレーン(引き裾)が付いています。フラメンコで使われる、裾を引きずる〈パタ・デ・コーラ〉と呼ばれる長いスカートに似ているかもしれません。ダンサーたちは長い裾を持ったり、それを手放したりして踊ります。長いスカートによって人間の身体が拡張されるように見えるのが面白いと思います。一方、マリア(・アルナル)のスカートはアンティークのクリノリン(スカートをドーム状に大きく丸く膨らませるための下着・あるいは骨組み)を使用することで固く、トーテム・ポールのような形で、シルエットは変わりません。この作品の中に存在する〈女性〉という像を、男性ダンサーたちの身体とどのように対比させるかということも考えました」。

吉田玉助、中村壱太郎、末永光、尾上眞秀という、日本の異なるジャンルで活動するアーティストたちと実際にスタジオで仕事をしてみての感想を求められたモラウは「今回のプロジェクトの入口には、文楽人形、歌舞伎、竹本連中(義太夫)たちの音楽、スペインの歌姫マリア、コンテンポラリーダンス、そしてアイドルがいます。スペインには、日本のような〈アイドル〉という現象がありません。未知のものに出会ったとき、人間は恐怖を感じるか、強く魅了されるものです。これまでにも人形を使った経験はありますが、文楽のような人形遣いとは全く異なります。そして、歌舞伎には身体表現、表情、音楽性があり、壱太郎さんが驚くべき独創性をもって様々な状況を解決していく姿をスタジオで目の当たりにするのは、本当に素晴らしい体験です。
一方で、私がダンサーに〈肘を下げて〉と指示を出すのを見て、〈どうしてそんなに素早く、あのように的確に指示が出せるのですか〉と日本の演者たちから尋ねられることもありました。私たちの間には、ある種の「共通のコード」があるのです。自分とは異なるコードを持つ人に出会い、コンテンポラリーダンスや西洋の世界をはるかに超えた広大な世界があることに気づき、その創作の現場に立ち会うこと......私にとって、それこそが最高の喜びなのです」と答えた。

質疑応答では、文楽という芸術と自身のダンスのメソッドとの共通点について聞かれた。「今回、人形とダンサーの両方を扱っています。一見すると私が文楽の技術を知らないように見えるかもしれませんが、実際にはLa Veronalが扱ってきた身体性と、非常に多くの共通点があります。例えば、関節がばらばらになってしまったような人工的な身体。ほとんど「脱人間化」されたような身体です。文楽では、観客が目の前にある彩色された木の人形を、ただの木として見ることをやめ、そこに「人間」や「思想」や「詩」を見出した瞬間に、フィクションが生まれます。観客が目の前のイメージをエネルギーや感情へ変換する。その遊びの中に、私は文楽とダンスの強い親和性を感じています」とモラウ。

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吉田玉助、マリア・アルナル、尾上眞秀、Bunkamura Produce 2026 マルコス浄瑠璃『金閣寺』稽古場にて ©渡邉肇

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左端、中村壱太郎、中央、マリア・アルナル、Bunkamura Produce 2026 マルコス浄瑠璃『金閣寺』稽古場にて ©渡邉肇

続いて、日本の伝統芸能から学んだことについて「今、経験していることの多くは、私の中に一度〈アーカイブ〉され、いつかまた取り出されるものなのだと思います。私は創作しながら同時に学んでいます。日本で学んだことの一部は『金閣寺』にも現れるでしょう。でも、今、学んでいることの多くは、数年後、自分のもとへ戻ってくるのだと思います。例えば、壱太郎さんが扇をどう開くのか。どう舞台に登場するのか。玉助さんが人形を動かしているとき、彼自身の顔がどのように動いているのか。演じているのは人形だけではありません。玉助さん自身の顔も同時に生きている。それらは観察して初めて気づいたことです。また、眞秀さんのような若い人が歌舞伎の世界に入り、その無垢さや未経験であること自体が、同時に力強さや美しさにもなっていると思います」。

末永光の起用についての質問が出ると、モラウは「光は、この作品における〈旅〉の一部であり、異なる言語をハイブリッドさせていく試みの一部です。高野さんが私に、アイドルを作品に参加させてみてはどうかと提案してくれました。それによってプロジェクトそのものが拡張され、私自身もコンフォートゾーンの外へ出ることができました。光のエネルギーと存在感は、この作品にとって不可欠です。彼は作品の中で、小説に存在する〈眠り〉や〈夢〉といった精神状態の一つを体現しています。まるで子どもの頭の中で起きているような、夢想の世界です。光はその存在を、とても見事に演じています。「アイドル」である彼に、私が普段求めているものとは全く違う身体性や形、表現を要求することも、とても興味深い挑戦でした。作品の中に彼自身の居場所を見つけることができて、とても嬉しく思っています」と話した。

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右端、末永光、Bunkamura Produce 2026 マルコス浄瑠璃『金閣寺』稽古場にて © Silvia Poch

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マリア・アルナル、Bunkamura Produce 2026 マルコス浄瑠璃『金閣寺』制作発表にて ©渡邉肇

最後に、マリア・アルナルが『金閣寺』で披露される音楽について語った「金閣寺の音楽では、歌声や三味線が主軸となり、太鼓も使われていますが、ウード、マンドーラ、マンドリン、バンドゥリアといった地中海地域の弦楽器も数多く取り入れられています。エレクトロニックなテクスチャーやサウンドデザインの要素も加わっています。音楽愛好家でもあるマルコスからは、多くのことを学んでいます。ワールドミュージックのようなジャンルからメレディス・モンクのような前衛的なボーカル・スタイルを持つアーティストに至るまで、実に様々な音楽スタイルやアーティストから影響を受けています」。アルナルは手風琴(リードオルガン)を鳴らしながら、自身のレパートリーの中から『金閣寺』のインスピレーションの元になった3曲と『金閣寺』の音楽から2曲を朗々と歌い上げた。
モラウはじめスペインのクリエイターやアーティストが語る創作の現場が、いかにエキサイティングなものかが、うかがい知れる発表となった。公演は8月29日から。

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Bunkamura Produce 2026 マルコス浄瑠璃「金閣寺」制作発表にて、左からマックス・グレンツェル、シルヴィア・ドゥラニョー、マリア・アルナル、マルコス・モラウ ©渡邉肇

Bunkamura Produce 2026 マルコス浄瑠璃『金閣寺』

2026/8/29(土)~9/6(日)
東京芸術劇場 プレイハウス

スタッフ
原作:三島由紀夫『金閣寺』
演出・振付:マルコス・モラウ
脚本:ロベルト・ファティーニ
音楽・歌:マリア・アルナル
美術:マックス・グレンツェル
衣裳:シルヴィア・ドゥラニョー
邦舞振付:吾妻徳陽(中村壱太郎)、花柳源九郎
竹本作曲:鶴澤慎治
演奏:竹本連中
リハーサル・ディレクター:鈴木竜
企画:高野泰樹(Bunkamura)

出演
吉田玉助 中村壱太郎 末永光 尾上眞秀 マリア・アルナル 吉田簑紫郎 吉田玉延
アキーレ・デ・フルーヴェ イグナシオ・フィソナ ザンダー・コンスタント シャケド・ヘラー チョ・ジョンイク ポル・ヴァスケス・ブルゴス ロレンツォ・チマレッリ

Webサイト:https://www.bunkamura.co.jp/orchard/lineup/26_marcos/

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